「南の守りが薄いです。衝車をぶつけなさい。投石は一切絶やさないように」
「は、はいっ!」
「騎兵隊は敵城の東で待機。逃げ出した連中を血祭りにあげなさい」
「承知しました!」
ゼフォルは王国の南部に設置された城に攻城戦をしかけていた。
結局エスメルの軍勢が中央の道を通ることはなく。三街道の南側の道を通って王国領の占領を開始していた。
もはや王国に王都以外守る気はないのか。ザントンでの敗戦で意気消沈しているのか、あまり目立った抵抗はなく、無人の荒野を駆けるがごとくの進軍に成功していた。それでも気概のある勇士はいるのか、いくつかの城は籠城戦でエスメルの東部方面軍に歯向かってきていた。今攻めているのもそんな城塞である。
すでに王国の領土半ばまで押し込んだ、対峙する城塞も実戦で使うのも久し振りなのか造りは古く、ハルード要塞どころかザントン要塞にも数段を劣るような脆いものだった。しかし城は城である。多少なりとも、帝国軍の歩みをとどめていた。
「城門‼突破しました!」
「入ってすぐ建造物に火を放ちなさい」
「ひ、火をですか⁉そ、それは……」
「見たところ敵城の造りは古く、内部には木造の建築物が見られます。そしてこの風向きです。火をかければ大火事になるでしょう」
「ぜ、ゼフォル参謀長、流石に敵とはいえ、いきなり城中に火をかけるのはいかがなものか……」
ゼフォルの火刑命令にこの軍の司令官であるオルドス将軍が苦言を呈した。今ゼフォルは准将である彼の軍勢1万2千に同行していた。現在の任務は王国領を広く占領していくことである。そのため、有力な将軍であるクレッチマーやアルセリア達も各軍を率いて王国各地の占領をしていた。
「何をおっしゃるオルドス将軍、この戦況であんな小城に籠もっている連中など死ぬまで抵抗するような異常者でしかありません。そんな連中正面から相手にしては兵が可哀想です。せいぜい炎と踊ってもらうのがお似合いでしょう」
「し、しかしだな連中慌てて籠城の準備をしたと聞いている。兵糧攻めにしてもさほどは時間はかからないだろう」
「それはいまさらというものです将軍。我らは攻城兵器を使ってまで城門を開けたのです。ここで兵糧攻めに切り替えるのはこれまでの物資の浪費が無駄になります」
「う、うぅむ……」
「それに現在ザントン要塞の勝利が知れ渡り、勢いはこちらにあります。今こそ敵の城塞を粉砕するのによい機会なのです……それにきっとクレッチマー将軍やアルセリア将軍は続々と城を落としているでしょうね」
「そ、そうだな。わかった参謀長の言うとおりにしよう」
「感謝します」
オルドス将軍も能力的には平均以上はある。彼もまた、第二軍の古豪ではあるのだ。しかしアルセリアやクレッチマーといった一流に比べれば数段劣った。
一見温厚そうな性格をしている彼だがゼフォルからすればその内心が筒抜けであった。彼は女のくせに同階級で、自分より活躍しているアルセリアに嫉妬している。そこを少しついてやれば後はあっという間にゼフォルの操り人形だった。
笑ってしまう。女だてらとアルセリアに抜かれて醜い嫉妬をしているのにその解消のためにゼフォルをつかっているのだった。
本当はゼフォルだってこんな二流将軍ではなくアルセリアあたりの軍に同行して王国軍を思い切り追い詰めたかった。あの会議の後、南の道を攻めるに至ってゼフォルはエスメルに前線の部隊につけるように直談判しに行き、なんとかオルドス将軍の隊にあてがわれたのである。しかし彼の隊はあまり重要でない箇所の城攻めだったのである。正直納得していなかった。
だからこうやって急いで仕事を済ませようとしたのだ。
王国軍が丸焼けになっていく焦げ臭いにおいに顔を顰めながら、その視線と心は王都の方に向いていた。
「ゼフォル、オルドス将軍の参謀の任を解くわ。またしばらく私の傍にいなさい」
「……なぜでしょうか?」
王国軍を盛大に丸焼きにした後、オルドス将軍の部隊はエスメルの本隊に合流していた。そしてエスメルに報告も終わると、最後にそう声をかけられたのだった。
「私の働きに何かご不満が?」
「いや……まさかオルドス将軍がクレッチマーやアルセリアを差し置いて一番に城を落とすとは思ってもいなかったわ。貴女がいればこそでしょうね。けどね、城ごと丸焼きはやりすぎよ」
