異世界誘拐事件録   作:明智吾郎

9 / 16
最強

 「……はぁ、そこにいるのは分かってるぞ。出てこい、槍兵」

 

 サダベルが天井を指差すと、薄く透けていた空間が揺らいだ。

 

 「バレちまってたか。透過魔法ってのも万能じゃねぇな」

 

 ダグが天井から滑り降りるように姿を現した。ヒヒッと唇を歪めて笑う。

 

 「何を企んでるかと思ったら、まさかクソ海賊と手を組んでたとはなぁ」

 

 「貴様ァ!」

 

 レガースが怒声を上げ、殺気と共に身を乗り出す――

 

 バシンッ!

 

 その直後、鋭く振るわれた竹槍がレガースの首を打ち据えた。

 

 「ぐああっ!」

 

 レガースが呻き声と共に後退する。

 

 「この情報……何としてもクライスに伝えなきゃな」

 

 ごくりと息をのむダグ。だが――

 

 「できると思うか? この状況で。二対一だぞ」

 

 ティードが低く笑った、その瞬間――

 

 ドゴォン!

 

 扉が蹴り破られ、煙の中から現れたのはアレンだった。

 

 「違うな」

 

 「!?」

 

 驚愕にサダベルが振り返る。続いて、拘束されていたはずのカイラがその背後に立っていた。

 

 「三対二だよ」

 

 カイラの剣がサダベルの喉元に突きつけられ、刃先から滴る赤い雫が床を染める。

 

 「驚いたな……私の睡眠魔法を、この短時間で破ったのはお前が初めてだ」

 

 「隊長! 冬休みはどうしたんだ?」

 

 ダグが口を開くと、カイラはさらりと答えた。

 

 「遊びに来たんだよ」

 

 「学園長室の扉を蹴り破る……ふむ。だが、ここで引いてくれるなら見逃してやってもいい」

 

 「どうする? カイラ」

 

 アレンがにやりと笑う。

 

 「断る」

 

 カイラの声は冷たく、そして鋭い。

 

 「学園長が海賊と手を組んでるんだ。学生としてじゃない――騎士団隊長として、あんたらを皆殺しにする」

 

 バシュン!

 

 カイラがサダベルに飛びかかった。

 

 「アレン! ギャバットとカノンと一緒に、残ってる先生たちを避難させて!」

 

 「任せろ!」

 

 アレンが廊下へと駆け出す。

 

 「いくらお前でも、私の魔力を侮るなよ……《ブレア!》」

 

 サダベルが右手をカイラの腹に当てる。

 

 ドンッ!

 

 爆発音と共にカイラの体が後方へ吹き飛んだ。

 

 「やはり、あなたの得意魔法は火炎系……」

 

 「その通り。私の青の炎で、お前を焼き尽くす!」

 

 サダベルが叫ぶ。

 

 「もはやこの学園に用はない。王やクライスは動けない。今こそ世界を繋ぎ、日本やアメリカを手に入れる時だ。そのためにティードと手を組んだ」

 

 「サダベルとは拉致した人間の三分の一を引き渡す約束をしている。こちらも好都合でね」

 

 ティードがにやつく。

 

 「……そういうことかよ」

 

 ダグは竹槍を強く握り直した。

 

 「ダグ、ティードの相手を頼めるか? 学園長を倒したあと、すぐに援護に行く」

 

 「ああ! 時間稼ぎは任せとけ!」

 

 「やれ、リヴァイアサン!」

 

 カイラの背から青い竜が飛び出し、咆哮と共にサダベルへと突進する。

 

 ドゴォォォン!

 

 学園長室の壁が崩れ、中庭へリヴァイアサンがサダベルを弾き飛ばした。

 

 「チッ……!」

 

 ティードが舌打ちした。

 

 「《ドルフィンズ!》」

 

 ダグの呪文と共に、水のイルカが二匹、ティードの周囲を回り始めた。

 

 「てめぇの相手はこの俺だ。投獄なんざ悠長だ。ここで処刑してやるよ!」

 

 「図に乗るなよ、槍兵風情がッ!」

 

 ティードが咆哮を上げると、その姿が歪み、巨大な狼へと変貌した。

 

 「変身魔法か……それ、こっちの世界の獣じゃないな。どうやって……」

 

 「“狼”さ。俺が人間の世界に初めて行ったとき、最初に殺した獣だ」

 

 「レガース、今だ! 繋げろ!」

 

 「了解!」

 

