その日もゼフォルは軍議に出席していた。相変わらず最上座にオドールが座り、次席にゼフォルが、そしてたくさんの参謀が席を埋めていく。このような軍議はオドールの思い付きでよく行なわれていた。
大方こうしてご自慢の参謀たちと会議をすることで軍務をこなしたつもりでいるのだろう。
しかしゼフォルから見ても、これだけの高級将校を長時間拘束するのは明らかに時間の無駄だった。
特にゼフォルを会議室に拘束するなど無駄でしかない。自分で言うのもなんだが、できるだけ前線で暴れさせた方がいいはずなのだ。
そのためゼフォルは何かと最前線の威力偵察等の理由で何回も欠席した。だがそのたびにオドールの機嫌が悪くなるので、埋め合わせで結局次は出席するのだが。
「まず、今回ゼフォル将軍がロッソ王国との戦いで受勲することになった、皆も見習って励むように」
オドールにそう言われてとっさに一礼をする。
しかしこの男はなぜわざわざこう大事にするのだろうか、とゼフォルは内心で毒づいた。
オドールがゼフォルを贔屓しているのは東部方面軍首脳部ではもはや公然の物になっている。
ゼフォルからすれば当然の帰結でしかない。この東部方面軍で己に並ぶ実力者など存在しないのだ。ゼフォルを引きたて、戦果を上げさせればさせる程、自動的に上司であるオドールの評価も上がる。
だが面白くないのはもともとオドールの部下だった参謀たちだ。彼らとて軍人を目指した以上、出世や活躍を求めてオドールに仕えたはずだ。其れなのに古参の自分達を差し置いてパッと出で年も若いゼフォルが贔屓されているのは面白くないだろう。
本来ならばこういった派閥争いや人間関係からくる軋轢を総司令官であるオドールが何とするべきなのだが、こうして当人が部下たちの間の亀裂をこじ開けるようなことを平気でやっている。
何を考えているのか、いや何も考えていないのだろう。
頭をあげた後ゼフォルは参謀らの顔を見回す。ゼフォルには嫉妬を、オドールにも不満の色を隠せていない。
上司が上司なら部下も部下だ。彼らは己の不遇がゼフォルとオドールにあると思ってはいるが、ゼフォルには逆立ちしても勝てないと知っているから報いてくれない主人にまでその矛先が向かっていっているのだ。
これだからこんな連中との軍議は嫌いだった。エスメルとヴァン・ウィルベートの櫓の上で行った二人の軍議とは文字通り天と地の差があった。何も実りはなく、汚いどろりとした人間関係だけが表面化されるだけだ。
内心では陰鬱としつつもいつもの鉄面皮でオドールのご高説を聞き流す。ベラベラとよくしゃべる彼は幸せそうだった。
普通に政治方面で民衆に演説するだけなら大した才能だったかもしれない。しかしこと軍事においてはオドールよりゼフォルと参謀たちの方が詳しいのだ。だらだらしゃべられても迷惑なだけだ。
「そして今回ゼフォル将軍は受勲のため、帝都に召喚されている。暫く将軍はこの東部前線から離れるというわけだ」
ようやく建設的な内容に話が戻った。ゼフォルは当然前もって知らされていることだった。
「が、どうにも将軍抜きというのは不満でなぁ……ここを離れる前に意見はあるだろうか?」
「いえ、今王国軍は守勢に入り、この前線は安定しております。皆様方のお力があれば問題はありません」
「おお、そうか!」
さりげなくオドールの参謀らにも軽い世辞くらいは言っておく。
ゼフォルとて好き好んで嫌われたい訳ではない。さらに事前に調べていた情報をゼフォルは開示することにした。
「むしろここよりも他の前線で事が起きるかもしれません」
「ふむぅ?また北方の蛮族どもが騒ぎ出すとかか?」
「いえ、その件はベルズーフ将軍が対処したとのことです。むしろ動きがあるとすれば西部かと」
「ははは!西部こそありえんよ!もしバルグリフ皇子が西部で事を起こすとすればこのオドールに相談しないはずがないのだからな!」
そう笑うオドールを冷ややかな目線でゼフォルは見ていた。もともと鉄面皮なのだからわかりはしないだろう。
オドールから強請った金で、ゼフォルは独自の密偵組織も作っていた。エルシア一人に数段落ちるが、国内の情報くらいなら集めることができる。
報告では明らかにバルグリフ皇子の中央とフェリクス皇子の西部は対立の動きを見せていた。
そして目の前のバルグリフ陣営唯一の西部出身の男がこうも能天気に何も知らない。これはきっと。
「それもそうでした。バルグリフ皇子配下の中でも有数の西部通である閣下が知らないはずありませんでした」
