メイド、勤務先の大敗北で将軍になる   作:メカバレ

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謁見

 豪華な宮殿の廊下をゼフォルは堂々と歩いていた。ついにバルグリフ皇子からの召喚命令があったためである。もっと早く会えるかと思っていたが、予想以上に時間が経ってしまったと原因の頭の傷を押さえた。

 ただ歩くだけでなく周りの様子も確認する。すでに皇子お膝元の区画に入っており、行き来する武官に文官は皆皇子の配下なのだろう。異物であるゼフォルは注目の的だ。羨望や好奇の視線こそ多いがあからさまな敵意や嫉妬の目線は意外にも少ない、これだけでどんな人材を集めているかがなんとなくわかった。

 流石に宮殿の一室ともすると広く、歩きながらゼフォルはこの一ヶ月エルシアにも協力してもらって集めた情報を整理していた。

 

 バルグリフ=エスカロン=イスペリア

 帝国の第二皇子にして北部のウィルベート家と言っていい大貴族ノースラン公爵家の血筋の母を持つまごうことなき貴種である。彼こそ間違いなく次期皇帝になるだろうとゼフォルは予想していた。

 最も有力な後継者として第一皇子ことフェリクス皇子がいた。彼は帝国西部の大貴族の母を持ち海外貿易で潤沢な資金を持つ母の実家の力、そして嫡男という背景こそあるが、それだけだった。今回のロッソ王国の帝国侵攻でほとんど敵前逃亡まがいのことをして大きく名声を落としてしまった。

 それに代わるかのようにバルグリフ皇子はロッソ王国の侵攻を跳ね除け、大きく名声を上げた。さらには帝国東部最大貴族であるお嬢様ことエスメル・ウィルベートの後見人となって帝国東部まで勢力基盤に収めてしまった。

 帝国の中枢を預かるこの宮殿も今ではバルグリフ皇子の配下が我が物顔で政務に励んでいる。すでにバルグリフ皇子は帝国の北、東、中央と半分以上を押さえており、南はなんてことない右に倣えの小貴族ばかりなのでそのうち勢いのある第二皇子勢力に跪くだろう。

 ここまでうまくいった現代の英雄譚と言っていい快進撃に少し嫉妬するが、その勝利に大きく貢献したと思えば悪い気持ちではなかった。

 そう考えていると大会議室まで案内される。

 

「ゼフォル将軍、失礼ながら剣をお預かりしても」

 

「えぇどうぞ」

 

 衛兵に剣を渡し女性士官にボディチェックを受ける。そしてついに部屋の扉が開いた。

 扉の向こうにはバルグリフ皇子とその家臣に諸将が勢ぞろいだった。いったい未来の同僚はどのような姿かと周囲を確認したかったが、まずは跪かねばならない、名残惜しく思いつつもみっともなく思われたくないので跪いた。

 

「お初にお目にかかります。殿下の命により参上しました。ウィルベート公爵に将軍を任じられましたゼフォルと申します」

 

「おぉ将軍、良く来てくれた。顔をあげてくれ」

 

 そう朗らかな声を受けてゼフォルは顔をあげる、目の前には本来ならばゼフォルでは会うことすら叶わぬ皇族がいた。

 年齢は30半ばで皇族の特徴である金髪に特別整っているわけではない、年相応の平凡な顔立ちだった。敬意より先に親しみやすさすら感じるそんな顔だ。噂ではフェリクス皇子は輝かんばかりの美貌らしいがそれとは正反対だ。しかしその瞳には確かな深い知性を感じさせた。

 周りの家臣たちも見知った顔はカーディナル伯ことベルズーフだけだが、ただならぬものがそろっているのが肌で分かった。

 これが敵だったらまさに今のゼフォルはまな板の上の鯉だ、全員が味方というのはある意味頼もしかった。

 

「今回の戦い、ゼフォル将軍の動きは誠見事であった」

 

「帝国の一国民として当然のことをしたまでです」

 

「いやいや、ご主君であるウィルベート公爵には聞いている。ヴァン・ウィルベートの籠城戦も、ヴァンダル高原での背後からの一突きも全て将軍が指揮をとったと言うではないか、なんと頼もしいことか」

 

