エスメルのメイド
「お嬢様おはようございます」
「うーん、あと少し……」
ゼフォルはエスメルの寝室で主人たる彼女を起こしていた。着ている服はただの公爵家のメイド服であり、奇抜なデザインのメイド服型の鎧でも軍服でもなかった。
そしていまだ寝ぼけているエスメルはまだ寝間着だった。
「東征大将軍様、ご執務の時間です」
「そのお起こし方やめてっていったわよね……」
なかなか起きないエスメルに一応の役職名で呼んでやるとあっさりと起きる。現役の頃の癖が残っているのか、こうやってちゃんとした役職で呼んでやるとすぐに起きるのだ。文句を言いつつもエスメルが起き上がるとゼフォルは自分も使っていた布団をとっとと畳み、化粧台に座ったエスメルの髪を整え始めた。
「現役の頃はしっかり起きていたではないですか」
「現役の頃は、ね。子供の頃は寝起き悪かったでしょ」
「そうでしたね」
「それに東征大将軍の今日の仕事内容を言ってみなさい」
「え~今日のご予定は、ないですね」
「でしょう?」
エスメルの髪を整えながら、他愛のない話を続けた。エスメルの現在の役職は東征大将軍だ。
現在の帝国に二人といなく、長い歴史の中にも二人しかいない大変に名誉ある役職だ。
しかし今現在で権限やらなんやらがあるわけではない。しいて言うならば年に数回帝都で開かれる臣下の召集で、上座でふんぞり返るだけだった。
ゼフォルの役職もただの東征大将軍に雇われただけの専属メイドであり、軍の役職は全て辞し、騎士爵の地位だけを所持していた。最も、騎士爵では特筆した領土や権限を持っているわけでもないので。実質的にはメイドだけやっていればよかった。
今でもゼフォルが軍の地位を辞したときのことはよく思い出す。
当時軍の人事部の重鎮に名を連ねていた元南部方面軍のグローメル将軍が、目をかっぴらいて口を呆然と開けながら処理してくれた。
彼は高慢だった頃のゼフォルしか知らないので、まさか辞めるとは思わなかったのだろう。
ともかくエスメルの仕度を済ませ、大部屋へと向かう。
「おはようございます。お母様」
「おはようエスメル」
そこにはすでに準備の整えられた朝食と席についたエルシア、そして幾人かの使用人がいた。
堂々と朝の挨拶をするエスメルに少しぎこちないがエルシアも返した。
かつてエスメルとゼフォルだけで二人暮らしていた離宮は大きく改装され、今では前当主であるエスメルその専属メイドであるゼフォル、そして母であるエルシアと何人かの使用人と暮らしていた。
すでにヴァン・ウィルベートにある本邸はウィルベート家の資産として残っているが、活用していなかった。
「そのエスメル……今日は何をするの?」
「ゼフォルと視察に行ってきますわ、お母様」
「そ、そうですか、その……視察とはいったいどのような」
「いくら家族と言えど職務上言えませんわ。私は帝国に二つとない東征大将軍なんですよ」
エスメルとエルシアがぎこちない会話を繰り広げる。だがこれでも良くなった方なのだ。エスメルが名誉職に退いたとき、この親子は別々の場所に暮らそうとしたが、ゼフォルが待ったをかけた。
大事な主人と世話になった上司、仲を取り持とうと同居を提案したのだ。
もう二人の抱えるわだかまりも重荷もないはずだ。そして二人とも愚か者ではない。時間があれば関係を修復してくれるだろう。
かつては公爵家の筆頭武官を務めたが、いまは無冠でただの専属メイドであるゼフォルは他の使用人たちと一緒に控えながら、その二人の話す光景をほほえましく見ていた。
朝食も終えると、ゼフォルはエスメルに侍ってヴァン・ウィルベートの街中を散策していた。
エルシアには視察だと言っていたが、全くそんなことはなかった。
実権もないただの名誉職である東征大将軍に視察する場所もないのである。それでもそこらの高級官僚よりも高い給料が支払われるし、いまやウィルベート家では現人神のように扱われているので金には困らないのだ。
ゼフォルとエスメルは好きなように変わりゆく帝国各地を見て回っていた。
じゃあなぜ視察などと言ったのかと言うと、エスメルの意地である。東征大将軍という立派な肩書がある成人なのに母親にゼフォルと外で遊んできますなんて言えないからだ。
「このあたりも随分変わりましたね」
