第1話 マァムとの出会い
「ハドラーめ、しくじりおったか。」
魔王軍の本拠地、鬼岩城にて、あくまのめだまを通して戦いを見ていた大魔王バーンはそう呟いた。此度の戦い、唯一の障害となると目した勇者アバン。バーンはその討伐に万全を期して、自ら肉体を与え強化したハドラーを派遣していた。
しかし結果は敗北。幸先の悪い知らせに、バーンは指をトントン、と鳴らした。それに賛同するように、大鎌を背負った長身の魔物、キルバーンが口を開いた。
「ハドラーくん、大口を叩いて出て行ったのにやられちゃったねぇ。バーン様に肉体を与えられながらこの体たらく。所詮負け犬は負け犬に過ぎないってことだよねぇ。」
「そう言ってやるなキルよ。少々イレギュラーがあったのも事実。何より折角復活させたもの、ここで捨てるにはまだ惜しい。」
「ボクはもう処分しちゃっていいと思うけどね。まあバーン様の言うことには従いますよ、と。」
キルバーンとハドラーは何かと相性が悪い。何かと抜けたところがあるハドラーのことを小心者、と侮るキルバーンと、魔王軍の処刑人であるキルバーンを過剰に恐れるハドラー。お互いの心証が悪い方向に噛み合った結果、キルバーンはハドラーの名前が出るたびに苛立ちを見せるようになっていた。
不満げなキルバーンをよそに、バーンは考えに耽っていた。戦いの中で現れた2つのイレギュラー、それがなければハドラーは問題なく勝利していただろう。
アバンと共にハドラーと打ち合った少年。あれはまだいい。正体はわからないが、偶然アバンの側に強者がいたという単純な話である。
問題はもう一つ、何もない空中から突然現れた少女達であった。まるで転移でもしてきたかの様に現れ、バーンすら知らない未知の呪文を操りハドラーを打ち倒してしまった。
「(ヴェルザーの部下にもあんな呪文を使う者はいないはず。であれば天界からの刺客か?いや、判断するにはまだ材料が足らんか。)」
暫くした後、満身創痍のハドラーが祭壇へと戻ってくるのが映った。バーンはハドラーの肉体の再生を行い、次はない、と伝えた。ハドラーは焦った表情で「ハッ!次こそは必ずや、アバンとその取り巻き共を討ち倒してみせます!」と言い、祭壇の間を去っていった。それを見届けたバーンは再び映像を元に戻した。
「(杞憂であればよいがな。)」
老獪たる大魔王の目が、記録に残るイルの姿を刺すように見つめていた。
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「では皆さん、準備はできましたか?」
「「「はいっ!」」」
アバンの声に、ダイ達3人は元気よく返事をした。その後ろには、ブラスを先頭としたデルムリン島の魔物達が見送りのために集まっている。彼らを代表して、ブラスがアバンへ話しかけた。
「ダイよ、体に気をつけるんじゃぞ。アバン殿、ダイのことをよろしく頼みます。」
「ブラス殿。ええ、お任せください。必ず大魔王を討ち倒し、ダイくんと共に報告に戻ります。」
「おお、なんと頼もしい。あとイルも、キラーパンサーのことをよろしく頼むぞい。」
「最強のキラーパンサーにしてみせるから、楽しみに待っててね、ブラスさん!」
ダイ達の旅に同行することを決めたイルは今後の戦いに備えて、1匹のキラーパンサーをスカウトしていた。この数日で仲良くなっていたこともあり、プックルと名付けられた彼は喜んでイルと共に行くことを決めた。今はイルがブラスから受け取った『魔法の筒』の中で出番を待っている。
この世界では魔物を連れている人間というのは一般的ではない、というアバンの忠告を受けてのことだった。スラッシュも今は別の魔法の筒の中にいる。ワルぼうだけは「嫌だね、そんな狭っちいもんの中に入るなんて。」と拒否したので、普通にイルの側に浮いているが。
「では行きましょう、ロモス王国へ。『ルーラ』!」
アバンが移動呪文を唱えると、ダイ達の体が物凄い速度で天へと打ち上げられた。みるみるうちに小さくなるデルムリン島の姿に、ダイは少し寂しさを感じた。
