狂人の面を被った小者   作:狂乱者

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第十話「殺意奔流」

 

 

「な、何だぁ!?」

 

 目の前で起こった出来事に全く付いていけないラバックの発した言葉は、現状を的確に表すには最適であった。

 

 クローステールにて、Jの頭部を始末しようとしていた所、突如、Jの頭が震え始め、目、耳、口から出てきた「黒い何か」に、頭は覆いつくされた。

 同時に、黒い何かは触手の様に伸び、切断された身体に付着し、あっという間に身体すら覆ってしまう。

 クローステールにも伸びてきていたため、すぐさま糸を切断し、ラバックは後方へと距離を置く。

 黒い何かによって接着させられた頭と身体は、再び一つの身体として機能を始める。

 しかし、その姿は生前のJではなく、Jの形を採った黒い影の化け物と成り果てていた。

 殺意に満ち溢れた眼光のみを残したままで。

 

「■■■■■■■――――――!!」

 

 声にならない咆哮を行い、ラバックへと飛び掛る黒い影。

 呆けていたラバックも、自身の身の危険に反応し、クローステールを構える。

 しかし、先程、糸が侵食された事を思い出し、いかなる攻撃をしようかと思い悩む。

 その僅かな隙ですら、化け物染みた速度を誇る化け物には十分であった。

 

「うおっ!」

 

 獣の如き姿を採った影は、大口を開け、ラバックを噛み砕こうと跳ぶが、戦闘経験で勝っていた少年の動きの方が僅差であるが早かった。

 紙一重で攻撃を避けた後方で、地面を滑りながら方向転換を行う怪物の姿が見える。

 仕方なく、クローステールを牽制程度に張り巡らすが、怪物は物ともせずに突っ込んでくる。

 糸を何本も切断しながら走るものの、その度に黒い影から幾つもの塊が落ち、地面に付着していく。

 残された何本かの糸は、化け物の身体に付着した際、切断の役割のみを果たし、侵食される事はなかった。

 

「(侵食は変化中限定って事か……? なら、好都合だぜ!)」

 

 またも馬鹿みたいに一直線に跳んで来る怪物の爪による一撃を回避し、クローステールの網を生成し始める。

 だが、黒い何かは怪物であり、獣ではない。

 

「ぐっ!?」

 

 抉られた脇腹から激痛が走る。

 視線を移すと、クローステールにより切断された黒い塊が変化し、突起物の様な物となり、彼の脇腹を突き刺しているのが確認出来た。

 

「(やられた……! 知能だけはありますって事かよ!)」

 

 痛みに意識を取られている内に、ラバックの眼前には怪物の爪が迫る。

 速度、威力、獲物の隙、と三拍子揃った一撃は容赦なく、少年の顔を引き裂こうと伸びる。

 だが、ラバックは上半身を仰け反らせる事で、致命傷を避ける。

 右頬には大きな3本の切り傷が出来るが、死ぬよりは安い代償である。

 

 手による横振りが回避された怪物は、そのまま足でラバックの肩に着地する。

 当然、押し倒される体勢で少年は横たわり、致命的な隙を晒してしまう。

 黒い塊による突起物はラバックが倒れた衝撃で黒い影に戻り、そのまま消え去る。

 脇腹の左頬から流血が始まるが、今のラバックには痛みを感じる余裕などない。

 目の前に、明確な死神が迫っているのだから。

 

 足で肩を押さえつけられたため、クローステールを扱う事が出来ず、蹴りを入れようにも相手には届かない、といった絶望的な状況にも関わらず、泣き叫ぶ事などせずに、相手の行動を見る事に集中しているラバック。

 

「■■■■■■―――――!!」

 

 化け物は勝ち誇った様に遠吠えをし、腹部から黒い槍の形状をした突起物を生成していく。

 怪物の腹部の前方にはラバックの顔があり、この突起物が射出されれば、1つの死体が出来上がってしまう。

 絶体絶命。

 槍が完全に出来上がり、いよいよ発射される―――――

 

