メイド、勤務先の大敗北で将軍になる   作:メカバレ

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女中将軍

 イスペリア帝国にやっとの平和が訪れていた。正式な講和や、条約は結ばれなかったものの大きな損害を受けたロッソ王国は国境を固く閉ざし、守りの態勢に入っていた。対するイスペリア帝国はなんとか王国の侵略を防いだ形だが、東部貴族があまりに死に過ぎたこと、軍も大損害を受けたため反撃には出ず、同じく国境を固めた。そのため互いに国境でのにらみ合いに終始し、それによって平和がもたらされたのである。

 

 ゼフォルは帝都イスぺラントの街を軍服をきて背筋をまっすぐ伸ばし歩いていた。その姿を一般市民らは尊敬と羨望の視線で見つめ、警邏の兵士らが見ると慌てて姿勢を正し敬礼をした。理由は単純である、ゼフォルの肩の階級章にあった。

 ゼフォルは帝国軍で正式に少将に任命され立派な将官の一人になっていた。

 今まで帝国軍は貴族の寄り合い所帯といった形であり、各々の貴族が兵を出し合って、指揮系統は爵位こそがものを言う世界であった。

 しかしこの戦いで名をあげたバルグリフ皇子が帝国軍元帥の役職に就き、軍の改革を始めたのである。まずこの戦いで戦死した。もしくは敗戦の責任を取らされた貴族の多くは領地や軍権を取り上げられ、ほとんどが帝室の直轄領になり軍も皇帝直属の軍隊として再編成された。その時に皇帝直属の一部の国軍のみで使われた階級が全面的に取り入れられ、これまでの爵位が高ければ指揮権も高いという不健全な指揮系統は改善された。

 またこれによって能力は高いものの爵位が低く、日の目の当たらなかったものにも出世のチャンスが与えられるようになった。その中でも一番の出世頭がゼフォルだった。

 ゼフォルは崩壊しかけたウィルベート公爵家の軍を実質的に指揮していたこと、そしてその軍がロッソ王国軍の後背をついて勝利に大きく貢献したこと、他にもジョナス将軍とダリウス将軍という二人の王国の敵将の首を取ったとして、大いに評価され、今では立身出世の希望として祭り上げられていた。元メイドという出自も悪い目では見られず、女中将軍という名は今や帝国市民の語り部の一つであった。

 市民と兵からの視線に満足しながら、目的地に着いた。なんてことはない帝都で有名なモニュメント前である。帝都に住む市民にも良く待ち合わせ場になっているところだ。

 

「来たわね」

 

「私も予定より早く着いたはずなのですが」

 

「今は一学生よ、現役の将校を待たせるわけにはいかないでしょう?」

 

 そこには主人である。いやだったエスメルがそこにいた。帝国学院の制服がよく似合っている。少なくともあの黒い鎧よりかは。

 もうゼフォルとエスメルに主従関係はなくなっていた。エスメルはほかの後継者を押しのけてウィルベート公爵家の当主にはなったが、年齢や家臣が少なすぎる問題からバルグリフ皇子が直々に後見人になったことで形式上の家臣が皇子から続々と送りこまれ、もともといたウィルベート公爵家の家臣たちはその能力の低さから隅に追いやられた。ゼフォルも公爵家から出向扱いとはいえほぼ帝国軍に引き抜かれる形だった。もはやエスメルの直参の家臣はエルシアくらいだった。

 二人は適当に帝都を散策していた。ゼフォルも帝都に来たことはなかったし、エスメルだってヴァン・ウィルベートから出たことないのだからただ歩いているだけで楽しむことができた。

 

「学院はうまくいっていますか」

 

「母親みたいなこと言うわね……まぁ悪くないわよ」

 

「それはよかったです、私の母校ですから」

 

「絶対その事言ってくると思ったわよ」

 

 実はゼフォルも帝国学院に通っていたことになっていた。帝国軍の将校になるには学歴が必要だったのだ。もちろんゼフォルにそんな学歴などなかったが、特例で入学して初日で特別課外授業……ロッソ王国軍との戦いで大きな戦果を挙げたとして全単位取得し卒業したことになっていた。もちろん制服も教科書も持ってないし、学院に行ったこともなかった。こんな特例も今まさに戦時と政治の変遷が起こっているこの時期だけであろう。

 

「まぁ実際どんなところだかわからないんですよ、卒業生はその、お嬢様のご兄弟しか見たことありませんし、お嬢様は途中からの入学なので慣れないのではと」

 

「心配しなくていいわよ、こちらとら入学早々全校集会であなたの卒業について言われるし、そのせいで注目の的よ。それに今学園中が親が死んだだの失脚しただのでシッチャカメッチャカよ」

