「本当にどこなのですかここは」
全く見慣れぬ豪華な一室でゼフォルは目を覚ましていた。最初はどこかの貴族の邸宅だと軽く考えていたが、考えれば考えるほどに心当たりがなくて焦ってきた。窓を見れば広大な城下町に、ヴァン・ウィルベートに劣らぬ高い城壁、白亜の巨城まで見える。しかし無骨なヴァン・ウィルベートにあんな豪華な建築物は存在してなかった。占領した小都市の迎賓館でもない。本当に自分はどこに来てしまったのだろうか。
着せられている服は触り心地だけで上等なものだとわかる寝間着に着替えさせられ、いまだズキズキと痛む頭には丁寧に包帯がまかれていた。夢なのではないかとも思ったが、ズキズキと痛む頭が真実だと物語っていた。着ている服と治療の痕跡から悪い扱いを受けているわけではないのが分かる。少なくとも王国の捕虜になっていたら牢屋の中のはずだ。物好きな奴につかまって将官捕虜待遇だとしても窓に格子も無い部屋に監視もなしで置いておかないだろう。
そう現状を解釈するととりあえず身の危険はないと判断し、まだ頭も痛むので部屋でボケっとしていた。
すると部屋に何者かが入ってきた。身構えるがよく見知った相手だった。完璧に整えられたメイド服につややかな銀の長髪、メイド長のエルシアだった。
「ゼフォル、起きましたか」
「あ、メイド長、あのここはどこなんですか」
「帝都イスペラントですよ、戦いは終わりました。帝国の勝利です」
どこか嬉しそうに言うエルシアの言葉を聞いてゼフォルは頭を抱えた。前回の飲みすぎで寝坊よりは正当な理由があるだけましだが、日数と時期が問題だった。ヴァンダル高原と帝都が近いとはいえ、あの戦いから何日立っているのか。
「とりあえずこれまでに何があったか教えてくれませんか」
「もちろんです」
そしてゼフォルはあの戦いの後のあらましをエルシアから聞いた。
ゴルガマスとの戦いののちゼフォルは出血多量で倒れたらしい。だがその後もエスメルと副将を引き継いだクレッチマーの指揮のもと陣地を固守し続けるのに成功。
その甲斐もあってバルグリフ皇子の本隊はロッソ王国軍への追撃が上手くいき、王国軍は徐々に撤退戦から敗走に姿を変えた。これによってヴァンダル高原の戦いは帝国軍の勝利に終わった。
背後を取っていたエスメルの軍が守勢だったのもあって取りこぼしも多かったが、確かな損害を王国軍に与えることができたらしい。王国軍を破った帝国軍はそのままバルグリフ皇子の指揮のもと帝国東部まで進撃し、今では国境線まで押し返しつつある。エスメルも帝国東部の道案内役としてクレッチマーと共に従軍中であり、重症だったゼフォルはエルシアが付き添って他の負傷兵たちと一緒に帝都へと送られた。つまりゼフォルは置いて行かれたのである。
「お嬢様が心配ですよ、なんでメイド長は私なんかについてるんですか。せめて貴女だけでもそばにいるべきでしょう」
「そのお嬢様からの命令です。クレッチマー将軍もバルグリフ皇子もその配下の将軍達もついております……むしろあなたを帝都に一人残すのを心配して私はこちらに来たのです」
「皇族が近くにいるから心配なのですよ!痛っ⁉」
戦争が終わってどこか気の緩んでいるエルシアにゼフォルは声を荒げる。そのせいで頭の傷が痛んだ。が、ここで寝ているわけにはいかない。ゼフォルは最低限の荷物をもって外に出ようとしたが、エルシアに止められた。
「ゼフォル!どこに行くのです⁉安静にしていなさい!」
「メイド長!止めないでください!戦争は終わった時に次の戦いが始まるのです!」
なんとかエルシアをどかそうと本気で力を入れるが全くかなわない。明らかに寝すぎで体がなまっている。無駄のない動きで足払いをかけられ姫抱きにされる。そしてゼフォルが恥ずかしがるまも無くふんわりと優しくベットに戻された。衝撃はほとんどなく頭も痛まなかった。
「エスメル様から貴女がこれ以上無理をしないよう見張るように言われています!」
「お嬢様はまだ若いからわからないのです!今こそ私がそばにいるべき……」