 

 

 

 

 

「葬る」

 

 

 

 

 

 

 凛とした声が闇夜の廊下に響き、鋭い一閃が怪物の後頭部に放たれる。

 トビーとの殺し合いを制したアカメがラバックの援助に駆けつけ、村雨による一撃を繰り出したのだ。

 黒い影の化け物の身体が一際震え、直後に影は薄れ、元のJの姿に戻っていく。

 

「かはっ……!」

 

 突然の強襲、訪れた死によって頭を一刀両断されたJはロクな言葉も発せずに沈黙する。

 前のめり倒れたJの死体をどけ、ラバックは安堵の息を吐きながら立ち上がる。

 

「ふぅ……助かったよ。アカメちゃん」

 

「遅くなってすまなかった。思いの外、手間取った」

 

 ラバックが周囲を見渡すと、遥か後方で首を切断された襲撃者の姿が見えた。

 数本、張り巡らせておいたクローステールにより、アカメの勝利を察知したラバックは、Jに押さえつけられても、取り乱す事はしなかった。

 必ずアカメが助けに入ると確信していたからだ。

 勿論。助けが遅れた場合の事を考え、何本かの糸を体内に隠し持っていたのもあるが。

 

「いっつつ……さっきの黒い奴とか気になることはあるけど……今は皆の安否確認が最優先かな」

 

「ラバック……傷は大丈夫なのか?」

 

 仲間の脇腹と右頬から流れる血を見て、アカメは心配そうに声を掛ける。

 少しの嬉しさを噛み締めながら、ラバックは右手の親指を立てる。

 

「これくらい、男の子だからね!」

 

「そうか。なら行こう」

 

「えっ、いや、もうちょっと心配して欲しいかなー……」

 

 既に駆け出していたアカメに続き、ラバックも痛みを抑えながら走り出す。

 脇腹の傷をクローステールで覆い、応急処置を施しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ボス……姉御……お先に……失礼……します……」

 

 最後に呟いた言葉はJに残された理性から生まれた一言。

 使えない奴扱いを受けながらも、死してまで主であるジーダスとイリスの事を思いながら、Jは命を完全に散らす。

 2人が去った後、Jの死体が一回だけ飛び跳ねる。

 額から肉を掻き分けて出てきた花弁の様な物体が、彼の身体を全て吸収すると、静かに消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!? マイン! 離れろ!」

 

「え?」

 

 本日、何度目かになる、タツミによるマインを抱きかかえての逃亡。

 今回もこの行動が幸を呼ぶ事となる。

 

 

「アァァァァア亜ァァァァァァ阿アァァァァッ!!」

 

 

 絶叫。続いて咆哮。

 Dr.スタイリッシュにより、頭部以外、完全な機械となったGの悲痛な叫びが、二人の耳に入る。

 数十m離れ、マインを降ろしたタツミが見た光景は、全身を黒い何かで覆われていくGの姿であった。

 まるで蟲に這われているのを嫌がるように、動かなくなったハズの身体を死に物狂いで動かすG。

 足掻き一つ一つが強力な衝撃を地面に放ち、小さなクレーターを作り出すが、既に完全に黒い何かに覆われた彼女には、それを気にする程の余裕はない。

 目とギロン以外は黒く塗り潰された存在は、口があったであろう部分から、高音と低音が混ざった不快感満載の声を出す。

 

 

「……斬り切り霧桐錐限伐りキリきり…………」

 

 

 持っていたエクスタスすら真っ黒に覆い付くし、停止した身体は動き出す。

 流石に壊された部分の修復は出来ないのか、銃弾が放たれる事は無かったが。

 

「アイツ……本当に生き物なの……?」

 

「まるで殺意に動かされる人形だな……」

 

 タツミの例えは的確に思えた。

 頭部を激しく動かし、獲物を探す姿は壊れた人形そのものであり、憐れにも思えてくる。

 再びノインテーターを構え、タツミは化け物へと駆け出す。

 

「援護頼むぜ!」

 

