瞬く命はまたとなく   作:あだヒメ

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一章:またとない囚人生活
罪状I:胡蝶の悪夢とヒエラルキー登攀法(クライム)


 

・"監獄"ログイン地点

 

その日、一人の〈マスター〉が"監獄"へと堕とされた。

 

それ自体は、珍しいことでもなんでもない。

特筆すべきは、彼がその後に起こした行動である。

 

 

━━━━━

 

 

「ダンジョン攻略のお供に!使い捨て防具、一万ジェイルリルです!いかがですかー!」

 

真鍮の身体を持つ雌牛が、移動式の屋台に繋がれていた。屋台に備え付けられたショーケースには、いくつかの防具が並べられている。

 

その〈マスター〉━シグマ・タウンゼントは、全力で商売をし始めたのだ。

 

「ほー、【ハード】シリーズか。ちと高えが…使い捨てってのはどういうことだ?」

 

一人の男が、シグマに尋ねた。ログインしてきた新入りが、何やら妙なことを始めた。その物珍しさからか、そこそこの人数が屋台の前で足を止めている。男も、その一人だった。

 

「こちら、僕の〈エンブリオ〉で効果を付与しているんですよ。HPが2割を下回ると、ダメージを耐久値で肩代わりしてくれます」

 

【ハード】シリーズは、中程度のレベル帯で使われる装備だ。スキルもステータス補正もなく、ただひたすらに頑丈。堅実と言うにはあまりに振り切った特徴の装備だが、その耐久値は一級品だ。

 

それが、そのまま外付けのHPになる。そう考えるならば、一万という価格はむしろ破格だと言えた。多少の無理も通せるようになるのだから、シグマの言うように、使い捨て(デスペナ前提)でダンジョンに潜るのにも適した装備だろう。男は、そう考える。

 

「へぇ、そりゃいい。胴鎧と手甲、一つずつ買った」

 

「ありがとうございます!」

 

その男を皮切りに、それまでシグマを遠巻きに見ているだけだった者も商品を手に取り始める。

開店初日の売れ行きは、極めて順調だと言えた。

 

しかし、好況とは長続きしないものであり、その後には、いつだって不況が待ち受けているものだ。

 

「よお、新入り。随分と儲かってるみたいじゃねえか」

 

やたらと派手な身なりの男たちが、人混みを押し除けてやってきた。その代表として口を開いた男の両手には『BAN』の字が刻まれたグローブが嵌められていた。

シグマは、その顔をよく知っている。

 

「いらっしゃいませ、〈六道混沌〉の皆様ですね。本日は何のご用で?」

 

元・天地の決闘ランキング十位。【粉砕王(キング・オブ・グラインド)】餓鬼道戯我丸である。

 

「なに、大した用じゃねえさ。"監獄(ここ)"は治安が悪いからな。店をやろうってんなら、用心棒(・・・)が必要だろ?」

 

餓鬼道の要求は極めてシンプル。つまるところ、みかじめ料だ。

 

シグマが周囲を見渡すと、いつの間にか、人だかりは散ってしまっていた。

その多くが遠巻きにシグマのことを見物しているので「面倒事には巻き込まれたくないが、その様子は見ていたい」といったところだろうか。いずれにしても、正義のヒーローが助けに来てくれるような展開は期待できなさそうだ。そもそも、"監獄"にいる時点で全員犯罪者なのだが。

 

ひとまず、ここまではシグマの想定通り(・・・・)

 

「そうですね…」

 

「なあに、そこまで取りゃしねえよ」

 

「では、私と決闘をしませんか?」

 

「は?」

 

「用心棒を雇うのなら、私より強い方でないと意味がありませんからね」

 

餓鬼道は、シグマの突然の申し出に顔を丸くし…続く言葉に眉を顰めた。

 

「そちらが勝てば、用心棒代をお支払いします。この店も差し上げましょう。移動式セーブポイントですから、備品も含めれば四千万は下らないかと」

 

"監獄"で、店を賭けての決闘。

似通った状況が餓鬼道に、かつて味わった敗北を想起させる。

 

「へえ?」

 

しかし、相手はただの〈マスター〉だ。〈超級〉でもなんでもない。

ならば、【粉砕王】が負ける道理などどこにもなかった。

 

「上等だ。テメエを吹っ飛ばして見せしめにしてやる」

 

 

━━━━━

 

 

屋台の前、ログイン地点故に開けた空間で、シグマと餓鬼道が対峙する。

 

ボクシングの構えを取る餓鬼道に対し、シグマは左手を右手に添え、引いた右手の掌を餓鬼道に向ける構えだ。

 

(アームズ…いや、ガードナーとの複合か?)

