迫真バディ部・天使の裏技   作:天使ξ紳士

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第3話:スクラップの雨と翼の盾

 翌朝。

 憂鬱な太陽が昇り、また一日が始まる。

 

 ボクは公安の寮の一室で目を覚ました。

 カーテンの隙間から差し込む光が、ボクの瞼を無理やりこじ開けようとしてくる。

 

「はあ……」

 

 朝一番の行動は、深いため息だ。

 生きているだけで疲れるし、布団から出るのには莫大なエネルギーが必要なのだから。

 

 昨日の上司の言葉が、頭の隅にこびりついている。

『彼、君のお尻の感触、気に入ってたみたいだよ?』

 

「……変態」

 

 ボクは枕に顔を埋めて、誰にともなく悪態をつく。

 寿命を吸われる恐怖よりも、感触を優先する人間。

 やっぱり、あの男はおかしい。

 

 でも、仕事に行かないと……ああ面倒だ。

 ボクは重たい身体を引きずって、身支度を整えた。

 

 

■ ■ ■

 

 

 本部のロビーに行くと、既にヤツはいた。

 

「オッス! おはようございまーす!」

 

 朝から無駄にデカい声。

 人間はデビルハンターの制服を着崩して、何やらストレッチをしていた。

 

「……うるさい」

「おっ、天使くん! 昨日はよく眠れまった?」

 

 爽やかな笑顔で近づいてくる。

 その距離感が、やっぱり近い。

 

 ボクは一歩下がりながら、ジト目で睨み返した。

 

「最悪だよ。君のせいでね」

「いや〜、こっちは昨日は家に帰ってから即、枕デカくして寝たんで! スッキリですよ!」

 

 枕をデカくして寝た? ……意味が分からない。

 とはいえ、いちいち突っ込むのも面倒だ。

 

「そう。じゃあ行くよ」

「ウィッス!」

 

 今日の任務は、市街地のパトロールだ。

 強力な悪魔の出現情報は今のところない。

 ただ歩いて、見回って、何もなければ帰る。

 それだけの、退屈で平和な業務。

 

 ……のはずだった。

 

「暑い……」

 

 日が高くなるにつれて、アスファルトからの照り返しが強くなる。

 

 ボクは暑いのが苦手だ。

 翼が熱を吸収して、蒸れるような感覚がある。

 

「大丈夫? 天使くん、顔赤いっすよ」

「……君の肌の色よりはマシだと思うけど」

「あ、これ実は日焼けなんすよ」

「聞いてない」

 

 どうでもいい情報を遮断しつつ、ボクはそこらの公園にある木陰のベンチへと避難した。

 

 もう歩けない。

 一歩も動きたくない。

 

「休憩……」

「あっ、いいっすね〜。じゃあ俺、なんか飲み物買ってきますよ!」

 

 気が利くのか……? 

 

 人間は近くの自販機へと走っていった。

 本当に、無駄な体力が有り余っている人間だ。

 

 ボクはベンチにぐったりと寄りかかる。

 ふと空を見上げて、遠くの鳥を望む。

 雲ひとつない青空。

 平和すぎて、逆に不安になるくらい。

 

 しばらくして、人間が戻ってきた。

 

「おまたせ! アイスティーしかなかったけどいいかな?」

「……ありがとう」

 

 差し出されたペットボトルを受け取る。

 

 冷たい。

 その感触だけで少し生き返る気がした。

 キャップを開けて一口飲む。

 甘くない、ストレートティーだ。

 

「……ふう」

「生き返るわぁ^〜」

 

 隣で人間も豪快に喉を鳴らして飲んでいる。

 そして、ボクの方を見てニカッと笑った。

 

「天使くんさぁ」

「なに」

「休みの日は何してんの? やっぱ、彼氏とデートとか?」

 

 またその話か。

 ボクは呆れを通り越して、無の表情になる。

 

「いないって言ったでしょ。それにボクは……」

 

 男だ、と言いかけて止める。

 上司の言葉を思い出したからだ。

 