「えぇ! 任せなさい!」

 

 何度もタツミに助けられたマインは素直にパンプキンを構え、銃口を怪物へと向ける。

 走り寄るタツミを獲物として捉えた怪物はギロンの切っ先を向け、本来の腕以上に伸ばし、襲い掛かる。

 3m以上伸びる腕に驚くタツミであるが、咄嗟の判断で走り抜け、そのまま足に力を入れ、地面を蹴ろうとする。

 だが、それより早く、地面に差し込んだギロンを中心とした半径3mの範囲が振動し、地割れを起こす。

 

「!?」

 

 跳ぶために姿勢を低くしていたタツミにとっては不意打ちであり、回避する手段などない。

 地面の亀裂に足を取られた事で姿勢を崩し、転びそうになるタツミの眼前に開かれたエクスタスが襲い来る。

 万物両断エクスタスの前では、インクルシオの鎧は無力であり、非力であった。

 

「キリ桐切り……ギッ」

 

 大鋏型帝具エクスタスを閉じるだけで、少年を絶命させられる絶好の好機に、怪物はよろけ、隙を晒してしまう。

 否、自ら望んでよろけたのではなく、パンプキンの砲撃を受けたためであった。

 影の影響なのか、マインの行動を全く見ていなかった怪物は盾で防御する事を忘れ、成すがままに浪漫砲台の攻撃を受けてしまう。

 だが、以前の弱点であった頭部に攻撃を喰らうが、よろけただけで済んだのは、影のお陰でもあるだろう。

 

「限錐霧斬り……」

 

 瞳を動かし、マインに狙いを定めた化け物は一度の跳躍で、彼女との距離を詰める。

 しかし、数分前にその動きを見ていたマインは、既に回避行動を始めていた。

 

 盾の面を使い、彼女を押し潰そうとする怪物から横っ飛びで距離を空け、地面に寝転がった状態のまま、再び砲撃を始める。

 心の余裕はあったとはいえ、一撃喰らえば瀕死確定の攻撃を避けた彼女は、まさにピンチそのもの。

 放たれた砲撃は太く、化け物を覆い尽くす程であり、容易にかわすのは困難となっていた。

 更に盾を攻撃に使ったせいで、防御に回す手段がなくなり、化け物は砲撃をその身で受け止めざるを得なかった。

 

「どうよ!」

 

 クリーンヒットさせた手応えを感じたマインは立ち上がり、敵の生死を見極めようとする。

 動きを止めた化け物は銅像の様に突っ立っているだけである。

 戻ったタツミが横に並び、2人で化け物の行動に注目する。

 いくら化け物でも、多少のダメージは負っているはず。

 そこをタツミとの連携で再び崩す、というのがマインの算段であった。

 が、この計画は呆気なく崩壊する。

 

 

 

 

 

「あれは……?」

 

 ふと、タツミは上空に違和感を覚え、空を見上げる。

 綺麗な夜空が広がる他に、回転しながら舞う物が1つ、そこに存在していた。

 

「エクスタス……?」

 

 タツミの言葉にマインも空を見上げる。

 中を舞うのは黒い影が剥がれ落ち、元の姿に戻ったエクスタスであった。

 だが、直後に意識は逆方向に向けられる事になる。

 

「キキキキキキキキキキキッ!!」

 

 声は前方から聞こえた。

 少年の足元の地面から突き出した2本の巨大包丁……ギロンを黒く塗り潰した物体が、インクルシオの腹部に突き刺さる。

 鎧により、内部にまでギロンが突き刺さる事はなかったが、あまりの衝撃により、タツミは後方に吹き飛ばされる。

 

「ぐおっ……!」

 

「なっ……!?」

 