 

シグマの両手には、指先から肘までを覆う真鍮製のガントレットが嵌められていた。屋台に繋がれていた真鍮の牛が消えていることから、餓鬼道は、それらがシグマの〈エンブリオ〉なのだろうと確信する。

 

「【ブローチ】は外されましたか?」

 

「ああ」

 

既に【誓約書】によって契約は成立している。餓鬼道とシグマの一対一。【ブローチ】やシグマの売る鎧のような、ダメージを無効化・肩代わりするような装備は禁止だ。

餓鬼道が勝利した場合の条件は先の通り。シグマが勝利した場合は「直接・間接を問わず、シグマに対する不干渉」が条件となる。

 

「では、合図を」

 

シグマに促され、〈六道混沌〉の一人が声を上げた。

 

「…始め!」

 

その宣言で、決闘が始まる。

 

 

 

餓鬼道は、身体を揺らしながらシグマとの距離を詰める。その狙いは至ってシンプル。彼の〈エンブリオ〉━━両拳を覆うグローブの【バンテンイン】で殴り飛ばすのみだ。

最初の接触で【バンテンイン】のスキルを発動し、続けて殴り飛ばすことで「起爆」する。その余波も、攻撃スキルを乗せた【粉砕王】の拳ならば相殺できる。

「触れたものを接触式の爆弾に変える」という特性上、【バンテンイン】は即効性に欠ける。その欠点をカバーするための小技の一つだ。

 

「《偶像の印(アイドラトリー・サイン)》━━"海属性・物理減衰"」

 

対するシグマは━━防御の姿勢を見せた。右腕の半ばほど…左手が触れている位置に、青と緑、二つの刻印が重ねて刻まれる。十字を象ったその刻印は、ぼんやりと光っていた。

【バンテンイン】は、対象の防御力など関係なく爆殺することができる。

それを受けようとするシグマの行動は、まさに最悪の一手だと言えた。

 

「《破砦拳(はさいけん)》ッ!」

 

「《護身掌》」

 

【砕拳士】のスキルを乗せた拳が、シグマ目掛けて繰り出される。サイズダウンした《破城槌》とでも言うべきそれは、そうであるが故にチャージをほとんど必要とせず、小型化してもなお健在の火力をシグマに叩き込む。

その拳を迎え撃つのは、攻撃の相殺に秀でた拳士系統の掌底だ。

 

用いたジョブスキルは同格であり、拳の〈エンブリオ〉も両者共に第六形態。

 

━必然的に、シグマが押し負けた。

 

海属性で防御を固めようと、シグマはただの上級職。超級職との間にある圧倒的なステータスの差は、その程度の小細工では埋まらない。

 

殺しきれなかった衝撃を受けて、シグマは後方へ吹き飛ぶ。それに合わせて後方へ跳んだシグマだったが、小細工が一つから二つに増えたところで大差はない。

 

特に、拳と衝突した右腕の状態がひどかった。シグマは着地し、再度構えるが、右腕はぷらぷらと垂れ下がるのみだ。構えも右腕を庇うように、右半身を後ろへ下げた半身のものとなっている。

 

しかし、シグマの右腕を粉砕し、戦力を半減させたと言っても過言ではない餓鬼道の顔は険しい。

 

 

 

おかしい。

 

そもそもの話、【バンテンイン】で殴り飛ばされたシグマが、再び立ち上がっていること自体がおかしいのだ。

 

「当然でしょう?」

 

なぜ、と餓鬼道が叫ぶよりも先に、シグマが口を開いた。

 

「肝心の〈エンブリオ〉が壊れてしまっているんです。それでは、スキルなど発動できるはずがありません」

 

言われて、餓鬼道は自らの両拳に視線を落とす。そこには、変わらず健在の【バンテンイン】の姿があった。

当然だ。【バンテンイン】は、第六形態のアームズ。シグマの右腕が砕けようと、その拳のガントレットだけは無事だったように、【バンテンイン】もまた、生半可な強度はしていない。

 

故に、シグマの言葉は苦し紛れのハッタリだろう。爆死を防いだのも、何らかの小細工に違いない。実際、【バンテンイン】に刻印された瞬間に装備を入れ替えるなど、いくらか方法は存在するのだ。

 

餓鬼道はそう結論し、シグマに視線を戻すべきだった。しかし、餓鬼道はそれを選べない(・・・・)

 

「はッ、ああ…!?」

 

