迫真バディ部・天使の裏技   作:天使ξ紳士

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最終話:触れて、そして、永遠に

 あの大浴場での「告白」から、数日が過ぎた。

 

 ボクたちの関係は、劇的に変わった。

 ……わけではない。

 

 相変わらずアイツはうるさいし、ボクは面倒くさがりだ。

 けれど、決定的に変わったことが一つある。

 

 それは「距離」だ。

 

 ボクたちは以前よりも物理的な距離を意識するようになってしまった。

 

「……おっす、おなしゃす」

「……うん」

 

 朝、オフィスのデスクですれ違う時。

 今までは無遠慮に近づいてきていたアイツが、意識的に一歩、距離を開けるようになった。

 

 ボクが「男」だとわかったから?

 いや、違う。

 あの日、風呂場でボクが突きつけた現実――「触れたら死ぬ」という事実を、彼がようやく、本当の意味で理解したからだ。

 

 それは優しさだ。

 ボクを人殺しにさせないための、彼なりの配慮。

 

 でも。

 その優しさが、今のボクには鋭利な刃物のように胸を抉る。

 

 ……遠い。

 

 書類を整理するふりをしながら、ボクは横目で彼を見る。

 彼は後輩の姫野と何か話している。

 姫野が彼の肩を叩く。彼は笑って返す。

 

 そこには「壁」がない。

 命のやり取りを気にする必要のない、暖かな体温の交流がある。

 

 ボクは自分の手を見つめる。

 白くて、綺麗で、何も掴めない手。

 

 それがボクにはどうも恐ろしく感じられた。

 

 

■ ■ ■

 

 

 その日の午後。

 唐突に、その指令は下った。

 

「二人とも、今日は大物だよ」

 

 上司から告げられる無機質な指令。

 ボクたちはすぐさま装備を整え、現場へと急ぐ。

 

 場所は、都心の地下鉄構内。

 多くの民間人が行方不明になっているという、大規模な案件だった。

 

「……嫌な予感がする」

 

 封鎖された地下への階段を降りつつ、ボクは呟く。

 空気が淀んでいる。

 湿り気を帯びた風が、地下奥から吹き上げてくる。

 

「大丈夫だいじょーぶ! 俺たちがパパパっとやって、終わり! 帰りに焼肉でも行きますか!」

 

 前を歩く彼が、振り返ってニカッと笑う。

 その笑顔はいつも通りで、目を逸らしてまう。

 

 地下ホームに到着した。

 するとそこには、異様な光景が広がっていた。

 

 壁、床、天井。

 至る所が灰色の植物のような”根”で覆われている。

 そして、その根に絡め取られた人々が、ピクリとも動かずに横たわっていた。

 

「こいつは……」

「『衰弱の悪魔』……かな」

 

 ボクは知識の引き出しを開ける。

 生命力を直接吸い取り、枯れさせる悪魔。

 物理的な攻撃よりも、概念的な「死」を振り撒くタイプ。

 ……ボクの能力と、少し似ている。

 

『オオオォォォ……』

 

 奥の暗闇から、呻き声が響いた。

 巨大な枯れ木のような怪物が、姿を現す。

 その身体からは、無数の触手が蠢いていた。

 

「来るぞ! 天使くん、下がってて!」

 

 彼が剣を抜き、前に出る。

 

「待って! あいつは危険だ、不用意に近づくと……!」

「やるしかないでしょ! イクぞオラァ!」

 

 制止する間もなく、彼は飛び出した。

 速い。

 迷いのない踏み込み。

 

 悪魔の触手が襲いかかる。

 彼はそれを紙一重で躱し、懐へと潜り込む。

 

「入って、どうぞ(斬撃)」

 

 剣閃が走る。

 悪魔の胴体が深々と切り裂かれた。

 

 手応えはある。

 いける。

 そう思った瞬間だった。

 

『ギイィィィィ!!』

 

 悪魔が咆哮を上げると同時に、切断面から灰色の霧が噴き出した。

 それは物理的な攻撃ではなく、呪いそのものだった。

 

「しまっ……!」

 

 至近距離にいた鈴木は、その霧を真っ向から浴びてしまった。

 

「がはっ……⁉︎」

 

 彼はその場に膝をついた。

 剣がカランと音を立てて落ちる。

 

「鈴木!」

 

 ボクは叫び、翼を展開して駆け寄った。

 槍を生成し、悪魔めがけて投擲する。

 

「10年使用……消えろ‼︎」

 

 寿命を代償にした一撃は、悪魔の核を貫いた。

 断末魔と共に、怪物は灰となって崩れ落ちていく。

 

 戦闘は、終わった。

 一瞬の出来事だった。

 

 しかし。

 

「おい……!」

 

 ボクは彼の元へ走り、数メートルの距離で立ち止まった。

 

