メイド、勤務先の大敗北で将軍になる   作:メカバレ

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準備

 

「では早速何をなさいますかエスメル公爵閣下?」

 

 二人だけの就任式の後、さっそくゼフォルはいつも軍略の知識を語るようにエスメルに言った。

 

「なんかあなたに閣下呼ばわりされるのは気持ち悪いわね、二人の時はいつも通りでいいわ、そうね、はやく臨時当主の就任式を行ってこの城をまとめることかしら」

 

「ひどくないですか?正解ですと言いたいところですが、その前にやることがあります」

 

 そういうとゼフォルは馬車に積んであった剣を抜き刃に自身とエスメルを写した。

 

「こんな儚げな美少女と美人メイドが急に当主と将軍だといっても皆なんの冗談だと思うでしょう、立場にはもっとふさわしい姿というものがあります。」

 

「そうならないようにこの鎧を着こんできたのだけれど」

 

 そう言ってエスメルは着込んできた黒い鎧を指さす、恐らく公爵家の秘蔵の品で魔法によって多少装着者のサイズに合わせてくれるのだろう、サイズに過不足はなさそうだった。しかし明らかにごつい鎧に儚げな容姿のエスメルはアンバランスすぎた。

 

「流石にその可愛らしいお顔でその鎧は無理があります。なので、化粧で誤魔化しましょう」

 

「そういえばあなたってメイドだったわね」

 

「5年くらい仕えていた者に言うことじゃないですよ」

 

 そんな下らぬ雑談をしながらゼフォルとエスメルは公爵の執務室に行く。

 ゼフォルもただこんな場面で冗談を言っていたのではなくてエスメルの緊張を少しでもほぐそうと冗談交じりに話していた。

 

 

 

 公爵の執務室、強大な公爵家の行く末を決める部屋であり当主や家臣の中でも重鎮でしか入れず、普段なら平メイドのゼフォルも不義の子のエスメルも入ることなどできない場所だ。かつては豪華な調度品が完璧な配置で整えられた執務室はもはや当主は冥府に行き、その部屋もまるで強盗が入ってきたかのような荒らされようだった。

 おおかた公爵のバカ息子の誰かが漁っていったのだろう、そういえば自分たちが逃げるために彼らの馬車から部品をくすねたが彼らはどうなったのだろうか、そんなことを考えつつもゼフォルは散らかった執務室を最低限片付けると椅子を引いた。

 

「どうぞ公爵閣下」

 

「ありがとう将軍」

 

 そう言いながら座ったエスメルの化粧をゼフォルは始めた。

 

「そういえばあなたって化粧できるの?私にはほとんどしてくれなかったじゃない?」

 

「本業を何だと思っているんですか?一通りは出来ますよ、しなかったのはお嬢様の御顔が非常に整っているからです、下手にいじるよりそのままのほうが良いと判断しました」

 

「まぁそういうことにしておくわ」

 

 少しジトっとした視線を何のことやらとゼフォルは受け流した、色々言い訳をしたが本当に基本的な化粧しかゼフォルはできない、雇われるまではメイドとしての教養として習得したが、雇われてからはまともにしたことがなかった。不義の子の専属メイドという立場故に周りからの嫌がらせで化粧品などなかなか手に入らないことが多いのもあったが、自身も素の容姿に自信があったので、ゼフォルは化粧をほとんどしなかった。

 どうせエスメルと剣の特訓と戦略の講義くらいしかすることは無く、街に出るときエスメルは顔を隠してお忍びで行くのでゼフォルはメイドなのに主君に殆ど化粧をしたことがなかった。

 

「ってそれほんとに出来るの?」

 

「まだ疑いますかお嬢様、私を信頼できると言ってくれたではないですか」

 

「それは将としてであってあなたメイドとしては正直あんまりよ!この前も外に出るときお弁当忘れたりしてたじゃない!」

 

「あれは狩りで獲物を得ようとしたからです」

 

 そんな少しメイドとしての能力が残念なところをギャーギャー言い合っていると化粧が終わりゼフォルはエスメルに鑑を見せた。

 

「ほーらどうです立派なもんでしょう」

 