 そう皇子から手放しの称賛を受ける。人を褒めるのがうまいと思いつつもゼフォルも悪い気はしなかった。

 

「しかし私は将軍に非常に無礼な行いをしてしまった。勝手ながら公爵と将軍の今後を勝手に決めてしまったことを詫びたい」

 

「そんなことは、難しい立場である主の後ろ盾になっていただき感謝したいぐらいです」

 

 戦果を挙げたが所詮は成り上がりであるゼフォルにここまで言葉を尽くしてくれたのは意外だった。

 勿論、自分に無断でウィルベート公爵領の扱いと将軍位を勝手に決められたことは納得できるものでない。しかしゼフォルも皇族に意見するつもりはなかった。

 

「そう言ってくれるとありがたい、事後承諾になってしまうが、わが戦列で働いてくれることに納得してくれるだろうか」

 

「はい、今後は帝国軍にて微力ながら尽くさせてもらいます」

 

「おおぉそうかそうか!百人の味方を得た気分である、皆の者!新たな仲間を祝おうではないか!」

 

 そうバルグリフ皇子が指を鳴らすと侍従たちが酒を入れたグラスを持って来て諸将らに配り始めた。まさかここで飲むのかと思いつつもゼフォルも内心では粋な計らいに心踊っていた。

 少し前までただのメイドでしかなかったのに、この国のトップに歓迎されるほどになったのだ。

 

「将軍の栄光に乾杯!」

 

 そうバルグリフ皇子が音頭を取りゼフォルも一息に飲み干した、高級すぎるのは何となくわかったが間違いなくその値段以上に価値のある一杯だった。

 

 

 

 その後ゼフォルの謁見はつつがなく終了した。謁見室からはすでに退出し、また広い廊下を逆戻りしていた。

 相手が皇族というだけでさすがに疲れた。バルグリフ皇子自身にも周りの家臣にもジロジロと見定められるのは、それだけ自分が期待されているのがわかって痛快だったが、それはそれとして無礼はできないので、精神的にくるものがあった。

 その甲斐もあってバルグリフ皇子らは随分とゼフォルを買ってくれているらしい、その後具体的な褒美が提示されたが、どれも素晴らしいものであった。帝国軍に将官待遇での任官、元ウィルベート公爵軍を主軸にした部隊の指揮権、そしてゼフォルのかつての爵位であるオデュッセル騎士爵の復活であった。

 前の2つの時点で破格だ。一メイドをここまで出世させるのはいくら戦時でも狂気の沙汰だ。それに兵士も一から新しい兵を渡して鍛えさせるより、率い慣れた兵を任せたほうが即戦力になるとはいえほぼウィルベート公爵の残った軍権を丸ごと渡されたようなものだ。

 上層部こそ無能だったとはいえ、その配下の兵士たちはずっとロッソ王国との国境で鍛えられた精鋭達、今の帝国では貴重な戦力だ。

 ゼフォルが率いた時も、良く命令を聞く、勇猛な兵士だった。これで下まで弱卒ぞろいだったら如何にあのヴァン・ウィルベートでも落ちていただろう。

 そして最後の1つ、ゼフォルのかつての爵位に関してはここまで調べているのかと感心した。オデュッセル騎士爵など覚えている人などいないし、ゼフォルが公爵家に努めた時も言及したこともなかった、昔話でエスメルに喋っただけだ。そんなことまでわざわざ調べ上げてるとは余程バルグリフ皇子の情報網が深く、探るだけの価値をゼフォルに見出しているのだろう。

 ここまでの好待遇を提示されてはその信頼にこたえるしかない、それにバルグリフ皇子も相当な人物だった。大げさすぎるくらいのリップサービスぶりだったが不思議とイヤではなかった。そう新しい主君のことを考えるがどうしてもエスメルのことが脳裏によぎった。

 どんなに高待遇を受けようともエスメルが主君であった時の方がゼフォルは良かった。自分はもうエスメルに主従や利害を超えた好意を持っているような気がした。

 

 

 

「よろしかったのですか殿下?確かにゼフォル将軍は功績高いですが、あれだけの厚遇は陣営内の人事に響きます」

 

 謁見が終わり、多くの家臣が退出した後、バルグリフ陣営の重鎮の一人であるベルズーフ・カーディナルは主であるバルグリフ皇子に声をかけた。

 

