迫真バディ部・天使の裏技   作:天使ξ紳士

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第2話:甘いカフェラテ、苦い記憶

 あの事件とも言えるお尻叩きの後。

 速やかに悪魔は狩られ、今日の仕事は終わった。

 終わったのだが……?

 

「うぅ……」

 

 ボクは未だヒリヒリするお尻を軽く触る。

 そこには、じんわりとした痺れが未だ残っていた。

 

「……嫌いなヤツ」

 

 日が沈み、悪魔の返り血が月に照らされる。

 ボクは隣を当たり前のように歩く人間を睨んだ。

 

 いや、元はと言えばボクの方から仕掛けたのが原因だと言われたらそうなのだが、それでも納得するには、このお尻の痛みのインパクトは大きすぎる。

 

「おい人間……」

 

 ボクは声をかける。

 すると、褐色のチョコ人間がこちらを見た。

 じっと瞳を見つめて、続きを促すように。

 

「さっきのこと、まだ許してないからな」

 

 そういって睨みを利かせる。

 すると人間は苦笑いして、両の手を合わせた。

 

「おなしゃす! 許してください!」

 

 その必死な様子が何だかバカらしくて……。

 コイツの失敗したラテアートみたいな顔を見ていると、どうも口直しをしたいような気分になる。

 

「……もういい」

「クゥーン」

 

 そう言い捨てて、ボクは夜の東京を歩む。

 店々の蛍光灯が、街を明るく彩っていた。

 

「んっ」

 

 とある珈琲店に多くの人が集っている。

 あそこの飲み物は、美味しいのだろうか?

 

「おい人間」

 

 ボクは制服を着たチョコボーに声をかける。

 

「おっす!」

「あの店のカフェラテを買ってこい。そしたら許してやることを考えないでもない」

 

 何となしに放ってみた言葉だった。

 

「行ってきナス!」

 

 すると人間は、足早に珈琲店へと走っていった。

 店内の明るい照明が、ガラス越しにアイツのシルエットを浮かび上がらせている。

 

「はぁ……」

 

 ボクは路地に立ったまま、ため息をつく。

 

 どうしてこんなヤツと組む羽目になったんだろう。

 人間なんて消耗品みたいなものなのに。

 どうせ直ぐ……いや、アイツは中々しぶといか。

 

 そんなことをぼんやり考えていると、珈琲店の扉が開いて、人間が戻ってきた。

 両手に紙カップを抱えて、ニコニコと笑っている。

 

「おまたせ! 天使くん。カフェラテ、ホットしかなかったんだけどいいかな?」

 

 ボクは無言で受け取る。

 一口飲んでみれば、ミルクの甘みと温かさが口いっぱいに広がった。

 まるで疲れた身体に染み渡るかのようだ。

 

 ……悪くない。

 

 ボクは気怠げに目を細めて、歩き出す。

 

「ふうん……不味くはないね」

「やったぜ。(歓喜の舞)」

 

 コイツ、相変わらず元気だ。

 ボクのペースを乱すのが上手いというか、そもそも合わないというか。

 

「まあいいか」

 

 夜の街を歩きながら、ボクは少しだけ思う。

 この人間は、他の子たちとは違うかも知れない。

 脆くなくて、死ななさそうで……。

 

 ——ほんの一抹の期待。

 

 いや、そんな感情は持つべきじゃない。

 近づきすぎると、後悔するだけだから。

 

 

■ ■ ■

 

 

「おかえり。天使くん、鈴木くん」

 

 公安の本部に戻り、早速上司への連絡だ。

 ボクは簡潔に、ことの顛末を語る。

 

「廃ビルにいたのはピーマンの悪魔でした。銃の悪魔の肉片は……特になかったです。処理しました」

 

 その言葉を聞いた上司は、うんうんと頭を揺らす。

 不気味に微笑みながら、どこか面白そうに。

 

「そっか。二人のおかげで民間への被害が抑えられて良かったよ。……ところで」

 

 いつものように微笑んだまま、少し首を傾げた。

 

「今回のバディはどう? やりにくくない?」

 

 声はやわらかい。

 けれどそこには、答えを最初から知っている者の余裕が滲んでいた。

 

 ボクは視線を落とす。

 上司の目をまっすぐ見るのは、ひどく疲れる。

 

「……別に。いつもと同じです」

「ふふ、そっか。じゃあ“いつも”より少しだけ楽しそうに見えたのは、私の気のせいかな」

 

 気のせいだ。

 楽しそう?

