女はすべてゴミだ、例外はない。
目の前にいる糞女をどうにか殺してやりたい。
風にきらめく麦畑のような髪を掴み、思い切り頭を揺さぶる。間抜けな鳴き声を上げ、張りぼての尊厳を必死に握りしめて放そうとしない糞女に教えてやるのだ。
僕の影を拒む鏡のような瞳をアイスピックで抉り出し、血を涙に変えて、祈るように泣き叫ぶ糞女を見下ろして。
そして生まれて初めて心の底から笑い、幸福を享受するのだ。
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「何笑ってンの?」
「制裁を与えていた」
「何それ」
いつの間にか、僕の影に生えていた遥は、その切れ長の大きな瞳で、僕の瞳を覗き込むようにしてにこりと微笑む。
反して僕は、夕日から逃げるように伸びた地を這う影を見る。
「帰るぞ、遥」
「うン」
校門で誰かを待っていた死体を流し目に、ウザったいにも程がある、長い長い坂道を降り始める。
僕と同じ歩幅で遥が隣に並んだ。
「ずっと気になってたんだけど、遥はセックスできるのか?」
「うーん、試したことないからわかンないな」
「まぁ……できんじゃない?チンコ生えてるし」
「それもそうか」
不必要に目を合わせて答える遥が、妙に蠱惑的だった。
「なんでそんなこと聞いてきたの?突然」
「いや、遥がセックス出来たら感想でも聞けるかな、と」
「え、彼方が自分ですりゃいいじゃン。てか、セックス興味あンの?彼方は」
「ない」
言ってみて、ひどく意識的に返答していることに気が付いた。
「うそだ」
「嘘じゃない」
「うそ」
「違う!」
「うーン……普通の高校生はセックスに興味あるよ?」
「僕は普通じゃない」
「ほー」
「なぜ、笑う。気持ち悪いぞ」
「どっちが」
セックスセックスセックス。
「大体なぁ、僕が言うセックスって性別って意味だぞ」
「へへ、彼方、中学生?」
「笑うな」
「ふふふ」
遥がにやにやと僕を見てる。
「真面目な話、セックスは性別って意味だぞ」
「その心は?和訳的な?」
「和訳ってのもあるが、性が別れるで"性別"だろ?セックスってのは性別を確定する行為なんだぜ」
「ぷっ、ははは。彼方、それ傑作だよう。性別って、ははは」
「おい」
日の角度が変わるまで、遥は笑い続けた。
「はー、笑った笑った、で?そんなイタイこと言っちゃう彼方は、そんなにセックスが気になンだね」
「くどいぞ」
「ごめんごめん」
今度は、一通り笑うことに満足した遥が切り出した。
「ところで彼方、natureって単語知ってる?」
「当然だ。自然って意味だ。これでも高校受験を突破してんだぜ」
「違うンだよ。そっちじゃない。natureにはもひとつ意味があるンだよ」
「急に何だ?意趣返しか知らんが……」
「"性"って意味だよ」
「……それは知らないな」
「性っていっても、性質のほうね」
「……それがどうかしたのか?」
「彼方は、セックスと性別。云わばセックスと性を同等のものとして話したじゃン?」
「ああ、その通りだと思ってる」
「彼方は、セックスが背徳的な、そう、何か間違ったこととして解釈しているよね」
「どうしてそう思うんだ?」
「やけに意識的にセックスって言葉を扱ってるからね。セックスって言葉を発したとき、目が泳いでたし、イントネーションだってわずかに不自然だったよ」
「……」
「それは、図らずも意識的にセックスを他の言葉、行為から切り分けて考えてる節があるンじゃないかな」
「……普通の高校生はそんなもんだ」
「そう、彼方は"普通"なンだよ。セックスを、つまり"性"を意識して、人生の中心として見てるンだ。自然にね」
「だから何だ」
「知ってるかな。元来、性という言葉にエロスな意味はなかったンだよ。明治時代前までね。だから、性質という言葉には抵抗がないンじゃないかな?」
「性質……」
「そう、性質。彼方が"性"という言葉にやけに意識がいくのは現代社会の構造上、普通のことなンだ。みんなが意識してるから、彼方も意識する。こだわってしまう。どんなに孤独な価値観を主張したとしてもその時点で巨大な集団のサンプル1なンだよ」
「……」
もう一度呼吸を整えた遥は、少し重たいトーンで言った。
