エスメルの宣言と共にゼフォルは駆けだしていた。
エスメルの装備は重装甲の黒い鎧に大斧、ぜフォルの装備は軽量のメイド型ドレスアーマーに二対の曲剣だ。速さに関しては一回りも二回りも上だった。電光石火の一撃でいつぞやのユースクリフ殿下の護衛騎士を倒したときのように一瞬で決着を付けるつもりだった。
「っつ⁉相変わらず早いわね!」
「異なことを‼弾かれてちゃ世話ないですよ!」
しかしゼフォルの渾身の一撃も、エスメルの大斧ではじき返される。重量差が尋常ではない。生身の身体こそエスメルはゼフォルより少し重いくらいだろうが、その重厚な鎧と大斧を入れれば相当な差がある。そのため真正面から打ち合っては軽いゼフォルが吹き飛んだ。
だが一瞬で距離を詰めると再び、曲剣を縦横無尽に振り回す。
「やりにくいわね!私より年上ならもっと正面から来なさいよ!」
「お嬢様は体も一撃も少々重過ぎるゆえ!スレンダーな私がまともに受けては折れてしまいます!」
「むきー!言ったわね!気にしているのに!」
今度はエスメルの重い一撃をいなす様に曲剣を打ち付けた。エスメルが大斧を一回振るう度にゼフォルは両方の曲剣を4、5回は打ち付け、その威力を逸らす。もちろんこんな離れ技を行うには相手の剣劇の数倍の速さとそれを完璧に打ち返す技巧が必要だが、そんなものはゼフォルの経験と才能でどうにでもなった。
速さと手数でエスメルを攻め立てる。しかしエスメルはエスメルで完璧にそれらをいなしていた。大斧の広い刃の部分を盾に見立て、分厚い手甲と併せて打ち返していた。それはまさに往年のゴルガマスのような重厚な守りだった。
言葉ではまるでじゃれ合いのようだが、実際の剣劇はえげつない勢いだ。いくらゼフォルと言えど、少しでも気を抜けばあっという間に吹っ飛ばされるだろう。
「えーい失せなさい!」
「あぶなっ!」
業を煮やしたエスメルが、ゼフォルの剣劇の隙をついて大斧を振りかぶった。ゼフォルとて腕が二本の人間である。どうしてもその剣劇に隙ができてしまう。もちろん経験と技巧でそれらがばれないようにカバーしていたが、エスメルはあっさりと見破ってきた。
大斧の形上、その一撃はどうしても大振りになってしまう。そのためゼフォルは大きく半身をそらして避けることができた。
しかし何という一撃だろうか、その鋭さと速さは本来の持ち主であるゴルガマスを超えている。こんな麗しの美少女が斧の扱いであのでくの坊を超えていた。ここまでできるようになったのかと、ゼフォルはその成長に喜んだ。最も今この場では本当に厄介でしかない。
「あーもういい加減離れなさい!どんだけ私の事好きなの⁉」
「大好きですよ!だから離れません!」
エスメルが大振りの攻撃を受けてなお、ゼフォルは距離をとって大きく避けなかった。口では調子のいいことを言っているが、切実な問題があったのだ。
エスメルに距離をとられるのはゼフォルにとって敗北を意味している。
距離を取られたら、精々ゼフォルにやれることは仕込んでいるナイフを投げるくらいだ。一方でエスメルは大斧に並ぶメインウェポンである魔術を行使できる。遠距離の打ち合いになれば負けるのはこちらなのだ。
「急に恥ずかしいこと言って!そんなに私の事が好きなら言うこと聞きなさいよ!」
「逆も言えますよね!お嬢様!私の事が好きなら言うこと聞いてください!」
とはいえ、現在ゼフォルがエスメルを押していた。やはり実戦経験の差と、それ以上にずっとエスメルの剣の腕を教えていた過去がそのままゼフォルのアドバンテージになっている。獲物こそ随分大きくなってしまったが、エスメルの考えていることも癖も全部知っているのだ。それらを動員してゼフォルは押していた。剣劇の隙を縫って得意の回し蹴りを放つ。
「相変わらずの足癖の悪さね!一回私の事ベッドから蹴り落したでしょ!」
「いえ、あれはお嬢さまの寝相が悪かっただけです!」
しかし手癖を知り尽くしているのはエスメルもそうだ。ゼフォル渾身の回し蹴りをかろうじで手甲でガードしている。彼女も昔からゼフォルの教え子として甘んじているのではなかった。一人の武人としてその背中を追っていたのだ。
