アザトースを纏ったアルビノは身体が軋み、脳内に絶叫が響き渡る中、身体を動かし、ジーダスの元へと駆けて行く。
一歩、大地を蹴る度に骨が砕け、筋肉が千切れていくが、知った事か、と彼の歩みは止まらない。
対するジーダスは笑いながら、アザトースの眼力によって封じられた足腰を無理矢理動かし、鎧を装着した少年の到着を迎え撃つ。
「殺す」
「アヒャヒャヒャヒャ!」
グローブを付けた拳を、憎き相手の顔面目掛けて放つが、狂人は身体を反らして回避する。
その際の戻る反動を味方に付け、派手な頭突きをお見舞いするものの、アザトースの頑強過ぎる兜が、アルビノを守り、逆にジーダスの額付近に存在していたレギオンを消滅させてしまう。
額から煙を上げながら、ジーダスは兜に引っ付いた黒い影を見て、ニヤリと笑う。
頭突きが通じない事など、最初から理解していた彼は、レギオンを付着させる事だけを目的としていた。
主に命じられるまま、レギオンは兜の隙間からアルビノの頭部に侵入しようとするが、それを許す程、アザトースは寛容ではない。
内部に蔓延る膨大なエネルギーは装着者もろとも、レギオンを死に至らしめる苦痛を与える。
レギオンは意図も簡単に消え去るが、アルビノは頑強な意思を持って、エネルギーに耐え切り、次の拳を振るう。
「殺す」
「イヒャッ!」
今度は左手で少年の殴打を受け止めるものの、強大過ぎる威力にレギオンは死に絶え、同時に彼の腕を吹き飛ばしてしまう。
痛覚を遮断されているジーダスは痛みこそ感じないものの、久々に腕を飛ばされた事実に笑っていた。
「まぁ……コイツの腕だしねぇ……ウヒッ」
手応えを感じたアルビノはラッシュを繰り出そうとするも、蓄積された激痛に耐えかね、身体を支える脚は役目を放棄し、彼は地面に前のめりに倒れこむ。
その隙にジーダスは吹き飛ばされた腕の近くに飛び、千切られた部分からレギオンによる黒い影を生やし、腕を胴体に接着させる。
「アルビノッ!」
タツミが叫ぶものの、返事はない。
代わりに1人の狂人が答える。
「時間が来た。そろそろ決めようかね」
タツミの足元で這い蹲っているイリスがそう呟くと、アザトースがドス黒く輝き始め、周囲に暴風が巻き起こる。
狂人と少年の闘いを見ながら、隙あらば援護しようしていたナイトレイドは、腕で強風が顔に当たるを防ぎながら、風が収まるのを待っていた。
「さぁて……問題はこれから……どうやって……」
腕が完全に馴染み、元に戻ったジーダスの前で、アザトースを纏った少年がゆっくりと立ち上がる。
砕け散ったハズの脚は完全に再生し、目にあたる部分からは黒炎が静かに燃えている様に見えた。
「30秒経過……俺は勝ったぞ。ジーダス・ノックバッカー」
「己に? 俺に? どっちの意味で?」
「両方だッ!!」
膨大な力を己の物としたアルビノは地面を蹴り、ジーダスに近づく。
回避行動を取ろうとするジーダスであったが、その前にアルビノは彼の腹部を貫通させる拳を放ち、行動を終えていた。
「……ここまでとはねぇ。当てが外れた……か」
自分の中心に穴が空きつつも、狂人は少しの驚きを見せるばかり。
大量の煙を、片手を振るう事で薙ぎ払い、手刀でジーダスの四肢を容易く切断する。
レギオンの死の証しが再び湧き上がる前に、ジーダスの身体から手を引っこ抜き、ついでに心臓を引っ張り出し、潰す。
この間、実に数秒に満たない虐殺であった。
あまりの強さに、ナイトレイドの全員もアルビノの行動を静観する事しか出来ず、タツミに至ってはイリスとの会話をする余裕すら出て来た程だ。
「うっひょう。ジーちゃんの心臓潰れちった。もうアイツ1人だけでいいんじゃないかな?」
「……圧倒的だな。アレ」
「そりゃそうでしょ。そもそもあの力を身に付ける前に、人間なら死んじゃうもん」
あっさりと心臓を潰された相方を淡々と評するイリスに、タツミは実験本を読んだ時に思った、己の疑問を投げかけてみる。
「なぁ……あの実験の本の最後にあった言葉って……アンタの本心なんだろう?」
「んにゃ? まぁ、そうだね。結構、最近になって書いたやつだけど」
「なら……何でアイツの手助けなんかしてるんだ? そりゃ力で敵わないのは知ってるけど……」
戦士として成長中の少年の言葉に、狂った医者は溜息を吐いた後に答える。
