両軍の睨み合うヴァンダル高原がついに大きく動きだした。
これまでの戦況は帝都への進撃を阻まんとするイスペリア帝国軍6万と、ここを突破して帝都を落とそうとするロッソ王国軍10万という帝国にとって不利な戦いであった。しかしここにロッソ王国軍の背後を取ったエスメル率いる帝国軍1万5千が加わる。
一時は帝都まで攻め込まんと勢いのあった王国軍も背後をエスメルとゼフォルが率いる帝国軍に抑えられ、ついにしびれを切らして撤退に動きだしたのである。
ゼフォルはエスメルに説得されて以来、陣地の守りを固めることに己の能力とすべての物資をつぎ込んでいた。もしロッソ王国軍が完全にここを無視して迂回すればすべて無駄でしかない、しかしこの作業も苦ではなかった。
せっかくエスメルが己の策を退けてまで提案してきてくれたのである。ならば全力を出さないわけにはいかなかった。それに遠目に見えるバルグリフ皇子が率いる帝国軍の防御陣地は眺めているだけでゼフォルにも勉強になることもあった。それも意識して、まだ見ぬライバルたちに負けないよう精力的に陣地を作った。防御戦にはヴァン・ウィルベートを守りぬいた強い自負がゼフォルにはある。なにせエスメルに褒められたのだ。
いつもの双眼鏡で戦況を伺う。後退し始める王国軍を追いかけるように帝国軍も動き始めていた。
長い防衛戦に鬱憤がたまっていたのだろう。熾烈なほど王国軍を追撃していた。その動きもいい、見慣れぬ旗印ばかりだが並々ならぬ指揮官がいるのは間違いがなかった。追撃戦という勢いに乗っており、総じて数に劣るはずの帝国軍が優勢だ。今も王国軍の派手な旗印が1つ引きずりおろされた。続々と手柄をあげていく帝国軍に追撃したいという未練が浮きつつも、なら少しでも収穫を得ようとベルズーフから得た情報と照らし合わせながらひたすらに戦況を見守る。
そう注意深く戦場を見回すと王国の一隊がこちらに向かっているのが分かった。いや一隊では済まない、こちらより少ないとはいえ1万はいるだろう。背後にいるゼフォルらを牽制するための部隊かとみていたが距離が埋まるにつれてその考えが甘いと感じた。
「ロッソ王国軍ゴルガマス将軍……」
派手な戦象の旗印、重装甲をまとった騎兵を軸にした軍団、ベルズーフから聞いていた王国軍の中でも注意するように警告を受けた将軍の中の一人であった。聞けばエスメルの父親である前ウィルベート公爵を討ち取ったのも彼らしい。
「これではお嬢様に頭が上がらないですね」
ほかの帝国軍を無視してまっすぐと突進してくる鋼の軍団にゼフォルもボヤいた。あれだけ主君と言い争っておいて結局正しいのはエスメルだったらしい。見れば行く手を阻もうとする友軍を蹴散らし続けている。まさか王国がこちらにここまで有力な部隊を投入してくるとは思わなかった。
要するに王国は目の前の帝国軍本隊との苦戦を承知で後ろにいる目障りな別動隊を一気に蹴散らすことにしたのだろう。
あの強力な突進をまともに受けたならいくらゼフォルが率いる部隊でもただでは済まなかっただろう。だがこの場にはゼフォルが苦心して作った防衛線があり、これをうまく使えばいくらでも戦いようはある。
ゼフォルは兵に命を下した。
「クレッチマー将軍に伝令を、敵の有力な戦力が接近中、予定通り陣地を堅守するように。本陣にも急いで伝えなさい」
馬防柵が吹っ飛んでいた。それだけゴルガマス将軍の重騎兵の突進は強力だった、特に軍の先頭を走る巨馬にまたがる分厚い鎧の大男、おそらくゴルガマス将軍ご本人が猛将らしく最前線で指揮を執っている。
「敵は勢いがあるだけでこちらより少ない、落ち着いて対処なさい。弓隊前へ」