「まぁ戦争が終わってだいぶたつもの、ヴァン・ウィルベートも変わるときが来たんだわ」
そう見わたす要塞都市ヴァン・ウィルベートの光景はかなり様変わりしていた。かつては重厚な城壁に囲まれ、衛兵がそこら中を闊歩していた軍事施設としての姿は鳴りを潜めていた。分厚い城門は常に開け放たれ、外部の商人の出入りを歓迎し、かつて有事の守りに特化していた複雑な街路は敷きなおされ、脇の露店などがにぎわっていた。城壁上の兵士も、最低限の監視要員しか立っていなかった。
帝国東部最大の都市としてにぎわっていたヴァン・ウィルベートだが、ごく普通の大都市として再出発を始めていた。もともと対王国戦を想定して建造されていたが、その仮想敵はもはやいなくなった。ピエールが建造して以来長きにわたって帝国と公爵家を守っていた守護神もいよいよ役割を終えようとしていた。
「この都市もなんだか私たちみたいですね。役目を終え、角がとれたかのようにのほほんと聳え立っている」
「人も物も本質は変わらないというものよ。私もヴァン・ウィルベートも良い後継ができたようだし、幸せに終われたわ」
「ヴァン・ウィルベートの後継……あぁジーク・エスメリアの事ですか?」
「そう!あのジーク・エスメリア!名前だけはどうにかしてほしかったけどね!」
少し怒ったようにエスメルがヴァン・ウィルベートの後継たる都市名をあげていた。
エスメルの良い後継というのはウィルベート家の現当主であるクレッチマーの次男坊の事だ。クレッチマーが補佐に入っているのもあるだろうが、エスメルという大物が抜けた後の公爵家をつつがなく運営している。
そしてヴァン・ウィルベートの後継こそそんな彼が現在進行形で建造中で、帝国東部最大の都市になる予定のジークエスメリアだった。
ヴァン・ウィルベートは軍事要塞都市と見ればこの大陸最強を誇るものがあり、造られたのは相当昔の話だが、いまだに軍事拠点として通用する構造を持つ。
しかしそれは軍事的に見た話であって、経済的に見ると時代遅れで複雑な構造の都市だった。そもそもの立地が王国から守るなら好都合だが、平和な世の中では少し不都合な場所に立っていたのだ。
そこで帝国政府と現ウィルベート家が協力して、帝国東部に新都市を造る計画ができたのである。もう既に王国という外敵はおらず、帝国東部の流通の要となる場所に大都市を作る計画が開始されたのである。
その新都の名前がジーク・エスメリアだった。もちろんその由来は先の戦いで活躍したエスメルにあやかってであった。
「帝都の官僚たちも、ユースクリフ殿下も、クレッチマーたちも賛成してたからしょうがないですよ。それにお嬢様の名前にはそれだけの価値があります」
「けど今まさに建造中なだけあって、そこら辺の商人たちも新都を話題にしているのよ。わかる?買い物していたら自分の名前をあやかった都市名が出てくる恥ずかしさ」
「それでも最激戦区として血みどろ要塞なんてあだ名をつけられてしまったハルード要塞よりましじゃないですか。良い風につけられているだけ贅沢ですよ」
「た、確かにそうね」
一方ゼフォルが違法増築したハルード要塞も、戦後ある意味有名になっていた。すでにその役割を終え、解体される予定だったが、帝国と王国の最激戦区の象徴として両軍多くの死者を出した過去がある負の遺産として残されたのである。その結果としてハルード要塞は血みどろ要塞という大変不名誉な名前がつけられていた。
ゼフォルとしても普通にショックだった。主要な将としてもちろん自分の名前も入っていた。
幸いだったのは、そういった面以外にも最新鋭の軍事要塞として多くの戦術家たちの研究対象になったということだ。ゼフォルが放っておいても来年の軍事書籍に名を連ねているだろう。
「ま、まぁ暗い話はやめましょ!まだまだ今日は回る場所があるのだもの!」
「フフフ……そうですね」
無理やり話を変えるエスメルにゼフォルも同調することにした。名前はともかくエスメルもゼフォルもこの大陸の歴史に名を刻むことができたのだ。そこに不満はなかった。
「今日も、負けたわね」
「えぇ、流石にこちらではまだ負けませんよ」
町の散策も適当にすませると、二人は昼食を森で済ませることにした。ヴァン・ウィルベート近郊の森で、ゼフォルが弁当を忘れて以来、狩りを行っていた森だ。変わらぬ場所で昔のように獲物の大きさや量を競っていた。