 ビュン――池袋の空に、緑色のゲートが開いた。

 

 「ヘッ! 何をする気だ! 《ドルフィンズ!》」

 

 イルカ二匹がレガースに向かって飛ぶが――

 

 「遅いな」

 

 ティードはそれを素手で捕らえた。

 

 ――12月31日、午後11時55分、池袋。

 

 人々が年越しの瞬間を待ちわび、笑顔を浮かべる中――

 

 1月1日、午前0時。池袋の空に、巨大なワームホールが現れた。

 

 「……おい、なんだあれ?」

 

 「え? 何が?」

 

 「空……ほら、あれだよ……」

 

 人々が空を指さす。その瞬間――

 

 「なぁ、槍兵。戦うなら、もっと楽しもうぜ?」

 

 「……何をする気だよ」

 

 ダグが警戒を強める。

 

 「こうするのさぁ――!」

 

 「グオオオォォォ!!」

 

 再び咆哮を上げ、狼と化したティードがワームホールを跳躍し、――ヒューン、と音を立てて――

 

 新宿の街に着地した。

 

 「な、なに……!?」

 

 ダグの呆然とした目の前で、ティードは池袋交差点の人混みへと突入する。

 

 「うわああああっ!!」

 

 「家畜共がぁ! 皆殺しにしてやる!」

 

 ティードは男の首を掴み、その頭部を豪快に噛みちぎった。

 

 「船長ォ! 連れてきたぞぉ!」

 

 レガース、ジャック、ヴェンデッタが次々とゲートから降り立つ。

 

 「きゃあああああああ!!」

 

 群衆が悲鳴を上げ、四方に逃げ出していく中――

 

 ティードは、地獄の幕開けを高らかに告げるように、不敵な笑みを浮かべていた。

 

 

 「きゃあああああああああああ!!!」

 

 悲鳴がビルの谷間を突き抜け、夜の池袋に響き渡った。

 

 「がああああああ!!!」

 

 獣のような雄叫びを上げ、ティードは群衆へと跳び込んだ。牙をむき、腕を振るい、喰らい尽くす。男も女も、老いも若きも、肉塊と化して次々と血に沈んでいった。

 

 喰らい、喰らい、喰らい尽くす。

 

 一瞬にして、繁華街は血濡れの地獄と化した。

 

 「……何を考えてやがる……」

 

 ダグは交差点の中心で立ち尽くしていた。視線の先で、人々の命がまるで紙くずのように引き裂かれていく。理不尽な暴力。狂気の宴。

 

 「ドルフィンズ!」

 

 彼の声に応え、水の精霊たちが路面の水分を巻き上げ、透明なイルカの群れとしてティードを取り囲んだ。

 

 「てめぇの相手はこの俺だ。投獄? 冗談じゃねぇ……てめぇは今ここで、俺が処刑する!」

 

 「図に乗るなよ、槍兵ごときが――!」

 

 再びティードは咆哮し、筋肉が隆起し、獣へと変貌する。毛並みの荒々しい狼の姿となったその体からは、人智を超えた力の波動が滲み出ていた。

 

 「へぇ……だったら見せてもらおうか、獣の本能とやらの力をよ!」

 

 次の瞬間、ティードは一気に距離を詰めた。轟音のような足音。巨大な拳がダグめがけて振り下ろされる。

 

 「速いな! ドルフィンズ!」

 

 イルカの水盾が拳を受け止める。衝撃は交差点全体に強風となって吹き荒れ、街路樹がなぎ倒され、人々が空中へと吹き飛ばされた。

 

 「効かん!」

 

 ティードの腕が水盾を貫き、風圧で舗道が砕け散る。

 

 「げ、やっぱそうなるよな! 知ってた!」

 

 冷や汗を浮かべながらも、ダグはとっさに叫んだ。

 

 「エスケープ!」

 

 その身体が一閃、信号機の上へと瞬間移動する。

 

 「どうした? さっそく逃げ腰か?」

 

 「いや……まだだ」

 

 ダグの目に炎のような光が宿る。再び両手で槍を構えた瞬間、槍全体に水の膜がまとわりついた。魔力の波動が空気を震わせる。

 

 「水の魔法で槍を強化したつもりか?」

 

 「つもりじゃねぇよ――やってみせる!」

 

 ダグの一撃がティードの右足をかすめる。鋭い切っ先が肉を裂く。

 

 「ぬるい!」

 

 返す手で、ティードはダグの首を鷲掴みにした。

 

 「なっ……!?」

 

 そのまま、ティードはダグの身体を地面へと叩きつける。

 

 ドゴォォン!!