「よいよい、ゼフォル将軍も間違えることがあるだろう」
とりあえず通告はしてやったのだ。後は目の前の総司令官様がその情報をどう対処するかなど知ったことではない。
ゼフォルが珍しいミスをしたと思って茶化すオドールを心底見下しつつ、ゼフォルは新たな動乱に心を躍らせていた。
帝都に出立する準備をしながら、ゼフォルは執務室に人を招いていた、先方から会いたいと事前に連絡があったからだ。許可を出すと何やら不満そうな顔をしたクレッチマー将軍が入室した。
クレッチマーが周りをチラリを見ると、ゼフォルは手を振る。そうするとゼフォルの部屋にいた警備の兵や従者が黙って退室した。
「用とは何でしょうかクレッチマー大佐」
「国内で何かありましたかな、特に西部で」
「オドール閣下が何もないといったではないですか」
内心ニヤニヤしつつゼフォルはそっけなく返す。しかし納得しないようでクレッチマーは黙ってこちらを見ていた。
「ただの受勲なら将軍が5千も率いて帝都に帰る必要はないはずです」
まぁそうなると思いつつゼフォルはあの軍議の中で唯一気が付いた褒美に話してやることにした。いや、他の参謀たちの中にも気が付いた者がいたかもしれないがわざわざ直談判してきたのだから特別にだ。
「貴方はエスメル様の恩人で今では私の部下です。特別に教えましょう。ただしあまり広言しないように」
「ありがとうございます」
「フィリクス皇子との後継者争いが表面化されました、十中八九、私は西部で戦うことになるでしょう」
そう伝えるとクレッチマーは深刻そうな顔になる。意外な反応にゼフォルも疑問に思った。
「どうしました?西部貴族に友人でもいるのですか」
「いえ、そういうわけでは、ただ将軍が長くここを離れるのかと」
「あぁ……なるほどそれは、ふふっ!」
クレッチマーの絞り出した言葉に、ようやくゼフォルは合点がいった。親くらい年の離れた厳つい将軍の悩みについ吹き出してしまった。
オドールとその仲間たちの中に置いてきぼりにされるのを不安がっているのだ、まぁ無理はない、ゼフォルだって嫌だ。
「くく……失礼、まぁ弱小の西部貴族の軍隊と戦うだけです。すぐに決着はつきますとも。主力はバルグリフ皇子の本隊、私の隊はたかが5千、補助的な役割です」
「しかしその間我ら東部方面軍はゼフォル将軍抜きで戦うことを強いられます」
「貴方に私の本隊である1万を持たせたでしょう。それにオドール閣下の5万がいるではないですか」
「小官の能力は将軍には及びません、総司令官がいくら大軍を率いようとやはり将軍がいない東部方面軍は精彩を欠きます」
ほとんどはっきりと言ってしまっているクレッチマーに内心では大いに同意した。
相変わらずいい性格をしている。これでエスメルの補佐をしてくれた恩がなければ嫌っていたかもしれないが、たらればにすぎない。
少なくとも中将であるオドールよりもゼフォルの方を買ってくれているのだ。嫌いになるはずがない。
東部方面軍で間違いなくゼフォルに次ぐ能力と度胸を持っており、邪険にする気は一切なかった。
優秀な人間と接するのは嫌いでない。敵味方や階級関わらずだ。いまだにあの敵将ダリウスの王国への献身と能力はよく覚えている。さすがにゴルガマスは頭をかち割られたので嫌いだったが。
「まぁその心配は佐官として正しいものです。だからこそあなたに1万を任せました。何かあれば貴方が東部方面軍の崩壊を防ぐのですよ」
「承知しました」
「交代要員の増援は来ますし、後方にはあのヴァン・ウィルベートがあります。やりようでどうとでもなりますとも。まぁせいぜい私の名前を出して不要な出撃を押さえることですね。守っていれば間違いはおきません」
そう言うとようやくクレッチマーは感謝しますと頭を下げた。しかしその顔にはまだ不満と心配が隠せていない。
だがゼフォルはこれ以上の助言をしようとは思わなかった。これで相手がエスメルならばもっと面倒をみただろう。
正直この後の東部方面軍の進退など、これから離れるゼフォルにはどうにもできないし、どうでも良かった。
オドールがへまをしてもバルグリフ皇子が力を入れているヴァン・ウィルベートを王国は突破できないし、なんならオドールが戦死して司令官のポストが空けばいいくらいだ。やつさえ死ねば次期司令官はこの自分だ。
目の前のクレッチマーやその麾下の兵は死なすには惜しいが、本当に優秀なら何とか生き残るくらいはできるだろう。
他ならぬゼフォルは10万に包囲されたヴァン・ウィルベートから生き残ったのだから。