「……本気?あなた」

 

 鏡を見たエスメルはゼフォルに怒気を発していた。鏡に映るエスメルの美しい顔にはドギツイ真っ赤な塗料が目元や謎の模様となって顔に書かれていたのである。とてもではないが公爵家の令嬢がつけるものではない。

 

「どうです?北の蛮地に伝わる戦化粧ですよ。これに黒い鎧を身に着ければ誰もお嬢様をなめることは無いでしょう」

 

「き、北の蛮地……なるほど理屈はわかったわ……それだけ言うならゼフォル、あなたもこの化粧をするのでしょうね?」

 

「へ?しませんけど?」

 

「私にこんな化粧させてあなたはしないって!どういうつもりよ!」

 

「お嬢様、こういった奇をてらった策は珍しいからこそ輝くのです、二人もこの化粧をすれば効果は半減です」

 

「じゃああなたがすればいいじゃない⁉」

 

「そこはほら私の顔ってどうです」

 

 激昂するエスメルにむんずと顔をゼフォルは近づけた

 

「まぁ……整っているとは思うけど」

 

「そうでしょう、そうでしょう。そしてどちらかというとクール系で凛々しいでしょう?」

 

「貴女結構ナルシストよね……まぁどちらかと言うとそうだとは思うけど」

 

「だから私はそんな化粧などいらないのです、いい感じの立派な鎧を着こめばそれだけで強そうな女将軍の誕生です。だったら儚い系のお嬢様がこの化粧をするべきです」

 

「だとしてもこの化粧はさすがに嫌よ!」

 

「なんと!私渾身の策が気に入らぬとは!わがままはいけませんよ」

 

「もうちょっと大人っぽく見せるだけの化粧とかないの!他のメイドとかはしてたでしょう!」

 

「あんな化粧は時間がかかって非効率です」

 

「そう言ってできないだけでしょう⁉」

 

 すっかり緊張感もほぐれたのか主従そろってああでもないこうでもないと騒いでいると執務室に入ってくるものがあった。

 

「!何奴!」

 

 それまでのおふざけが嘘のようにゼフォルがエスメルの前に立ち剣を抜き放ち構えた

 

「ゼフォル?エスメルお嬢様と逃げたのではなかったのですか」

 

「貴女こそ逃げていなかったのですかメイド長殿」

 

 最上クラスとわかる質の良いメイド服をしっかり纏い、豊かな銀髪を丁寧に編み込み、眼鏡をかけた妙齢の美女が執務室に入ってきた。

 彼女はウィルベール家メイド長を務めるエルシアだ。ゼフォルをエスメルの専属にしたのもメイド長であるエルシアでありゼフォルにとっては頭の上がらない上司だった。

 

「主君を待たず逃げるなど従僕として恥ずべきことです」

 

「ご子息すら逃げだしましたがね」

 

「……だからこそ公爵家にも忠臣がいたと残るものも必要でしょう」

 

「立派ですけどそれメイド長がやる事ですか?女だてらが残ったのに他は尻尾巻いて逃げ出したって笑われますよ」

 

 ゼフォルはこのメイド長が苦手だった。メイドの仕事が好きではないのも原因だが、なにかと仕事のことで叱られっぱなしだったからだ。同時に意外だったのがエルシアが城内に残ったことである、エルシアはメイド長でありながらなぜか公爵一族に疎まれていたのを知っている。その為とっくに逃げたものだと思っていた。

 

「それで?あなたはいつまでこんなところでぐずぐずしているのですか?剣の使えるあなたを何のためにエスメルお嬢様につけたと思って……へ?キャァァァァ⁉」

 

 ゼフォルのが後ろに庇い隠れていたエスメルを見つけてエルシアは混乱し、それまでの理知的な喋り方をしていたとは思えぬ悲鳴を上げた。

 

「ぜ、ぜ、ゼフォル⁉なんて化粧をお嬢様にしているのですか⁉蛮族にでも紛れさせて逃がすつもりですか⁉」

 

「落ち着いてくださいメイド長、これはお嬢様に威厳を備えてもらうため……」

 

「威厳って何ですか!逃げるのにこんなに目立ってどうするのですか⁉」

 

