ゼフォルは最精鋭の1千を率いて疾走していた。ヴァンダル平原で生産される大量の穀物を帝都に運ぶため整備された街道は非常に広く、石畳でしっかり舗装されておりほぼ最高速での行軍を可能にしていた。
すでに夕日が落ち始めているが、商人や旅人の姿はいまだ多い。それだけ治安が良いということだろう。彼らには悪いが完全武装で駆ける1千の兵力を見て慌てて道を空けていた。
馬を走らせながらゼフォルは頭の中を整理しきれずにいた。帝都にいる西部貴族の軍勢を叩き潰すのは造作もないことだ。帝都守備隊はバルグリフ皇子の派閥のもので固められている。この守備隊は宮城の警護のため安易に動かせるものではないが味方であることは確かだ。
それに対しフィリクス皇子の命令という大義名分があるから手を出せないだけで敵は完全に孤立している。兵数も大した事なく、装備も何とか苦心して帝都に持ち込んだ軽装備、金で雇われたものも多く、兵の質も装備も劣悪というわけだ。
こんな敵は王国軍相手に鍛え上げたゼフォルの最精鋭の相手ではない。ここが東部のだだっ広い平原だったらゼフォルは鼻歌交じりに全滅させていただろう。
しかしここは大人口と建造物が立ち並ぶ帝都なのである。入り組んでいてそんな単純にはいかないし、帝国学院もある。帝国中の貴族の子弟らが集まる学院はクーデターを起こす標的として最適だろう。いまだ西部貴族の子弟だって通っているはずなのだ。
そしてそこを守る指揮官がエスメルなのである。
せめて学生を避難させたのかと聞いたが、ベルズーフは奇襲を確実なものにする為にさせていないと言い、むしろそこの守りはエスメルが守るから心配いらないと来たものだ。
こんな作戦をたてたのは誰だろうか。
ベルズーフは、あの真面目な男はしないだろう。実際この作戦を語るとき少しの嫌悪感を滲み出していたように見えたし、むしろ止めようとするだろう。ならばバルグリフ皇子しかあるまい、皇子は自分の息子を囮にしてまでこの作戦を決行するつもりなのだ。
皇族だというのに、いやだからこそというべきかもしれないが、すさまじい覚悟だ。これまで仕えてきて主君として不足はないと常々思っていたが、改めて心服した。
しかしそれとエスメルのことに関しては別の話だ。こちらとしてはエスメルを危険な目にあわせないように色々と考えて居たのにこれでは台無しである。
「将軍。帝都が見えてきました」
「えぇわかっています」
目の前に目標である帝都が見えてくる。もう日暮れだというのに明るく賑わっている。これからあの地を戦場とするのだ。
バルグリフ皇子とて覚悟をきめたのだ。部下であるゼフォルもそれに続くしかない。それに教え子でもあるエスメルの実力が認められているのは自分の事のように嬉しかった。
そう無理やり納得すると帝都に進撃の命を下した。
「ゼフォル将軍お待ちしておりました。憲兵少佐のアティアと申します」
帝都の門まで行くと待機していた憲兵隊がゼフォルを迎えた。隊の責任者であろう女性指揮官がゼフォルに頭を下げた。
「首尾はどうですか」
「まだ相手に動きはありません」
「随分鈍いですね、まぁ憲兵少佐さんは証拠の収集に励んでくださいね」
今回の作戦で憲兵たちは、帝都で軍を動かすのに正当性を持たせるのと西部貴族のクーデター計画の証拠をつかむため、そして住民の避難の指示をだすため、ゼフォルに同行してもらう手はずになっていた。
どちらにせよよゼフォルの職務はあくまで敵を叩き潰すことだけなので、挨拶もそこそこにするが、アティアが声をかけてきた。
「将軍……今回の作戦は機密性を重視するとのことで住民の本格的な避難は作戦開始時からになります」
「心配なさらず。できるだけ帝都への損害は避けますとも」
わざわざ伝えなくてもいいのに大きく階級が上のゼフォルにわざわざ忠告をするアティアに感心する。歳はゼフォルと同じほどで、この若さでこの階級に居る当たり優秀で、勇気もある。少なくとも足を引っ張ることはなさそうだった。
「門番!あなたの主であるハルクリンド伯には屋敷の中に不当に兵力をため込んでいる嫌疑がかけられている!即刻屋敷の中を改めさせていただきたい!」
そうアティアが大声で屋敷に声をかける。しっかりと憲兵の制服に礼状を携えた法に正しくのっとったものだ。
ハルクリンド伯はフィリクス皇子派の西部貴族でも大きな力を持つものだ。屋敷も広く。たしかにここならそれなりの兵力を蓄えられるだろう。
「憲兵様よ!それはなんかの間違いというものじゃないか!うちの旦那様はフィリクス皇子と仲が良くて皇子の頼みで人を集めてるだけなんだぜ!そもそもあんたみたいな木っ端が何用だよ!もっと偉いやつを連れてこい!」
しかしそれを聞いた門番は笑いながら一蹴する。
本来なら一門番など憲兵少佐に逆らえるはずもない、しかし主人の威光でいい気になっているのだろう。
「ご希望のもっと偉いやつですよ?ほら階級です。」
「はっ軍の将校様がこんな所にいるわけ……」
「令状違反ですね」