まだ一番手前の第一防衛線が突破されただけである。焦る必要はない。そう思い放てと命を下せば矢の雨がゴルガマスの軍に降り注いだ。その他にも突進を殺すための堀や長槍、投石とあらゆるものを使って進撃を防ごうとするが、なかなかに止まらなかった。特にゴルガマス本人が凄まじい、手にした大斧をふるえば柵が藁か何かのように吹き飛び、兵士は三人くらい纏めて真っ二つになった。矢の雨は大斧を振るう旋風で吹き飛ばされている。
第一防衛線を突破され第二防衛線に王国軍は突っ込んでいる。小手先の防御陣地ではあれを止めることはできない。そう考えたゼフォルは急いで次の手を考えた。
第二防衛線で足止めしているうちに、ゼフォルがいる第三防衛線をさらに増強する。どうせここを突破されれば本陣だ。だったらここで総力をぶつけてやろう。そして万一に備えてエスメルにはエルシアをつけて逃げてもらう。伝令を出そうとしたころ聞き覚えのある声が聞こえた。
「随分すごいのが来たわね」
「お嬢様……なぜここに」
「あれを止めるのなら一気に戦力をぶつけたほうがいいでしょう。それにあれはお父様の仇なら出ざるを得ないわ」
エスメルはゼフォルとまったく同じ結論を出したようで、この場に既に駆け付けていた。見れば本陣に配置された精鋭もここにきている。
第二防衛線で頑張っているクレッチマーを除いてほとんどの戦力がここに集結していた。
「しかしここは危険です、メイド長とともに下がってください」
「却下よ、ここで私が臆病風に吹かれたと知れれば兵の士気が下がるわ」
「……私が出ます。必ずや奴の首を御前に」
「ここの守りは私がやる。本陣の精鋭もつけるから絶対に生きて帰りなさい」
エスメルの様子から下がる気はないとすぐに察したが、これ以上総大将を前に出すわけにはいかない。そんなゼフォルの考えもエスメルはすぐに察したのだろう。命を受けたゼフォルは速やかに精鋭を率いて出陣した。
ロッソ王国軍の先頭を駆けるゴルガマス将軍に投石が投げかけられる。二つ目の防衛線を破りつつあり、やぶれかぶれなのか柵の残骸や資材の板なども混ざった雑多な投擲物を大斧で吹き飛ばしていた。
「板?ぬぉっ⁉」
「ちぃっ!」
風にあおられず不自然に飛んできた板から影が飛び出し、ゴルガマスを襲った。
襲った本人であるゼフォルは曲剣の一撃でゴルガマスを葬ろうとしたが、間一髪で頭を逸らされ分厚い兜にはじかれてしまった。しかし意地でゴルガマスの乗っている巨馬の鎧の隙間にもう片方の曲剣の刃を滑りこませ何とかゴルガマスの乗馬を殺すことに成功した。
「このボケが!」
「⁉」
そのまま体勢を崩すはずのゴルガマスにとどめを刺そうとするが、無様に落馬したと思っていたゴルガマスはなんと受け身を取って地面にしっかりと転がり、大斧を持たないほうの手で馬の死体をつかみゼフォルに向かって振り翳した。意表を突かれたゼフォルはなんとか曲剣でガードをするが彼女の体重をはるかに超える質量の暴力に吹き飛ばされた。
「お前があの女中か?よくそんな細っこい体で王国を困らせてくれたものだな!」
「ふん、スタイルには自信があるのですよ。デカブツ」
華麗に着地して曲剣を構えるとゼフォルはゴルガマスと向き合った。馬に乗ってるときもでかいと思ってはいたが、立ってみれば更にでかかった。おそらく着ている分厚い鎧だけでゼフォルの身体より重そうだし、その分厚い腕はウエストより太そうだった。
ふと周りを見ると将軍が落馬しただけあって、ロッソ王国軍は先ほどまでの圧倒的な勢いはなくなっている、ゼフォルの率いる兵もエスメルからもらった精鋭も白兵戦に移っておりひとまず敵軍の突破力を殺すことには成功した。
「俺様は王国一の猛将ゴルガマス!女中ごときがジョナスやダリウスを殺しただけで調子に乗りおって!大斧の錆にしてくれるわ!」
「ウィルベート公爵家筆頭将軍ゼフォル。蛮人ごときに遅れはとりません」