「それに彼方、性別ってのはさ。生まれたとき、ずっと言えば生まれる前から決まってるんだよ」
会話と距離にほんの少しだけ間が空く。それは、さっきまでの主張よりわずかに語気が弱いし、イントネーションだって不自然だった。
「……それは違うぞ、遥。セックスをするってことはな、認めて確かめ合うんだよ、違いを。男と女、凸と凹、人とモノ。保健の先生がな、セックスは愛を確かめ合う行為だと言っていたが、それは全くのウソなんだぜ」
「セックス自体は気持ちいーからやるンでしょ?あと、子供が」
「気持ちいいかは、まだわかんねーだろ。セックスをしたことないんだ」
「それを言えば、セックスするまで性別もわかンないことになるくない?」
「そうだよ」
「……あそ」
打って変わって真面目な雰囲気が流れた。傍から聞いてる動物は低俗な会話に笑うだろうけど。
「"アタシ"は、どっちだと思う?彼方」
「……」
僕は答えることができなかった。
ついには日が暮れるまで、長い沈黙が続き、坂が途切れた。
「じゃ、ここでバイバイだね」
「ああ、じゃな」
毎度、随分とあっさりとした遥との別れを終え、完全に闇に同化した自分の影と共に、孤独な帰路を辿った。
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月山遥。17歳。性別不明。
僕が遥と初めて出会ったのは高校に入学してすぐの頃。
「おい、死ねよ"女"!」
衝撃だった。日々研がれているであろう言葉、そして使ってないと言えない言葉の羅列。
それは入学式の後、オリエンテーションのために教室へ入ったその時だった。
「なんだあれ」
「どうしたんだ」
「病気か」
周りの痛々しい視線の終着点にそいつはいた。
周りというのはそいつを中心に成形された、言わば観客である。
そいつの異様に長く、黒い絹糸のような髪が、女学生の胸倉をつかみ、肩を滑り落ちた。
それは背を伝う黒曜石の川の流れのようで、今にも氾濫しそうに錯覚する。
こいつは僕と同じだ。
遥とのやや一方的な出会いだった。
因みに遥がキレていた理由は、女が香水臭かったから、らしい。
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朝、教室に入ると物騒な単語が耳に飛び入る。
「死ねよ女!」
「は?おまえが、死ねよ!」
「そーだ」
「そんなきもい格好して、はずくないの?」
一対多。ただ、雰囲気としては一が優勢とみた。
多の方はどこか周りの視線を気にして、語彙に勢いを感じられない。
あまりに幼稚な言い合いにブレーキを踏ませる、集団故の特性だった。
対して、一。
「女、そんな汗かいて唾飛ばしてたら、せっかく頑張った塗り絵が落ちてくンぞ」
「はぁ?」
対面にいた明るい髪の女が、ブレーキを焼き切り反射的に脛を蹴った。
一方蹴られた側は、馬鹿にしたように薄ら笑う。
「ふふ、第一、そのふっとい足は何だよ。もーちょいスカート下げた方がモテンじゃない?」
「ありえない!」
その後も醜い言い合いが続いた。ざわざわと、その現場周辺が賑やかになってく。
僕と同様に、遠巻きに見ている男らのこそこそ話が聞こえてくる。
「懲りないな、あいつ」
「そりゃあ、あんなこと言ったら赤嶋も怒るだろ」
「キチガイだよ」
当然、こいつらも多の味方。にやにやといやらしい顔を浮かべ面白そうに見学していた。
俺の背後には見物人がちらほら。別クラスのやつらだ。
どちらも引かず平行線。
ついにはチャイムが鳴り、HRの始まりを告げる。
「さっさと席つけよ女」
「お前が始めたんじゃん!」
「まぁまぁ、美香も落ち着いて。ホームルームも始まるよ」
すらりとした、穏やかな雰囲気の男がギャーギャー五月蠅い女をなだめに入った。
「ゆうと……」
「今度でいいじゃないか、とりあえず今は怒りを治めて。みんな見てるし」
大分落ち着きを取り戻した女が男の脇を抜け、席に戻る。
それに伴い、ギャラリーも霧散していった。
好機とみて僕も自分の席に向かう。先の現場の中心地へ。
「よ」
「遅かったね、彼方。おはよ」
「何してんだ」
「うーン……制裁?」