その表情を見たイルは、ちょいとダイの服を摘み、にっこりと笑いかけて言った。
「頑張ろうね、ダイくん!」
「イル。・・・うん、そうだね、寂しがってちゃいられないや。」
「その意気その意気!あ、もう大陸が見えてきたよ。もうすぐ着くのかな?」
イルのその言葉に、ダイは下を見る。そこにはダイが初めて見る、デルムリン島以外の大地があった。いよいよか、と気を引き締めるダイ。その時ふと、顔を強張らせるポップの姿に気づいた。
「ポップ、大丈夫?もしかしてポップも緊張してるの?」
「ダイ・・・。いや、そういや忘れてたんだけどよ。」
「?」
「先生に前に聞いたことがあんだよ、苦手なことは何かって。その時に言ってたんだ、『ルーラ』って。」
「へ?」
「先生、実際のところどうなんですか・・:?」
恐る恐る、と言った様子のポップの質問に、アバンはニコリと笑って答えた。
「よく覚えていましたね、ポップ。もちろん、私は弟子の質問に対しウソを答えたりしませんよ。」
「じゃ、じゃあやっぱり・・・!」
「3人とも、衝撃に備えてください!」
「「「うわぁぁぁ(きゃぁぁぁ)!!!」」」
ズドーン、という音と共に、ダイ達は着地、いや、墜落した。ひとり宙を浮いて難を逃れたワルぼうが地面に突っ伏すイルに声をかけた。
「大丈夫か〜イル?」
「いたた・・・、ここは?」
「さあ?ただ国っていうより村に見えるぜ?」
周囲を見渡すと、確かに城下町や城といったものは見られず、田舎の村といった印象を受ける場所だった。不思議に思ってアバンの方を向くと、アバンは申し訳なさそうな顔をして口を開いた。
「ここはロモス王国南東、魔の森の東にあるネイル村ですね。すみません、この大陸では城下町よりここに来る方が多かったもので、城に飛んだつもりがこちらに来てしまったようです。」
そんな風に話していると、墜落音を聞いた村人達が何事か、と集まってきた。その中の1人、黒い髪の婦人がまあ、と口にして近づいて言った。
「お久しぶりです、アバン様」
「レイラ!ええ、久しぶりですね。元気そうで何よりです。」
アバンはレイラ、と呼んだその女性と嬉しそうに話を始めた。そういえば師が同年代の人物と気安く喋るのをあまり見たことがない、と思ったポップはアバンに尋ねた。
「先生、知り合いなんですか?」
「ああ、すみませんポップ。こちらはレイラ。15年前、私が当時は魔王を名乗っていたハドラーを打ち倒した時の仲間の1人です。レイラ、私の弟子たちです。」
「まあ、アバン様のお弟子さんですか。初めまして、レイラと申します。かつての旅では僧侶戦士としてアバン様と戦いました。」
「「ええ〜っ!」」
生ける伝説との邂逅に驚くダイとポップ。その反応に満足したのか、レイラはクスクスと笑った。
「それで、どういったご用件で?」
「ああいえ、実はルーラでロモスの城に飛ぼうとしたところ、間違えてここに来てしまって。すぐに出発しますよ。」
「まぁ。確かにアバン様は昔から『ルーラ』が苦手ですものね。でしたら、魔の森を抜けるのに案内を付けましょう。」
そう言ってレイラは一度どこかへ行き、1人の少女を連れて戻ってきた。
「母さん、会ったら驚くって、いったい何が・・・って、アバン先生!?」
「やあ、久しぶりですねマァム。なるほど、案内役とは彼女ですか?」
「ええ。男衆が城に呼ばれている今、魔の森のパトロールはマァムがしてくれているんです。きっと道中お役に立つと思います。」
「なるほど、それは心強いですね。マァム、実は・・・。」
アバンはマァム、と呼ばれた少女に、簡潔に今までのこととロモスの城へ向かう旨を話した。初めは浮かれた表情をしていたマァムは、話を聞くにつれて真剣な顔に変わり、そして「わかりました、任せてください。」と言って頷いた。そしてアバンの後ろに控えるダイ達へ向かって話しかけた。
「そういうことだから、よろしくね。私はマァムよ。男子2人はアバン先生の弟子とも聞いたわ。私もそうなの、仲良くしましょう?」
そう言ったマァムの胸元には、キラリと光る『アバンのしるし』がかかっていた。