「いやいやこれは逃げるためではなくてですね……」

 

「説明なさい!」

 

「二人とも黙りなさい!」

 

 言い争いを始めた二人のメイドを前にエスメルは一喝をした。少女とは思えぬ声量で当主にふさわしく戦化粧が似合っているとゼフォルは思った。

 

「エルシア!あなたには私から説明するわ!」

 

「ハッ!失礼をいたしましたお嬢様」

 

 エスメルの気迫にエルシアも正気に戻り、深々と頭を下げ、主の言葉を待った

 

「このエスメル・ウィルベートは現当主の戦死と公爵領の危機的状況に対応するため次期当主となるわ!」

 

「な⁉本気ですか、お嬢様にはまだ兄君方が……」

 

「領の危機に逃げ出した連中など最早当主の資格などないわ!それに印綬も宝剣も私の手にある!」

 

 そういうとエスメルは公爵家の宝剣を右手に握り天に掲げ、残った左手で印綬を持ちながら言い放った

 

「ゼフォルは私自ら将軍に任命し、公爵家の軍権を託す!将軍に敵を討ち払ってもらうわ!」

 

「な!ゼフォルが将軍⁉……承知いたしました。このエルシア、メイド長として変わらぬ忠誠を誓います。そしてゼフォル将軍、先ほどの無礼をお許しください」

 

 エルシアはエスメルには忠誠、ゼフォルには謝罪の意味を込めて頭を二度下げた。

 

「メ、メイド長にそう頭を下げられるのは新鮮ですね」

 

 ゼフォルは将軍になったことを利用して元上司のエルシアをからかってやろうと思ったが、ぞわわと慣れぬ感覚にやめることにした。

 

「ゼフォル将軍にお伺いしたいことが」

 

「なんでしょうか」

 

「公爵閣下の化粧は何のおつもりなのですか?」

 

 やっぱりからかわなくてよかった。変わったのは言い方と敬称だけで元上司の淡々としたいつもの対応に立場では上になったはずなのになぜか追い詰められている。

 

「閣下の容姿は可憐だが、社交界では良くても戦場でこれでは士気に支障が出る」

 

「だとしても他に化粧のやりようがあったのでは?」

 

「いや、私はこれが最適だと……」

 

「将軍はこれしかできなかったって」

 

「閣下⁉」

 

 わざとらしく将軍らしい言い方で何とか追及をかわそうとするゼフォルだが今度は後から刺されてしまった。

してやったりといった顔のエスメルの言葉にエルシアから怒気が放たれた。

 

「将軍?要は威厳があれば良いのでしょう?」

 

「まぁ……はい。そうですが……」

 

「ならばその化粧、私が行ってもよろしいですね」

 

「これは渾身の出来だったのですが」

 

「よろしいですね」

 

「わかりました、その道のプロのあなたに任せましょう」

 

「かしこまりました」

 

 そういうとエルシアは化粧道具をゼフォルから取り上げ黙々と化粧を付け始めた。その後はエルシアの作業音だけが部屋を包んだ、年齢層に幅はあれど美しい女性が三人もいるのにちっとも姦しくない。

 ゼフォルとエスメルは仲が良い、専属メイドなのだから当然だ。ゼフォルとエルシアも良く話す。まぁ手のかかる部下と上司の関係だったのだから。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 しかしエスメルとエルシアはあまり話したことがない、離宮で隔離されていたお嬢様と本宮で働いていたメイド長なのだから当然だ、そして化粧に口出しできないゼフォルも下手言って元上司に叱られてはたまらないのであたりを静寂が包んだ。

 

「閣下、私も正装を着込んでまいります」

 

「わかったわ」

 

 この場の空気に耐えられなくなったゼフォルは断りを入れて自身のメイド服を戦装束に変えるため部屋を後にした。

 

 

 

 ウィルベート公爵家はイスペリア帝国東部を守る大領主であり、王国との国境を守る武闘派の貴族である、その貯蔵された名刀や魔剣、装備は多く、今や将軍になったゼフォルは選びたい放題である。しかしゼフォルにはエスメルから将軍に指名された時からこれだと決めた装備があった。