 

 コンクリートが裂け、蜘蛛の巣のような亀裂が交差点中に広がった。

 

 「ぐはああああ!!」

 

 血を吐き、ダグは地に伏す。骨が砕け、意識が薄れていく。

 

 「終わりだ、槍兵」

 

 ティードは腰からショートバレルの散弾銃――ソードオフショットガンを引き抜き、無慈悲に構えた。

 

 「……へ、へへ……こりゃ……まずったなぁ……」

 

 歪んだ笑みを浮かべながら、ダグは最後の力で呟く。

 

 「くそ……すまねぇ……クライス……おれは……おれは務めを果た――」

 

 バァン!!

 

 弾丸が放たれた。

 

 顔面に命中した散弾は、容赦なくダグの頭部の三分の一を吹き飛ばした。

 

 熱と煙の残滓が、冬の夜空に溶けて消えた。

 

 

 

 ―十年前。

 

 当時十二歳だった只野大樹は、日々、両親からの虐待に耐えながら生きていた。愛など存在しない家。殴打の痕が癒える前に、次の蹴りが飛んできた。そんなある日、彼は異世界から現れた海賊ティードに連れ去られた。ただの無力な子どもとして。

 

 ガタン……ガタン……

 

 雪山の山道を、複数の馬車が軋みながら進む。荷台には木製の檻。中には、震える子供たちの姿。泣き叫ぶ声が夜に吸い込まれていく。

 

 「お母さん! お父さん……!」

 

 救いを求める声に、応える者はいなかった。

 

 大樹は檻の隅で小さく身を丸めていた。冷たい空気が頬を刺し、歯がカタカタと鳴る。

 

 ふと、視界の端で、檻の床に光るものがあった。

 

 「え……?」

 

 小さな銀の指輪。それはどこか荘厳な輝きを放っていた。

 

 「なんだろう……これ……」

 

 そのときだった。

 

 ズバーンッ!

 

 甲高い斬撃音が響き、檻が真横に割れた。次の瞬間、馬車が轟音とともに転倒する。

 

 「う、うぅ……!」

 

 気を失いかけながら目を開けると、横倒しになった馬車の向こう側、子供たちの亡骸の先に、青いマントを翻した男が海賊の胸ぐらを掴んでいた。

 

 「おい、下っ端。王家の指輪はどこだ」

 

 冷徹な声で男が尋ねる。

 

 「ひ、ひぃえぇ! 俺は何も知らねぇ! 見逃してくれぇ!」

 

 怯えきった下っ端海賊が喚くが、男は目を細めた。

 

 「ならば……また地獄で会おう」

 

 ザクッ。

 

 短く、重い音。海賊の胸を一突きにして、男はその命を断った。

 

 「……ん?」

 

 もう一人の男――メントが、こちらを見ていた。

 

 大樹はとっさに身を伏せた。震えが止まらない。

 

 「人間。お前、その指にはめている指輪……どこで拾った?」

 

 大きな男が、低く問うた。

 

 「お、檻の中で……拾いました……」

 

 「それは我らのものだ。返してもらおう」

 

 メントが手を差し出す。大樹は指輪を外し、震える手で差し出した。

 

 「感謝する。君が拾わなければ、指輪は雪の中に消えていたかもしれぬ」

 

 青いマントの男――クライスが、微笑を浮かべた。

 

 「……これも何かの縁だ。君を兵士として雇ってやる」

 

 「え……?」

 

 「選べ。ここで死ぬか。我らの仲間になるか」

 

 しばらくの沈黙ののち、大樹はかすれた声で答えた。

 

 「……仲間にしてください」

 

 クライスは、にこりと微笑んだ。

 

 「賢い選択だ。いいだろう。……お前、名前は?」

 

 「た、只野大樹です」

 

 「呼びづらいな……そうだ。今日からお前の名は“ダグ”だ」

 

 「……どうして助けてくれるんですか……?」

 

 クライスの瞳に、遠い記憶の影が差した。

 

 「かつての仲間に、似ていたからかな。私と共に、魔王を討った……ある人間に」

 

 ―現在、池袋交差点。

 

 ティードが足音を響かせながら歩き出す。背後には、頭部を吹き飛ばされたダグの亡骸。

 

 「貴様に、俺は殺せない」

 