「別にあんな進軍路から離れた城、占領する価値もありません、籠る敵さえ排除してしまえば問題はないでしょう」
「ええ戦術的にはそうでしょう。けど、戦後を考えれば王国側の無用な犠牲も抑えるべきだわ」
またこれだった。ゼフォルは現在軍の将校連中の言う、戦後の事を考えればという考えが大嫌いだった。帝国が優勢になったからそういったから人道どうこうに考えがいたるようになったのは理解できる。軍の上層部ですらこうなのだから帝国の官僚たちも優先してほしいと思っているのだろう。
だがゼフォルからすらばどうでもいいことだった。なぜ敵の損害を考慮してまで戦術的な最適解を止めなければならないのだろうか。
戦後統治の影響と言われても疑問があった。多少王国の残党が立ち上がろうと今の帝国の相手になどなるはずもない。それこそゼフォルならばすべて捻じ伏せる自身があった。
「しかし今、王国全土が先の敗戦で浮足立っております。今のうちに進軍できるだけするべきです」
「もう王国に短期間で態勢を立て直す力は残っていないわ。むしろ時間がたつほど降伏派も増えてくるはずよ。私たちは常識的な速度で進んでいけばいいわ」
「……閣下がおっしゃるなら」
そう口にするゼフォルだが納得していなかった。
王国は北方蛮族のような土地無き一族ではないのだ。数百年の歴史を誇るまごうことなき大国の一つ。そんな国の終わりが、国土を少し制圧されただけで降伏するなどあんまりに寂しいじゃないかと思っていた。
王都を武力で制圧し、王城に高らかに帝国の旗を掲げる。そしてそれを挿すのはこのゼフォルとエスメルこそふさわしかった。
ベルズーフは最短路とはいえ、最も王国の抵抗を受けるだろう。それならば力攻めを繰り返し強行軍で急げば、まだエスメルが王都攻略レースの一番に立つ可能性は高かった。
「とにかく、あなたは私のそばでその頭を働かせなさい。密偵部隊の指揮も再び任せるわ」
「かしこまりました」
なぜ、エスメルは自分を馬車馬のごとく酷使してくれないのか、ゼフォルは不満だった。エスメルの側にいれるのは嬉しい、けど戦略的に見て無駄である。ここまで弱り切った王国を追い詰めるのに本陣にエスメルとゼフォルといいう傑物を二人も置く必要はないのだ。
エスメルとて帝国で五指に、いやベルズーフに次ぐ能力がある。いまさら側にゼフォルがいなくても判断を誤ることはないだろう。
ならば別動隊の指揮を執らせてほしかった。彼女がもし、秘密裏に王都を強襲せよと命令を出したらゼフォルは喜んでその任を全うしていただろう。
今、ゼフォルは最も敬愛する主人に枷をはめられていた。
「浮かない顔だな」
「アルセリア……将軍」
本陣配属になり全軍の物資の資料や密偵部隊の指揮を執っているとゼフォルの天幕にアルセリアが訪ねてきた。それをゼフォルはあっさり受け入れた。今やってる業務などゼフォルにとって何も苦ではなかった。それ以上に今は人と話したかったのだ。
「こうも帝国は勝っているだろうに、兵達も毎日嬉しそうだ。こんな敵地なのにな。それなのになぜ我らが参謀長殿はそんな顔をしている」
「別に私はいつもこんな感じですよ」
「嘘つくならもうちょいましな嘘をつけよ。そんな顔なかなか見ないぞ……なにか前線で心配事でもあるのか?」
心底心配そうなアルセリアにゼフォルはつい乾いた笑いをしてしまった。よっぽど深刻な顔をしていたらしい。アルセリアはゼフォルが前線で心配事があってこんな顔をしているのかと心配になってわざわざ声をかけてくれたのだ。
「逆ですよ、アルセリアは今の王国軍をどう思いますか」
「もう連中にろくな抵抗力もないだろう。今日も適当に砦を囲めば降伏していた。ベルズーフ元帥の軍勢は多少てこずっているらしいが、それでも時間の問題だろう」
「えぇそうです。王国軍などもはや塵芥にすぎません、当たれば霧散する夢幻のような存在……」
「いくら敵でもそんな言い方はよせよ。良いじゃないか私たちの長年の戦いは報われたんだ。もう王国の降伏まで秒読みだ。あとはどれだけ死者を押さえられるか考えてればいいだろう」
アルセリアもエスメルのようなことを言い出した。
