放たれた拒絶の言葉を受けて、その場の空気が凍りついた。イルを支える手を震わせつつ、ダイは搾り出すように問いかける。
「ごめんねって・・・どうして?イルにだって故郷があるのはわかるよ。でも、イルは戻ってきたじゃないか。ずっとじゃなくても、一緒にいてくれたって・・・。」
「ちがうよ。わたしは別に、マルタに帰りたくて断ったわけじゃないんだ。・・・もう無理なんだよ、こっちの世界に来るのは。」
「っ!だからどうして!」
必死な表情をしたダイを見て、イルは困ったように微笑んだ。そして、ことの真相が告げられる。
「こっちの世界に来るために、これでも相当無茶したんだよ。わたしの配合した『狭間の闇の王』の力は、オリジナルには及ばない。次また世界を渡れるのは当分先になるんだ。・・・それに、その頃には協力してくれなくなってそうだしね。」
「そんな・・・でもそれなら、せめてもう少しこっちの世界に・・・!」
「そうしたかったんだけどね・・・。好き放題しすぎたツケを払わなくちゃ。ダイくん、わたしを見て何か気付かない?」
「何かって・・・!?」
ダイは改めて腕の中のイルを見て、目を見開いた。艶やかな赤い髪が、細く小さな指先が、少しくたびれた服の布地が、きらきらとした光の粒子に変わっていく。そこで初めて、ダイは腕の中の重みが少しずつ減っていくのに気が付いた。
「イル・・・知ってたの?」
「あはは、まあね。『邪配合』に手を出して、それで得た力も魔界のモンスターを従えるのにフル活用してたから。・・・もうわたしの体はボロボロなんだ。」
「っ・・・。」
「もう、そんな顔しないでよ。急に飛ばされた前回とは違って、今回はもし死んでもマルタで生き返れるように、ワルぼうとミラクレアが準備してくれてるから。だから、このお別れはそのままの意味のお別れだよ。」
ダイ達の泣きそうな表情は収まったが、永遠の別れになることに変わりはない。辛気臭い空気を嫌うかのように、ヴェルザーが疑問を投げかける。
「そういえば、お前が魔界から連れていったモンスター共はどこに行ったんだ?今瀕死になってるのも、半分くらいはそのせいだったんだろ?あれは何のためだったんだ?」
「あれは、人とどうやっても仲良くなれなさそうな魔物をわたしが引きとったんだよ。ヴェルザーの下にいた魔物も居たよね。それで、どこに行ったかだけど・・・ごめん、みんな『配合』しちゃった。」
「はぁ!?数千体は居ただろ!?てめぇどんな化け物を生み出しやがった!?」
「・・・ま、それはそのうちわかるよ。大丈夫、化け物ではないし、悪い子にも絶対ならないから。」
イルは意味深な言葉を残し、それ以上答えることはなかった。そしてその体から溢れる光が強さを増し、終わりの訪れを示す。
体の輪郭がぼやけていく中で、イルは別れの言葉を告げていった。
「ポップ。デルムリン島で会った時とは見違えたね。ポップとお喋りするのは本当に楽しかったなぁ。ダイくんをよろしくね。」
「見違えたは余計だよ!・・・俺も楽しかったぜ。ダイのことは任せとけ、向こうで元気でな。」
「マァム。いつも優しくしてくれてありがとね。マァムは可愛いんだから、これからはオシャレもしなきゃダメだよ?」
「わたしこそ、イルがいてくれて楽しかったわ。オシャレ・・・うん、頑張ってみるわ。いつか、また会いましょう。」
「ヒュンケル。バルトスはこっちに残すよ。お父さんと仲良くね。」
「・・・お前に俺は救われた。この恩は絶対に忘れない。達者でな。」
「レオナさま。わたしの存在はちょっと複雑だったかもしれないけど、本当に何もなかったから!ダイくんと仲良くね!」
「なっ!べ、別に気にしてなかったわよ!・・・あなたはパプニカの恩人よ。改めてお礼を言うわ、本当にありがとう。またいつか、わたしの国に来てちょうだい。」
「アバン先生。わたしを一人前として見てくれてありがとうございました。ペンダントを贈りたいくらいって言ってもらえて本当に嬉しかったです。」
「私こそ、あなたの姿に学ばされました。人と魔族、私には片方しか選べなかったものを、あなたは2つとも掴んでみせた。この希望を全力で繋いでいくことを誓います。」
「ダイくん。」
「・・・うん。」
そして最後に、イルはダイの名前を呼んだ。
「モンスターマスターって、かっこいいでしょ?」
「・・・うん。本当にそう思うよ。」
「にしし。勇者より?」
「うん。イルはかっこよかった。おれの憧れだよ。」
「・・・冗談。ダイくんもかっこよかったよ。もうきっと、『竜の騎士』の運命なんて関係ない。もし辛くなった時は、周りを見てね。人も魔族も竜も、きっとみんなが助けてくれるからさ。」
ダイの腕の中から金色の光が立ち上り、銀色の雫がぽたりと落ちる。
そして蛍が飛び去るように、光がぱあっと飛び散った。
「(ありがとう、みんな。さようなら!)」
最後にそんな言葉が、頭の中に響き渡る。
それからしばらくして、宿主を失った『ヘルクラウド』は地面に着地し、すうっとその姿を消した。
暖かな光。広がる草原。そびえ立つ山々。遠くに見える街並み。純粋なる『この世界』の日常が戻ってくる。
ダイは2本の足でしっかりと地面を踏み締め、青い空を見上げた。立ち尽くす彼の周りを、人が、魔族が、竜が、支えるようにして囲っている。
『竜の騎士』の運命は変わった。母なる竜の願いに応えた、ひとりのモンスターマスターの手によって。
きっと、その物語の題目はこうだろう。
『
次回、エピローグです。
金曜が土曜日に投稿します。