「ぐぎゃあ!」
そんな情けない声と共に、ダイの剣を受けた幻魔王は倒れ、そして青い光となって消滅した。
それを見送ったダイ達は、ふう、と乱れた息を整え、それぞれの武器を収めた。
「強かった・・・けど、少しあっけなかったわね?」
「ああ。強かったが、普通戦いとなれば己の死力を尽くして戦うものだ。それが目的を果たすためか、己の死を恐れるが故かはそれぞれだが・・・奴にはそう言った必死さがなかったな。」
マァムとクロコダインは、顔を見合わせてそう話し、不思議そうな表情を浮かべた。そして黙って青い光を見送っているダイに声をかけた。
「ねえ、ダイはどう思った?」
「・・・え?あ、ごめん、何だっけ?」
「大丈夫・・・?そういえば、敵もそうだけど、ダイも様子が変だったわね。何というか、集中できてない感じがしたわ。」
「ごめん。そう見えたんだね。ちょっと気になることがあって・・・気をつけるよ。」
ダイはそれだけ言って、ばつが悪そうに目を伏せた。悩みがあるのは明白だが、その言葉にはどこか壁を作るような雰囲気があり、マァムは踏み込むのを躊躇ってしまう。
それでも、と口を開こうとした瞬間、突然轟音が鳴り響き、ぐらぐらと地面が揺れ始めた。ぱたぱたと飛んで辺りを調べていたヴェルザーが焦った様子で叫ぶ。
「やべぇ、逃げるぞ!あいつが倒れたことで狭間が崩壊を始めやがった!地上まで急げ!」
叫びに応じて、ダイ達は瞬時に出口へと向かって駆け出した。ぱらぱらと天井から瓦礫が落ちてくる中、一行は全力で地上を目指し走り抜ける。
そして、ダイ達が外へ出た直後、ズズン、という音と共に洞窟は完全に崩落し、その痕跡を完全に消した。ぜえぜえと肩で息をする中、苦しげに下を向いていたダイはふとある事に気付き顔を上げた。
「(そうだ、ネイル村は・・・。)」
ダイが辿り着いた時、ネイル村は既に滅ぼされた後だった。そして助けた時の様子からして、マァムはおそらくその事を知らない。
マァムが受けるだろうショックを想像して、ダイは己の振る舞いを恥じた。己の悩みに没頭して、仲間のケアをする事が頭から抜け落ちていた。
一足早く息を整えていたマァムは、ダイに背を向けて立ち尽くしている。ダイは慎重にその背中に声をかけた。
「その、マァム・・・。本当にごめん、おれ、間に合わなかったんだ・・・。レイラさんもきっと・・・。」
「えっと・・・ダイ、何の話かしら?」
「えっ?・・・えっ!?」
しかしダイの予想に反して、マァムの口調は悲しみに満ちたものではなく、むしろダイの言葉に困惑した様子だった。ダイは伏せた顔を上げて、そして見えた景色に言葉を失った。
「あらあら、帰ってたのね、マァム。それにダイ君も。」
「母さん!」
「おいおい、そう来やがったか・・・。」
マァムに声をかけたのは、村ごと姿を消していたはずのマァムの母、レイラだった。そして彼女の歩いてきた方向には、かつての姿そのままのネイル村が、心配したダイを嘲笑うかのように存在していた。
クロコダインも頭に疑問符を浮かべ、ヴェルザーも流石に驚いた様子でぶつぶつと何かを呟いている。
さらによく見れば、元通りと見せかけて、村の中には魔族の姿が散見される。その事実が、さらにダイの困惑を悪化させた。
「どういう、ことなのさ・・・。」
ダイの言葉に答えてくれる者は、そこにはいなかった。
「お疲れさま、デスタムーア。」
「ふむ、中々面白い余興だったのう。もう少し遊んでやってもよかったが・・・。」
「わかってるよ、わたしのお願いを聞いてくれたんだよね?ありがとう、やりすぎないでくれて。」
ヘルクラウド城の玉座の間へと帰還したデスタムーアは、ちょこんと座るイルと楽しげに談笑していた。イルの側に立つゾーマもまた、愉快そうにクククッ、と笑って口を開く。
「しかし、『ぐぎゃあ!』とは傑作だったな。案外余裕がなかったのではないか?」
「うるさいわい!わしとて好きでやっとる訳ではないわ!あの忌まわしい魔神のせいで、癖になっておるのかのう。」
「ああ、そういえば向こうでは模擬戦でよく奴と戦っていたか。道理であんな・・・ククッ、すまんな。」
ゾーマの揶揄いに、デスタムーアが額に青筋を浮かべる。不穏な空気が流れたところで、同じくイルの側に控えていたオルゴ・デミーラがごほん、と咳払いをして話題を変えた。
「ところで・・・楽しむのはいいが、結局計画は成功したという事で間違いないか?」
「うむ。万事問題はないぞ。無事に『夢の世界』はわしの敗北とともに崩壊し、同時に夢の世界の精神は現実世界の精神と融合され、新たな形へと生まれ変わった。」
「そっか。それなら後はしばらく様子を見るしかないね、『価値観の書き換え』が上手くいったかどうかを。」
待つしかない、と口では言ったものの、イルの仕草からはどこか落ち着かない様子が見て取れる。それを見たゾーマが、ふむ、と顎に手をやって呟いた。
「しかしまあ、随分と回りくどいやり方をしたものだな。物質世界では肉体を傀儡化し、強制的に人と魔族を共存させ仕組みを整えた。そして精神世界・・・『夢の世界』で、全人類と魔族の精神に細工をし、自主的に共存、共闘した経験を積ませた。そして最後にそれらを統合する、か。」
「協力したわしが言うのもアレだが、やはり過保護なやり方だのう。お主がそこまでやる価値が、本当にこの世界にあるのか?」
「あるよ。友達の・・・ダイ君のためだもん。」
イルはその問いに即答した。目を閉じて浮かべるのは、この世界で友誼を結んだ沢山のものたちの姿だった。
アバンにポップ、マァム、ヒュンケルといった人間の仲間。クロコダインやモルグ、ザムザといった魔族の仲間。そしてそのどちらにも属さない、『竜の騎士』のふたり。
その全てを恒久的に救うには、種族を超えて手を取り合うことが必要だと、この世界の歴史が証明している。そして、そんな不可能を可能にすると、イルはかつてバーンの前で宣言した。
その答えが、イルの今の行動に現れている。イルの感情に呼応するようにして、メラメラと赤黒い魔力がその身体から立ち昇った。
「好き放題やってみたけど、わたしを止める存在はいない。この世界に神さまはいないみたいだね。だから、わたしはこの世界の歪んだ仕組みを正すよ。それが、よそ者のわたしが出来る最大限のことだから。そう、わたしはこの世界の神になる。」
イルの放った大言壮語に、魔王達は心がビリビリと震えるのを感じた。
イルは人間だ。それも、脆弱な子供にすぎない。しかし、それでも名だたる大魔王達が従う理由が、今のイルの姿にこれ以上なく詰まっていた。
果てなき野望。手段を選ばずそれを成す力を求める姿勢。その全てが、魔族の美学をこれでもかと擽るのだ。
イルは進む。無意識に統率を強めながら。
例えその先に待つ結末が、誰にも理解されなくとも。
最終章も、ようやく次から終盤戦に突入です。
週一投稿になり進みが悪くて申し訳ありません。もう暫く、イルとダイの戦いにお付き合いいただければ幸いです。