伸びた自分の影に逆らうように、校門前に足が動く。
今日は遥を待ってはいない。
ついには、生きた死体と対面した。
光を跳ね返す髪の明るさが、沈みゆく空の色と噛み合わず、不快に感じた。
下品な香水の臭いが鼻をくすぐり、顔を顰める。
「何?」
「女、ちょっと面貸せ」
「は?キモイんだけど何急に」
「いいから来い」
細い腕を掴み、引きずるように連れていく。
校舎の影に向かって。
「ちょっと!ゆうと待ってたんだけど!」
「優斗くんはこっちにいるぞ」
「は?」
校舎の裏、そして静まり返った倉庫の前で女を突き放す。
「痛っ、なにすんの!」
「んがっ……」
気道を潰すように細い首を握る。
下品な振動を手のひらに感じる。
不快な僕の手の汗と、女の汗が染みこんだファンデーションが混ざり合う。
日々研いできた動きに躊躇いはなかった。
倉庫の壁に女の頭を叩きつけるように押さえつける。
「ぐ」
悲鳴に成り切れない無様な音だけが反響する。
不意に脛に衝撃が走った。
女の決死の一撃だったのだろう。
ただ、明らかに僕の足と比べて、"細い"そんな足では、全く響かなかった。
遥。
お前はいつだって性差を語るときそれを避けてきたな。
女の顔には恐怖の色が張り付く。
化粧に塗られた顔よりは、幾ばくか綺麗にも見えた。
イエベの顔が化粧を透過して真っ赤に、真っ青に変色していく。
僕の腕を引き剝がそうと、鳩の翼のように慌てて動く女の腕は、思うように力が入らず、宙を滑るように舞う。
蹴ることをあきらめ、ジタバタと四方にもがく足は魚のように空を泳ぐ。
ああ、これが。
女が決壊したように涙を零し、アイラインが黒い川のように変形する。
ハイライトで誇大された涙袋はその役割を担わず、滝のように涙の線を映し出した。
口の端からは、粘性の唾液がこぼれ落ちる。
真っ赤なグロスと同化して、僕の手首に着地した。
「ぐえ……」
少し力を加えると、喉から漏れ出る異質な音は、決して普段の不快な音域ではなく、聞き心地がいい低い音。
「!」
興味本位に女の股に膝を差し込む。
そのまま膝を挙げると、ビクンと女の体が振動した。
「ホントについて無いんだな」
「んんんっが」
違いを確かめるだけの行為。
それを果たしてセックスとでも呼ぶのだろうか。
「もしかして、気持ちよかったりするのか?」
女は未だに残る気力で首を必死に振る。
女としての尊厳ってやつが垣間見え、どうしようもなく気持ち悪かった。
「幸福のボタンって知ってるか?快楽は電気信号らしい」
「お前は性的な快楽が好きなんじゃないのか?いつも男とセックスするときに押してるんだよ。お前は」
「神経科学的には死の直前には性行為と同様のオーガズムを感じるらしい」
「極限の生と生の終端だな」
「それに、女の方がオーガズムで深い世界に行けるらしいぞ。良かったな」
女の反応を待っても、同じように藻掻き苦しむだけ、そういう風にプログラムされていた。
女は話を聞かないから嫌いだ。
不意に、膝が濡れた。
「何だ?これが濡れるってやつか?」
いくらでも流れてくるそれは粘性を持たず、さらさらとした水のような液体だった。
「ああ、漏らしたのか」
女の恐怖が濾過され、とめどなく、僕の膝を伝い、流れていく。
「生きたいか?女」
「んえ、んが」
なりふり構わず首を縦に振り、カエルを潰したような音が何度も漏れ出る。
僕はそれを聞いて勃起した。
「はは。遥はな、昨日お前に"殺された"んだよ」
弛緩した筋肉を使い、女は僅かに目を見開く。
僕は男と比べ、細く、簡単に手に収まる女の首に力を入れた。
一人の女が最後に聞いたのは独りの男の笑い声だった。
………………
…………
……
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女の死体を眺めていた。
運動部すらも使わない、校舎の端、倉庫の前。
夕日が届かない校舎の裏側。
もう体温は感じられなく、人としての形だけを保ったモノだった。
しかし、腐敗はいまだに進行せず、死体の臭いはしない。
感じるのはこれがつけてた下品な香水の臭いだけだった。
死んでもなお、綺麗な手をしている。
苦しみから解放された、穏やかな顔は、動いていた時よりも作品のように綺麗だった。
写真みたいで、彫刻みたいで、けれどモノになっても、女は女だった。
僕、男とは残酷なまでに違う存在。
不快なまま。
しかし、僕の勃起は未だに治まっていない。
やはり僕はどこまで行っても男なのかもしれない。
倉庫の扉が内側から開く。
「終わった?彼方」
「ああ」
「取り合えず、それ、中に入れよ」
「ああ」
………………
…………
……
僅かに影を含む夕日の色が差し込む暗い倉庫。
中には、男と女の死体。
そして、僕と遥。
太陽に隠れて僕たちは。
「アタシ、けっこー簡単に殺せたよ」
「そうか、僕もだ」
「アタシ、セックスも上手いのかも」
「それは関係ないだろ」
「彼方」
「ああ」
「最後の話をしよう」