「ゼフォル‼」
ゼフォルにエルシアが本気で一喝した。これまでもいろいろ叱られたゼフォルだがこうも本気でエルシアに怒鳴られたのは初めてでありビクッと驚いて沈黙した。
「どんな理由があろうとも主を下げるような発言をするとは何事ですか⁉それは従者として言ってはならないことです!私は貴女に主に仕えるものの心構えを教えました!それは将軍になっても変わらないはずです!」
「それは……」
エルシアの言葉に先ほどの己の言葉を反芻してさすがに反省した。まさか自分が、エスメルを悪く言うとは思わなかった。
「心配する主君に療養を命じられたなら大人しくしていなさい……あまり力になれないかもしれませんが、話し相手になってあげます」
「……はい」
普段のゼフォルならば、メイド長に言ってもわからないでしょと反抗していたかもしれないが先ほどの発言からくる自責の念と、戦傷で少し心が弱くなっているのかもしれない。
聞き耳のないよう、戸締りを完璧にこなしたエルシアが話を促すとゼフォルは話し始めた。
「バルグリフ皇子は優秀な人なのでしょう……それは前回の戦を見ればわかります。ヴァンダル高原の戦いで6万の兵で10万の王国軍を押さえ切ったのですから」
ベルズーフが優秀なのは実際に会ったのだから立ち居振る舞いで何となくだがつかんでいた。しかしそれ以外にもあの見事な陣地と用兵から他にも優秀な将軍がいるのは想像がつく。それらを従えている時点で君主としてバルグリフ皇子は相当に優れている。
「バルグリフ皇子が優秀ならいいではないですか、優秀な主君の元でならエスメル様のご無事も確保されます」
「そうじゃないのですよ!優秀な皇族にガタガタのあの領土を見られるのですよ⁉最早お嬢様が裁かれることはありませんが公爵として皇室に弱みを見せたらどうなるか!」
バルグリフ皇子が東部の奪還に行くということは現在のウィルベート公爵領を見られるということである。ゼフォルとエスメル率いるウィルベート公爵軍はこの戦いで大戦果を挙げたのは間違いない。
しかしそれは軍だけであって、領土自体はひどいものだ。ロッソ王国軍の侵略で守れたのは公都ヴァン・ウィルベートだけでそのほかの領土は荒れ果ててしまっている。さらにひどいのが人材だ。公爵家の他の血族はエスメル以外逃げ出し、主要な家臣はそいつらにつられて逃げて行った。残った家臣団もひどいものだ。ゼフォルの嘘に騙されてようやく働けるだけの怠惰な連中ばかりなのである。どう取り繕っても公爵領の弱体は隠しきれない。
せめてその場にゼフォルとエルシアがいれば何とか利用価値を見出させて交渉位はできたかもしれないが、ここでのんきに看病してるか寝ていて、あのクレッチマー将軍も今回ばかりは役に立たない。彼は戦時だから戦列に加えただけであって、公爵家と皇族の関係になれば完全に部外者だからだ。
「弱みも何も……公爵家が弱っていることは事実でしょう?親族が頼りにならない以上、皇族に助けを求めればよいのでは?」
「それで公爵家の利権や領土が削られたらどうするのです!」
ゼフォルはあくまで武官だ。戦うことに特化していて、文官として内政が出来るわけでもない。しかしこう言った利権のやり取りに関しては敏感であった。なにせ自身が欲深いからだ。
「利権どうこう言っている場合ですか!当主も有力家臣もすべて討ち死に!お嬢様とあなたの活躍で首の皮一枚つながっているだけです!こんな有様でこれまでのように領土を運営できるとでも⁉」
「それは……」
「そもそもあなたは将軍であって内政官ではありません!公爵家全体の運営にまで口出しするつもりですか!」
エルシアの言っていることはすべて正論だ。昔から世話になっている彼女にこうも言われては内心はどうであれゼフォルも黙らざるを得なかった。
「どちらにせよあなたには待機命令が出ているのです。今は傷を治して次エスメル様とあった時に進言をしなさい」
「わかり……ました……」