ちなみに真実はまだ離宮で暮らしてたときのこと、くすねた酒で酔ったゼフォルが一緒に寝ていたエスメルを見事に蹴り落したのだ。起きたときは流石にとんでもないことをしたと顔を青くしていたが、蹴られた当人が寝ぼけていたから大丈夫かと誤魔化していたのだ。
まぁそんな過去の事はどうでもいい、エスメルの成長は驚くべきほどのものだ。二年前も平均以上の剣の腕があったが、爆発的に成長している。
おそらく武器の問題だったかもしれない。そもそも普通の剣を振るっても平均以上だったし、まさか公爵令嬢に適した獲物が大斧だとは思いもよらなかった。
ゼフォルの二対の曲剣の連撃を大斧の重撃で食らいついているのだ。正直、武芸百般のゼフォルも大斧をこんなに上手く使えない。
だがそれまでだ。もしここに魔術の力が加わればエスメルはゼフォルに勝てたかもしれない。しかしそれはゼフォルが常に接近し、白兵戦を挑むことで封じている。そうなれば後は純粋な剣劇の戦い、そうなれば経験の差でゼフォルが勝つに決まっていた。
事実今も、エスメルの一撃はいなされるか避けられるかでゼフォルの体に当たっていないのに対し、ゼフォルの一撃はいくつかエスメルの鎧に直撃し始めていた。まだ踏んばれているのは、ひとえにその鎧が重厚だからである。
しかしもう時間の問題である。直にこの均衡を突破できる。
エスメルの驚くべき成長ぶりに感心しつつもゼフォルは冷静に自分の勝機を頭の中ではじき出していた。
「これならどうかしら!」
「なっ——ちいっ⁉」
勝機を信じて前へと踏み出したゼフォルの第六感がすさまじい警鐘を鳴らし慌てて後ろへ飛びのく、紫色の閃光がゼフォルを襲っていた。しかしそれは普段見るような打ってさく裂するようなそれではなく、まるで斬撃のような軌道を描いていた。
あわてて引いたゼフォルだが、胸当てがぱっくりと袈裟懸けに切られていた。
「殺す気ですか!」
「なによー!いつも特訓で殺す気で来なさいって言って私をボコボコにしてきたくせに!殺す気くらいの勢いじゃないと勝てないのよ!」
幸い切られたのは胸当てだけで、下の服までは到達していない。しかしすさまじい切れ味だった。
何をしたのかとエスメルを見ると、大斧を持っていない方の左腕が、ひじのあたりから紫の刃状の魔力に覆われていた。
この魔術は見たことがあった。エルシアに渡されたときに流し読みして目を引いたものだからだ。
魔力を刃の形に仕立て上げることで、非常に鋭い質量無き刃を形成する魔術だ。しかしこれは世の中には全く浸透していない。
刃の形に仕上げるのが思いのほか難しく、一流の魔術の腕がないと、鋭さが足りずただの見た目のいいなまくらでしかないのだ。
そもそも魔術師の本業は遠距離からの破壊力なのだ。そのため宮廷での剣舞などにしか使われない、そんなマイナー魔術でしかなかったはずだ。
しかしその魔術をエスメルは実戦レベルにまで仕立て上げていた。ゼフォルは魔術は専門外だがきっとかなりの研鑽を積んだのだろう。
「意地悪いですねお嬢様、こんな魔術を覚えていたのを黙っているなんて」
「こんなの使うまでもなく、こっちの大斧でたいていの敵は真っ二つにできたからよ。けど貴女相手に出し惜しみしてる場合じゃない」
ただ後ろに引いただけでは癪なので、エスメルに牽制の隠しナイフを投げる。
あっけなくその一撃をエスメルが魔力の刃で弾き飛ばすが、それだけであのナイフは十分に役割を果たしてくれた。魔術の刃を浴びたナイフはぶすぶすと煙を吹いてぐずぐずになっているが、どうやら一瞬で金属を溶かせるほどの威力はないらしい。
それならば公爵家秘蔵の品であるこの曲剣で受けきれる。見た目は派手だが、左手に小ぶりの武器を持っただけだ。
一瞬で手品を見破られたのに気が付いたのか、エスメルも苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。
「すごくカッコイイですよ。しかしそれだけです!」
「ふん!これにはこれなりに使い道があるのよ!」
エスメルの新たな魔術も問題ないと判断して再び接近するゼフォル、エスメルもそれに応えて大斧と、魔術の刃を振りかざした。
見た目だけのそれだと思ったがそれだけでは済まなかった。ゼフォルの二対の曲剣に対し、エスメルは大斧と魔術の刃という異色の二刀流で迎え撃ってきた。
さすがのゼフォルにはこれには驚いた。自分の獲物も確かに二刀流だが、大きさも形も同じもので、振っていて違和感のないようできている。
