異世界誘拐事件録   作:明智吾郎

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返り血の窮地

 魔王は唸り声を上げながら、俺たちに迫ってきた。あの姿、どこかグレイ宇宙人のような気味悪さを感じる。

 

 イザは苛立ちを隠せない様子で周りの仲間に指示を飛ばしていた。「どしたよ、何やってんだ撃てよお前ら!」

 

 その声に焦りが滲んでいるように感じた。まるで状況が自分の想像を超えているかのようだ。

 

「あれが魔王なのか?」思わず声を漏らす。魔王というには、あまりにも異質な姿だった。

 

 メント?が小さく呟いた。「さぁ頼んだぞ…」とだけ言い残し、どこかに転移していった。

 

 その後、何もかもが一気に破壊的な展開へと向かった。

 

 部下の一人がバールで魔王に切りかかるが、あっさりと折れてしまい、次の瞬間、魔王はその部下の顔面をバコンと殴りつけた。

 

「へ?」部下の目が驚愕に見開かれた瞬間、そのまま血しぶきを上げて命を落とした。

 

「グゲゲギャギョ」魔王は手を合わせ、呪文を唱え始める。その姿がさらに異様で、俺は何かを感じ取った。

 

「何だあいつは...」兵士たちがざわつき、何かに気づいたのか低い声で話し始めた。

 

「奴の存在は平兵士にも伝わってねぇのか...」俺はその時、魔王が唱えていた呪文を思い出しながら、息を呑んだ。

 

 その瞬間、魔王の周囲が青い炎で燃え上がり、周囲の空気が一変した。「青い炎!?あの学園長が使ってたやつか!」頭の中で急速に情報がつながる。

 

「クソ、リンク!」リンクを使って、俺はなんとか元の世界に避難することに成功した。しかし、収容所ではその瞬間、豪炎が舞い上がり、マフィアも兵士も構わず焼き尽くしていた。

 

「ぎゃああああああ!」兵士たちの悲鳴が上がり、焼け焦げた肉の匂いが辺りを包んだ。

 

「熱い!熱い!やめろおお!」部下たちの叫びが響く中、かつてのボスでさえも、青い炎に焼かれ消えていった。

 

「いやあああああああ!!!」声が上がり、パクがその炎に巻き込まれていく。

 

 イザはその光景に目を見開いて混乱していた。「あぁクソが」

 

「とりあえず走って離れるぞ!」ムニョが叫び、三人はできるだけ炎から距離を取って必死に走った。

 

 一定の距離を取ったところで、イザはウージーを取り出し、魔王に銃口を向けた。「全員死ねぇ!」ズドドドドドドドドド!

 

 全弾を魔王に撃ち込んだが、魔王はびくともせず、まるで傷ひとつ負わなかった。

 

「クソ、今ので全部弾使い切った」イザが悔しそうに呟く。その顔には絶望が浮かんでいた。

 

 だが、魔王はそれに気づくと、ドシドシと足音を響かせながらこちらに迫ってきた。

 

「オイ...逃げなきゃまずい...」ムニョが焦った声を上げたが、その言葉が終わる前に、魔王の拳がムニョの顔面を貫通した。

 

「グばはぁ!!!」ムニョの体はそのまま地面に崩れ落ち、大量の血が周りに広がった。

 

「こっちくんなぁ!」二ムがハンドガンで撃ちながら叫ぶが、魔王はその手を無視して、顔を握り潰した。

 

「兄貴...二ム...」イザはその光景をただ見つめ、沈黙のまま呟いた。

 

「頼むよ、助けてくれよ」イザが魔王に懇願するが、魔王は気味の悪い笑い声を上げた。「えへえ?」

 

 その時、俺は一気に決断を下す。「こっちだクソ野郎!」魔王がこちらを向いた瞬間、俺は猟銃を構え、バン!バン!と撃ったが、魔王にはまるで効いていない。

 

「一旦引く!こっちだ走れ!」俺はイザの肩を掴んで、全速力で走り出した。

 

 魔王はその後ろを、怒りに満ちた表情で追いかけてくる。「ぐげげ...」その唸り声が耳をつんざくように響いた。

 

 追いつかれる...その瞬間、空から一筋の光が降ってきた。

 

 ヒューン!ズドン!と、魔王の前に降り立ったのは、カイラだった。

 

「貴様が...母を殺した...!」カイラが魔王を睨みつけ、声を震わせながら言った。

 

 魔王はその言葉を聞いて、逆に不敵に笑いながら応じた。その瞬間、最強の戦力同士のリベンジマッチが始まろうとしていた。

 