もはや遠い公爵領のことはどうにもならないのでゼフォルは甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるエルシアの世話になり、傷を治すことに注力した。ゼフォルはロッソ王国軍を撃退した英雄の一人として認識されており、帝都の民から歓迎されていた。少し部屋を出れば兵士からは尊敬の眼差しで見られ、元メイドだというのに使用人までついていた。
そんな贅沢な暮らしをしつつも、ゼフォルはなまった体を鍛えなおすために体を動かし、英雄の立場を使って情報収集も怠らなかった。
どうやらロッソ王国軍はヴァンダル高原で力を使い果たしたようで、追撃したバルグリフ皇子の軍は特に障害もなく国境線までの領土を奪い返したらしい。
その後一軍に守備を任せ、既に帝都に引き返しているとのことだ。その報告を聞いてからゼフォルは常にソワソワしていた。互いに損害も大きくロッソ王国軍との戦いは当分無いだろう。ならエスメルの身は安全なのだ。そうではなく単純に彼女が近くにいないのが嫌だった。
ゼフォルが戦後処理に同行できなかった申し訳なさは非常に根深い、いついかなる時でも、今後公爵家がどうなるかということを考えてしまう。
これまではエスメルにいくらでも相談できたが、今はゼフォルの頭の中に留まるばかりだからだ。自分のほうが年上で、ヴァン・ウィルベート以降は後見人のようにふるまってすらいたのに、何事も気兼ねなく相談できるそんな相手はエスメルだけだったと今更ながら再認識していた。包み隠さずいえば、エスメルがいなくて心細かったのである。
そう待つこと一か月、帝国軍の主力が帰ってくると真っ先に会いに行った。
ゼフォルはついにエスメルと対面していた。場所はエスメルに割り振られた宮殿の豪華な一室で防諜も完璧であり、何をしゃべっても問題はなかった。
「おかえりなさいませ」
「ええ、ただいま。怪我は大丈夫?」
「ご心配ありがとうございます。それより戦列を外れたこと、大変申し訳ございませんでした」
「いいのよそれくらい」
気を落としているゼフォルに対してエスメルは心底心配してくれているし健在なゼフォルに安堵している、しかしゼフォルは聴かなければならなかった。自分以外のことなど心底どうでもいいたちだが、エスメルは特別だ。今回ばかりは聴くのに勇気すら必要だった。
「公爵家は……どうなりましたか」
「まだ非公開だけど、教えてあげるわ。あなたも当時者だしね。まず私は正式に当主であることが認められたわ」
「おめでとうございます」
「けど所詮はお飾りよ、年齢の問題からバルグリフ皇子が私の後見人になったわ。領地も皇子の代官が続々と配属されて実質皇子の直轄地ね」
「後見人ならば叔父のサイマン様もいましたが」
「叔父さまは敵前逃亡で謹慎中よ、しかも逃亡時に馬車の横転で療養中、私が戦っていなければ首が飛んでいたわね。そして私は帝国学院に入学が決定したわ……そしてゼフォル、あなたは皇帝直属の帝国軍に正式に将官待遇で就職よ。よかったわね」
その言葉を聞いてゼフォルは頭を抱えた。帝国学院とは帝都に設立されたイスペリア帝国の最高学府だ。帝国中の貴族の子弟が集められ、英才教育と社交を広める場であり、ウィルベート公爵家ともなれば全員が通っていたが、エスメルは通わせてもらえなかった。そんな場所に彼女が学びに行けるのはいいことだろう、さすがにゼフォルの軍事に特化した教育では公爵家当主としてはやっていけない。
他の公爵家の盆暗達は最高の教育環境を全く活かせてはいなかったが、エスメルなら心配いらないだろう。その勤勉さをゼフォルはよく知っている。
問題は後見人のほうだ。もし公爵の一族で誰かが後見人になるのならば、ゼフォルはどうとでもできる自信があった。彼らの能力などたかが知れている。どんなに小細工を弄しようとエスメルと親密であるゼフォルならそれら全て食い破って公爵家の実権を取り戻す自信があった。しかしバルグリフ皇子が後見人となると話は別だった。
「……お嬢様はよいのですか、父祖の地を帝室とはいえ、ほとんど取り上げられるも同然ですよ」
