「ロッソの侵略者を撃破しなさい、イスペリアの領土を奪還するのです」
「はっ!突入だ!」
ゼフォルはいつもの鉄面皮で兵士たちに指示を出す。目の前にはヴァン・ウィルベートほどではないが小規模な城壁が広がっている。
出撃したゼフォルたちは城攻めを行っていた。かつてロッソ王国軍は10万を持ってしてもゼフォルの守るヴァン・ウィルベートに大苦戦し、結局陥落させることはかなわなかったが、ゼフォルはもうすでに3つの都市に4つの砦を陥落させ、目の前の都市も城門が開かれ突破されている。もちろんこの快進撃にも理由があった。
「報告!城内の協力者が城門を開きました!」
「よろしい」
現在ゼフォルたちは王国東部のヴァン・ウィルベートから帝国中央方面に進軍していた。もちろんその進撃路には村や都市が存在しており、どうやらロッソ王国軍の大進撃に踏んばっていたのはゼフォルとエスメルだけだった。小さすぎて無視されていた村などは除いてほとんどの都市は陥落しており、少数のロッソ王国軍が占領していた。
しかし彼らが我が物顔で帝国の都市を占領できるのは帝国の敗戦と10万のロッソ王国軍本隊の脅威が残っていたからである。
帝国東部最大にして名門中の名門であるウィルベート公爵の旗を高々と翻し、5千というまとまった数で攻め寄せれば、敗戦の屈辱を忘れていない帝国人はこぞってゼフォルの軍に協力して支配者であるロッソ王国軍を攻撃し始めた。城内で協力者に連絡を取るのも、エルシアがいれば事足りた。
兵を率いて城内に突入すれば小一時間程度のあっけのない幕切れであった。都市内の帝国人はこぞってゼフォル達に協力してくれるため、王国軍は都市内でゲリラ的な抵抗もできない。
内から外から攻められたロッソ王国軍はあっという間に討ち取られるか捕虜になった。
ある程度の安全を確保し、場を兵士たちに任せると城門に踵を返し、馬から降りて待つ。するとすぐに後詰を率いたエスメルが入城した。
「ウィルベート公爵家万歳!」
「帝国万歳!」
「ロッソ王国の奴らもあっけなかったな!」
ある程度のガヤを潜ませてはいたが、エスメルの入場に兵士も住民も歓声を上げる。侵略者が撃退されたのだから当然であった。
ロッソ王国への反撃を前にゼフォルは手を打っていた。あらかじめ人を使ってヴァン・ウィルベートでの勝利を宣伝し続け、ウィルベート公爵家が大軍を率いて反撃しようとしていると帝国、王国問わず情報を流し続けた。完全に情報を遮断して速攻で王国軍の背後を奇襲する事も考えたが、あれだけの勝利を隠すのはほぼ不可能だし、こうして楽に占領地を解放できることと、この情報で大敗戦を喫した帝国が少しでも持ち直し中央の戦いの趨勢も良くなるかもしれないという考えがゼフォルにあった。
戦後処理をほとんど終えるとすでに日はすっかり落ち、ゼフォルとエスメルはその都市の迎賓館に案内されていた。案内された機密性の高い部屋でエスメルとゼフォルは会議していた。
ゼフォルの手で紅茶がいれられている。なんてことはない、前職のように給仕をしているだけだ。
「まさに快進撃ね、攻城戦なんてどうなるかと思ったけど」
「城攻めだって状況によりけりという事です。容易く落ちる城もあればどうやっても落ちない城もあります」
知識で知っているがゼフォルもエスメルも攻城戦などやったこともない。敵の城を封殺できるほどの大兵力も攻城兵器も持っていないウィルベート公爵軍にとってあっさりと城を落とせているこの状況は好ましいものだった。
「兵はどれくらい増えたの?」
「この調子ならば1万を超えるかと」
これもある程度予測できたことであったがゼフォルは解放した領土をかつて治めていたものの王国に降伏していた貴族たちから兵を取り上げていた。
彼らがゼフォルたちを見た時の表情は傑作であり、ゼフォルは少し笑いそうになってしまった。ウィルベート公爵家が帝国に勝ったくらいのことは知っていただろうが、まさか率いているのがまだ少女といっていいエスメルとメイドのような鎧のゼフォルで驚いていたのであろう。
そのあと必死にこちらに媚びへつらってきた。彼らの要求は要は降伏したことについて便宜を図ってくれというだけだ。この戦争中はウィルベート公爵家にすべての兵士を預けるようにと条件を付ければ喜んで兵士を差し出した。