目に映る光景と、それがもたらす結果の不一致。かつての"悪夢"と酷似した戦況が、薄らと脳裏に存在した"悪夢"を思考の表層へと引き摺り出す。

 

"悪夢"に覆われた餓鬼道の思考は、自らの目を疑わずにはいられない。目に見える世界が"悪夢"の再来である可能性を、どうしても拭い切れないのだ。

 

"悪夢"から抜け出す唯一の手段は、己に触れること。餓鬼道はかつての経験からその答えに辿り着き、まるで己の頬でも捻るかのように、左手で右拳の【バンテンイン】を掴んだ。

 

グローブ越しのざらついた感触の中には、目立った傷や違和感はない。拳に刻まれた『BAN』の文字も、しっかりと読み取ることができた。

 

これで一安心だ。自らの〈エンブリオ〉は変わらず健在であり、あとは目の前のシグマを叩き潰すのみ。小細工の種が《瞬間装着》ならば、そう多用はできないだろう。故に、餓鬼道の勝利は確じ━━━

 

ばん。と乾いた音が響く。

 

平静を取り戻し、顔を上げた餓鬼道の左目を、銃弾が撃ち抜いた。

 

上げた視線の先に映るのは、硝煙を上げる銃を左手で構えたシグマの姿。

 

直後、撃ち込まれた弾丸は脳髄の中で炸裂。その頭を、盛大に爆ぜさせた。

 

 

━━━━━

 

 

餓鬼道の頭部を構成していた肉が、びちびちと辺りに散らばる。残った身体が倒れ伏すと同時に、それもリソースの塵となって消えていく。

 

シグマは【ポーション】を呷り、へし折れた右腕を治癒した。腕が問題なく動くことを確認しながら掌を見れば━━そこには大きく『BAN』と刻まれていた。〈マスター〉である餓鬼道の死と共に、その字も消えつつある。

 

 

 

 

 

「《踏原卿(フミエ)》━━━"爆発物無効化"」

 

文字が完全に消えたことを確認し、シグマは己の〈エンブリオ〉の名を呼ぶ。その宣言で、右腕に刻まれていた緑の刻印が消えた。

もう一方の刻印…"海属性・物理減衰"は、拳を受けた時点で消えている。

 

これが、【バンテンイン】を無効化したからくりだ。この刻印が刻まれている爆発物は、その機能を停止する。強力な効果ではあるが、シグマはこれまで、この刻印を使ったことは一度もなかった。

 

理由は簡単だ。爆発物に直接刻印する必要がある以上、そのすぐそばまで近寄る必要があるのだ。シグマにはそんなリスクは冒せなかったが、餓鬼道に対しては最強のメタとして機能した。

 

シグマには、"監獄"内である程度幅を利かせられる立場が必要だった。それはすなわち、"監獄"におけるヒエラルキーの上位に立つこと。

 

しかし、シグマは単なる新入りの〈マスター〉に過ぎず、刑期の都合で時間も限られている。そんなシグマが成り上がるには、どうすれば良いか。

 

簡単だ。ヒエラルキーの上位に位置する強者…準〈超級〉をねじ伏せてしまえばいい。そのための舞台が、先の決闘だ。

 

しかし、先にも述べた通り、小細工の一つや二つでは、超級職との差は埋められない。

 

では、小細工の数がその程度ではなかったら?

 

餓鬼道のトラウマを想起させる状況を作り、冷静さを削いだ。

賞品である店の真正面を戦場に指定し、店を巻き込む恐れのある奥義と必殺スキルを縛った。

対【バンテンイン】に特化したスキルで、基本スキルを無効化した。

半身の構えで右腕を隠し、刻印と掌に刻まれた『BAN』の字から意識を逸らした。

その構えが不自然にならないように右腕を砕かせた。

そして、"悪夢(トラウマ)"を掘り返し、弾丸を叩き込む隙を作った。

 

それら全てが、餓鬼道を殺すために施された小細工だとしたら?

 

その結果が、先の勝利である。

 

文字の消えた掌に残るのは、十字の意匠のみ。シグマはその手を、軽く握り込んだ。

 

「相手から決闘を申し出た時点で、何かしらの勝算があることはわかるはずでしょうに」

 

シグマは、ふっと息をつく。昇級戦を制したシグマの胸中にあるのは、安堵と━━落胆だ。

 

 

 

 

 

「圧倒的な優位性に胡座をかいて、何もかもを怠る。〈マスター〉様の悪い癖だ」

 

「驕りすぎなんだよ、バーカ」

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