「あーもう!これでも勝てない⁉︎」
「目新しければ良いわけでもないのですよ!」
エスメルが大斧を地面に突き立て、空いた両の手で魔術の刃を形成して打って出てきた。曲剣二刀流とかしたその動きはまさにゼフォルそのものだった。
少なくとも獲物は完璧に真似たからか、完成度がさらに上がっている。もうオリジナルの8割くらいの動きをしているかもしれない。
しかしそれ以上に驚くべきはエスメルが攻勢に出てきたということだ。大斧を手放したことで速さが爆増し、一気に押し込んできた。これまではゼフォルが一方的に嬲っていたというのに、ここにきてその均衡が崩れてきた。
しかし、これ以上やらせるわけにはいかない、エスメルが間違えたのは完璧にゼフォルの真似をしてしまったことだ。その完成度は褒めても良いが、自分の剣術な分、対応策などいくらでも思いつく。
魔術の刃を振るう隙をついて鋭い刺すような蹴りを放つ。仕込んでいた刃を使った。かつてガルセルに致命傷を与えた必殺の一撃だ。
「それを待っていたのよ!」
しかしその一撃はエスメルの魔術の刃を突如消すことで空を切った。そのままエスメルの両腕がゼフォルの足をガッチリと掴む。つけたり消したり本当に便利な魔術だ。
そのままエスメルはゼフォルの足を掴んで思い切り投げつけた。
「ほーら!飛んできなさい!」
「ひゃぁぁぁぁぁ⁉︎」
投石機の岩のように投げ飛ばされたゼフォルは恥も外聞も投げ捨てて絶叫してしまった。
しかしこのままではいけない。空中に投げ出されつつも回転して体勢を立て直し、なんとか着地する。
しかしこれはまずい。ここはまさにエスメルの距離だ。
「消し炭になれ!」
「くぅっ…⁉」
とんでもないことを言いながらエスメルが魔術弾を乱射してきた。口に出る程エスメルも必死なのだろう。しかしその魔術弾の連発と言えば恐ろしいものだった。
単純な威力やらは王国宮廷魔術師のザヴァンの方が上だ。しかしエスメルはゼフォルに鍛えられた戦闘の勘というものが備わっている。練られた魔力弾は小さいものの、ゼフォル一人を仕留めるのに十分な火力がある。威力を落として魔力の消費を減らし、その分弾数を増やしているのだ。
そして狙いも凶悪だ。手数を増やし、大量にばらまかれる弾幕一つ一つに意味がある。今ゼフォルに飛んできたのも回避先を予測して飛んできたものだ。次に飛んできたのは完全な牽制用、何とか接近しようとするとエスメルまでの最短路にバラまかれてルートごと焼かれる。全てゼフォルを一歩一歩追い詰めるために計算されたものだった。
負けるのか!この私が⁉
ゼフォルは内心で絶叫していた。声に出さなかったのは戦況が悪すぎて余裕がなかっただけだ。このままでは距離を詰められることもなく魔術で殲滅される。悔し紛れに仕込みナイフを投げるもエスメルの防御魔術で防がれる。いやそもそもあの重厚な鎧には立ち打ちできない。
こんなに追い詰められたのはゴルガマスとの戦い以来だった。あの時もエスメルが来てくれなければ負けていただろうが、その時と同じ悪寒がゼフォルを襲っていた。
ゴルガマスとの戦いで、鍛えなおしたつもりだった。二年間、ゼフォルは軍勢での勝負でこそ敗北したことがあったが、個人の戦いで負けたことは一度もなく、王国のガルセルやザヴァンといった強敵を撃破している。
それなのにまさかエスメルに黒星をつけられそうになっていた。
だがしかし悪い気持ちではない。他の誰かだったら絶対に認められないが、相手はエスメルなのだ。