『彼が君を女の子だと思い込んでいるほうが、色々面白そうだし』

 

 ……訂正するのは、やめておこう。

 それに、男だと知られたら知られたで、この距離感がおかしくなるかもしれない。

 いや、そもそも今の距離感もおかしいのだけれど。

 

「ふーん。じゃあさ、今度俺とどっか行かない?」

「……は?」

 

 ボクは思わず、飲んでいたアイスティーを吹き出しそうになった。

 

「何を言っているんだ君は」

「せっかくバディ組んだんだし? 親睦会的な?」

「お断りだね。面倒くさい」

「えー、いいじゃんいいじゃん。俺、美味い屋台とか知ってるよ?」

 

 屋台。

 その単語に、ボクの耳がピクリと反応する。

 人間の食べ物は、嫌いじゃない。

 特に甘いものや、ほっぺが落ちそうになるもの。

 

「……どんな?」

「おっ、食いついた! 下北沢の方にさ、結構評判のいい店があって……」

 

 人間が得意げに話し始めた、その時だった。

 

 ——キィィィィィィン!!

 

 耳をつんざくような金属音。

 それが、通りの向こうから響き渡った。

 空気の振動。

 そして、漂ってくる腐敗臭。

 

「……悪魔だ」

 

 ボクの気配察知が警鐘を鳴らす。

 休憩は強制終了だ。

 ボクはため息をつきながら立ち上がろうとする。

 

 だが、それより速く人間が動いた。

 

「天使くん、下がってて!」

 

 太い腕が、ボクを制するように前に出る。

 普段のふざけた態度とは違う、鋭い眼光。

 その背中は、意外なほどに頼もしく見えた。

 

 通りの角から姿を現したのは、廃材と鉄パイプが複雑に絡み合ったような異形の悪魔だった。

 

 『スクラップの悪魔』とでも言うべきか。

 

 ガチャガチャと音を立てながら、周囲の看板やガードレールをなぎ倒して進んでくる。

 

 しかし。

 

「いいよ! 来いよ!」

 

 人間が大声を上げて、悪魔の注意を引きつけた。

 

 悪魔の何本もの鉄パイプの腕。

 それらが、人間めがけて振り下ろされる。

 普通ならミンチだ。

 生身の人間が、受け止められるわけがない。

 

 ——ガギィンッ!!

 

 鈍い音が響く。

 けれど、それは肉が潰れる音ではなかった。

 

 人間は持っていた公安支給のデビルハンター用の剣で、その重い一撃を受け止めていたのだ。

 

「ほらほら!」

 

 いや、受け止めただけじゃない。

 衝撃をあえて受け流し、身体を回転させて懐に飛び込んでいる。

 

「ヌゥン!」

 

 気合一閃。

 

 アイツの剣が、悪魔の関節部分——動力源らしきパイプの結び目を正確に切り裂いた。

 

 鮮やかだった。

 無駄がない動き。

 

 ただの筋肉バカだと思っていたけれど、その実力は確かに公安のデビルハンターとして本物のようだ。

 

「グギャアアアア!」

 

 悪魔がバランスを崩して倒れ込む。

 そこへ追撃を加えようと人間が踏み込んだ。

 

 その時。

 悪魔の背中から隠し腕のような鋭利な鉄片が飛び出し、人間の脇腹を狙った。

 

 死角からの攻撃。

 今の体勢じゃ、避けきれない——!

 

 ボクの身体が勝手に動いた。

 

 ——ザシュッ。

 

 鉄片が弾き飛ばされ、アスファルトに突き刺さる。

 

 ボクの右の翼。

 鋼鉄よりも硬い羽根が人間を守る盾となっていた。

 

「ぬっ……!」

 

 人間が驚いた顔で振り返る。

 

 なんで助けたんだろう。

 放っておけば、人間はきっと死んだだろうに。

 さすれば、ボクはまた一人になれたのに。

 

 でも。

 

「……天使くん」

 

 人間は一瞬だけ真面目な顔をして、それからニカッと笑った。

 

「ありがとナス!」

 