 その背に、ひゅう、と風が走った。

 

 「……はぁ、はぁ……まだだ……。これ以上、好きにはさせねぇ……!」

 

 血まみれの身体で、ダグは再び立ち上がる。

 

 この世界に戻りたいと思ったことなど一度もなかった。戻れば、あの地獄の家が待っている。だが――

 

 「他の人間まで巻き込むお前だけは……許せねぇ!」

 

 「うおおおおおおおっ!!!」

 

 魂の咆哮とともに、彼は竹槍を拾い、ティードの背に向かって放った。

 

 「ぐおっ……!」

 

 背中に槍が突き刺さる。その一瞬の隙を突き、ダグは魔力を練り上げた。

 

 「出し惜しむな……これで一気に決めるんだ!」

 

 足元に、青白く輝く魔法陣。水のサークルが現れ、周囲の空気を震わせる。

 

 「いけぇぇぇっ!! 最後の――ドルフィンズ!!!」

 

 バシャアァンッ!!

 

 巨大なイルカの水獣が飛び出し、ティードに向かって突撃した。

 

 「まずい……!」

 

 ドゴォォォォンッ!!

 

 爆発の余波が辺りを吹き飛ばす。

 

 ダグは、膝をついた。魔力は限界だった。もう、立てない。

 

 ティードは、煙の中から歩み出る。

 

 「惜しかったな、槍兵」

 

 次の瞬間、ダグの背後にその気配が現れた。

 

 「……う、嘘だろ……」

 

 バァン!

 

 銃声が、夜の静寂を破る。

 

 ダグの頭が砕け散り、肉片が宙を舞った。

 

 そして、彼はゆっくりと、血だまりに沈んでいった。

 

 

 

 

 会談を終え、クライスたちはハッタン城の大扉をくぐった。

 

 「ハッタン王国とも、これでおさらばだな」とクリスが肩をすくめて言う。

 

 「またあの砂嵐を通らなきゃいけないなんて……勘弁してくださいよ」と、メントが渋い顔でぼやいた。

 

 クライスは微笑んで、顎をしゃくった。「ああ、帰ろう。皆の者、出航の準備を!」

 

 「ハッ!」

 兵士たちが号令に応じ、馬車の準備に走り出す。そのとき――

 

 キーン――!

 

 鋭い金属音のような衝撃が、クライスの脳を貫いた。

 

 「……クライス王、聞こえますか?緊急事態です」

 声が響く。カイラの魔力通信だ。

 「サダベル学園長とティードが学園を襲撃しています。直ちに帰国してください!」

 

 「……何があった?」とクリスが眉を寄せる。

 

 クライスはすぐさま声を張った。「今すぐ帰国する! 海賊共が学園を襲っているとのことだ。メント、貴様の強化魔法で船の速度を最大まで上げろ!」

 

 メントはすぐさま敬礼した。「承知しました、我が王よ」

 

 *

 

 《魔術大学校ルーン・中庭》

 

 サダベルの腹に、リヴァイアサンの牙が深く食い込んでいた。

 

 「ぐふぅ……さすがは水神を操る最強の戦力だな……」

 

 カイラは静かに告げる。「選べ。牢獄か、死か」

 

 ――この世界の魔物は、魔獣・神獣・神に分けられる。

 その中でも“神”は異質だ。神獣や魔獣とは比にならない力を持ち、各国の政府が厳重な契約のもと兵器として運用している。

 

 カイラは、そんな神の中でも水神リヴァイアサンと雷神イカリ――二体と契約を交わした、世界初の存在だ。

 

 契約とは、力で縛るのではない。神の“認可”が必要なのだ。

 

 「……選択肢はもう一つあるさ。君を殺す!」

 

 サダベルはそう叫ぶと、右手をリヴァイアサンの口へ向ける。

 

 「ブレア!」

 

 ドゴォン――!

 

 爆発音が響き、リヴァイアサンの顔面が弾け飛んだ。サダベルはその隙を逃さず、燃え盛る神の顎から抜け出して、カイラへと歩み寄る。

 

 「さぁ、始めようか」

 

 その身体から、青く光るスライムが滴るように飛び出してくる。

 

 「……神獣、ブレアスライムか」と、カイラが目を細める。

 

 「その通り。こいつは触れた物質をすべて溶かす、獰猛な溶岩のスライムだ。人間世界へ渡る前に、この学園を地図から消してやろう」

 

 「何を考えている! やめろ!」

 カイラは叫び、空に向かって手を伸ばす。

 

 「イカリ、来い!」

 

 天空が割れ、雷鳴が轟く。雷神イカリがその巨躯を現した。

 

 「もう遅い! ブレアスライム、学園を溶かせ!」

 

 ――ドバァン!