彼女の成長を喜ばないはずがない。この戦いで負けても彼女は快く模擬戦をしてくれるだろう。その時一緒に切磋琢磨すればきっとゼフォルはもっと強くなれる。その時が楽しみだった。そうその時が——
「何を馬鹿なことを⁉」
己を叱りつけるようにゼフォルは怒声をあげた。何が楽しみだ。なにを負けてもいいなどと考えて居るのだ。エスメルと模擬戦を楽しむ日々、それは彼女の提案を受け入れた未来の事だ。少なくともゼフォルの未来は帝位の為にやることはいくらでもあるのでそんなことをしている余裕などないのだ。
「私は負けません!負けるはずがない⁉例え相手がお嬢様であろうと‼」
「危なっ⁉」
ゼフォルは手札を一枚切った。左手に力を籠め、思い切り二対の曲剣の片割れを投擲する。投げられた曲剣は弧を描き、本来そんな構造はしていないのにブーメランのようにエスメルを強襲する。魔術の防御を突破する威力のそれだが、エスメルは大斧で弾き落とした。ゼフォルの渾身の投擲に、魔術では分が悪いと悟ったのだろう。
しかしこれで良かった。エスメルはこの攻撃をはじくためにメインウェポンである大斧を振るっている。その隙を狙ってゼフォルは一気に距離を詰め、跳躍、そして飛び蹴りを放った。
決まった。急所は外すつもりだが、大けがはするだろう。この後急いでエスメルのけがを治して、とまで考えていたがその思考は一瞬で中断される。
「ぐおえっ……!」
「あああ……‼︎なんて間の悪い!」
ゼフォルの足に仕込んだ刃は思い切り砕け散った。エスメルの重厚な鎧を突破できなかった。
いくらエスメルの鎧が分厚くても、いつも丁寧に整備していたこの刃が突破できないはずがない。
あの時だ。エスメルにぶん投げられたとき、刃を出しっぱなしにして無理に着地してしまった。それで耐久力が落ちたのだ。
だがもう過ぎたことだ。距離は詰めたのだ。あとは白兵戦で決着を付ける!
「片方だけじゃ形なしね!」
「チイッ!」
勇んで白兵戦に移行するが、やはり攻め手に欠けていた。
刃はなかったとはいえ、ゼフォル飛び蹴りを受けてなおエスメルはぴんぴんしている。
なにせメインウェポンである曲剣を片方投げてしまったからだ。近くに落ちていたら回収するチャンスもあったが、残念ながらエスメルの大斧が見事に遠くまで弾き飛ばしていた。
エスメルも発言からしてわかってやっているのだろう。
「刃がなくても腕は武器なんですよ!」
「へぶっ⁉顔を叩かないでよ!」
「わたしだって心苦しいんですよ⁉」
曲剣が一本しかないのをいいことにエスメルから攻勢を強めてきた。するとゼフォルは非常に心苦しいが、空いた左手で手刀を作り、迂闊に出てきたエスメルの美しい顔面に思い切り打ちつける。
大の大人でも悶絶するそれをエスメルは可愛らしい悲鳴だけで済ませ、そのまま継戦を続ける。どんな耐久力をしているのだ。
そしてどんな手を使ってでもエスメルに勝とうとする自分にも驚いていた。もはや師弟対決とも思わない。少しでも気を抜けば負けるのはこちらだ。
「どうしたのゼフォル?さっきより精彩を欠いていないかしら?」
「一向に変わりませんが?随分偉くなりましたね。お嬢様……」
「そりゃそうよ。帝国大将よ。私」
軽口こそ叩いているが、確かにゼフォルの動きは精彩を欠いていた。やはり片方の曲剣では限界がある。苦し紛れの手刀も、あまり多用できるものではなかった。エスメルの大斧や魔術の刃に当たれば簡単に切り飛ばされる。
再びエスメルは大斧と魔術の刃の構えにもどっている。これではとてもではないがエスメルの変幻自在の防御を抜けるはずがなかった。