「……そのことについてはエルシアに泣きつかれたわ。前から思っていたけど貴女本当に欲張りなのね、素直に自分の出世を喜べばいいのに」
「これでは私がお嬢様を踏み台にして出世したようではありませんか」
正式に帝国軍の将軍になれたのはうれしい。しかしゼフォルは素直に喜べなかった。今この地位にあるのも1万を超える軍勢を率いる機会があったのも、エスメルあってこそだからだ。あの日馬車の前で任命してくれなければ今この時将軍になどなってはいないし、その決断をしたのも彼女だ。
そしてエスメルは受け継げたかもしれない領土をほぼ失ってしまっているのに、自分だけが出世し夢を叶えるのは許せなかった。
「いいのよ私は、そもそも当主に認められただけで幸運だったし、あんな広大な領土を治める知識は貴女にも無いでしょう?」
「それは……」
指摘の通りであった。ゼフォルはあくまで軍事を極めているだけであって、内政などは完全に専門外だった。教え子のエスメルだってそうだ。ヴァン・ウィルベートでの籠城戦中はほかの家臣に丸投げしていた。その家臣たちも小粒ばかりなので、長期で運用するには能力が追いついていないだろう。
「王国軍を撃退したとはいえ、まだウィルベート公爵領が最前線だということは変わらないわ。だからこそ中途半端な知識でおさめるわけにもいかない。そう思って私はバルグリフ皇子の方がうまく統治してくださると思って受け入れたわ。それとも貴女には別の案があったかしら?」
「……お嬢様の叔父のサイマン様を後見人にして働かせるだけ働かせた後、しかるべきのちに蹴落とすつもりでした」
一応戦後のビジョンを大雑把ではあるがゼフォルも考えてはいた。エルシアから話を聞いた後、考える時間はあったからだ。
逃げ出した叔父であるサイマンを逃亡者の不名誉でしばりつけ、領土を安定するまで働いてもらう、その後、ある程度領土が復興したら戦争で名のあげたゼフォルが真の後見人として蹴落とすつもりであった。どんなにサイマンが抵抗しようが軍事的に屈服させるのは容易な相手だ。公爵家内で内戦の形になっても中央が介入する前に決着を付ける自信があった。
「言うは易しの典型ね、蹴落とすつもりの叔父様に領地の政治を任せて、そんなのうまくいくと思った?」
エスメルの指摘通りうまくいくとも思っていなかった。最終的な勝者はゼフォルだろうが、きっと領地の復興もうまくいかず、むしろ政治と軍事の分裂で荒れるだろうし、領民も不幸になる。しかしそれがなんだと言うのか、不道徳であるし、誰もが眉を顰める事だが、それでもせっかく公爵位を得たエスメルの領地が減るほうが我慢ならなかった。
「うまく……行くとは思いません」
だが、その思いをエスメルに否定されるとむしろ心は軽くなった。心のどこかでこんな無謀な策は否定してほしかったのかもしれない。
「でしょう?なら私の決定に従って、貴女はこれから将軍として頑張りなさい。私だって帝国学院で高等教育が受けられるようになったのだからこれまでより全然幸せよ?貴女と離れ離れになるのは悲しいけどね」
笑みを浮かべながらそう答えるエスメルにゼフォルは安堵する。同時にそんな自分が少し情けなく思った。エスメルの姉代わり、守護者たらんと常々思っていたが今の様はどういうことだろう。エスメルに敷かれたレールを進むように将軍になり、彼女の言葉で安堵してしまっている。これではまるで逆ではないか。
「わかりました……ありがとうございます」
それでも今はエスメルの言葉に従うのが最も心地よかった。
まだ部屋に何かといようとするゼフォルをケガの療養に専念するよう退出させた後、エスメルは椅子に座りこんで考えていた。
エスメルにとっては公爵領の統治をだれがしようとも住んでいる民が平和に暮らしてくれればどうでもよかった。本当の目的はゼフォルの主になるためで、領地はどうでも良かったのである。
だからウィルベート公爵領に優秀なバルグリフ皇子の一派を入れ、サイマンなどといった無能な親族に統治権を渡さないようにしたのだ。