 

 

 

 ティード海賊団による東京侵攻から、二日が経過した。

 

 焦土と化した学園の中庭で、カイラや生き残った生徒たちは静かに卒業式を迎えていた。それはあまりにも早すぎる卒業であり、戦いの爪痕が色濃く残る儀式でもあった。

 

 翌日、午前十一時。アルタイル城、王宮。

 

 威厳に満ちた玉座に腰掛けるクライス王。その前に、緊張の面持ちで立つ四人の若者たち。かつての学生だった彼らは、今や新たなる使命を背負おうとしていた。

 

「これより新軍隊“デジャヴ”の入団式を執り行う」

 サナの澄んだ声が、玉座の間に響いた。「新たな騎士よ、前へ」

 

「はい!今行きます!」元気よく声を上げたのはエリーだった。道着姿のポニーテールの少女が一歩前に出ると、彼女に続いて、ギャバット・バーン、そしてクロスボウを背負ったぐるぐる眼鏡の男――ハンドル・クラッパーが跪いた。

 

 クライスが厳かに告げる。「大魔術学校で好成績を収めた武道家エリー・カット、狙撃手ハンドル・クラッパー、ギャバット・バーンは、我が新軍隊の幹部としてここに任命する」

 

「押忍!」と力強く声を上げたエリーに、隣のハンドルは思わず苦笑した。

 

 エリー・カットは、打撃技を得意とする近接戦のエキスパートだ。その強さは学園内でも群を抜いており、彼女に真っ向勝負で勝てる者はいなかった。

 

 一方、ハンドルは臆病で温厚な性格だ。学業成績こそ並以下だったが、両親が猟師だったこともあり、狙撃の腕は天賦の才とも呼べるほどの正確さを誇っていた。

 

 その後方で、カイラがぽつりと呟いた。「……こんなことしてる場合かよ」

 

 だが式典は、止まることなく進んでいった。

 

 一時間後。

 

 王位継承の儀が始まり、大扉が開かれると、ガルル王子が静かに登壇した。彼は玉座の前に跪き、父であるクライスと目を合わせる。

 

「王のマントを、そなたに授ける」

 

 クライスはゆっくりと自らの青いマントを脱ぎ、それをガルルに手渡した。王子はそれを丁寧に受け取り、胸に抱いた。

 

 こうして、アルタイル王国の新たなる王が、正式に誕生した。

 

 さらに一時間が経過した頃――

 

「早速だが、任務だ」

 

 声の調子はいつものクライスだったが、その眼差しはどこか決意に満ちていた。

 

「我が国は、魔国ジーンへの侵攻を正式に開始する」

 

 一瞬、室内の空気が凍った。

 

「魔国の連中は狂っている。エルフだろうが人間だろうが殺し、誘拐し、拉致し、拷問する。そういう連中だ。近隣のハッタン王国、ボルケーノ王国にもすでに被害は出ている。我々はこれを野放しにするわけにはいかない。敵勢力の排除と、完全なる無力化を――君たちにはそれを託したい」

 

 カイラが前に出て、問う。「敵の兵力は?」

 

「貧困国家だ。我々の兵力の方が上だろう」とクライスは即答した。

 

 そして一拍置いて、静かに付け加えた。「私はもう王ではない。これからは“ただのクライス”だ。そんな私が命令するなど気が引ける……だが、私もこの戦いに参加する」

 

 思わずエリーが声を上げた。「ちょ、ちょっと待ってください! クライスが行かなくても――!」

 

 クライスはその言葉を遮るように静かに言った。「私は、罪を重ねすぎた。人間に対しても、この世界のエルフたちに対してもだ。だからこそ、この戦争で世界を救わなければ、もう……“あいつ”に顔向けできない」

 

 その言葉に、カイラはそっと目を伏せた。

 

「母さんのことだね……」

 

「カイラ。この戦争が終わったら、君に話しておかなければならないことがある」

 

 彼はまっすぐに父を見返し、小さくうなずいた。「ええ、聞きますよ。でもその前に、世界を救わなきゃね」

 

 その決意の瞳を前に、クライスは小さく頷いた。

 

 こうして、カイラとクライス――そしてアルタイル王国軍は、狂気に支配された魔国ジーンへと進軍を開始した。歴史に刻まれる、新たな戦争の幕が、今、上がろうとしていた。

 

 

 

 

 

「貴様が……母を殺した、憎むべき悪魔……!」

 