両者宣言しあって突進する。ゴルガマスの大斧の大振りをひょいひょいとよけ、曲剣をたたきつけるが全く効かない。よけれてるとはいえゴルガマスの動きは意外にも早く、当たれば一撃で致命傷足りうるだろう。こちらの曲剣をなんとか鎧の隙間に滑りこませようとするが、目ざとく手甲の分厚い装甲に受け止められ、鎧に傷をつけるだけでとどまっている。
「敗残公爵の女中風情が!」
「黙れでくの坊!」
敵の一撃は致命傷で、こちらの攻撃は当たってもほとんど効かない、むしろ曲剣を当てるたびに手がしびれた。あまりに不利である状況にゼフォルは焦っていた。ゴルガマスの罵声に罵声で返すが虚勢なのを否定できない。
「でかいだけの鉄の塊が!」
「オグー⁉」
機転を利かして打撃攻撃を試みる、ゼフォルの特徴的なメイド型鎧の柔軟性を生かして足を大きく突き上げ渾身の蹴りをゴルガマスの顎に叩き込む。脳が揺らされ流石に効いたのか巨体が揺らめき、しめたと追撃を仕掛ける。
「そんなへなちょこキック俺様に効くと思うなよ!」
「⁉」
揺らめいたと思った巨体がその場で踏みとどまり、蹴りぬいたはずの頭が凄まじい勢いでゼフォルに迫る。
「あ、」
ゴズンと鈍い音が響き、ゴルガマスの重厚な兜が頭突きとしてゼフォルの頭にさく裂した、ゼフォルの兜がかち割れ、頭から出血する。
手ひどいカウンターに一瞬ゼフォルは意識が飛び、何とか立て直そうとするも立っていられずその場に突っ伏した。
「ぐひゃはははは!女中風情が俺様に勝てるものか!」
「ア……う……」
「ふん、じゃじゃ馬だが顔は良いじゃないか、捕虜にしてやるか」
下卑た笑みを浮かべて、ゴルガマスはその太い腕でゼフォルの体をつかもうとするが、その延ばされた指先をゼフォルの曲剣が切り裂いた。
「ぎゃぁぁぁ!」
「くそ……脳タリンの空っぽ頭が、私の頭脳を割ろうとしやがって……繊細なんだぞ……」
その隙になんとか距離を取るゼフォルだがそれだけで頭に激痛が走り、思考が邪魔される。拭いても拭いても頭から出血が止まらず視界も悪い。ゴルガマスは明確な格上であった、普通の兵士はゼフォルの相手になりうるものはほとんどおらず、エスメルも才能はあってもまだ未熟だ。これまで会った敵の将軍クラスでもジョナスは相手にならなかったし、ダリウスもゼフォルには勝てなかった。しかし目の前のゴルガマスは突撃しか能のないような奴だが力だけは明確に上だった。
「くっそ~!よくも俺様の指を!だがもうここまでだ!」
「頭空っぽの木偶人形如きが……私の首を取れると思うなよ……!」
指を何本かなくしながらも大斧を構えてゴルガマスがズンズンとゼフォルに迫る。
ゼフォルも凄むがその声はか細い、逃げることもかなわないだろう。ならばせめて接近してきたところをカウンターで仕留めようと曲剣を握る手に最後の力を込める。ゴルガマスの重騎兵の勢いは殺した。そのあと一気に将軍を自分の手で打ち取ろうと欲を出したのが失敗だったのだろう。
だがその甲斐もあってエスメルのもとまで敵軍が突破することはないし、防御陣地で足を止めた敵は大損害を被るはずだ。まだやりたいことはいくらでもあったが守勢に回ってもこのざまならエスメルの助言がなければ普通に討ち取られていただろう。彼女のためならばここで捨て石になっても悪くない。
そう自分を鼓舞してひたすらに隙を伺う。もともと一回詐術的に指を切り飛ばしているのだ、成功率は低いだろう。だからこそひたすらに集中した。
「終わりだ女中!」
そうゴルガマスが大斧を振り上げる、なんとか曲剣を振るおうとするがちょうど視界がくらみ、一拍出遅れた。
最後の最後で言うことの聞かない己の体を呪い、最後の瞬間に目をつむる。
「ゼフォル‼」
「ぐぉぉぉぉ⁉」
ゴルガマスが野太いだみ声で悲鳴を上る。戦場には似つかわしくない聞き心地の良い美声がゼフォルの名を呼び、次の瞬間紫色の魔力弾がゴルガマスを直撃した。
「なにあきらめてるのよ⁉この馬鹿!」
「お嬢様……なぜここに……」