 彼は壁にもたれかかり、荒い息を吐いている。

 その肌の色がおかしい。

 健康的なチョコレート色が、見る見るうちに褐色に、灰色へと移り変わっていく。

 

「はぁ、はぁ……あー、ミスったなぁ……」

 

 彼は力なく笑おうとして、咳き込んだ。

 口から溢れたのは血ではなく、灰のような砂だった。

 

「これは……」

 

 ボクは悟った。

 『衰弱の呪い』。

 生命力を根こそぎ奪う呪いだ。

 一度受ければ、急速に身体機能が停止し、文字通り枯れ果てて死ぬ。

 

「救急車を……いや、医療班を……!」

 

 ボクは震える手で通信機を取り出そうとした。

 だが、鈴木の声がそれを止めた。

 

「いいよ……天使くん。……無駄だ」

「なに言って……!」

「わかるんだよ……自分の身体のことくらい」

 

 彼は自分の手を見つめた。

 指先から少しずつ、砂のように崩れ始めている。

 

「これ、もう……助から。助かりませんね(悟り)」

 

 冷静だった。

 バカなくせに、こういう時だけ聡い。

 

 ボクの頭の中で、絶望的な計算式が弾き出される。

 この呪いは、外部からの治療では治せない。

 唯一の方法は、呪いごと生命力を「上書き」するか、あるいは「吸い出す」か。

 

 ……吸い出す?

 

 ボクの能力。

 対象の寿命を吸い取る力。

 もし、今の彼に触れれば。

 彼の体内に巣食う「死の呪い」ごと、彼の残りの寿命を全て吸い尽くすことになる。

 

 どのみち、彼は死ぬ。

 放置すれば、呪いに食われて苦しみながら。

 ボクが触れれば、ボクの能力によって一瞬で。

 

「……鈴木」

 

 ボクは一歩、彼に近づいた。

 足が震える。

 

「ボクが……ボクが触れば、その苦しみは終わらせられる。でも、それは……」

 

 それは、ボクが君を殺すということだ。

 

 ずっと恐れていた結末。

 ずっと避けてきた最悪のシナリオ。

 

 彼は、薄れゆく意識の中で、ボクを見た。

 その瞳は、まだ死んでいなかった。

 

「なぁ、天使くん」

 

 彼は、掠れた声で言った。

 

「俺さ……悔しいんだよ」

「……なにが」

「せっかくバディになれたのに。……結局、一回も、手え、繋げなかったなぁって」

 

 こんな時に。

 コイツは、まだそんなことを言っているのか。

 

「……バカ。そんなこと、言ってる場合じゃない」

「バカでいいよ……。なぁ、頼むよ」

 

 彼は、崩れかけた右手を、ゆっくりとボクの方へ差し出した。

 

「最後くらい……直接触ったって。多少はね?」

 

 それは、懇願だった。

 命乞いではない。

 最期の瞬間の「救い」を求める、魂の叫びだった。

 

「天使くんに触れるなら……本望ってやつ?」

 

 彼の口元が、微かに緩む。

 

「いいよ、こいよ」

 

 いつもの、ふざけたような。

 でも、今までで一番優しい、受け入れの言葉。

 

「っ……!」

 

 ボクは唇を噛み締めた。

 鉄の味がした。

 

 嫌だ。

 殺したくない。

 失いたくない。

 

 でも、このまま彼が灰になって消えるのを、ただ見ていることなんてできない。

 彼が望むなら。

 彼が、最期にボクの温もりを求めてくれるなら。

 

 それはボクが背負うべき「業」だ。

 

「……わかった」

 

 ボクは頬の雫を無視して、寄り添った。

 二人の間にあった、たった数センチの距離。

 ずっと超えられなかった「壁」。

 

 それを今、ボクは踏み越える。

 

 彼の目の前に跪く。

 差し出された、泥と灰に塗れた大きな手。

 

 ボクは、自分の細い手を、震わせながら伸ばした。

 

「……鈴木」

 

 そして。

 ボクたちは、初めて触れ合った——。

 

 ガシィッ。

 

 その瞬間。

 世界から音が消えた。

 

 ボクの脳内に、二つの強烈な感覚が同時に流れ込んでくる。

 

 一つは、「殺す感覚」。

 ボクの能力が、彼の残った生命力を、呪いごと貪欲に吸い上げていく。

 彼の鼓動が止まり、血流が止まり、魂が肉体から引き剥がされていく感触。

 それは吐き気がするほど残酷で、暴力的な行為。

 

 もう一つは、「繋がった実感」。

 温かい。

 熱い。

 彼の手のひらは、ゴツゴツしていて、大きくて、そして驚くほど優しかった。

 皮膚を通して、彼の鼓動の残響が伝わってくる。

 彼の「生」が、ボクの中に入ってくる。

 

「おい……」

 