 カイラの声が怒りに震える。魔王は、その憎悪を真正面から浴びながらも、ヘラヘラと唇を歪め、薄ら笑いを浮かべたまま彼女を見つめていた。

 

「召喚術——リヴァイアサン、イカリ、フレイム、サイクロン、ダイス!」

 

 その瞬間、カイラの周囲が白く眩く輝き始める。空が一気に黒く染まり、大地は唸るように轟いた。

 

「全部の神様か!?」悠が思わず声を上げた。

 カイラは自らが契約したすべての神々を、この場に召喚しようとしていた。

 

 空が裂け、次々と神々が舞い降りる。雷と炎、氷と風、古代の力が混ざり合い、現世に降臨するその様は、まるで天地開闢の光景だった。

 

 カイラは冷たく命じる。「撃ち落とせ。奥義《エンド》」

 

 無数の神々が、細く鋭利な光線を放ち、一斉に魔王へと浴びせた。

 

 異世界における魔法光線は、細ければ細いほど威力が増すという特性を持つ。そしてこの《エンド光線》は、必中必殺。受けた者は確実に死に至る——細く鋭いそれは、文字通りこの世で最強の攻撃手段と呼ばれていた。

 

「ぎゃああああああああああああ!!!!」

 

 魔王が絶叫し、身をよじらせ、のたうつ。

 

「今だ!デジャヴ総員、総攻撃を仕掛けろ!」

 

 カイラの号令と同時に、仲間たちが次々と飛び出した。

 

「よっしゃきたーッ!」

 エリーが拳を構え、地を蹴って一直線に魔王へと殴りかかる。

 

「強化魔法、バースト! おらぁっ!」

 ギャバットは咆哮を上げ、巨大な鉄槌を振り下ろした。

 

「ふぅん……!」

 クライスもまた剣を構えて駆けつけ、鋭い斬撃を繰り出す。

 

「久しぶりだな……決着をつけよう」

 

 魔王は苦悶の叫びを上げ、全身から黒煙を吹き上げた。

 

「なんかわからんけど、いいぞ。これで魔王は死ぬ!」悠がそう呟いたそのとき——

 

 突然、空間が歪んだ。

 

「やってくれるな、最強の戦力……火炎魔法!」

 

 転移してきたのは、白衣を纏った一人の男。メントと名乗ったその男は、医者の風貌をしていたが、明らかにただの人間ではなかった。彼が放った火球は、カイラの胸元に直撃する——が、煙の中から彼女が無傷で現れる。

 

「……お前、誰だよ」

 

「ただ医者の皮を被っただけの魔族さ」メントはニヤリと口角を吊り上げた。

 

 カイラは鋭く睨んだ。「で? 何の計算もなしに出てきたわけじゃないだろ?」

 

「君の父親はクライス王だ」

 メントは不意に、言葉の刃を放った。

 

 その一言に、カイラの動きが一瞬止まる。その刹那の隙を見逃さず——

 

「グランド! タイムトラベルだぁあああ!!!」

 瀕死の魔王が最後の力を振り絞り、笑いながら詠唱を始める。

 

「げへへ……ぐがげげがぐげ!」

 

 カイラの目の前に巨大なゲートが出現した。その先に広がっていたのは、視界のすべてを覆い尽くす、暴風の吹き荒れる謎の空間だった。

 

「奥義《トルネード》!」

 メントが再び詠唱し、猛烈な突風が吹き上がる。

 

「オイ、まじか……くそっ!」

 

 風に押されるようにして、カイラの体がゲートへと吸い込まれていく。

 

「カイラッ!!」ギャバットが叫ぶ。

 

 振り返ったカイラは、必死に手を伸ばしながら叫んだ。「ギャバット! あとは頼む!」

 

 その声を最後に、彼女の姿はゲートの奥へと消えていった。

 

「カイラァァァァァァァアアアアアアア!!!」

 クライスが絶叫し、怒りと悲しみをそのまま剣に叩き込む。

 

「貴様ァアアアアアアア!!」

 瀕死の魔王に向かって、剣を振り上げ、ザクッ! ザクッ! と何度も眼球を突き刺した。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 最後の咆哮とともに、剣をその首に突き立て——斬り裂いた。

 

 魔王は絶命し、長き因縁は、血の中で静かに終焉を迎えた。

 

 

 

 

 メントが笑みを浮かべながら言った。

 

「カイラは追放した。これで魔王の役目もおしまいだ」

 

 その言葉に、クライスが殺気を孕んだ声で応じた。

 

「絶対に逃がさない」

 