そう考えこんでいると部屋がノックされ、エスメルは許可を出した。
「失礼します」
「来てくれてありがとう。将軍」
部屋にはウィルベート公爵軍でゼフォルの次点の将軍を務めたクレッチマー将軍だった。ゼフォルのように劇的で華々しい活躍はしないが、堅実で信頼できる将軍であり、貴族としても経験豊富でゼフォル不在時には色々と頼りになった。
「早速だけど将軍、あなたも帝国軍に正式に任官するそうじゃない、おめでとう」
「公爵閣下のおかげです」
そうクレッチマーは深々と頭を下げた、彼はロッソ王国軍に降伏した過去があったものの、己の指揮下で活躍したのでバルグリフ皇子に口添えをしていた。そのかいあって処罰される貴族たちが多い中クレッチマーも中央での出世を確実視されていた。
「気にしなくていいわ、と言いたいところだけどあなたには頼みたいことがあるのよ」
「私にやれることならなんとでも」
「ゼフォル将軍のことよ」
その名前を出すと不思議そうな顔をするクレッチマーにエスメルはつづけた。
「まずクレッチマー将軍、ゼフォルは貴方から見てどう思う?」
「そうですなぁ、まだお若いのに大きな才を持っている方です」
「そうかもしれないけど、私は欠点を聞きたいわ。人生の先輩として教えてちょうだい」
クレッチマーは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに真剣な顔で口を開いた。
「失礼かもしれませんが、才に驕る傾向がありますな」
「そうなのよ!そして独善的で強欲なのよ!今日久々に会ったらなんか女々しかったし!」
普段ならエスメルはゼフォルの弱みのようなものを他人に喋ったりはしない、しかし先ほどのゼフォルの姿はエスメルの口を軽くするのに十分だった。
これまでエスメルは自信家で優秀なゼフォルの姿しか見たことがなかった。しかし先ほどは戦傷で弱っていたのもあるのだろうが、余裕もなくすがるようなゼフォルの姿はエスメルも初めてだった。
彼女自身は将軍になるというのに、そんなにエスメルの領地がなくなることを気にしていたのだろうか。それは嬉しいが、先ほどの策はどう考えても危ういものだ。
短い期間だったがゼフォルではなくクレッチマーを副将にして彼の人となりもわかっていた。ここはあえて弱みを伝えれば、面倒見のいい親ほども年上のこの将軍はなんだかんだでゼフォルも気にかけてくれるだろうという打算もあった。
「私に聞くまでもなくよくご存じではないですか……」
「そのゼフォルも出世して帝国軍でもいいとこの立場になるわ、あなたにも辞令のうわさは聞いているでしょう」
「バルグリフ皇子の軍備増強策ですな、東部貴族はその多くが軍権を剝奪され、国直轄の国軍に編入されるという話ですな」
「そう、そしてゼフォルはそのまま公爵家の一軍を任されるわ、貴方もおそらくそこに配属されるでしょうね。そこでクレッチマー将軍、貴方にはゼフォルが無茶をしたら止めてほしいのよ」
「私が、ですか?」
「貴方は慎重で経験も豊富よ、ゼフォルの欠点を埋めることができるはず。貴方にしか頼めないのよ」
そうエスメルはクレッチマーに頭を下げると彼は慌ててそれを静止した。
「いけません閣下ともあろう方が私ごときに!」
「公爵といってもまだまだ小娘よ、学院に行かなければならないね」
「閣下には小官の名誉を守っていただきました、お答えしたいのはやまやまですが、あのゼフォル将軍を止める自信はありません……」
「貴方が止められなかったからって責めはしない、制止されてなお止まらず死んだのならあの子もそれまでだったということよ」
「そこまで言うなら、お受けしましょう、全身全霊を尽くします」
「ありがとう」
内心では全く納得していなかった。いくら恩を売ったとはいえこれ以上クレッチマーに迷惑をかけるわけにもいかないがゼフォルが討ち死にするのは絶対に受け入れられない。ゼフォルからかつてどうにもならないことを気にしてもしょうがないといわれたが、こればかりはやれることはやっておきたかった。