『夢の世界』が崩壊した翌日、ダイはロモス城を訪れ、ことの顛末の報告を行っていた。
幻魔王を倒した今、ロモスの城下町がどうなっているかも、ダイの心配事のひとつだった。
しかし結果として、その心配は杞憂だった。人と魔物が混在した街は、夢から覚めても平穏を維持していたのだ。
それは、ひとえに彼らが『夢の世界』での記憶を保持していたからに他ならない。たとえ現実の出来事ではなかったとしても、共に手を取り合って魔王軍に立ち向かった記憶は本物なのだ。
そうなれば、隣の魔族を、人間を、無条件に恨むことは難しい。彼らは恐る恐る歩み寄り、そしてぎこちなくも、体が覚えていた新たな日常を演じ始めた。
そんな光景を見て、ダイは複雑な感情を胸の奥に押し込めた。ダイは、イルの起こしたことの『結果』を否定することはできなかった。
まだ旅を始めたばかりの頃、イルは同じこのロモスの地でモンスターによるサーカスを開き、人と魔物との壁を取り払った。
当時、まだ人とも魔族とも接するのに慣れていなかったダイから見ても、一部の人々に対してのみとはいえ、それを成すことは途轍もなく難しいものだと感じられた。後からそれを聞いたダイは、イルに尊敬の意を抱いたものだった。
そして今回、イルが生んだ『結果』はそれをロモス全体、いや、もしかすればそれ以上に拡大したものだった。
ここまでされて、イルが悪に堕ちたと思い込めるほどダイは愚かではなかった。イルがどうしてこのような行動に出たのか、誰のためにそれを行なっているのか。ダイは薄々それらに勘付き始めていた。
ゆえに、手段こそ強引で責められるべきかもしれないが、今やダイの中に、イルに剣を向ける理由は無くなっていた。
しかし、筋書きの上では、ダイは今後も『勇者』としてイルに立ち向かう必要があるのだろう。理解と感情の矛盾が、ダイの心を締め付けていた。
「うむ。大義であった。しかし・・・信じられぬものだ。まさかあの戦いの日々が偽物であったとは・・・。」
「ロモス王よ、それは違うぞ。今は消えているというだけで、確かにあの世界は存在していた。そして、世界を生み出すほどの力を持つ『魔王』が、バーンに代わって台頭したということだ。」
玉座の間には、ロモス王と魔族の頭領の、二つの席が用意されていた。同じ大きさで並んだそれらは、ロモスが歩む新たな道を象徴している。
魔族の頭領はヴェルザーと同じく、状況を正しく把握している存在である。彼はイルの思惑に乗り、彼女を魔王として打ち倒す方向にロモスを誘導しようとしていた。
それを聞いて、ダイは尋ねずにはいられなかった。
「王さま。おれは『勇者』として、戦わなきゃいけないのはわかってます。でも、それでも迷ってしまうんです・・・本当にこれでいいのかなって。」
「ふむ・・・。」
「イルを倒すことは、本当に正しいことなのかな。王さまも知ってるよね、イルはちょっと変なところはあるけど、優しいし、頭もいいし、何より心の底から、みんなが仲良くなれるように頑張ってた。今だって、結局は丸く収まってる・・・!」
一度開いた口からは、ぽろぽろと想いが溢れ出していった。ひとりで抱え込むには、ダイの心はまだ幼すぎた。
ロモス王は、ダイのことを初めて認めてくれた、叔父のような存在である。また同時に、まだ力を見せる前のイルを知る貴重な人物だった。
能力を抜きとしたイルの人格を知る人物からの言葉を、ダイは無意識に求めていたのだ。
だが、ロモス王から発せられた言葉は予想外のものだった。
「イル・・・?それがあの『魔王』の名前なのか?」
「・・・えっ?」
ダイはその言葉に一瞬固まった。そして、一歩踏み出して再び尋ねる。その声は小さく震えていた。
「イルだよ。冗談だよね・・・?ほら、おれたちの仲間で、クロコダインを味方につけて、一緒にヒュンケルと戦った・・・!」
「何を言っておるのじゃ?そんな者はあの場所にはおらんかったはずじゃが・・・。クロコダイン、覚えはあるかのう?」
「っ!そうだよ、クロコダインが仲間になってくれたのはイルのおかげだから、覚えてるはずだよ!」
「・・・すまない。オレにも覚えはない。オレがお前たちの味方になったのは、ダイとポップの姿に感銘を受けたからだ。」
「そんな・・・。」
ダイは絶望の表情を浮かべ、すとん、とその場に膝をついた。それを、クロコダインとマァムは困惑した表情で見つめている。ちっ、と舌打ちして、顔を伏せるダイの側へヴェルザーが近付いて言った。
「落ち着け、オレは覚えてる。バランとあの魔族の頭領もだ。」
「! よかった・・・。」
「これもイル自身が行った細工だろうよ。ある程度力のある奴は抵抗できるようだが・・・クロコダインやマァムの嬢ちゃんはダメだったらしいな。」
ダイはそれを聞いて、離れて話を聞いていたバランの方を向いた。目が合ったバランは、ダイに向かってこくりと頷いた。ダイは少しほっとして息を吐いた。
その時、玉座の間の外から声がかけられた。来客を知らせるその声に、ロモス王は入れ、と返す。
兵士に連れられて入ってきたのは、見慣れたダイの仲間達だった。
「ダイ、マァム、久しぶりだな!無事でよかったぜ!!」
「ポップ・・・!それに先生とヒュンケルも・・・!」
「あの世界からこちらに戻ってきて、すぐに気付きましたよ。ダイくんがやってくれたのだと。そうですよね、ヒュンケル?」
「ああ。お前ならばやってくれるだろうと思っていたぞ。」
彼らはダイに駆け寄り、奮闘を讃える言葉をかけた。一瞬、ダイは再会を喜び表情を綻ばせたが、すぐにそれを引っ込めて尋ねた。
「ねえ、みんなは覚えてるよね!イルのことを!」
「ん?ああ、イルね、イル・・・。」
ダイの問いに、ポップは明るい表情を崩さずにそう相槌を打った。これまでの人物と違うその反応に、ダイは期待を込めて耳を傾けた。
「・・・悪りぃ、誰だっけ?そいつ。」
「・・・。」
ダイはぎゅっ、と拳を握りしめた。
人類に、この3人を超える力を持つ者はいない。
この日、イルという存在は、人類の記憶から抹消されたのだった。
魔族の頭領は、実は老バーン様くらいの強さです。