 鈴木の目が、大きく見開かれた。

 痛みはないはずだ。

 ボクの能力は、苦痛を与えずに命を奪う。

 

 彼の視界はもう霞んでいるだろう。

 それでも、彼はボクを見ていた。

 そして、握り返してきた。

 最後の力を振り絞って。

 

「……んあぁ……」

 

 彼が、何かを言おうとした。

 ボクは顔を近づける。

 最期の言葉を聞き逃さないように。

 

「ん……にゃぴ」

 

 彼は、ニカッと笑った。

 灰になりかけた顔で、いつもの、あの太陽みたいな笑顔で。

 

「……あったかい……な」

 

 それは、ただの強がりなのか。

 

 彼の身体から、力が抜けていく。

 握り返してくれた手の力が、ふっと消える。

 

「おい……おいっ……!」

 

 彼の身体は、光の粒子のように分解され、ボクの能力へと変換されていく。

 呪いも、痛みも、全て消えて。

 ただ、彼という存在の「重み」だけが、ボクの中に残る。

 

 数秒後。

 ボクの手の中に残っていたのは、彼の着ていたジャケットと、砂のような塵だけだった。

 

 彼は、死んだ。

 ボクが、殺した。

 

「あ……ああああああああああああ!!」

 

 誰もいない地下ホームで、獣のように吠えた。

 彼のジャケットを抱きしめて。

 その残り香を胸いっぱいに吸い込んで。

 

 温かい。

 まだ、温かいんだ。

 

 ボクの中で、彼が生きている気がした。

 ボクの寿命の一部となって、彼が溶け込んでいる。

 

 それは、耐え難いほどの絶望であり。

 同時に、これ以上ないほどの「一体感」だった。

 

「また、ボクは失った」

 

 

■ ■ ■

 

 

 数日後。

 

 公安本部の屋上。

 ボクはフェンスにもたれかかって空を見ていた。

 今日も、あの日と同じような青空が広がっている。

 

「……天使くん」

 

 背後から声がした。

 上司の声だ。

 彼女はいつものように、感情の読めない微笑みを浮かべて立っていた。

 

「報告書、見たよ。鈴木くんの件、残念だったね」

 

 その声には、一片の哀悼も含まれていないように聞こえた。

 彼女にとっては、ただの駒が一つ減っただけのことなのだろう。

 

「……はあ」

「君の能力で、彼の呪いを中和しようとした判断は間違っていない。結果的に彼は亡くなってしまったけれど、君たちのおかげで被害は最小限に抑えられた」

 

 彼女はボクの隣に来て、同じ空を見上げた。

 

「それで? 気分はどうかな」

「……別に」

 

 ボクは正直に答えた。

 彼女を睨む気力もなく、ただため息をついた。

 

「新しいバディ、また探しておくね」

「……いえ」

 

 ボクは首を横に振った。

 

「しばらくは、一人でいいです」

「そう。寂しくない?」

「……まさか」

 

 ボクは胸に手を当てた。

 そこには、確かな鼓動がある。

 いつもより少し強く、温かい鼓動が。

 

「…………」

 

 上司は少し意外そうな顔をして、それから「そっか」と短く言った。

 彼女は踵を返し、立ち去っていく。

 

 屋上には、ボク一人だけが残された。

 風が強く吹く。

 ボクの長い髪が舞い上がる。

 

 ボクは、空に向かって手を伸ばした。

 何も掴めない、空虚な手。

 でも、その手のひらには、あの日の感触が焼き付いている。

 

 ゴツゴツした手触り。

 熱い体温。

 最期の笑顔。

 

 『……あったかい……な』

 

 その言葉が、リフレインする。

 

 ねぇ、鈴木。

 聞こえてるかな。

 君はもういないけど、君はボクの一部だ。

 ボクが悪魔として生き続ける限り、君もまた、ボクの中で生き続ける。

 それは、呪いかもしれない。

 でも、ボクにとっては、唯一の救いなんだ。

 

 ボクは目を閉じて、風の音に耳を澄ませた。

 そして、誰にも聞こえないような、小さな声で言葉を呟く。

 

「……”鈴木”」

 

 言葉にするのは、これが最後だ。

 

 風が、ボクの言葉をさらっていく。

 空の青さが、目に染みた。

 

 天国に行けるわけもない。

 でも、この地獄のような世界で、ボクは君という「人間」に出会えた。

 

 それだけで。

 今は、十分だ。

 

 ボクは目を開け、空を見据えた。

 

 さあ、行こう。

 君の命を背負って。

 君の分まで、面倒くさいこの世界を、生きてやる。

 

 

「ボク……君のことが、好きだったんだよ」

 

—END—

 




本作を見つけてくれた皆々様に、心からの感謝を。
天使の悪魔の魅力に、ビターエンドを添えて。

それでは、また。
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