わかってはいたのだ。異端なのはゼフォルで、周りが正しいことを言っているのだと。どんなに王国が長年の敵でも降伏が秒読みになった時点でできるだけ犠牲は避けるべきだ。
帝国兵は生き残るだけ戦後はその名誉が称えられる権利があるし、その大多数は市民復帰し、よき納税者へと戻るのだ。
王国兵だって無用な犠牲を出して帝国への悪感情を残せば占領後の統治に支障が出るし、生き残るだけ彼らは帝国の新たな納税者として再統治されるのだから。
だれもが平和的な和平を望んでいる。王国の一部の過激派以外だってそうかもしれない。しかしゼフォルだけがそれを認められなかった。
「いいではないですか、この戦いが終われば私もめでたく塵芥の仲間入りです」
「お前がそんな存在なわけないだろう。確かに失態は大きいがそれ以上に誰よりも功績をあげて……」
「アルセリア、貴女には私が弓に見えますか、犬に見えますか?」
「……それは……」
「私は戦争が終われば蔵にぽいでしょうか、それとも煮られるのでしょうか」
さすが伯爵家だけあってアルセリアは教養があり、一瞬でゼフォルが何を言いたいかを理解してくれた。
昔からあることわざだ。どんなに良い猟犬でも獲物がいなければ煮られてしまう。どんなにいい弓でもそれを射抜く相手がいなければ蔵に死蔵されるというものだった。
「アルセリアは伯爵家当主、そして兵によく慕われています。戦後もやれることはいくらでもあるでしょう。けど私はどうすればよいのですか?」
「お前の才能なら軍には残れるだろう。平和が訪れても最低限の軍備は必要だ」
「せいぜい王国残党と北方蛮族残党でも相手にしてれば良いということですね」
「そんな風に言いたいわけじゃ……」
「そうでしかないでしょう!戦後雑魚と遊んでるだけでどうお嬢様に貢献できるというのですか!」
言いよどむアルセリアについゼフォルは声を荒げてしまった。彼女が悪くないことは百も承知だ。しかしアルセリアには伯爵家としての未来がある。それはクレッチマーだってそうだ。各々の分野でエスメルに貢献するだろう。
しかしゼフォルは、戦争が上手いだけでただの騎士爵に過ぎない自分に平和な世界でどんな役割があるというのだ。それこそ犬のように煮殺されることはないと思うが、弓のように死蔵される可能性が高いだろう。それでどうエスメル配下で1番の忠臣を名乗ればいいというのだ。
「ゼフォル、私は馬鹿だ。今のお前にかけてやれる言葉など見つからない。結局私にどうしてほしいのだ」
ついに見かねたのかアルセリアがそんな風に声をかけてきた。その気遣いすら彼女の優しさに甘えているようでゼフォルは自己嫌悪した。しかし待っていた言葉だった。
「私は最近、密偵部隊を動かしていました。実はこの南の街道の一角に王都へ続く隠し道を見つけたのです」
「……それで?」
「アルセリアの軍にそこを使って王都を攻めてほしいのです」
「それは駄目だ。しっかりエスメル閣下報告してしかるべき手続きを済ませたら喜んで付き合ってやる」
「まぁそうですよね……」
思ったとおりの回答だった。ゼフォルがこの隠し道を見つけたのは偶然だった。もはや王国の密偵部隊の質も落ちていたのだろう。隠し道をつかっているところをたま補足して発覚したことだった。今すぐこの道をつかって攻め込んでやりたかったがゼフォルの手元には自由に動かせる戦力はいない。一縷の望みをかけてアルセリアに相談したが、真面目な彼女が取り合ってくれるはずがなかった。
「まさかお前に限ってエスメル閣下と喧嘩でもしたのか?」
「そんなことはありません」
「まぁ深くは聞かんけどな、まさかあのエスメル閣下が戦争でしか役に立たないからといってお前を捨てるわけない。長い付き合いなんだろ」
「それはそうですが……」
「なら戦後の事なんか適当になるようになるだろ。とにかくこの戦いを終わらせることだけ考えとけ」
そう去っていくアルセリアの背中をゼフォルは羨ましそうに眺めていた。爵位どうこうもない彼女のカラッとした人柄が羨ましかった。会った当初は自分に似たタイプだと思ったが、そんな事はなかった。きっと彼女は西部貴族の敗戦で一度は伯爵家を取り上げられたときもたいして参っていなかったのだろう。その図太さがゼフォルには羨ましく、眩しすぎた。