「それが私にとって全てだからさ。私の一族、アーベンハルトは代々、ノックバッカー一族に仕えてきた。私は生まれる前から、あの狂人に仕える事を義務付けられていた。そうやって両親に教育させられたのさ。父親から人格を消すために「使えない奴」扱いされ、母親からは「無感情じゃ申し訳ない」と無理矢理笑わせられ……そうして出来上がったのが私さ」
「だからって……あんな言葉を書くだけの理性は残ってるんだろ!? ならアイツを説得するなり、止めるなり出来たはずじゃ……!」
「説得? 止める? そんな事は不可能さ。君が仲間を守るのが当然の様に、私にとっては彼に使え、殺す事を手伝う事が当然だったのさ……そうだねぇ。私は矛盾している。もはや私自身の考えは無いに等しい。彼を救いたいのか。殺したいのか。私は何がしたいのか……」
幼い頃から狂う様に教育され、出来上がった後も狂人に仕え続け、そしてとうとう、主である青年が死に至る直前まで来ている状況になり、幼い狂人は己の中の「自我」という物に、改めて気付く。
されど長年の狂気によって蝕まれてきた自我は、彼女の意思と混ざり合い、もはや彼女自身も何がしたいのか分からない状況へと導いていた。
「まぁ、ともかくだ。少年。君たち常人は、私たち狂人を理解しよう、なんて考えないことだ。『あぁ。コイツらはこういう奴なんだ』とでも理解し、拒絶し、排除すればいい。古来より、狂人なんてそんなもんさ」
「だけど……!」
「クケケッ。私の最後の会話相手がマトモな人間で、少しは良かったと思えたよ。ありがとう、なんて言わないけどね。狂った人間の末路は、愚かで惨めで醜くて、全ての人間が見て、ザマミロ&スカッと爽やかの笑いが止まらなくなる、じゃあないとねぇ」
タツミがイリスの様子の変化に気が付く前に、幼女の触手が動き出す方が早かった。
すぐさま触手の切断に移るが、そもそもイリスの狙いはインクルシオではない。
「なっ……!?」
自らの首を切断し、ジーダスとアルビノの方へ、頭を投擲する1本の触手。
残りの2本は地面に突き刺さり、彼女の身体を空へと浮かせる。
「ジーダス・ノックバッカー!……やっぱジーちゃーん!!」
首だけとなったイリスが叫びながら、ジーダス達へと向かっていく。
あまりに突飛な行動に、誰も彼女の妨害をする事は出来なかった。
「先に死んでるよー!」
満面の笑みで言い放ち、イリスの頭部は爆発する。
空へと昇る身体も同時に爆破され、甚大ではない衝撃が、その場にいた全員を襲う。
狙撃のために離れていたマインすら、暴風で吹き飛ばされる程だ。
帝具の破壊時に起こる衝撃すら軽く凌駕する、膨大過ぎる爆破により、周囲の物は殆ど消え去った……
衝撃派に飲み込まれる寸前、心臓を失った狂人は呟く。
「やっぱ……お前も使えないわ。人間」
「なんつー威力だよ……」
残っていた森の中から、ラバックが顔を出す。
今回、ジーダスがイェーガーズを連れて来た事を考慮し、援軍として待機していたラバックであったが、突然の爆破に驚き、様子を見に戻ってきたのだった。
辺り一面が焼け野原のなった中、爆心地から少し離れた所でアカメを庇い、右半身を失ったスサノオを見付け、駆け寄る。
「スーさん! 大丈夫か!?」
「ラバックか……この程度ならな。それに俺が存在している、という事はナジェンダも無事だ」
身体を再生させながら、スサノオは答える。
「なら良かった……アカメちゃんも大丈夫?」
「あぁ……すまない。スーさん……」
「気にするな。核を潰されない限り、俺は死なん」
2人の安否を確認していると、彼らの後方で立ち上がる人物がいた。
インクルシオを解除したタツミである。
身体の爆破に最も近い所で巻き込まれたタツミであったが、インクルシオの鎧が爆破を防ぎ、大事には至らなかった。
とはいえ、負傷した事には変わりなく、インクルシオを解除せざるを得なくなったのだが。
「ラバ……アカメにスーさんも無事か……ボスと姐さん、マインは……?」
よろけるタツミにアカメ達は駆け寄り、肩を貸す。
すると、彼の後ろで少年の声が聞こえた。
「無事だぞ。タツミ」
「すまないな……助かった」
アザトースを身に付けたままのアルビノがレオーネを背負い、後ろには無傷のナジェンダ、マインが続いている。
「良かった……無事か……ぐっ……」
「タツミ! 無理をするな!」
肩を貸すアカメとラバックは、倒れそうになるタツミを支え、ゆっくりと腰を下ろしていく。
地面に座り、全員の状況を確認していくボス。
「レオーネ、タツミは重傷。スサノオも相当、力を消費したな……アカメは軽症。無傷なのは私とラバック……マインはどうだ?」