 

 スライムの体内からあふれ出た溶岩が、津波のように校舎へ押し寄せる。

 

 青白く燃え上がる建物。逃げ遅れた学生たちの絶叫が空を裂いた。

 

 「くそがッ……結界魔法!」

 カイラが魔法陣を展開し、周囲に強力なバリアを張る。

 

 《ルーン学園・正門》

 

 「おい……まじかよ……!」

 

 悠は絶望に立ち尽くした。溶岩は、もはや後方の校舎だけでなく、目の前の空間までも呑み込もうとしている。

 

 「もう一回繋がれ! リンク!」

 

 眼前にゲートが開き、悠はその中へと走り込んだ。

 

 バシャーンッ!

 

 溶岩がすべてを溶かし、更地と化した学園の上で、カイラは静かに結界を解いた。

 

 「……学園が……」

 

 そこに、アレンが走り込んでくる。

 

 「カイラ! 学生の七割は学園の外に逃がした! だが、残りの三割は……」

 

 「いい。僕が殺さなかったから、こうなったんだ」

 

 そのとき――

 

 「素晴らしい……」

 サダベルが、ゆっくりと拍手を打った。

 

 「雷神を間近で見られるとはな……想像以上だ、カイラ」

 

 「……目的はなんだ、学園長」

 

 「人間世界の支配だ。そのために、ティード海賊団と手を組んだ」

 

 カイラは鼻で笑った。「聞き飽きた」

 

 「目的も動機もそれだけだ。今から人間世界へ渡る。まずは日本を火の海にする」

 

 「ふはは、どうやって? 世界を繋ぐ能力もないくせに」

 

 「……そろそろ、だな」

 

 ビュン――!

 

 サダベルの背後にゲートが顕現する。

 

 「おい、学園長さんよ! 迎えに来たぜ!」

 

 レガースの声だ。

 

 「じゃあな、カイラ。日本が終わったら、次はアルタイル王国だ」

 

 「だったら、僕も連れてってもらおうか」

 

 「……は?」

 

 その瞬間、カイラの姿が掻き消え、レガースの前に現れた。

 

 ドゴッ!

 

 拳が炸裂し、レガースの顔面を叩き潰すと、カイラはそのままゲートへと駆け込んだ。

 

 「走り抜ける!」

 

 アレンもカイラの背中を追って飛び込んでいく。

 

 ――池袋。

 すでにティードたちが暴れ、特殊部隊SATと激しい抗争を繰り広げていた。

 

 レガースが吹き飛ばされる。

 

 サダベルはふっと笑った。「私のブレアスライムに手も足も出なかった者たちが、この私を止められるとでも?」

 

 「止めなきゃ、あんた来るだろ?」

 カイラが笑い返す。

 

 「ぶふっ……!」

 アレンは噴き出しかけた笑いを手で押さえた。

 

 

 

 池袋――血と悲鳴の交差点。

 

 「きゃあああああっ!!」

 

 耳を劈く悲鳴が、血に濡れた路面を震わせた。無数の死体が転がる異常事態の中で、ティードが咆哮を上げた。

 

 「ぐおおおあああっ!!」

 

 SAT部隊と獣のような海賊頭領が激しく交戦する。炎と銃声が街を飲み込んでいた。

 

 その頭上。池袋上空をヘリコプターが旋回していた。

 

 「信じられない光景です!狼です!絶滅したはずの狼が警察隊と交戦しています!この男は――」

 

 キャスターの言葉が終わるより早く、空中に一陣の風が走った。黒衣の女――ヴェンデッタが宙を滑るように浮遊し、ヘリに並んで叫んだ。

 

 「邪魔よ、ツンドラ!」

 

 瞬間、巨大な針状の物体が虚空から現れ、ヘリの胴体を貫いた。

 

 「うわあああああっ!」

 

 断末魔と共に、ヘリは近くのビルに激突。大爆発を起こした火柱が夜空を照らす。

 

 俺はその光景を、唖然としながら見つめていた。

 

 「なんなんだよ、これ……。奴ら、ついに東京まで攻め込んできやがった……」

 

 とっさに身を引き、異世界から再び現実世界へ逃げ込んでいた俺は、思わず呟いた。

 