「もしかして私なしで3千で行こうとした時も兵士の当てがあったから?」
「そうですね、もっともお嬢様がいなければこんなすんなり集められなかったですが」
互いに無位無官の身であるがさすがに公爵家の血筋は違った。それにウィルベート家の外部の人間がこの戦時にエスメルが不義の子など調べる余裕も理由もない。名門ウィルベート家の家紋に5千の軍勢が真実であった。
「で、随分兵力は増えたけどなんかめぼしい人材はいたかしら?これだけ兵も士官も集まったのだから」
「まぁ何人かはいますがやはり実戦をさせないとわかりませんね」
「その割にはあなたこの攻城戦をする時、ウィルベート家の兵ばっかり使って降伏していた帝国兵はほとんど戦わせてないみたいだけど、どういうことかしら?私のところまで嘆願しに来たんだけど」
「あぁ……あいつら私の頭飛び越えてエスメル様に直で言いに行きましたか、少し手綱が緩かったですね」
いまや1万近い軍勢はウィルベート公爵家を中心にした東部貴族連合軍と化していたが総大将のエスメルを差し置いて副将のゼフォルが軍権の多くを握っており、軍事に関しては自分を通すように言いつけておいた。
得体のしれないメイド上がりと無名だが公爵の血族なら彼らにとっては後者の方が話しやすいのであろう。まだ子供だとなめているのかもしれない。
「何故、彼らを攻城戦に参加させなかったのかしら?私に直談判するくらいやる気があるなら参加させればいいのに」
「エスメル様に直談判するくらい彼らにやる気があるからです」
「またあなたが変なことを考えているのだけはわかったわ」
呆れた顔でエスメルがゼフォルに話の続きを促した。
「まず彼らのやる気があるのは一回降伏してしまった事実があるからです。つまりこの戦争でなんかしら功績を立てないと立場がないから焦っています。ここで何かしら功績を立てさせれば安心して落ち着いてしまうでしょう。ならばその威勢は来るべきロッソ王国軍主力10万との戦いでぶつけましょう、彼らも必死で戦うはずです」
いつものようにエスメルに説明する。この策はゼフォル自身も有効だと思っていたが、どうしても自身の中の醜い功名心があるのはわかっていた。
「……一理あるけどやっぱり戦わせてある程度能力を測っても良かったのでは?」
エスメルの指摘に少しぎくりとした、しかし顔には出さない。確かにこの戦いで参加した将兵の実力を測るのはゼフォルも考えたが、結局追い詰めて死力を出させる為と理由づけてすべての戦いをゼフォルとその兵のみで行った。
理由は単純である。ゼフォルとエスメルが救援に来たおかげでお情けで降ろした旗を再び掲げているだけの連中が功績を立てるのが腹立たしかったのである。それに王国軍の留守番戦力など吹けば飛ぶような雑魚に過ぎない。ゼフォルはまだまだ上げた功績に満足していなかった。多数の城を奪還した功績も自身の戦歴に加えたかったのである。それに集まった1万程度の兵力ならばまだ己一人で完璧に動かせる自信があった。
はっきり言えば、新参者の能力などどうでも良かったのである。どうせ作戦も指揮もゼフォルが一人でこなすのだから、兵士の数が増えれば文句なかった。
「まぁ私が城を落とした功績が欲しかったのもありますけどね」
さすがにエスメルには嘘を言いたくない。いつものようにさらりと真実を言った。しかしさらりとした態度とは裏腹にかなり後めたい感情があったのも自覚していた。
「……まぁ今言ってもしょうがないことね、この辺の都市はほとんど解放しちゃったし、総大将として軍を任せたのも私だわ。けどね、次からはこういったこともわたしに相談なさい」
そう言うエスメルだが、ゼフォルはあまり歓迎できなかった。エスメルは今、総大将として有力貴族との会談や戦略面での業務が多くなってきたからである。エルシアが補佐でついているとはいえ、ゼフォルが担当する戦術面まで手を出さず休んでほしかった。
「多忙の総大将の手を煩わせるのは……」
「こなして見せるわ、これくらい」
しかし有無を言わさないエスメルの言葉に折れざるを得なかった。
「わかりました、以後気を付けます」
その後も今後の展望について会議は続き、小一時間後解散となった。
「はぁ……」
エスメルはゼフォルの去った後、ため息をついていた。味方になった貴族、率いる軍勢、そして何より公爵家の実権。手に入れたものは多かったが、苦労も多かった。特に最近頭を悩ませているのはゼフォルのことだった。