 そして振り返り、悪魔に向かって叫ぶ。

 

「お前、上半身に対して下半身が貧弱過ぎるんだよ!  落ちろ!」

 

 ドスッ、と強烈な蹴りが悪魔のコアに突き刺さる。

 

『ウッッッッッッッス⁉︎』

 

 悪魔は断末魔をあげて活動を停止し、やがてガラクタとなって消えていった。

 

 

■ ■ ■

 

 

「ふぅー、終わった終わった」

 

 戦闘終了。

 人間は剣を鞘に納め、何事もなかったかのように肩を回している。

 

「……おい、お前。無茶しすぎ」

 

 ボクは呆れて言った。

 羽を背中に戻しながら、彼に近づく。

 制服の一部が破れて、少し擦り傷ができている。

 

「いやー、でも天使くんが守ってくれたおかげで助かりましたよ。マジで」

「……別に」

 

 感心したように言う人間。

 なんだか調子が狂う。

 

 ボクを守るために前に出たアイツ。

 アイツを守るために前に出たボク。

 

 ……変な感じだ。

 

「腹減ったなぁ」

 

 人間が腹をさすりながら空を見上げる。

 

「……え?」

「さっきの屋台の話、まだ有効っすか?」

「……屋台?」

「助けてもらったお礼で」

 

 奢り。

 

「……高いよ、ボクは」

「大丈夫大丈夫! 給料入ったばっかだし! ばっちえ任してくださいよ!」

 

 ドン、と自分の胸を叩く人間。

 その自信満々な態度が、なぜだか今はそこまで不快じゃない。

 不思議なものだ。

 さっきまであんなに鬱陶しかったのに。

 

「そう。なら、行ってあげてもいいけど」

 

 ボクはそっぽを向きながら答える。

 

 顔が少し熱いのは、さっき戦闘で動いたせいだ。

 絶対そうだ。

 

「っしゃ! じゃあ行きましょう! 近くに美味いラーメン屋もあるんで!」

「屋台じゃなかったの?」

「ラーメンも屋台も行けばいいじゃないっすか!」

 

 人間はボクの手を引こうとして——ハッとして引っ込めた。

 寿命のことを思い出したのか、それとも「女の子」への遠慮なのか。

 空を切ったその手が、少し滑稽で。

 

「……ぷっ」

 

 ボクの口から、小さな笑いが漏れた。

 

「あ、笑ったね? その心笑ってるね?」

「笑ってない」

「いや絶対笑った! つまりほい、俺の勝ち!」

「何が勝ちなのさ……」

 

 意味のわからない勝利宣言。

 そして、人間が先に歩き出す。

 

 夕暮れ時の街。

 その大きな背中が溶け込んでいく。

 

「……人間」

 

 いつもなら、人間の名前なんて覚えない。

 覚えたって意味がないから。

 どうせすぐに死んで、いなくなる存在だから。

 

 でも。

 ボクを守ろうとして前に出た、あの無謀な姿。

 ボクの攻撃を受け止めた、あの反射神経。

 そして何より、ボクを「天使」としてではなく、ただの……まあ、勘違いだけど「女の子」として、対等に接してくるこの態度。

 

 この人間なら。

 もしかしたら、ボクの隣で少しは長生きするかもしれない。

 

 そんな予感が、ふとした。

 

「おーい、早くしろ〜」

 

 遠くから、間の抜けた声が聞こえる。

 ボクは小さく息を吐いて、歩幅を少しだけ広げた。

 

「待ってよ」

 

 ボクは呼びかける。

 いつもの「人間」ではなく。

 これからは、少しだけ名前で呼んでやってもいい。

 

「……”鈴木”」

 

 ボクの声は喧騒にかき消されたかもしれない。

 けれど、振り返った人間は、夕焼けの中でニカッと白い歯を見せて笑った気がした。

 

 まあ、こういうのも、悪くはないのかもしれない。

 ……少しだけ、そう思った。

 

 本当に、少しだけだ——。




シュレティンガーの天使の悪魔♂
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