 何を馬鹿なことを。

 

 だってボクは、あの人間のことを嫌いだ。

 うるさくて、距離が近くて、変な冗談ばかり言って、勝手にボクのリズムをかき乱す。

 

「任務中、天使くんが彼を殴ったんだってね」

「…………」

 

 あ。

 ボクの胸の奥が、ほんの少しだけ冷える。

 

 上司は叱るわけでも笑うわけでもなく、ただ事実を読み上げるみたいに言った。

 その“ただ”が、ボクには一番怖い。

 

「それと、彼が天使くんのお尻を叩いたってことも」

 

 空気が固まる。

 ボクの耳まで熱が上がるのがわかる。

 ……なんで知ってるんだ。

 いや、この人が知らないことなんて、たぶん無い。

 

「……なんで、知ってるんですか」

 

 ボクは思わず、声を上擦らせてしまう。

 誰にも見られていないはずだった。

 あの廃ビルで起きた、あの屈辱的な接触事故を。

 

「報告にあったからね」

 

 上司はデスクに置かれた書類を指先でトンと叩く。

 公安のデビルハンターは、常に監視されているようなものだ。

 けれど、まさか『お尻を叩かれた』なんてことまで把握されているなんて……くっ。

 

「彼、鈴木くんだっけ。面白い人間だね」

 

 上司は金色の瞳を細め、クスクス楽しそうに笑う。

 その笑顔は妖艶で、でもボクにとっては胃の底が冷たくなるような恐怖の対象でしかない。

 

「普通、天使くんに触れようとする人間はいない。寿命を吸われることを恐れるからね。……それなのに彼は、君の寿命攻撃を恐れるどころか、自ら君の『お尻』を叩いた」

 

 淡々とした口調で『お尻』と強調されると、顔から火が出そうになる。

 羞恥心と、あの時の「ぺしんっ!」という乾いた音が脳内でリフレインする。

 

「……あいつ、馬鹿なんです。ただの無知です」

 

 ボクは視線を逸らして、吐き捨てるように言った。

 

「寿命のことだって、脅しても全然通じないし。変な言葉ばかり使うし……」

「でも、天使くんは彼を殺さなかった」

 

 その言葉が、スッとボクの思考に割り込んでくる。

 

「君の制服越しとはいえ、あれだけの無礼を働いた人間のこと。君ならその気になれば、一瞬で首を刎ねることもできたんじゃないかな?」

 

 そうだ。ボクにはそれができた。

 あの瞬間、殺意だって湧いたはずだ。

 

 それなのに、ボクはアイツの買ってきたカフェラテを飲んで、こうしてのこのこと帰ってきている。

 

「それは……」

 

 言い訳を探す。

 

 殺すのが面倒だったから?

 いや、違う。

 攻撃を止められたから?

 それもあるけど、本気を出せば殺せたはずだ。

 

「……あいつ、ボクのことを女だと思ってるんです」

 

 ボクは論点をずらすように、別の事実を口にした。

 

「性別を訂正するのも面倒だから、そのままにしてますけど。……だから、あんな気安く触ってきたんじゃないですか」

 

 上司は「ふうん」と興味深そうに顎に手を当てた。

 

「勘違い、か」

 

 彼女の視線が、ボクの全身をねっとりと舐めるように観察する。

 まるで、珍しい動物を品定めするような目。

 

「いいんじゃないかな。そのままで」

「え?」

 

 一瞬思考が止まる。

 

「だから、訂正しなくていいよ。彼が君を『女の子』だと思い込んでいるほうが、色々……面白そうだし」

「面白いって……」

 

 なんて身勝手なことを言うのだろうか。

 

「それに、鈴木くん。天使くんの攻撃を受け止めた反射神経といい、その異常なまでの精神構造といい……普通の人間とは少し違う匂いがするね」

 

 上司は椅子に深く座り直し、足をそっと組んだ。

 そしてこう問いかけてくる。

 

「天使くん」

「……はい」

「今回のバディ、君はどうしたい? もし気に入らないなら、新しい人間を用意するけれど」

 

 試されている。

 そう直感した。

 

 気に入らないと言えば、アイツは消されるだろう。

 あの、チョコ色の肌をして、無駄に元気が良くて、変な声で鳴く人間は。

 ボクの日常から、一瞬でいなくなる。

 それは、果たして良いことなのだろうか?

 

 ボクは、口に残るカフェラテの甘さを思い出した。

 

「……いえ」

 

 ボクは小さな声で答える。

 

「今のところは、まだ使えそうです。盾くらいにはなるかもしれないし」

「そっか」

 

 上司は満足げに微笑んだ。

 その笑みは、最初からボクがそう答えることを知っていたかのようだった。

 

「じゃあ、仲良くやってね。あぁ、それと」

 

 一息区切って、上司がイタズラっぽく言う。

 

「彼、君のお尻の感触、気に入ってたみたいだよ?」

「ッ……!?」

「ふふ。おやすみ、天使くん」

 

 ボクは逃げるように部屋を出た。

 扉が閉まった瞬間、重苦しい空気が遮断され、大きく息を吐き出す。

 

 施設の廊下は静まり返っていた。

 心臓が早鐘を打っている。

 

 ……最悪だ。

 本当に……最悪な上司と、最悪なバディだ。

 

 ボクは熱くなった頬を手の甲で冷やしながら、暗い廊下を歩き出した。

 

「ああ、まったく……!」

 

 お尻の痺れはもう引いているはず。

 なのに、なぜだかまだ、そこだけ体温が高いような気がしてならなかった。




天使の悪魔はKAWAIIと言いなさい!
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