狩りの戦いはゼフォルに軍配が上がっていた。エスメルは遠距離攻撃の手段を魔術に頼りきりで、爆音が鳴り響く魔術を狩りに使うわけにはいかなかったからである。一方でゼフォルは弓の名手でもあった。
慣れた手つきでゼフォルが獲物をさばいていくと、エスメルが魔術で火を起こす。こういった時に本当に便利だと思った。
「味付け変えた?」
「えぇ王国風の味付けにしてみました。レシピやら香辛料やらも手に入りやすくなりましたので」
捌いたばかりの新鮮な肉を手早く焼き上げ、それを二人でかぶりつく、思えばエスメルはずっとこれが好きだった。きっと色々と窮屈な離宮から連れ出し、初めて己の手で仕留めた獲物を食べた経験がそうさせているのだろう。
「王国風ね、結構いけるじゃない」
「かつての敵国の調味料も今では簡単に手に入るようになりました。皇帝陛下様様ですね」
「ベルズーフ元帥がよくやってくれているのよ。王国占領という大事業を行っているにしては悪い評判を聞かないわ」
結局、ベルズーフが中心となって王国占領軍は編成されることになった。ただでさえ優秀なあの男が率いているのもあって、平和的な占領を行ったため、王国は元敵国にしては随分とおとなしく占領下にあった。
それでも各地では反抗する残党らもちらほらいるらしいが、ベルズーフの支配に綻びすら付けられなかった。
なお、ハルディンら王族は皆、帝国に臣下の礼をとることで命だけは助けられた。あの王国の英雄も残りの余生を帝国の一貴族としておとなしく過ごすのだろう。少し親近感がわいた。
「しかし、そのベルズーフ元帥も王国の統治が安定したら軍を退くつもりらしいですよ」
「賢明な判断だと思うわ。そもそも私が退いたんだからそれより影響力のあるベルズーフ元帥なんか余計よ」
あのベルズーフも職務を果たしたら一線を退くと風の噂で聞いていた。実際そうした方が良い程の影響力を彼は持っている。なにせ皇族以外初の元帥であり、前大戦での功績は帝国でナンバー1だ。
軍の柱石だからこそ、戦争後の不安定な期間、帝国軍を統括するため軍に残ったが、いよいよ彼も表舞台から退場というわけだ。今世最大の英雄は引き際も見事だった。
「ベラムト大将も士官学校の校長職になりましたし、これで先の大戦の三人の司令官が皆、軍を退くことになりますね」
「もう私たちは時代遅れということよ、次世代の士官たちも育っている今、影響力の大きすぎる元英雄は邪魔ということね」
「邪魔って……ベラムト閣下はともかくベルズーフ元帥もお嬢様もまだまだこれからじゃないですか、というかもしかしたらお嬢様が軍に残っていればトップになっていたのでは?」
「それはないわね、私が引退したからベルズーフ元帥もベラムト大将もそれに続いたのよ。仮にこの三人の中で誰も現役を退かなかったら組織内のバランス崩壊を危惧して死ぬまでしがみついたでしょうね」
「それでも、一番お若いお嬢様が圧倒的有利ではありませんか」
「えぇそうよ。けどあの二人を相手に引き分けにしてあげた。そう考えたら素敵じゃない?」
「ふふふ……一本取られましたね」
かつての野心を彷彿とさせるようなゼフォルの問いに、エスメルは難なく返してきた。彼女の言うとおり、エスメルが役職を引かなかったら、残った二人も引かなかっただろう。
良くも悪くもこの三人は帝国の勝利を代表する高級軍人であり、逆に三人そろったからこそ拮抗し、当時最強の軍隊を構成していたのだ。
しかし結局その最強達皆平和な世界では過剰戦力だったというわけだ。最も若く、さらに帝室の血を引いているエスメルの引退を皮切りに彼らも第一線を退いていた。
彼らの引退の先駆けとなり、次の世代の礎となす。素敵な言い方だった。
「さて、腹ごなしもしたし、ゼフォル、今日こそ一本取るわよ」
「今日もですか?あの日私に勝ったのだから良いではないですか」
「それから一回も勝ててないじゃない!今日こそちゃんと貴女を超えてやるんだから!」
雑談をしているとすっかり森のごちそうもなくなってしまった。あとかたずけを済ませるとエスメルがそう好戦的な笑みを浮かべながら提案してきた。
もちろん、一線を引いても二人は鍛錬を忘れてなどいなかった。いや、むしろ暇さえあれば、すぐに刃を交えてきた。これこそ昔からの一種のコミュニケーションの一つだったからだ。
