皆がイルのことを忘れている。ダイはその事実にショックを隠せない様子であったが、誰もその思いを理解することはできなかった。
結局、記憶については一度傍に置かれることとなり、今後の方針についてアバンらを含めて議論することとなった。イルの思惑を把握している魔族の頭領は、考え込む一同に向けて積極策を唱える。
「繰り返すが、我々はすぐにでもアルキードの地へ踏み込み、魔王を討つべきだ。」
「ですが、現状彼らの行いによって大きな被害を受けた者はいません。地形が変わったのは後々大きな影響を及ぼす可能性はありますが、そのお陰で我々が今協力できているのも事実です。」
「温いな。その思いすら、奴に刷り込まれたものかも知れんというのに。根拠のない信頼は身を滅ぼすのが道理だぞ。」
頭領の言葉に、アバンも困った表情で言葉を飲み込んだ。
理解はできずとも、表情を曇らせる弟子を気遣えないアバンではない。しかし、ことは既にアバン達だけの意思では左右できない段階に来ていた。
しかし幸いだったのは、この場の人類で最も高い地位を持つロモス王が、ダイ達に好意的な人物であったことだった。ロモス王は隣に座る頭領をまあまあ、と宥めつつ口を開いた。
「頭領殿の考えはわかるが、そう焦ることもなかろう。功労者たる勇者ダイが納得できないまま事を進めるのも良いことではない。まずは他国の状況を確認し、土台を固めるのはどうだろうか?」
「だが・・・。」
「オイ、そろそろしつけぇぞ。頭領なんて呼ばれるようになって偉そうになったもんだな。またガキンチョの頃みたいに揉んでやろうか?あん?」
「・・・貴様こそ、図体が小さくなってもその態度の大きさだけは変わらんな。これだから魔界でも老害扱いされるのだ。」
「あん???」
痺れを切らしてヴェルザーが頭領に喰ってかかると、苦い表情で頭領がヴェルザーに反撃の弁を放る。
互いに苛立ちを隠さずに暫く睨み合う。しかし、結局引き下がったのは魔族の頭領だった。決してヴェルザーに威圧された為ではない。頭領が引き下がったのは、無言でダイの側に立ったバランの姿を見てのことだった。
「・・・1対3か。仕方があるまい。ヴェルザーだけならまだしも、竜の騎士ふたりを敵に回すのは分が悪い。」
「減らず口を・・・。おい、アバンとやら。そういうことだとさ、後はいいように進めてくれ。」
「はあ。気になる部分は多いですが・・・ありがとうございます。任せてください。」
こうして、魔王軍への反撃は一時保留とされることになった。ダイは小さく息を吐き、小声で傍のヴェルザーに礼を言った。
「気にすんな。だけどよ、こんなのは先延ばしに過ぎねえのは理解しとけ。いずれにせよ、お前は決断しなきゃならねえ。しっかり考えるこったな。」
「うん、わかってるよ。バランもありがとう。」
「私は何もしておらん。ひとりで悩むな、ダイよ。イルのことを忘れていようと、お前の仲間達がお前の力になろうとしていることに変わりはない。・・・イルもそれを望んでいるはずだ。」
「うん・・・そうだね。」
ダイは少し心が軽くなったのを感じ、顔を上げて頬をパン、と叩いた。迷いはある、しかし仲間達が時間を作ってくれた。これでダイは選ぶことができる。イルを倒すか、他の道を探すのかを。
その後の議論は穏やかに進んだ。記憶はなくとも感じる所はあったのか、先ほどまでよりどの人物も表情が明るい。目の前の正解ではなく、その先の最善を探すこと、それに人は希望を見出すのかもしれない。
しかし、結局その希望は砕かれることとなる。
「っ!構えろ!!!」
最初にそう叫んだのはヴェルザーだった。ダイ達はその声に瞬時に反応し、それぞれが武器を抜いて周囲の様子を伺う。
何も起きない・・・?そう誰もが思ったその時、突如として世界から光が消えた。
「『レミーラ』!皆さん、無事ですか!?」
「はい!でも先生、これは一体・・・!?」
「『ククク、喜びのひとときに少し、驚かせたようだな。』」
アバンの呪文によって、一同は闇の中での視界を確保する。そして突如とした響いた声の方向を向くと、そこでは赤いオーラが立ち昇り、ひとりの魔族の姿を形作っていた。
「『我が名はゾーマ。闇の世界を支配する者。この儂がいる限り、この世は闇に閉ざされ続けるであろう。』」
「ゾーマだと!?何てもん呼び出しやがったんだ・・・!?」
「知ってるの、ヴェルザー?」
「ああ。何しろ、奴はかつて真の意味でひとつの世界を完全支配、封印せしめた唯一の大魔王だ・・・。実物をお目にかかるとは思わなかったぜ・・・!」
ヴェルザーの言葉に、その場の誰もがごくりと息を呑んだ。目の前の存在は恐らく通信用の分身体なはず。しかしそれでも、そこから放たれる強烈な力の波動に、ダイは剣を握る手が震えるのを感じた。
「『ククク、いいぞ。苦しみ、悩むが良い。苦しみこそが、わが喜び。命あるもの全てをわが生贄とし、絶望で世界を覆い尽くしてやろうぞ。・・・そなたらが、わが生贄になる日を楽しみにしているぞ。わははははは!』」
そう言い残し、ゾーマは去っていった。しかし、暗くなった世界が元に戻る様子はない。ダイが走って外の様子を窺いに行くと、先程までは赤黒い光で照らされていた世界は、完全に夜の闇に支配されていた。
魔族の頭領が、ダイの背後から声をかける。
「悠長にしている時間は無いぞ。異論はないな?」
「うん・・・わかったよ。」
か細い光の分岐路は、再び闇に閉ざされた。