エスメルにとってゼフォルは光だった。公爵家の皆にいないものとして扱われ、新しく世話係が来るといわれてもまるで期待していなかったが、ゼフォルはそんなエスメルを甲斐甲斐しく世話をして、本館から物をくすねてまで勉学に遊び、そして初めての友人としてなにもなかったエスメルに全てを与えてくれた。
「こんなもの盗ってくるのは朝飯前ですよ」と彼女はなんてことない様に言っていたが、身の危険を冒してでも尽くしてくれたのは当時のエスメルにとって救いの他になかった。
だから、もしゼフォルがいなくなってしまうのが一番怖かった。彼女がメイドとしてではなく、戦争で名を上げたい願望を持っていたのは知っていた。そしてこのまま不義の子に甘んじて居たら目の前からいなくなってしまうだろうということも。
だからヴァン・ウィルベートが王国軍の攻撃を受けた時は立ち上がるならばここしかないと思った。無能な兄弟たちが逃げたのを見計らって次期当主になる。そしてゼフォルを将軍に任命する。エスメルは真にゼフォルの主になり、ゼフォルは夢がかなう。完璧な未来だ。そしてそれは半ば達成されようとしていた。だが。
注がせた紅茶の最後の一口を飲み干す、なかなかおいしいが、それだけであった。かつて幽閉されていたころにはごちそうだったが、今となってはメイド長のエルシアの注いだものの方が明らかに上だった。
幽閉された不義の子からウィルベート公爵家当主、1万の軍勢の総大将になってエスメルは変わらざるをえなかった。世の中は単純なものでなく、色々な人間がいるのもわかった。普段ゼフォルが馬鹿にするような貴族の中にも、よく観察すれば得意不得意があって、しかるべき場所に配属すればよく働く。特定の分野なら超えることだってある。そしてあのゼフォルも一人の人間なのだとわかりつつあった。
確かに優秀だ。あんな忠臣が幼いころから仕えていたのは不義の子であった事を考えても、差し引きで幸運だったのかもしれない。単純に仲が良いという贔屓目を抜いてもエスメルがこれまで会ってきた人間の中で頭2・3つは抜けた能力を持っている。軍を率いさせれば次々と敵を撃破し、剣を握らせれば無双の強さ。書類仕事もある程度こなせる。そうでなければヴァン・ウィルベートのあの絶望的な戦況をひっくり返したりはできないだろう。
しかしどうにもその強さに比例するようにプライドが高く、独善的で自信家すぎるきらいがある。今回の件だってそうだ、あれだけの才気を持ちながら味方の力量を測る機会をあのゼフォルが思いつかないはずない。だからこれは彼女の能力ではなく性格の問題なのだ。おおかた周りに頼らず、己の力のみで勝ってみせる自負があるのだろう。
そういった姿勢は昔のエスメルにとっては眩しくてしょうがなかった。幽閉されて本館の人間から虐げられいないもの扱いされていたエスメルにとってその本館の人間を大した事のない連中と言い切り、自分だって一メイドなのに肩書に囚われず己の能力を誇って連中を見下しきっていたゼフォルは頼もしく見えた。
だが今は、その性格が危うく見えてしょうがなかった。酒に酔って寝過ごしたときはもっと諫めるチャンスだったのかもしれない、あの時はできるだけゼフォルの負担を減らそうとおもって、あまり強く言えなかった。
今は問題にならないだろう。1万程度の軍勢ならゼフォルは一人で率いきれてしまう。軍内にエスメルを含めてもゼフォルほどの軍事的才覚を持つものは存在しない。そうなると必然的にゼフォルは軍の要的存在になるが、それでもエスメルが正しく諫めれば素直に聞いてくれるからだ。
しかし将来、軍の規模が拡大し、ゼフォルに並ぶものが現れた時や、エスメルの指揮下を離れた時、あの性格は必ず災いになるとどこか確信していた。昔からエスメルにいいところを見せようと調子に乗って失敗することがあったからだ。
軍の編成表に目を通す、すでに所属している高級士官の軍歴や情報は頭に通してあった。
弱点を知った今でもゼフォルのことは慕っているし、そういった欠点込みでも最も有用な配下であることに変わりはない。だからこそはいそうですかと彼女に災いがあってほしくはない。
ならば己がゼフォルを完璧に使いこなせるようになってみせる。そうエスメルは決心した。