 よく見れば、怪物はギロンを装着していた腕を地面に突き刺していた。

 伸びる腕を利用し、ギロンを彼らの足元まで移動させていたのだ。

 黒く塗り潰す事でギロンの特性を殺し、囮としてエクスタスを放り投げた事で、ようやく成功した、怪物の苦肉の策と言えるだろう。

 結果は良好であり、タツミを吹き飛ばした後、マインの目の前に降り立つ化け物。

 元々、エクスタスを持っていた手で彼女の頭を掴み、軽々と持ち上げる。

 この怪物、どうしてもマインを持ち上げてから殺したいらしい。

 

「このっ……!」

 

 同じ様な状況でも、マインが取る行動は一つだけ。

 パンプキンの銃口を構えるだけである。

 だが、今度は既にチャージをある程度終えた状態で、だ。

 

「キッ!」

 

 目以外は黒く染まった頭部もろとも、砲撃をほぼ零距離で受けるが、決して手を離そうとはしない。

 砲撃終了後、ほぼ無傷の化け物は手に力を込め、マインの頭部を圧迫していく。

 

「ガッ……アァァァァァァァッ!!」

 

 脳内が潰されていく様な感覚に、人間であるマインは絶叫するも、怪物はその声を煩いとも、心地良いとも思わず、ただ淡々と力を込めていくのみ。

 

「マインッ!!」

 

 後方で体勢を直したタツミが走り出すが、前には2本のギロンを持つ手が、行く手を遮る。

 

「どけぇぇぇぇぇぇっ!!」

 

 ノインテーターで薙ぎ払いを行うが、攻めではなく、受け手に回ったギロンは易々と攻撃を受け流す。

 焦りで攻撃が単調になったタツミの攻撃を流す事は、今の怪物にとっては容易であった。

 

 

「アッ……アァッ……!!」

 

 ミシミシ、と嫌な音を立てていく少女の頭。

 眼前の化け物は「キリキリ」と言葉を発するのみ。

 痛みと苦痛の中、マインの意識は別の物に向けられる。

 

 

 

 

「(…………シェーレ?)」

 

 

 

 

 空中を舞っているエクスタスを優しく持った女性が、彼女の目に入ったのだ。

 かつて自分を護るために死んだ仲間の姿が。

 

 微笑む女性はエクスタスを掴むと、柄を持ち、刃を開いていく。

 後は重力に逆らう事なく、落下する。

 落下地点には――――――

 

 

 

「キ―――――――」

 

 

 

 黒く染まった化け物の頭部があった。

 万物両断エクスタスの前には、どんな物でも無力に等しい。

 頭部を真っ二つにされた怪物は、マインを掴んでいた手の力を緩め、タツミと闘っていたギロンを地面に横たわらせる。

 何が起きたか理解出来ないまま、化け物は後方へとよろけ、今度こそ機能を停止させた。

 

 攻撃の手が止んだ隙に、タツミは落下するマインと地面の間に滑り込む様に入り、抱き止める。

 受け止められたマインは、圧迫された痛みよりも先に、地面に刺さったエクスタスの側に佇む女性に視線を向ける。

 

「シェーレ……シェーレなんでしょう!?」

 

「えっ?」

 

 タツミに降ろされたマインはエクスタスの元へと掛けていく。

 姿がおぼろげな女性は言葉を返す訳でなく、駆け寄ってくるマインに微笑むのみ

 優しい顔に、マインの涙腺が潤み、両手を広げ、近づいていく。

 やがて女性とマインの姿が重なった時、女性……シェーレの姿は光の粒子となって消えてしまう。

 それでもマインは残されたエクスタスを抱き、しゃがみ込む。

 彼女の記憶の中でシェーレと過ごした日々が思い出され、一筋の涙が頬を伝う。

 

 

 

 

「……おかえり。シェーレ」

 

 

「……ただいま。マイン」

 

 

 声の主はそこには居なかったが、二人の耳には、確かに声が聞こえた―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オヤジ……オフクロ……先に逝って……飯、食べ……」

 

 帰ってきた仲間に涙している二人から少し離れた所で、Gは最後の言葉を述べていた。

 彼女もまた、懐かしい日々を思い浮かべ、涙し、そして額から出て来た花弁に全てを吸収され、消え去った。

 

 

 

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