そろそろ見慣れたいかめしい黒鎧に身を包み、けどやはり似合わぬかわいらしい顔を何とか化粧で整えた総大将であるエスメルが駆け寄った。よく見れば目はうるんでいた。
「負けるなら逃げなさいよ貴女らしくもない!助けに来たのよ!」
「ぜ、全軍は……」
「第二防衛線から撤退したクレッチマーに任せたわ!」
エスメルが抜けることによって軍全体の指揮を危惧したが、杞憂だったらしい。しかしここでエスメルまで討たれれば負けてしまう。いまだ激痛が走るが何とかゼフォルは立ち上がった。
「お嬢様……私が何とか止めるので今からでもお引きに……」
「却下よ、むしろあなたが引きなさい、あんなでくの坊ごときに私の父どころか忠臣まで失わせるつもり?」
「ならせめてお供を」
「えぇ、とっとと終わらせるわよ」
どちらにせよ一人で勝てないことを理解していたゼフォルはエスメルと共にゴルガマスに挑む覚悟を決めた。
「ム!その紋章はウィルベート公爵のものだな!当主が殺されたと思ったらこんな小娘が出てくるとは世も末だな!」
あの魔法の一撃すら分厚い鎧と巨体の前にはあまり効いていないのか土煙のなかからゴルガマスが姿を現す。
突然の魔力弾に警戒しつつもエスメルを目にしたゴルガマスはその紋章に気が付き嘲笑うように言った。
「グハハ!何人こようが俺様には勝てんぞ!」
そうエスメルを煽るゴルガマス、しかしゼフォルの隣のエスメルはこんなことに意を介さず黙って魔力を練り始め魔力弾を放った。
しかし大斧ではじかれる、しびれを切らしたエスメルが剣を抜き、ゴルガマスに突撃した。
「ちょ、お嬢様⁉」
いくらゼフォルが怪我人でもエスメルに前衛を任せるわけにはいかない。様子を見ていたゼフォルも痛む頭を我慢しながら急接近するがすでにゴルガマスとエスメルの距離は目と鼻の先ほどしか無かった。
「このチビめ!そちらからくるなど愚かなことを!」
ゴルガマスの大斧がエスメルを襲う、急いで駆け付けるゼフォルだが間に合わない。
「ぬるいのよこのデカブツ!」
しかしエスメルの両手でかまえた剣で大斧を正面からはじき返した、いくらゴルガマスの指が何本か飛んでるとはいえ、信じられない光景だった。そんな小さい体のどこにそんな膂力があるのか。そのままがら空きになった胴体にゼロ距離で魔力弾を放ちすさまじい衝撃が巻き起こる。
衝撃と土煙を何とか潜り抜けたその先には魔力弾でボロボロになったゴルガマスの大鎧に深々とエスメルの剣が突き刺さっていた。この一瞬で魔法弾を0距離で直撃させ、そのまま剣を突き刺したのだ。
信じられない光景に衝撃を受けるゼフォルだがピクリとゴルガマスがまだ動いていた。
「まだ動いてます!」
「っつ!抜けな……くぅあっ⁉」
剣を抜くのにこだわったエスメルをゴルガマスの巨腕が吹き飛ばす、それを見たゼフォルの頭は一瞬で沸騰した。エスメルが傷つくのも戦争をしているのだから当たり前の話だが、目の前でやられて冷静でいられるかはまた別だった。
吹き飛ばされるエスメルに代わるようにゼフォルが突っ込む。
「ぐおぉおぉお⁉」
そして跳躍すると きれいにゴルガマスに刺さったままのエスメルの剣に飛び蹴りを当ててえぐるように傷口を広げる、さしものゴルガマスも大きくうめきついにその巨体が転倒した。
自分がいながらエスメルを痛い目に合わせてしまった。だがあれはまだ致命傷では無い。そう判断したゼフォルは急いで曲剣でゴルガマスにとどめを刺そうとする。先ほどの蹴りの衝撃でゴルガマスの大斧は地面に転がっている。武器を持たない絶好の機会を逃すゼフォルではなかった。
「いい加減に死ね!」
そう曲剣を叩きつけるがどうにも効きが悪い、胴体の大鎧はボロボロだがまだその手甲は健在で、腕でガードされると曲剣でははじかれる。ふらつく頭では隙間を狙うのも一苦労だ。