 

「ほう、それをついて学閥を作ったと、抜け目ないですね」

 

「言い方が失礼ね、普通に友達くらいできたわよ」

 

「それはよかったです」

 

 からかい交じりだがゼフォルは普通に安心していた。エスメルに友達といえるような存在はいたことがなかったからだ。

 だが一方で心のどこかではすぐできるだろうと考えて居た。先の戦いではあの東部貴族の寄り合い所帯をうまいこと動かしていたし、貴族たちがゼフォルを差し置いてエスメルに直談判する光景も珍しくはなかった。最初はエスメルが若くてなめられているだけだと思っていたが、ちゃんと公爵として信頼されていた。

 

「勉学はついていけておりますか?わからないことがあれば、卒業生である私が……」

 

「だから授業受けてないでしょ!基本的な座学はあなたに教えてもらったおかげでうまくやれてるわ、けど礼儀作法とかが少しきついわね」

 

「あ~、頑張ってください、私は評価良かったですよ」

 

「だから!あなたは戦争がうまかった特例で受けてないでしょ!」

 

 正直ここだけは特例で卒業していてよかったとゼフォルは思っていた。

 あのメイド長に怒られていたかいもあってある程度はできていると自負している。しかし貴族たちが通う帝国の最高学府で通用するとは思っていないし、今更習おうとも思わない、まぁどちらにせよ特例で全科目が高評価なので今更なのだが。

 ゼフォルは軍隊を動かすことが得意なだけなのに、なぜか帝王学やら礼儀作法やらでも高評価を受けてることになっているのだ。

 まぁエスメルは要領がいいし、エルシアもついているのでなんとかなるだろう。

 

「それよりお嬢様、進路希望が帝国士官科というのは本当ですか?」

 

「えぇそうだけど」

 

「……何故ですか?お嬢様の能力と爵位ならそのまま法衣貴族として中央で働けると思いますが」

 

「せっかく昔からいい先生に教わっていたんだしそれを活かすのが一番いいでしょ」

 

 そう言ってくれるのはうれしかったが、ゼフォルはエスメルに軍に入ってほしくはなかった。ヴァン・ウィルベートの時は戦時であり戦力も限られていたため仕方がなく前線まで連れまわした。しかし今は平時でありエスメルの身分も安全も保障されている。それを捨ててわざわざ危険な道に歩んで欲しくなかった。

 

「まぁお嬢様も一生分の大波乱を経験しましたし?あとの人生平和に豊かに暮らしても罰は当たりませんって」

 

「ウィルベート家は武門の出よ、どうせなら武功を生業にしたいわ」

 

「生まれが報いてくれなかったじゃないですか、むしろ今存続しているのはほかならぬお嬢様のおかげですよ、別に他の生き方したって、ご先祖も怒りませんって」

 

「はぁ……じゃあ尊敬する人と同じことをしたい。これでいいかしら」

 

「へ?そ、そうですか……」

 

 急にとんでもないことをさらりと言うエスメルに顔が赤くなるのをゼフォルは感じた。あまり見せたいものではなかったので急いで顔をそらした。

 

「意外ね、あなたのことだからここぞとばかりに私を尊敬しているのですか?いい心がけですねとか言い出すと思ったのに」

 

「私をなんだと思っているのですか、お嬢様にそんなストレートに褒められれば嬉しくなってしまいますよ」

 

 そうチラリと視線を戻しながらいえば今度はエスメルも顔を赤くしていた。しめたとばかりにゼフォルは畳み掛けた。

 

「ふふ、お嬢様もお顔が赤いですよ」

 

「うるさいわね、お互い様よ」

 

 そう照れるエスメルだが何かを考えたのか真剣な顔で言った。

 

「ゼフォル……帝国は平和になるかしら」

 

「ならないでしょうね」

 

「まぁ……そうよね」

 

 エスメルの疑問はゼフォルもここ最近ずっと考えている事であった。なにせそれを生業にして食べていく職に就いたのだから。ゼフォルはその問いに間違いなく否といえた。

 

「私もここまで高い地位につけるとは思いませんでした。まだ戦争は続くでしょうね」

 

「そうでもなければ貴女をここまで出世させないものね、それに殿下の政策はどう思う?」

 

「明らかに中央に権力を集めていますね、まぁ前の戦争で貴族たちの軍があの有り様だったのでしょうがないのかもしれませんが」

 

「それだけじゃないと思うわ。現役世代では貴女が有望株だけど学園の方もかなり軍政の教育に注力しているわ。皇子のご子息の側近グループにもかなり武官がいるもの」

 

「お嬢様はもうご子息らに取り入ったのですか?さすが手が早いですね」

 