すでに戦後、何度も刃を交えているが、結局エスメルはあの時以来ゼフォルに一度も勝っていない。
ただの鍛錬ということで精神的に思い詰めておらず、一度負けたからこそ優秀な頭脳で対策をはじき出していたゼフォルはあっさりとエスメルに勝利し、その後も維持してきていた。
姉替わりの意地といっても良かった。しかし最近、エスメルもメキメキと腕を上げてきたので、油断はできなかった。
「えぇその心意気で挑んでください!お嬢様!」
しかしその挑戦を拒むことは決してしない。エスメルの成長も、戦い自体も、よい刺激なのだから。
敵も味方も問わずに血を啜り続けていた悪魔の給仕はあれほど嫌っていた平和を主人と共に謳歌していた。
「くそっまさかあんな大挙して押し寄せてくるとはな……ヘルトア!兵の集まりはどうだ!」
「はっ!なんとか王国との戦争経験者が多く、十分な数の志願兵を募れました、また!地元の名士であるクロウリッチ家から膨大な物資の出資があります!」
「クロウリッチ家……オドール閣下か!よしこれだけの兵力があれば十分に反抗のチャンスはある!」
帝国西部、過去に立てられた沿岸要塞の壁上で、アルセリアは持ち前の大声で兵達に指示を出していた。
翻らせた将校用コートには中将の階級章が煌めき、慌てふためく兵達を一括で黙らせていた。
王国との戦いも終わり、幾許かの歳月が経っていた。すでに高名なベルズーフ元帥も引退し、ベラムト、エスメルの両大将はそれより早く引退した。
平和が訪れたのもあって、軍は大幅な人事異動が行われていた。
そんな中でエインへリル伯爵家当主にして帝国軍准将だったアルセリアは軍に残っていた。仲の良い同僚やら上司は皆引退したが、自分は間違いなく軍が才能を発揮できるので、彼らの分も働こうという心意気で軍に残っていた。
その能力の高さが幸いして、エスメルの後釜とまで目される彼女は中将にまで出世していた。引き上げられるように中佐にまで大きく昇進したヘルトアとともに、故郷にほど近い帝国西部に駐屯する軍の統括を行っていた。
統括といってもほとんど治安維持以上の任務もなく暇で、だからあの物騒な同僚はやめたのかなと思いつつ日々をすごしていた。
しかし帝国西部を凶報が襲った。
帝国西部に広がる大海原の向こう側、これまで貿易のお得意様でしかなかった、向こうの大陸の国々が大船に乗って大挙して侵略してきたのである。
「大規模上陸は何とか防げた!しかし0ではない!」
「えぇ敵は小舟を細かく分け、いくつかの岸辺に上陸しております」
何もアルセリアは平和だからとサボっていたわけでない。かつて王国を粉砕した記憶が残っているのだ。その時と同質の練度を維持できるように、治安維持の仕事しかなくても軍の調練を続けていた。それは参謀であるヘルトアも同じで彼女もまた、暇さえあれば戦術本を読んでその頭脳を磨き続けていた。
その甲斐あって、彼女の軍団は帝国軍随一の練度を誇り、隣の大陸からの奇襲に何とか対応していた。
西部貴族が惰性でとっておいた沿岸要塞を復旧し、上陸攻撃を何とかいなしていた。しかしそれでもいくつかの地点から細かい上陸を許していた。
「幸い、私はこの辺の沿岸要塞の配置を良く知っている。子供の頃の遊び場だったからな」
「すごいところで遊んでいたのですね」
「まさか昔の遊び場がこうも役に立つと思わなかったがな、集まった兵を各要塞に詰めなおし、クロウリッチ家から提供された物資で補強すれば海からの攻撃に耐えられるはずだ。そして余剰兵力を駆使して、上陸した敵軍を叩きつぶす!」
「その作戦自体はよろしいと思います!しかし兵と物資は用意出来ましたが、指揮官の頭数が足りません!」
「むぅそうだな……」
反抗作戦を練っていくが、指揮官の頭数が問題だった。帝国軍は王国戦後の軍縮で多くの士官たちが去っていった。もちろん彼らはただ辞めたのではなく、官僚や役人など、平和な帝国をさらに豊かにするために転職していったのだが、ことこの有事に至ってはマイナスに働いていた。
既に西部最大都市ウェストガルトや帝都に早馬を送っている。報告が届けば予備役に入っていた彼らも続々と軍に戻ってくるだろうが、現在進行形で足りないのが問題だった。