 「海賊どもに、サダベルまで……まさか、あいつが学園を……?」

 

 だがすぐに、ある可能性が脳裏をよぎる。

 

 「待てよ。幹部どもは池袋に集まってる。ならケッカイ島の警備は手薄なはず……!」

 

 今なら、誘拐された人々を救えるかもしれない。そう思った瞬間、俺は携帯を取り出し、釜野へ電話をかけた。

 

 深夜 警視庁前

 

 「悠か!?今どこにいるんだ!無事なんだな!?」

 

 釜野の声がすぐに返ってきた。

 

 「聞いてくれ。今なら本当のことが話せる。誘拐された人たちを救えるチャンスなんだ!」

 

 「は?こんな時に何を……!」

 

 「説明はあとだ。今すぐ部隊を動かしてくれ。警視庁前で落ち合おう!」

 

 そう言って通話を切ると、俺は全速力で警視庁へと走った。

 

 門の前で、釜野が俺を待っていた。その背後には警察隊が列を成している。

 

 「来たか」

 

 「こんなに……局長の許可は?」

 

 釜野はわずかに目を伏せ、低く答えた。

 

 「それが……局長がどこにもいないんだ。まるで消えたように」

 

 「今はそんなこと言ってる場合じゃない。あの化け物どもが現実世界にいる今が最大のチャンスなんだ。終わった後、全部話す。だから、今は俺を信じてくれ!」

 

 釜野はしばし無言だったが、やがてふっと笑って俺の肩を叩いた。

 

 「全く、お前ってやつは……でも、今は俺がいる。信じるよ」

 

 「ありがとう」

 

 そして、俺は一歩前に出て言った。

 

 「じゃあ、これからすることに驚くなよ」

 

 「は?」

 

 「リンク!」

 

 右腕を前に突き出すと、空間が歪み、ゲートが現れた。

 

 警察隊がざわつき、釜野が目を見開く。

 

 「な、なんだこれは……!?」

 

 「行くぞ。俺についてこい」

 

 午前2時30分 異世界・スモーク山 小屋前

 

 重たい夜の空気が肌にまとわりつく。ゲートを抜け、俺たちは異世界に足を踏み入れた。

 

 小屋の扉を激しく叩く。

 

 「爺さん!俺だ、悠だ!」

 

 扉が開き、懐かしい顔が現れる。

 

 「おお、悠。生きておったか」

 

 「手短に言う!海賊たちは今、現実世界で交戦中だ!ケッカイ島に乗り込んで人間たちを救いたい。力を貸してくれ!」

 

 コロウはしばし黙した後、言った。

 

 「お前は、やはりあの人間に似ている」

 

 「は?」

 

 「いや、昔の話じゃ。今は関係ない」

 

 棚から小銃を引き抜き、コロウは外へ出た。

 

 「いいだろう。手を貸そう」

 

 彼の手を握り、俺は静かに礼を述べた。

 

 「本当に、ありがとう」

 

 午前3時 ケッカイ島

 

 ざあああああ……と豪雨の中、我々は砂浜を踏みしめて進んだ。雨が視界を遮る。

 

 「ここに……誘拐された人たちが……」

 

 釜野が濡れた顔を手でぬぐいながら呟いた。

 

 「幹部はおらんが、下っ端はうようよおるぞ。わしが先導する。ついてこい」

 

 コロウが小銃を構え、森の中へと進み始めた。

 

 やがて、島の森の入口が見える。そこには警備中の下っ端ども。

 

 「……あ?なんだあれ……」

 

 「おい、探偵どもが攻めてきたぞお!!」

 

 警報のベルがカンカンカン!と鳴り響き、海賊たちが一斉にこちらへ殺到してくる。

 

 「早速バレたな。どうする」

 

 「やることは変わらねえ。全員地獄に送ってやる」

 

 俺はリボルバーを構える――が。

 

 「……あっ」

 

 ――弾が、ない。

 

 戦いの中で、使い果たしてしまったのだ。

 

 「ほれ、手を出せ」

 

 コロウが手を差し出した。すると――

 

 彼の手の平から、ぽろぽろと銃弾が零れ落ちた。

 

 「なっ……これ、本物の銃弾……!?どうやって……」

 

 「これがわしの魔法《無限弾薬》じゃ。魔力が続く限り、あらゆる銃の弾を望んだ数だけ生み出せる」

 

 「……ありがてぇ!」

 