「無事よ。殆ど役に立たなかったけどね……」
「無事である事が最も大事だ……感謝する。アルビノ……と言ったか」
ナジェンダは己を庇った少年に礼を言う。
だが、アルビノは首を横に振る。
「構わない。俺はそもそもチェルシーとタツミのために行動しただけに過ぎない。礼を言われる様な事はしていないつもりだ」
爆破が起きる直前。
一瞬でイリスの爆発を見抜いたアルビノは生身で危険であろうと思ったナジェンダとレオーネの側に跳び、2人を衝撃から、アザトースの力を持って守ったのである。
暴風が収まると、額の目によって、その場にいたナイトレイドの面々の安否を確認し、ナジェンダに報告。
残っていたラバックとマインの行方を捜す依頼を受け、すぐに飛び立つ。
風により後ろの木に後頭部をぶつけていたマインを回収し、戻ってきた所で、ラバック達を発見し、先程の光景に戻る。
哀れ、狂人の最後の爆発はナイトレイドを誰1人として殺せず、虚しく自滅しただけに終わった。
「周囲に俺達以外の気配なし……ジーダスは死んだか……」
アルビノが周囲の気配を探るが、ナイトレイド以外の人気は全く無い。
そもそも心臓を潰された時点でジーダスの死は確定していたのだ。
今更、爆発がどうこうではないと思うが。
「でもアンタさ。そんな帝具持ってるなら、どうして今まで使わなかったの? あと、いい加減脱いだら?」
後頭部にコブが出来ていないか確認しながら、マインが尋ねる。
確かに。
ここまで強力な帝具を有していながら、ジーダスに反逆しなかった事が疑問になる。
「発動寸前に俺の体内の、多分レギオンだな、が暴れまくって、邪魔してたせいだ。あとコイツは30秒経過後は、装着者が気を失うまでは脱げない仕様なんだ」
「成る程……チェルシーが君から聞いた情報だと、君自身はイリスによって改造されていないから、疑問に思っていたのだが……解決した」
腰を落ち着け、スサノオの回復を待っていた面々であったが、ようやく半身が生え揃え、彼が復帰を果たした事により、近くの革命軍の拠点へ急ぐ。
レオーネをスサノオが、タツミをラバックが背負い、一向は足を運ばせる。
こうして狂人との闘いは終焉を迎えた。
新たな仲間である「アルビノ」を加え、ナイトレイドは帝都軍との決戦に臨む――――――
「ッ……?」
殿を務めていたアルビノが己の中の小さな違和感に気付いたのは、戦闘が行われた地点から3km程、移動した森の中での事だ。
ドス黒い感情……彼もよく知る殺意が、対象もいないに膨れ上がる。
アザトースの精神汚染すらも耐え切った少年に襲い掛かる圧倒的な殺意。
あの意味不明な文字列が可愛く思える程の殺意は少年の意思を乗っ取り、砕き、嬲り、罵り、弄び、蹂躙していく。
彼がアザトースの精神汚染に耐え切ったのは、チェルシーという想い人がおり、かつ目の前に全ての敵である存在、ジーダスがいたからであろう。
だが、既にジーダスはいない。
2つの感情が揃った事により、汚染を飲み干した彼にとって、この殺意の波を乗り切るのは難しい事であった。
ならば、彼の取る行動は1つだけ。
「アカメ……だったな」
「そうだ。どうした?」
「今すぐ、その帝具で俺を斬れ」
「……何?」
全員が耳を疑い、少年の方に振り返る。
そこには白銀であった鎧をドス黒く染め、全身を震わせながら、頭を抱えているアルビノがいた。
「早くしろ……俺を殺すんだ……早く!!」
「……分かった」
一目で只事では無いと判断したアカメは、村雨を構え、走り出す。
アルビノはアカメに斬られやすい様に、腹部の装甲を叩き割り、腹を露出させる。
突きの構えのまま、アカメの村雨がアルビノに突き刺さる―――――
事はなかった。
腹部から飛び出した黒い影、レギオンは村雨の突きを受け止めると、そのまま虚しく消滅していく。
アルビノの体内に残されていた、残り少ないレギオンが全力を掛けて、寄生主の邪魔をしたのであった。
「クソッ……! すまない……! 俺を殺してくれ……!!」
兜から血涙を流しながら、アルビノの姿は黒で埋め尽くされていく。
殺意の奔流に、アカメは距離を置き、スサノオとラバックは背負っている2人のために、更に距離を開ける。
マインがパンプキンを構え、ナジェンダは歯軋りをする。
「まだ生きているのか……!? ジーダス・ノックバッカー……!!」
声にならない絶叫をしながら、殺意に犯され、全身を黒で染めたアザトースを纏った、アルビノは静かに言葉を発する。
「―――――――殺す」