顔には出さないがゼフォルは内心で焦っていた。攻め手に欠けるのはしょうがない。武器が片方なくなったのだ。
それでも体力はまだ十分に残している。鎧にいくつか切られた後こそ残っているが、全部ゼフォルの身体まで至ってない。むしろずっと攻め込まれていたエスメルの方が見るからにボロボロだった。
しかしゼフォルの思考に余計なノイズが混じり始めていた。今日のエスメルの奮闘は素晴らしいものだった。二対の曲剣による猛攻も、渾身の蹴りも、曲剣の投擲、ほとんどの技に対応し、いなし続けていた。
これができる者が大陸に何人いるだろう。
エスメルの顔を見れば納得がいってしまう。今彼女は凄まじい覚悟を胸にゼフォルに挑んでいる。
心の底から一緒に楽隠居を決め込んだ未来が欲しくて師に当たるゼフォルを超えたくて不退転の覚悟で此処にいる。
一方でゼフォルは、エスメルの瞳に映る自分の顔はこれまでの楽し気な表情はどこへやらあきらかに迷いを持ったものへと変わっていた。
この戦いを存分に楽しんでしまったのだ。エスメルの目標もまた、良いものだと思ってしまったのだ。
「もういいでしょう⁉この戦いも私の栄光も!貴女のそんな顔見たくないわ!」
「あまり今はそのお綺麗な顔を見せないでくれますか⁉」
ゼフォルの迷いなど百も承知なのだろう。エスメルは的確に言ってほしくない言葉を投げかけてくる。身体はいまだ十二分にその役割を果たし、エスメルと戦ってくれている。
しかし心はエスメルの顔を見るたびに、彼女の提案を受け入れてもいいと余計な考えをしてくるのだ。それがゼフォルの攻勢を鈍いものにしていた。
「顔を見せないでどう戦えっていうのよ!」
「こうやるんですよ」
ついにゼフォルは暴挙に出た。
もはや自分の事すら信頼しなかった。エスメルに絆され惰弱となったゼフォルの心が不要だ。
ただ黙って目をつむる。エスメルの覚悟と、自分の優柔不断さを見比べて動揺するようなら見ない方がマシだった。
そして最後に頼った、いやすがったのは己の圧倒的な才能と、経験。ゼフォルがずうっと誇っていたものだった。
「嘘でしょ⁉なにが見えてるのよそれ!」
効果は絶大だった。やはり才能と能力だけは裏切らない。視覚以外の六感を研ぎ澄まし、放たれた攻撃を全ていなす。
しびれを切らしたエスメルが大斧と魔術の曲剣で、猛攻撃をしかけてきた。その攻勢はさらに勢いを増している。先ほど魔術の刃二刀流でゼフォルの剣劇を真似ていたが、それを参考にしたのか片方に大斧を持って似たような剣劇を放ちだしてきた。獲物の大きさが違いすぎるのにその速さは衰えていなかった。
この土壇場でさらなる進化を成し遂げていたが、それでも目をつぶったゼフォルはそれらを1本の曲剣で全て打ち返していた。
ゼフォルの心は未熟でも戦いの技術は完璧だった。
そして時が来た。エスメルは両手で大上段に大斧を構え、思い切り振り下ろすつもりだ。先ほどまでの立ち位置と、空気の流れで、ゼフォルは次の動作を予測していた。
この一撃で決める気ではない。おそらく、地を揺るがすほどの一撃で音と揺れを引き起こし、ゼフォルの六感をかき乱す作戦だ。
しかしわかっているなら対処はたやすい。ひらりと最小限の動きでエスメルの一撃を回避する。肩の装飾がごっそり切られるが、生身に影響はない。そして振り下ろされた大斧を思い切り踏みつけた。
爆音とともに大斧が地面にたたきつけられる。振り下ろした勢いに乗じて上から足で押さえつけたのだ。もう大斧は使えない。
この距離で獲物を失ったエスメルに勝ち目はない。ゼフォルは残された曲剣を振りぬいた。
勝った。そう思って目を開けた。