 俺はその銃弾をポケットに詰め込み、拳銃へと装填した。

 

 その時――

 

 「そこにいるぞお!矢を放てぇっ!」

 

 海賊どもが殺到してくる。

 

 「始めるぞ――救出作戦だ!」

 

 

 真夜中のケッカイ島。ティード海賊団の部下たちが一斉に切りかかってきた。

 

「おらぁ!」

 

 一人の下っ端が叫びながら突進してくる。俺は無視して、冷静に二発の弾丸をその腹に打ち込んだ。

 

「何がおらぁだよ、馬鹿がァ!」

 

 バン!バン! 下っ端海賊がその場に崩れ落ちる。

 

「森へ進むぞ!ついてこい!!」

 

 コロウが指示を出し、俺たちはケッカイ島の森へと足を進めた。釜野は拳銃を構えながら、周囲を警戒している。

 

「こ、これが...別世界なのか?」

 

「油断するな!刑事よ!」コロウが警告の声を上げた。「この島にはまだティード海賊団の幹部が残ってる可能性が高い!」

 

「さっさと進むぞ!」

 

 俺は急かしながら、さらに歩みを速めた。

 

 突然、後ろから下っ端の叫び声が響いた。

 

「探偵だ!探偵が来ている!船長に連絡を入れろ!」

 

 あちこちで海賊たちが動揺し始める。俺たちは島の中心部へ進み、ついに被害者たちが収容されていると思われる大きな木造の倉庫を見つけた。

 

「ここだ...ここに雪が!!!」

 

 俺は走り出し、倉庫の門を蹴り開けた。

 

「おい!あぶねえぞ!離れるな!」釜野が叫ぶが、もうそんな暇はない。

 

「きえええええええい!!」突然、空からバードリーの叫び声が響く。

 

 俺が振り返る暇もなく、バードリーが嵐のように舞い降りてきた。

 

「羽爆弾!」

 

 ヒューン、と鋼の羽が空を切り、倉庫の前で爆発が起きる。

 

「うぉおおああ!」

 

 釜野や警察隊がその爆発に巻き込まれ、倒れ込んだ。

 

「クソ!釜野!!」

 

 俺は叫び、バードリーに向き直った。

 

「よそ見するな!探偵!」

 

 バードリーが転移魔法で俺の背後に現れ、鋼の羽を振りかざしてきた。

 

「は!?」

 

 俺は咄嗟に振り向き、拳銃を振り下ろそうとしたが、バードリーの羽が猛烈なスピードで迫ってくる。

 

「殺す!」

 

 バン!バン!バン!

 

 三発の弾丸をバードリーの羽に打ち込んだが、全く効果がない。

 

「無駄だ、おれの羽は変幻自在にその効果を変えられる」

 

 バードリーは冷笑を浮かべながら、さらに羽を振り下ろしてきた。

 

「悠!!今助ける!」

 

 その時、コロウが叫んだが、俺はすでにバードリーとの戦闘に集中していた。

 

「貴様の相手はこの私だ!!!」

 

 ジャックが忍者のように転移魔法でコロウの前に現れた。

 

「幹部がもう一人!!」

 

「奥義!忍仁砲!」

 

 ジャックが両手から光線を放ち、コロウの両脚を切り裂いた。

 

「ぐうぅ!」

 

 コロウの両脚が吹き飛び、切断される。

 

「おい!!じいさん!!!」

 

「ここまでか...!」

 

 コロウは力尽き、うつ伏せになった。

 

「よくやった、ジャック!」

 

「元騎士団メンバーを討ち取ったぞ!!!」

 

 ジャックが誇らしげに言う中、俺は激しい怒りに駆られた。

 

「よそ見すんなよ、ボケナスが」

 

 バン!バン!

 

「無駄だと言っているのがわからんのか?」

 

 俺はその言葉を無視し、バードリーの羽を掴んで、その先端をバードリーの手羽に突き刺した。

 

「ぐわああああああ!!なにいいい!!??」

 

 血が流れ出し、バードリーは苦しみながらのたうち回った。

 

「やっぱな、お前の抜け落ちた毛も硬質化されるみてぇだな」

 

 ジャックが叫びながら近づいてきた。

 

「探偵!貴様ああ!!」

 

 その瞬間、倒れていたコロウがかろうじて猟銃を構えて、ジャックに一発を放った。

 

「まだ生きてたか!じじい!」

 

「貴様だけでも...!終わりだぁ!」

 

