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東部方面軍
平原で軍勢が戦っていた。数はそれほどではない、両軍とも3千ほどで、合わせても6千。しかし大きな違いがあった。ほぼ同数だというのに片方が片方を一方的に追い散らしているのである。
追い散らしているのがイスペリア帝国軍で追い回されるのがロッソ王国軍であった。
この大陸でも大国といえる二つの国にとってこんな戦いはただの小競り合いに過ぎない、国のトップである皇帝や国王の耳にすら入らない小さな戦いである。
しかし当事者たちは必死であった。
逃げ惑う歩兵に戦果を挙げるために剣をふるう騎士、皆が鬼の形相で戦場で戦っていた。
その様子を重装備の兵士に守らせた陣地でさも当然と俯瞰する者が一人いた。ゼフォルである。
相変わらずの公爵家から拝借したメイド服型の鎧の上に帝国軍で近年採用された少将の階級章が付いた高級士官用のコートを羽織り、周りの参謀たちが緊張した面をする中、彼女だけが泰然としていた。
「最近王国軍も張り合いがなくなってきましたね」
そう一人でつぶやくように言った。周りの参謀たちはびくりと体を震わせるが、何も言ってこない。
彼らは何かを言うのではなくゼフォルの言葉を待っていた。
「まぁ、私が出ましょうか、あなたたちは留守を任せます」
「は!承知いたしました!」
そう返す参謀に本陣のことを任せ、ゼフォルは供回りの100騎を連れて出陣する。ヴァン・ウィルベート以来引き連れている手練れ中の手練れだ。
そして一目で敵の布陣の崩れかかったところを見つけると突撃。それだけで面白いように敵軍は崩れ去り味方の士気は鰻登りになった。
あまりの手ごたえのなさに適当に逃げ惑う敵の雑兵を数人切り捨てる。
自分が出る必要はなかったか。そう内心思っているとふと名を呼ばれた。
「お、お前がメイド上がりのゼフォルだな!このグリーザ様の斧の錆に……ぐぎゃっ!」
「私に話しかけるならもう少し偉くなってからにしてくれますか?」
周りに比べれば大柄の敵兵が名乗りを上げ、ゼフォルに突進する。しかし彼の身なりが大したこともないとわかると曲剣の一撃で切り捨てた。
手ごたえも功績にもならなそうな相手だったが、王国軍にとっては違うらしい。
グリーザの死に王国軍はついに士気の限界に達したのか、敗走にその姿を変えていった。
その姿を見てゼフォルは追撃を指示した。
ロッソ王国軍との小競り合いを制し、安全圏まで軍を下げたゼフォルは馬上で考え込んでいた。
ゼフォルが正式に帝国軍に配属されてから二年がたっていた。
最初の一年は将校教育などでつぶれたが、それが終わってからは晴れて希望していたロッソ王国軍との最前線に配属された。
地図上でイスペリア帝国の東にロッソ王国は接しており、今のゼフォルの肩書はイスペリア帝国軍東部方面軍副司令官である。
ありていに言えば今のゼフォルは王国への最前線を守る軍団の次席であった。
この一年間、ひたすらゼフォルは手持ちの軍の調練と国境のロッソ王国軍の数を減らすことに力を入れていた。
方面軍の次席ながら自ら出撃を繰り返し、度々ロッソ王国軍との小競り合いを繰り返していた。
当初こそロッソ王国軍も国境の主力を引き抜き、1万を超える戦いもあったが、それらを何回も叩き潰し、相手が打って出ればこれも叩き潰した。敵指揮官の首級もかなり稼いだ。
しかし最近はロッソ王国軍も挑発に乗らなくなった。国境付近の民を皆引き上げ、かなり奥の城塞へ戦力を固めるようになったのである。
ゼフォルの職分で自由に動かせる兵は1万5千程度、さすがにこれを突破するのはゼフォルにもきつかった。
従者から渡された水をできるだけ丁寧に飲む。少し気を抜けば内心のいら立ちが表に出そうだったからだ。
こんな小競り合いはゼフォルの望んだものではない。今日は3千の相手に勝ったが、ロッソ王国軍にとっては痛手でも何でもない。あのグリーザとかいう将校もすぐに補充できる程度の相手だろう。しかしこの調子で王国をつぶせるのはいつになるのだろうか。
ふと以前に見たエスメルの成績表を思い出す。現役の将校には未来の部下を見定めるために在学生の成績を閲覧する権限がある。別に下手に賢い部下などゼフォルには必要はないのであまりこの権限を遣わなかったが、エスメルの成績だけは確認していたのである。