「その筆頭武官が私よ」

 

「そう言えばそうでしたね……ゴルガマスを打ち取ったのはお嬢様ですし」

 

 今帝国は前回の戦いの名残が大きい。それはゼフォルの所属する帝国軍は当然だし、あまり顔を出さないが帝国の中枢や社交界でもいまだに先の戦いで活躍しただのどうのという話は事欠かない、それは若者たちが集まる学院でもそうなのだろう。

 

「しかし私たちだけではなくお嬢様のようなこれからの人材も多く軍属にしようとは、皇子はよほど今回の侵攻が堪えたようですね」

 

「多分そうじゃないわ。おそらくバルグリフ殿下はそれだけで止まらない、そんな気がする」

 

 芳しくないエスメルの反応にゼフォルはまさか、と思った。

 ゼフォルの見る限り、バルグリフ皇子は優秀だが、穏やかな人物だ。もう何回も謁見したことがあるが、人を動かすのと、良い政治や法律を考える才能は有りそうだが、どうも軍を率いるには線の細い印象だった。

 軍隊を増強しているのはあくまで国防のため。そういった印象を持っていた。その先を考えているとは思えなかった。

 

「どうしてそう思うのですか?」

 

 エスメルの観察眼はとても優れている。いつも鉄面皮を維持しているつもりでかなり心の内を見られているゼフォルはそれを身に染みるほど分かっていた。己以外の信頼できる視点としてエスメルに問うた。

 

「学院じゃ戦場上がりの公爵令嬢なんて学院じゃ煙たがられるかと思ったけどすごい歓迎されたわ。それに皇子のご子息らも成績トップ陣よ。そして何より、貴女はいなかったけどバルグリフ皇子のロッソ王国の国境を見る目、あれはただ事じゃなかったわ」

 

「殿下は王国を征服すると?」

 

「ありうると思っているわ」

 

 その言葉を聞いてゼフォルの内心は複雑な心境になった。エスメルの言葉が本当ならば、ただ将軍として働くだけではなくまだまだ戦えるのである。しかしそれと同時に不安要素があった。

 

「お嬢様、殿下から後見人になる時、何か条件を付けられましたか?」

 

「貴女には言っているはずよ?貴女を将軍としてよこすようにということ、領地の統治権と……」

 

「お嬢様自身の進退は?」

 

「それは特には……」

 

「本当は?」

 

「……その軍事的才覚を活かして欲しいと言われたわ」

 

 その言葉にようやくゼフォルは得心がいった。

 功績のある自分を軍に入れるのはまぁわかる。今回の戦争で多くの将軍が死に、国防のために即戦力が必要だからだ、そもそも戦争以外じゃメイドとして微妙に働けるくらいだ。しかしエスメルまで無理に軍に入れるのはおかしかった。

 ゼフォルは政治に関してよくわからないが、エスメルは公爵令嬢なのだ。政治的利用価値はいくらでもある。しかしそれらの価値を捨ててまでゴルガマスを打ち取った武人として向かい入れるのならば目指す先は一つだ。

 王国の打倒。それに他ならない。

 その目的自体はむしろ望むところだ。戦争で出世したいゼフォルはバルグリフ皇子の為だろうが、喜んで王国といくらでも戦うだろう。しかし一つだけ納得できないことがあった。

 

「なるほどなるほど、お嬢様もまた戦地に出るのですね」

 

「悪いけど、もう覆せないわよ」

 

「わかっていますとも、バルグリフ皇子にはお嬢様の後ろ盾になっていただき、私に将軍の座、沢山のものをいただきました。いまさら異を唱えてはバチが当たります」

 

「じゃあ納得してくれるのね」

 

「もちろんですとも、けど」

 

 肯定するゼフォルにエスメルはパァっと顔を綻ばせる。そういえば最近こう言った話題で何かといがみ合うことばかりだったからゼフォルが素直に認めたのが嬉しいのだろう。

 その愛らしい姿にゼフォルはさらに覚悟を決めた。

 

「お嬢様が戦場に出る前に王国を滅ぼしてしまってもいいのでしょう?」

 

「えっ⁉」

 

「冗談ですよ」

 

 急転したエスメルの表情にあの笑顔を中断させたのは失敗だったと思って冗談と返すが、内心では全く本気だった。




これにて第一章完結になります。ここまで付き合っていただいた読者の皆様、ありがとうございます。第二章ですが、少々投稿が遅れると思います。
また、感想ですがつい返信でネタバレしそうになるため、あまり返信しないと思います。ですが、全ての感想に目を通して元気をいただいております。わざわざ書いてくださり、ありがとうございます。
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