「エスメル閣下、ただいま戻りました」
「ご苦労様。叔父上」
エスメルは天幕でクレッチマーを迎え入れていた。歴戦の将である彼は特に苦戦しなかったのか、いつもの飄々とした自然体で本陣まで帰還していた。
「叔父上と二人きりで話したいわ。あなたたち、しばらく出ていなさい」
そういって本陣内の人払いを済ませる。今から行うのは東部方面軍の軍議ではない。ウィルベート家の家族会議のようなものだからだ。
「出陣中、何度か会話には出したけど、中央政府からの要請があったわ。内容は私の戦後の役職について」
「ほう……いったい何を希望されましたかな?」
「東征大将軍よ」
「それは……なんとも思い切られましたな」
エスメルの言葉にクレッチマーも驚きを隠せてなかった。彼も東征大将軍がお飾りの役職であることは理解している。まさかいきなり名誉職にエスメルが落ち着くのは想定外だったのだろう。
「事後承諾なのは謝るわ。けど憲兵総監閣下のお気に入りが直々に聞き出しに来たわ。正直これ以外を選べば危うかったかもしれない」
「そうですな。ユースクリフ殿下もこの戦場に来ているとはそういうことでしょう」
クレッチマーの言うとおりあの皇太子であるユースクリフ殿下もこの戦いに中将の階級をもってベルズーフの軍勢に参戦していた。理由は明白だ。若き英雄エスメルに対抗して皇室の名をあげるための参戦だった。最も実務のほとんどはベルズーフとその側近がやっているし、帝国最強の軍勢に守られている。しかしそれでも皇族自ら敵地に向かう意義は大きいのだ。
そしてこれがエスメルが中央の道を選ばなかった最大の理由でもあった。もうウィルベート家の名をこれ以上あげる気はない。王都陥落の功を帝室とベルズーフに譲ることで恩を売り、戦後の忠誠を示すのだ。すでにアティア憲兵大佐からこの件についてバルグリフ陛下から感謝があったとの報告も受けていた。
「この戦いで私は目立った功績をあげる気はない。戦後も頃合いを見てウィルベート公爵家の当主の座をあなたの息子に譲ることにしたわ。叔父上、あなたも家督を長男に譲ってウィルベートの家宰として働いてもらうわよ」
「えぇもちろん、閣下がそこまでなさるのなら私も従いましょう。しかしまさかその年齢で隠居とは、少しうらやましいですな」
「ずるいかもしれないけど、隠居した後は二人分贅沢できる仕送りだけ頂戴」
「ゼフォル大佐ですかな」
「えぇそうよ」
二人分といえばクレッチマーはすぐに思いつくだろう。なにせ彼とも随分長い付き合いだった。
「失礼ながら、ゼフォル大佐にはそのことを話したのですかな」
「戦いが終わったら言うわ」
「なるべく早く伝えた方がよろしいのでは……」
「まぁそうよね……」
まだゼフォルにはこの話を伝えてはいなかった。言わなければならないのは承知のことだ。しかし言いにくかったのだ。ゼフォルは自分の為ならどこまでもついてきてくれるだろうという自信はある。それこそエスメルが帝国に反旗を翻すなどと言っても、笑顔で付いてくるだろう。
だが逆にもう隠居するから一緒に暮らそうなどとはっきり言い出せるわけがなかった。そもそもゼフォルは出世欲の塊だ。戦争が終わった後、彼女が何をするかは正直読めないが、権力も何もかもほうりだした自分をついてきてくれるのかが不安だったのだ。
九分九厘の確率でそれでも仕えてくれるとは思っている。しかし残りの一厘の確率で失望されると思うとエスメルは恐くて言い出せなかった。
「少し無理やりかもしれないけど、あの子はこの戦中、私の元でおとなしくさせる。そして戦後、全てが終わったときに全てを伝えるわ」
そうクレッチマーに言い切るしかなかった。だがその覚悟は壮大なものだ。エスメルはもうこの戦中、戦果を挙げる気もないし、戦局も優勢で気を配る必要もない。その分、ゼフォルの動向に気を付けることにしていた。
彼女が前線に出られなくてフラストレーションをためているのはよくわかっていた。だからどうでもいい城攻めでオルドス将軍に預けたが、結局彼もゼフォルの思うがままに操られていた。やはり彼女を制御できるのは自分しかいない。
そのことを誇りに思いつつも、ゼフォルを制御するのは己の義務だとエスメルは確信していた。