そこで名案を思い付いた。ゼフォルはあえて一回距離を取る、ゴルガマスがよろめきながらも立ち上がると曲剣を頭めがけて投げつける。
「ちぃっ⁉小細工を!」
立ち上がったゴルガマスは曲剣を手ではじき返す。その一瞬でゼフォルは一気に距離を詰め、ゴルガマスの懐に入った。そのまま腹に刺さったエスメルの剣を握る。
「ま……待て⁉」
「終わりです」
ゼフォルのやらんとすることを理解したゴルガマスは情けなく静止を促すが、ゼフォルの手は止まらない。
突き刺さった剣をそのまま渾身の力で横に振りぬきゴルガマスの胴を真横に割いた。
「が…ゴ…俺が…この俺様が…」
「は?なあっ⁉」
そのまま倒れるかと思ったがゴルガマスは腹部から内臓を巻き散らかしつつも、ゼフォルを巻き込んで倒れこむ。鎧を合わせて3倍以上の重さはある巨漢に押し倒され、さしものゼフォルでも全く動きが取れなくなった。
「女中!お前だけでも道ずれに!」
「しつこいですよ!いい加減にくたばりなさい!」
剣を握った右手を押さえられ、なんとか左手で殴りつけるがびくともしない、それどころかゴルガマスの手には先ほど投げたゼフォルの曲剣が握られており、今まさに突き刺さんとしていた。エスメルに助けられながらここで死ぬのか、先ほどは死ぬ覚悟があったのに、助けられておいてなお死のうとしている自分が情けなかった。走馬灯のようにこれまでのことが思い出す。申し訳なさからかエスメルの顔がやたらと多かった。
「何を……しているの?」
走馬灯ではない本物が立っていた。ゴルガマスの後ろでその整った顔を血に染めて憤怒でゆがめて立っていた。いつもの儚げな雰囲気には似つかわしくないその黒鎧も今の迫力ならばふさわしかった。そしてその両手にはゴルガマスの大斧がしっかりと構えていた。
「その子は……私のよ?」
「ギッ?」
ゼフォルの視線が後ろに行っていることと妙な背後の気配からゴルガマスは背後を振り返る、だがそれより前に大斧が振るわれた。持ち主であるゴルガマスのそれに劣らぬ鋭い一撃が、それまで帝国軍に振るわれた凶刃が本来の持ち主に振るわれ、兜や鎧ごと真っ二つにし、ゼフォルの鼻先でその刃は止まった。もちろん間にいたロッソ王国軍の猛将ゴルガマスは鉄と血肉の塊となっていた。
その最後を見届けてゼフォルは急いで立ち上がろうとするが肉塊となったゴルガマスは重く、頭から大量出血中のゼフォルがいくら力を込めても動かせない。すさまじい男だった。間違いなくゼフォルよりも強かったし、突撃しか能がなかったが逆にその突撃力は無二のものだった。エスメルに止められず打って出ていれば、いや防御陣地で迎え撃たなければ間違いなく死んでいたのはゼフォルだったし、それでもなおエスメルが助けに来なければ死んでいただろう。だからこそ無様に転がされた状態から急いで立ち上がりたかったが、ゴルガマスは死んでも迷惑をかけてきていた。
「ゼフォル大丈夫⁉」
エスメルが急いでゴルガマスの死体をどかし、膝枕にゼフォルの頭をのせるとわざわざウィルベート公爵家の紋章が入ったマントを破いて頭の止血をした。
「お、お嬢様……お怪我は?」
「こんなの貴女に比べたらかすり傷よ!」
「戦況は……?」
「敵軍は陣地で足を止めたところをハチの巣にしてやった!有力な将軍を討ち取った!クレッチマーが良い指揮をした!勝っているのよ私たち!」
「そうですか……」
エスメルの報告は簡素で分かりやすかった。優勢なことに安心するゼフォルだが、まだ立たねばならない。このまま主君の前で醜態をさらすわけにも副将としてもこのまま倒れたままもあり得ない。そう思って体を起こそうとするがどうもうまくいかない、戦況が優勢と安心すると体に力が入らなかった。それにエスメルの膝枕がやけに心地よく起き上がる気にもならない。昔はゼフォルがしてあげる側だったというのに、結局そのままゼフォルは意識を手放した。