 彼の周囲には、デジャヴの仲間たちが自然と集まり、守りの陣形を築く。

 

 そこへ、不意にしなやかな足音が響いた。

 

「ごきげんよう、新しい軍隊の皆さん」

 

 優雅に現れたのは、ヴェンデッタ。闇に溶け込むような黒衣をまとい、冷ややかな微笑を浮かべていた。

 

 ギャバットが前に出る。

 

「クライス王、時間を稼ぐ。こいつは俺らが引き受ける」

 

 クライスが一瞬だけためらい、それでも力強くうなずいた。

 

「無理はするな。危ないと思ったらすぐに退け」

 

「押忍!了解っ!」

 

 エリーが拳を握り、気勢を上げる。

 

 だが、ヴェンデッタは余裕のまなざしを向けた。

 

「あなたたちじゃ、私には勝てないわよ」

 

「それはどうかな!」

 

 ギャバットの怒声とともに魔力が揺らぎ始めた。

 

「最奥呪法《スピア》」

 

 静かに詠唱したヴェンデッタの手元に、黒き槍が形成されかけたその時。

 

「氷結魔法《ボール》!」

 

 鋭い声と共に飛来した氷の球が、ヴェンデッタの術式をかき乱した。

 

「所長……!?」

 

 驚く悠の視線の先には、ロイスが立っていた。

 

「魔王退治の英雄が、こんなところで何を?」

 

 ヴェンデッタが皮肉を込めて問いかける。

 

「かつての仲間に加勢しに来たのよ。あんたこそ、私たちには勝てない」

 

 ロイスの言葉に、ヴェンデッタは口角を上げる。

 

「じゃあ私も仲間を呼ばないとね」

 

「何……?」

 

「《死体操術》」

 

 不気味な詠唱とともに、二体の影が地面から姿を現す。

 

「レガース……そして、キャプテン・ティード……!」

 

 緑に爛れた皮膚、崩れかけた肉体。アンデッドとなったふたりのかつての強敵が、唸り声とともに立っていた。

 

「馬鹿な……アレンが殺したはずじゃ……!」

 

 ギャバットが愕然と呟くと、ティードが低く笑った。

 

「俺たちはアンデッド。崇高なるヴェンデッタ様の力で蘇ったのさ」

 

 悠が静かに口を開く。

 

「……レガース。あいつ、もともと死体だったんだな。ダイアリーの戦闘の時から……」

 

 ヴェンデッタが、ふとロイスを見つめる。

 

「長く人間の世界に居座ってたようだけど、目的は何? 魔法使いさん」

 

 ロイスはまっすぐに答えた。

 

「私は人間の世界で学んだの。彼らの“優しさ”を」

 

「私たちは何も悪くない人間をさらい、食料にし、商品にしてきた。この事実から、私たちは目を背けてきた。……もう、やめましょう?」

 

「だから私が、異世界と人間世界の平和を繋ぐ架け橋になる」

 

 ヴェンデッタは鼻で笑いながら応じる。

 

「へぇ、そんなエルフは今までいなかったわ」

 

 そして一歩踏み出し、冷たい声で言い放つ。

 

「もういいかしら? ……死んでもらうわ、《最奥呪法ス――》」

 

 バァン――!

 

 銃声が響いた。ヴェンデッタの身体が仰け反り、その場に倒れる。

 

「な、なぜ……意識が……戻ったの……!?」

 

 彼女の背後には、ショットガンを構えるティードがいた。

 

「悪いな、魔女。俺を支配するには技量が足りなかったようだ」

 

「なにっ……!」

 

 メントもその光景に凍りついた。

 

「こうなったら……計画の最終段階に移行する!」

 

 剣を構えるクライスが叫ぶ。

 

「計画? 何をする気だ」

 

 その瞬間、メントが悠を見据えて叫ぶ。

 

「探偵! 世界を繋げられるのはお前たちだけじゃない!」

 

「この私も――《ウォーク》!!」

 

 ゴゴゴゴ……ッ! 大地が震え、天が裂ける。

 

「なんだよ、これ……」

 

 悠が呆然とつぶやく。

 

 空に浮かぶのは――もうひとつの地球。人間の世界そのものだった。

 

「わかるか? 探偵」

 

 メントの声が響く。

 

「これが月の軌道にぶつかれば、お前たちの世界は終わりだ。人間世界が崩壊すれば、隣接したこの異世界も地球の破片で滅びる」

 

「始めようじゃないか。――滅亡を!!」

 

 

 ――魔国ジーン 南収容所

 

 世界滅亡まで、あと六時間。

 

 

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