エスメルの成績は文句なしの全教科最高判定だった。戦場でも度々その片鱗を見せてはいたが、それでもすさまじい。
それだけならばよいことで済むが、飛び級の噂すら聞こえていた。
本来なら三年通わなければならないが、飛び級をつかえば二年ちょっとで卒業できるのだ。それを考えればもう悠長にしている時間はなかった。
あと数か月、はっきり言って絶望的といっていい。
学園を飛び級するのと隣国の大国を叩き潰すのは訳が違う、それはよく分かっているがゼフォルはまだ勝算があった。
なにも飛び級したからと言ってすぐに前線に出るわけでもない。たたき上げであるゼフォルですら前線へと舞い戻るのに一年かかったのだ。
長考をしていると目的地である大きな建物が見える。ヴァン・ウィルベートと比べればあまりにも小さいが、それはあの城塞がおかしいだけで目の前の城塞も十分に立派だ。
ハルード要塞。最近ロッソ王国との最前線に建てられたゼフォルの所属する東部方面軍の司令部がある城塞だった。
要塞に帰還したゼフォルは参謀らに後始末を指示すると、自室へさっさと踵を返した。壁内に民間人がほぼいない純軍事拠点であるハルード要塞は質実剛健な作りで、それは副指令であるゼフォルの部屋も同じで落ち着いた雰囲気であった。
正直王城の客室やヴァン・ウィルベートの指令室よりこちらのほうが気に入っていた。過剰な飾り付けなどメイド時代無駄に気を使って掃除しなければならなかったのを思い出して気が滅入る。
身を清め軍服に着替えると予想していた通り自室の部屋がノックされた。
「入りなさい」
「休憩中失礼いたします。オドール総指令が副指令をお呼びです」
「わかりました。すぐ向かいます」
そう言うと敬礼をして去っていく伝令に少しげんなりした。しかし呼び出された以上、行かなければならない。
短い休憩を名残惜しく思いつつ身だしなみを整えるとゼフォルは部屋を後にした。
「おぉ!ゼフォル将軍!今回も勝ったようだな!ご苦労だった」
豪奢に飾り付けられた大会議室に入室するとゼフォルは歓迎を受けた。
豪華に改造された城の大会議室、その席がほとんど埋まる中、軍服に勲章をつけ、帝国の貴種に多い金髪をセットした大柄な男が上座で上機嫌にしていた。
東部方面軍総司令官のオドール中将である。現在のゼフォルの上司だ。
「職務を遂行したまでです」
「はっはっは!副指令は真面目だな!ほらどうだ、今日も副指令が勝つと思って戦勝祝いに色々用意してあるのだ!どうぞ食べてくれ!」
「いただきます」
目の前には豪勢な食事がこれでもかと並んでいた。もちろん最前線にこんなものは本来支給されない、取り寄せたのはゼフォルの目の前の総司令官様である。
オドール・クロウリッチ将軍は第二皇子派閥の重鎮の一人である。バルグリフ皇子の派閥では珍しく西部貴族の出身であり、金はいくらでも持っている男だ。
というのもクロウリッチ家は西部貴族間の権力争いで劣勢で仕方なく第二皇子についたらしいが、それが大当たりで成り上がった一族だ。
正直この最前線で要塞の大部屋を飾り付けたり、豪勢な珍味や食事を買うのはどうかと思ったが戦場帰りの空腹には耐えられず礼を言って口にした。
エルシアの丁寧な食事とは違い、よくわからない香辛料で濃い目の味付けがされているが、今のすきっ腹にはちょうど良かった。
「ははは、将軍?うまいだろう!」
「美味でございます閣下」
「お前たちも遠慮なく食え!」
そうオドールが豪快に言うと、礼を言いゼフォルより下座に座る東部方面軍の参謀たちも食事を始めた。
一方面軍の中枢とはいえその人数はかなり多かった。
オードル自身ははっきり言って戦争に向いた人間ではない。
気前がよく、人柄も悪くはない。しかしその大柄な体も鍛えられているわけではないし、最前線の城塞の一室をまるで王都の豪邸のように飾り付ける能天気さは決して戦争向きではない。
はっきり言ってこの程度の能力の将軍はどこにでもいるだろう。だがそんな男が総司令官でいられる理由はこの大人数の参謀達だ。
金に物を言わせて参謀を沢山雇って戦うのである。
ゼフォルも初対面の時この人数を連れまわしている姿には度肝を抜いた。今でもたまに城内をぞろぞろ大勢連れて歩いている姿を見ると笑ってしまうし、逆に副指令として一緒に並ばされるのは恥ずかしくすらあった。