 綺麗に磨かれた鈍い銀色の胸当てに手甲に足甲ここまでは普通の鎧だがところどころにフリルのような装飾と十分の硬さを保ちつつも滑らかに動くスカート型の装甲、ホワイトブリム型の頭飾り、だれがどう見てもメイド服を模した鎧である。戦闘用というには奇抜なデザインだが、そこはさすが公爵家の貯蔵品、魔法すらかけられているようで鎧として十分な性能をしていた。

 前職に似たメイドアーマーを着込み、適当に素振りしてしっくりきた曲刀を二本腰に下げ、将軍としてマントを羽織る、マントだけはゼフォルの私物であり質の良い布で編まれた紋章のついたマントであった。

 マントの柄にはかつてのゼフォルの爵位であるオデュッセル騎士爵家の紋章が描かれていた。

 出世したら羽織ろうと考えていたこのマントがこんなに早く身に着けられるとはと、任命したエスメルに感謝しつつゼフォルは貯蔵庫を後にした。

 

 

 

 ゼフォルが執務室に戻るとエスメルの化粧も終わっていた。

 

「ほぉ……これはこれは……」

 

 ゼフォルからすればこうして唸る事しか出ない出来栄えであった。エスメルの美しさをしっかりと残しつつも何処か大人びたキッとした凄みのようなものがある化粧であり、その厳めしい黒鎧にもよく似合っていた。

 ゼフォルの化粧と称した戦化粧では足もとにも及ばぬ達人技であった

 感心しつつも少しゼフォルはショックであった。自分なりにあの戦化粧は傑作であったのに。

 

「どう?将軍?化粧とはこういうものよ」

 

 誇らしげにエスメルが自身の姿を披露するその三歩後ろにエルシアがピタリとついていた。

 

「なるほどこのような化粧もあるのですね」

 

「このようなじゃなくて普通はこうなのよ。貴方の化粧が変なだけだわ。それよりあなたは何で鎧を着てまでメイドなのかしら」

 

 ゼフォルのメイドアーマーをエスメルは指摘した。

 

「似合っているでしょう?我ながらいい装備を選びました」

 

「似合っているけど将軍なのにメイドってそっちの方が士気に関わるんじゃないの?これでも貴方がメイド上がりって呼ばれないように色々考えていたのだけれど」

 

 主従で考えることは一緒らしい、ゼフォルもこのまま出世したらメイド上がりと言われ続けると気にはしていた。

 

「お嬢様、どんなに功績をあげた人物でも昔のあだ名や失態などは調べ上げられ、言われ続けるものです。シーン・カーン将軍の逸話を知っていますか」

 

「300年前、公国期の将軍ね、当時最強と謳われながら平民の乞食上がりだから乞食将軍と言われたという」

 

「そうです。あのシーン・カーン将軍すら圧倒的戦歴を誇りながら最期まで乞食将軍と呼ばれバカにされ続けました。おそらく私がどう取り繕ってもメイド上がりの称号を捨てることは出来ないでしょう」

 

「なら自分から呼ばれようと?」

 

「そうです。あの戦化粧もそうですが奇抜な二つ名や見た目は無名に勝ります」

 

「やっぱりあの化粧は奇抜だと思っていたの?」

 

「あえてメイドのまま将軍になるのです、メイドだからと油断して負ける敵を考えたら面白くなってくるでしょう?」

 

「本当に性格悪いわねあなた……」

 

 ゼフォルはむしろ開き直ることにした、メイド上がりと馬鹿にするのではなくメイド上がりの名将軍になり、メイドごときに負けたと相手を笑ってやる気だったのである。エスメルから化粧の腕について指摘が上がったがゼフォルは軽く無視した。少しあきれ顔のエスメルだが、話には納得したようでそれ以上は言わなかった。

 

「まぁ考えがあるならいいわ、この状況をひっくりかえすのならあなたは古のシーン・カーン将軍並みの活躍をしなければならないわよ。見た目は整えた所で……行きましょうか」

 

「かしこまりました」

 

 二人は決心を固め、部屋を出ていく。その後をエルシアが続き、三人は領土を守るため……行動を開始した。

 

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