一部、左右で大きさの違う二刀流は存在するが、ここまで極端なのは見たこともない。
「お嬢様はカニですか⁉」
「だれが甲殻類よ⁉」
不釣り合いな獲物を自由自在に振るうエスメルを見てゼフォルはそんな感想を抱いていた。こんな時だというのにどうでもいいことが思い出される。
帝国西部の名物だといってアルセリアがカニを振る舞ってくれたことがあったのだ。そのカニも大きなハサミと小さなハサミを持っていた。
とてもおいしかったが、振る舞ってくれたくせに大きなハサミを持って行ってバクバク食べるアルセリアにカニばっか食べてたから髪も赤いのですか?と聞いたら怒られた。
それはともかく驚くべきはエスメルの斧さばき、魔術さばきだった。この異色の二刀流をしっかりと使いこなしている。大斧はその質量を活かして防御に使い、時には必殺の一撃として振るう、そもそもこれだけの大きさのものを片手で当然のように振り回している。
もう片方の魔術の刃の扱いも凄まじい。その小回りの利く大きさと、質量のなさを活かして縦横無尽に振るっている。そもそも魔術の刃が普及しなかった理由として、魔術師が剣を振るうことが少ないということと、質量がないので剣として扱うにもコツがいるという使いにくさがあった。しかしそんなじゃじゃ馬をエスメルは使いこなしていた。いや使いこなしているというだけでは済まない。その動きはまるで——
「私……ですか?」
「えぇ、そうよ」
重厚な大斧とは打って変わって魔術の刃の動きはまさにゼフォルそのものだった。流石にオリジナルには一歩及ばないが、それでも7割ほどの完成度を誇っている。片腕の分、脅威度も半減だが、しっかりゼフォルの動きを真似ていた。
道理で魔術の刃がやけに反っているわけだった。あれはゼフォルの曲剣を模していたというわけだ。
「私の真似をしてくれるお嬢さま!とてもお可愛いですよ!しかし付け焼き刃でオリジナルには勝てません!」
「付け焼き刃かどうかは試してみなさい!」
エスメルの使ってくる手はどれも目新しい、しかしそれだけで己の障害になるはずがない。
曲剣の扱いは己こそが最強なのだから!
そう思って再び距離を詰めるゼフォルだが、エスメルの意外な技巧に舌を巻いていた。魔術の曲剣は遊撃として常に暴れさせ、大斧は盾兼、大振りの一撃としてしっかり役割分担ができている。
「ちっ!厄介な」
「こんな使い方は貴女にもできないでしょう!」
エスメルが右手に持った大斧を盾のように使おうとするならば、ゼフォルは左側を中心に攻め立てた。スピードで勝る以上こちらに主導権があるのだ。これを活かさない手はない。
左側は7割ゼフォルを模した魔術の曲剣が暴れているだけでゼフォルに勝てる道理はない。そこをついて攻め込むのだがエスメルは意外な方法で対抗してきた。
ゼフォルが左側から攻めるなら左手の大斧で防いでくるのだ。
理屈でいえば単純極まりない。右手に持っていた大斧を左手に持ち替え、空いた右手に再び魔術の曲剣を精製しているだけ、しかしそこには右でも左でも十全に武器を振るえる腕と、一瞬で魔術を精製できる練度がゼフォルの経験と才能に食らいついていたのだ。
エスメルがこうも食らいついてくるのは意外だった。確かに彼女も天才だが、まだ未完成なのだ。二年の歴戦で極地に至ったゼフォルには勝てないはずだ。魔術の遠距離攻撃さえ気を付ければいい。接近戦を強要すれば一瞬と言わずとも短時間で決着すると思っていたのだ。
本当に強くなった。ゼフォルは思わぬ苦戦に、マイナスの感情どころか、感動していた。
エスメルは自分の元から巣立った。ゼフォルは帝国軍少将に、エスメルは帝都学院に向い、しばらくの時間を別々に過ごした。
ゼフォルはひたすらに実戦経験を積んでいた。それこそが強さの全てだと思っていた。いくら訓練を重ねても真の殺し合いに勝る腕の磨き方はないと思っていた。
しかしエスメルはそれを覆していた。魔術の刃など、少なくとも前線では覚えられないだろう。おそらくエスメルがゼフォルを真似るために学院で習得したものだ。
自分とは違った手段で強くなり、食らいついてきた。それがどうしようもなくうれしかった。
だからこの戦いも楽しくてしょうがない。できるなら一生続けたいくらいだった。