 コロウは息を吐ききりながら、ジャックの心臓を狙い撃ち。

 

「バァン!」

 

「うぐ!」

 

 ジャックがその場で倒れ、息絶えた。

 

「バカな!ジャック!!!!!!」

 

 バードリーが叫びながら、さらに激しく暴れ始める。

 

「うらぁ!」

 

 俺は冷徹にバードリーの胸に羽を突き刺した。

 

「ぐわあああああ!」

 

 バードリーはその場に倒れ、のたうち回った。

 

「ま、待て!助けてくれ!!命だけは!」

 

「助けてくれだぁ?鳥、お前らは何百人もの助けてくれと懇願した人間を犠牲にしてきたじゃねぇか、地獄でその報いを受けろ」

 

「ぎゃあああああ!!」

 

「死ねぇ!」

 

 俺はバードリーの頭部に羽を突き刺し、彼はそのまま息絶えた。

 

「これは...鍵か?」

 

 バードリーの腰に、被害者たちを収容した牢屋のカギと思われる物がついていた。

 

 俺はコロウの元へ駆け寄り、彼を抱きしめた。

 

「じいさん!!」

 

「ゆ、悠...お前は、早く人間たちのところへ行け...」

 

「見捨てられない!あぁ、血を止めないと!」

 

「わしはここで死ぬ...行くんだ...お前にかかっている、お前がエルフと人間の架け橋になるんだ...」

 

 そう言うと、コロウは静かに息を引き取った。

 

「クソ...」

 

 俺は釜野の元へと駆け寄り、彼を起こした。

 

「無事でよかった、掃けていた部下たちが集まりつつある、すぐに倉庫の中へ行くぞ、わかったら銃を構えろ」

 

 釜野は立ち上がり、拳銃を装填した。

 

 釜野と俺は、倉庫の扉を開けると、そこには想像を絶する光景が広がっていた。

 

「な...に...」

 

 釜野の声が震えた。倉庫の中には、何十個もの大きなかごが置かれ、その中にボロボロの布を着せられた児童や女性が無数にいた。彼らは目を見開いてこちらを見ていたが、どこか虚ろで、光を失った目をしている。

 

「警察だ!助けに来た!!もう大丈夫だ!」

 

 俺は声を張り上げるが、彼らは反応を示さない。じっと、無表情でこちらを見つめているだけだった。

 

「リンク!」

 

 沖縄へと繋がったゲートが開き、そこから光が差し込む。被害者たちはその光に目を見張り、驚いた表情を浮かべるが、それでも動くことはない。

 

「は?何で沖縄なんだよ!」

 

 釜野が疑問の声を上げるが、俺はすぐに答える。

 

「今関東に繋げたら、やばいだろ。海賊共と軍隊がドンぱちやりあってる!」

 

 俺は急いでゲートの向こう側に目を向けた。沖縄の静かな海辺が広がっている。今、ここにいるべきではない。ここから脱出する必要がある。

 

「釜野!連れ出すぞ!手伝え!」

 

 釜野は一瞬躊躇したが、すぐに頷いて銃を構える。俺たちは一つ一つ、檻の鍵を開け、被害者たちを外へ連れ出していった。

 

 その時、微かな声が耳に届く。

 

「悠...?」

 

 その声に振り向くと、最奥の檻に雪がいるのを見つけた。ボロボロの布を着て、泣いている雪がいた。目には涙がにじんでいる。

 

「雪?」

 

 俺は駆け寄り、檻のドアを開けた。

 

「悠...うぅ...」

 

 雪が顔を手で覆いながら、かすかな声を上げる。俺はその手を取ると、ぎゅっと抱きしめた。

 

「怖かったな...もう大丈夫...もう大丈夫だからな...」

 

 雪はまだ震えているが、俺の腕の中で少しずつ安心したように見える。被害者たちは次々と外へ連れ出され、沖縄へと避難していった。

 

「みんな、もう大丈夫だ!」

 

 俺たちは全員を助け出し、無事に異世界から脱出することに成功した。沖縄の海辺に立つと、少しずつ夜が明け、空が明るくなり始める。

 

 雪を抱きしめたまま、俺は深いため息をついた。

 

「これで終わりか...」

 

 だが、まだ終わりではない。俺の目の前には、まだ多くの課題が残されている。エルフと人間、そして異世界の問題を解決するためには、もっと多くの戦いが待っている。だが、今はただ、雪と一緒にいられる時間を大切にしたいと思った。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。