「どうかね将軍、王国軍の様子は」
「すでにやる気が感じられず、国境より奥で閉じこもっております」
「ほう!まことか!」
嘘である。確かにゼフォルが10を超える小競り合いで勝ったとはいえいまだ王国軍は油断ならない。あくまでこれ以上の損害を防ぐため、後ろの城塞の守りを固めているだけで、決してやる気がない訳ではないのだ。
実力不足とはいえあのグリーザとやらも威勢だけはよかった。
しかし目の前の男はゼフォルのその言葉だけで信じ切ってしまっている。己の軍勢がこのまま王国軍を押し切れるのではないかと本気で信じているのだ。ゼフォルですら攻め悩んでいるというのに。やはり軍事的才能はない。
上機嫌に笑うオドールを尻目に彼の雇った参謀らを見回す。
何か言いたげなものも居るが、大多数は一緒になって笑っている。少しゼフォルが視線を向けて圧をかけると何か言いたげなものも黙ってしまった。
金をかけて優秀なものを雇ったのだろう。しかしどう考えても多すぎだし、連携不足で、雇い主の顔色を伺うばかりの主体性のない集団だった。
バルグリフ皇子の派閥の中でもオドール一派はとても一線級とは言えない。
確かに膠着状態になった王国全線をじっくりと防衛するのならば多少は役に立つ。事実安定するまではオドールではなく、あのベルズーフが守っていたらしい。
この人事にも疑問が残る。帝国周辺で最も大きな敵は王国だ、その最前線をオドールなどに任せるだろうか?帝国中枢はもはや王国をなめ切っているか、あるいは他の何かがあるのか。
「しかし指令、王国軍は国境の奥に防衛線を築いているようです。いまだ油断はできません」
そう思考を続けていると末席のクレッチマーが発言した。大佐に任命された彼はゼフォルの下に配属され、今回もゼフォルの直属の配下数人とともにこの会に出席していた。
別に嫌悪な雰囲気はないのだが、オドールの配下は20人近くいるのにゼフォルの配下は数人で窮屈そうだ。
「むっ、そうなのかゼフォル将軍」
「は。明日にも報告書を出そうと思っておりましたが、小癪にも王国軍は後方の要塞で守勢の姿勢を取っております」
言いづらいことを言い出してくれたクレッチマーに内心でゼフォルは感謝を送る。
「ゼフォル将軍なら突破できるかね」
「流石に私でもあの数が守勢に回れば厳しいかと。もう少し兵力と攻城兵器があればよいのですが」
そう言うのと同時にオドールの空いた酌に酒を注いだ。部下が上司にやるそれではなく、メイド時代のような丁寧な注ぎ方だ。ついでのサービスで微笑をくれてやる。それをするだけでこの男は機嫌が良くなる。
「ふむふむわかった!ならば私のつてで兵器を買ってやろう!それに次に増強された兵力も優先してゼフォル将軍に渡そう」
そう上機嫌に笑うオドールがゼフォルはおかしくなってしょうがなかった。
思うにこの男、金周りが重要な西部貴族の権力争いに負けたのが嫌で、戦争で名をあげることに逃げただけなのだ。
だから貧しい北部が基盤のバルグリフ派閥では群を抜いた資金力で中将という大層な階級をつけているが、やっている軍務はまるでただのパトロンだ。
優秀な人材を雇うのはいいが、それに投げっぱなしで本人が成長しなければ意味などないというのに。これまでのお気に入りは雇った参謀たちだったのだろうが、新たにやってきた部下であるゼフォルを英雄という肩書きと少し派手に王国軍を蹴散らした戦果だけで随分と気に入ってくれた。
いまも頭の中では今を時めく有望株である自分を従え王国を叩き潰し、帝都に凱旋している妄想をしているのだ。
あとまぁゼフォルの見た目も相当に気に入ってくれていた。この美貌に見とれるのもしょうがないかもしれないが、お前子供だっているだろと言いたかった。どうにも戦争で一旗あげたいといってから奥方との関係がよろしくないらしい、聞いてもいないのに話されたから知っていた。
「ありがたいお言葉!では最近帝都で開発されたという新兵器が……」
後ろで何か言いたげな参謀らを尻目にそうゼフォルは高額な商品をねだっていく。
くだらない敵とくだらない味方。
エスメルとともに駆け抜けたあの時は本当に充実していた。いまこのオドールのもとでは、何もかもが楽すぎて溺れてしまいそうだった。