その状況に嫌でも物騒な同僚を思い出す。彼女も指揮官不足で苦しみ負けたのだ。彼女ですらそうなのに、それより頭の回らないアルセリアではどうでもできない。
完璧な作戦のどこかを削らなければいけない。そう悩んでいたアルセリアだが、突如壁上を慌ただしく駆けあがる人影があった。
「あ、アルセリア閣下!急報!急報です!」
「どうしたんだ。ショクバ少佐」
かつて東部方面軍に所属していたショクバ参謀だった。彼もまた優秀で、軍に残ったが、平和で昇進できないなとぼやいていたのを覚えていた。しかしいつも能力に見合った自信たっぷりの態度の彼がこうも息を切らしているのは珍しい。どんな報告かとアルセリアは身構えた。
「わ、我が軍に志願したいという方がこちらに!」
「なに⁉志願ならしかるべき手続きを通して……」
「失礼しますよ」
「お、お前はゼフォル⁉」
ショクバ少佐を押しのけて現れたのは先ほどまで頭に浮かんでいたゼフォルだった。いまここにいてくれたらとまで思っていたので、目の前に現れてアルセリアはとても驚愕していた。
「私もいるわよ」
「え、エスメル閣下まで⁉お二人ともなんでこんなところに⁉」
「海が見たくて帝国西部まで二人で旅行に来たのよ。そしたらカニを獲ってくるって言って素潜りしていたゼフォルがカニじゃなくて謎の上陸艇を乗っ取って帰ってきてね、ただ事じゃないと近くの帝国軍にかけこんだのよ」
「そ、そうですか、お二人ともお怪我は?」
「大丈夫よ。なんならそのままたくさんやってきた船をゼフォルと二人で沈めといたわ」
どんだけ運のない上陸部隊だと思ってしまう。まさか海水浴客にこの二人がいるなど思いもよらない。敵とはいえアルセリアは同情した。
「で、アルセリア中将閣下、我らは一帝国市民としてこの侵略を防ぐのに志願したいのです。受け入れてくれますか?」
「そりゃあもちろん受け入れる!お前とエスメル閣下なら来てほしかったぐらいだ!してエスメル閣下、いまの戦況ですが……」
「あら?私に敬語なんていらないわ。私は確かに征東大将軍だけど現役の将校の上に立つ権限はないもの。つまりただの志願兵よ。アルセリア、いやアルセリア閣下。貴女は帝国軍中将、ゼフォルともども、あなたの指揮に従うわ」
「へぇっ⁉私が⁉エスメル閣下を差し置いて私が⁉」
理屈では分かるがアルセリアは困惑していた。まだ北部で副官にしたゼフォルはともかく、エスメルなど元帝国大将にして新都の名前になるほどの英雄中の英雄だ。実際現役時はずっと部下だったのだから実感がわかない。
「へ、ヘルトア、この場合は私が総司令官でいいのか?」
「アルセリア閣下は現役の将校なので……そうなるのが妥当です」
慌てて、知恵袋のヘルトアに助言を求めるが、回答内容は変わらなかった。
しかしここでアルセリアの心に熱が宿ってくる。エスメルもゼフォルも尊敬すべき元上司たちだった。二人とも性格やタイプは異なるが、その実力を疑ったことはない。
そんな二人の上に立って、指揮をする。心躍ることだ。かつて北方で執拗にゼフォルを部下にと誘ったが、さらにエスメルという大きすぎるおまけがついてきただけだ。 ならばあとはこの幸運を十全に活かすだけだった。
「くっくくく!フハハハハハ‼よぉし!ならば良し!諸君!これよりこのアルセリア・エインへリルが西部沿岸の指揮を執る!我が指揮下で存分に暴れてほしい!」
「はいっ!それでこそアルセリア閣下です!」
「おぉ流石アルセリア閣下!」
「相変わらず人に好かれますねぇ。ヘルトアにショクバも私の部下だったのに」
「私の器がでかいからだ!ゼフォルお前にもしっかり働いてもらうぞ!策を提案せい!」
ヘルトアも、ショクバも優秀な参謀だ。しかし彼らの師匠とも言いうべき人物がここに来たのだ。その頭脳を利用しない手はない。アルセリアはかつての戦友に挑戦的にかつ、好戦的に指示を出した。
「ええもちろん。我に策ありです」
アルセリアの期待に応えるようにゼフォルはニヤリと笑った。
これにて拙作「メイド、勤務先の大敗北で将軍になる」は完結となります。
皆様からの高評価や感想のお陰で、ここまでたどり着くことができました。特に感想にはほとんどお返事できませんでしたが、全て目を通しております。どれも執筆の大きな励みになりました。
改めまして、ここまでお読みいただきありがとうございました!