「いやぁ……彼女すごくいい娘だねぇ。だから、ついね?」

 

 かなり砕けた口調でバルグリフ皇子はベルズーフに返した。ベルズーフは皇子が幼いころから直参の家臣としてつけられた、いわば幼馴染といっていい、二人きりの時は今でもこうやって砕けた口調で話す。

 

「はぁ、彼女は確かに優秀だと思いますが……まさか殿下、奥方に叱られますよ」

 

「いやいや見た目はよいと思うけどさすがにそういったことはしないさ」

 

「ではなぜあそこまで厚遇をなさるのですか」

 

「いい娘というより凄く都合がいいと変えたほうがいいかもしれないね」

 

「何故ですか?」

 

「まず私がどんな政権を目指しているかはわかるかい?ベルズーフ」

 

 もちろん側近のひとりであるベルズーフは知らされていた。バルグリフ皇子が目指す国家運営は中央集権体制だ。今のイスペリア帝国はあまりに貴族の力が強すぎてしまい、貴族達がてんでバラバラに動き統一性がなかった。

 これまでは周辺諸国より頭一つ抜けた国力にものを言わせていたが、東部貴族を中心にした無理な出兵案、帝都に進撃する王国軍を尻目にまともに動かなかった西部貴族など今回の戦いで明らかに国家体制にガタが来ていた。

 そこで帝室の権限を強化し、帝国全土の軍事に政治を一元化させる。それを目の前の主君なら為せる。そう思ってベルズーフはこれまで仕えてきたのだ。

 

「はっ、帝室を中心とした政治体制を作ることです。……失礼ながらゼフォル将軍には政の才があるとは思えませんが」

 

「ははは!そりゃそうだけど違うよ。むしろ今彼女が置かれている立場のことさ。まず彼女は没落貴族出身だ、それを取り立てることによって、私の政権は身分を問わず能力で出世できるという宣伝になる。それに彼女は見た目がいいからね、きっと人気者になるよ。そしてウィルベート公爵領もスムーズに手に入れられる」

 

 前者はベルズーフも理解ができた、ほぼ平民同然であったメイドの英雄譚はさぞかし帝国国民の話題をかっさらうであろう。それに見た目も整っている。しかしウィルベート公爵領に関してはむしろ公爵家に仕える彼女の力が増せば手を出しにくくなると思ったのだ。

 

「ウィルベート公爵家の影響が強い彼女の権限を強めればむしろ手に入れるのは難くなるのでは?」

 

「ゼフォル将軍は公爵家の影響が強いんじゃないよ、むしろ公爵家に強い影響を及ぼしているんだ。少なくとも、彼女自身はそう思っている。」

 

 そう言われると、目から鱗だった。確かにゼフォル将軍の能力は素晴らしいが、もとは一メイドなのだ。それが貴族の最高位である公爵に影響を及ぼすとは考えもつかないが、ようやくバルグリフ皇子に言われて、納得ができた。

 

「ゼフォル将軍の忠誠はエスメル嬢にこそむいてはいるが、公爵家には全く未練なんてないよ、少なくとも公爵家で将軍に命令できるのはエスメル嬢だけさ。公爵家自体はその軍事力くらいしか魅力的に映っていないだろうね。大切な主君の後見人になってあげて、軍事力を行使できる身分を保障してあげれば、将軍は喜んで私に仕えてくれるさ」

 

 そう私見を述べるバルグリフ皇子にベルズーフは末恐ろしいものを感じた、この主は人を見る目が昔から鋭かった。

 

「そこで強大なウィルベート家の当主の座はエスメル嬢に、軍事権はゼフォル将軍に、そして領地の行政権を私がもらう。こうすれば厄介な遺産狙いの貴族たちはどこを狙えばいいかわからなくなるというわけさ、そして私は優秀な二人の美人をもらえるということだよ」

 

 彼が幼い頃から直参の家臣として支えていたベルズーフだが、相変わらず普通な顔をして恐ろしいほどの頭の冴えだ。涼しい顔で宙ぶらりんになった公爵家の遺産を最もおいしくいただいている主君に並び立てるように、ベルズーフは自分もまだまだだと思った。

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