正しくまじめに職務を遂行するアティアをこんな品のない輩が小馬鹿にするのが癪に触ったゼフォルは挨拶もそこそこに瞬で門番を真っ二つにする。時間が惜しいのはあるがそもそも今日は機嫌が悪かった。
「し、将軍⁉さすがに早かったのでは⁉」
「初々しいですね少佐、今回はいつものような仕事ではありませんよ。命令違反どころか帝都で大逆を起こすアホどもなのですから」
驚愕するアティアを諭すようにゼフォルは言った。この頃人に物を教えるということをしていなかった。オドール一味など教える気力もわかなかったが、真面目で経験の浅いアティアは教え甲斐がありそうだった。
エスメルが巻き込まれて虫の居所が悪いゼフォルは少し気分転換がしたかった。
「せっかくです。今日は私のもとで実戦講習と行きましょうか」
「そ、それはどういう……」
「ほら頭を下げて」
「キャッ⁉」
ゼフォルは手で指示を出すと、アティアの頭を下げてかがませる。すると一斉に後ろに控えていたゼフォルの東部軍から連れてきた精鋭が弓を放った。
寸分もたがわず矢はハルクリンド伯の屋敷の中に降り注ぎ、一本たりとも敷地外に落ちることはなかった。
それと同時に夜なのにいまだ明るく、笑い声さえ聞こえた屋敷が悲鳴に染まった。
「斧で門を破壊後、50人私に続きなさい、残りは屋敷から人が出ないように囲みなさい」
「御意!」
ハルクリンドの屋敷には今200の兵を連れてきている。そのほかの標的である西部貴族の屋敷が二つあり、そちらにも200ずつ回し、さらに300は逃亡者を防ぐため帝都の主要な街道を塞ぐように配置した。そして最後の100は念の為の警護と言って学院に向かわせた。
ゼフォルは今回率いてきた1千に絶対の自信を持っていた。東部方面で戦い続けたベテラン兵士で固められており、それぞれの集団を率いる下士官一人一人を信頼している。
特に学園に向かわせたイギル大尉はエスメルと面識があるヴァンウィルベートからの古参である。本来なら学園にはゼフォル自身が行きたかったが、流石にそういうわけにはいかない。ゼフォルは今回の敵貴族で最も爵位の高く重要性の高いハルクリンド伯の屋敷を襲撃することになった。
麾下の部隊に指示を出すと配下の何人かが門番の居なくなった門に持ってきた大斧を振り下ろす。
所詮は安全な王都に建てられた屋敷だ。屈強な兵士の振るう大斧でみるみるうちに壊されていく。そしてとどめにゼフォルの回し蹴りで完全に破壊された。ゼフォルの兵士は気にしなかったがアティアら憲兵達は唖然としている。
「くそぉ……いてぇ……」
「誰だこんな夜に矢を射ったバカは!」
「おい誰か来てるぞ!」
門が開かれると、屋敷の広い庭でごろつきの連中が大騒ぎしていた。散乱した料理や酒、パーティーでも開いていたのだろうか、オドールといい西部貴族はよほどパーティーが好きなのだろうかとゼフォルは疑問に思った。
「全軍攻撃開始」
そうゼフォルが命令すると兵らは一気に突貫していく。すべてゼフォルが東部で鍛え上げた精鋭だ。難なくハルクリンド伯の雑兵を討ち取っていった。
「す、すごい……」
「感心している場合じゃないでしょう。ほら証拠を見つけますよ。無かったら私が犯罪者になっちゃいます」
「わ、わかりました!」
そう言って屋敷の本邸にアティアと共に駆ける。途中で「ここが怪しいです!」と自信満々に言うので、護衛の兵士を10人ほどつけて捜索させる。餅は餅屋というわけだ。
そしてゼフォルはハルクリンド伯を捜索することにした。
屋敷を駆けまわり主人の間に到着するがハルクリンド伯はいない。しかし経験を頼りに見回すと明らかに違和感のある石像があった。
石造の頭を押すとひとりでに回転しその後ろに隠し道が出現した。ゼフォルはあのヴァン・ウィルベートの隠し道に隠し部屋をほとんど制覇したのだ。こんな陳腐で安っぽい隠し道はすぐに分かった。
「ほら行きますよ」
突然現れた隠し通路に驚愕している兵を率いて先に進むと案の定重たそうに大荷物を抱えた一団がいた。先手必勝とばかりに投げナイフを投擲し、一番後ろを走っていた護衛と思われる男の足に突き刺さった。
「ぎゃぁぁぁ⁉」
そう汚い悲鳴が響き、一団が後ろを振り返むく時にはゼフォルの曲剣の射程にとらえていた。
財産か、機密資料か知らないが、護衛の兵まで両手いっぱいに荷物を抱えていた。こいつらは阿呆なのだろうかと呆れつつ、無力化し最も身なりのいい男の目の前に曲剣を突き付けた。
「失礼?あなたがハルクリンド伯ですか?」
「き、貴様⁉何者だ!なぜわしに剣を向けている!無礼だろう⁉」
西部貴族らしい恰幅のいい体を悪趣味なくらい豪華な服をまとった男が叫ぶがゼフォルは意にも返さなかった。
「これは失礼しました。私帝国軍で少将に任じられておりますゼフォル・オデュッセルと申します。軍務でハルクリンド伯に伺いたいことがあり参りました」
「き、貴様がバルグリフの⁉わしはフィリクス皇子の信任厚き正当な貴族だぞ即刻無礼をやめよ!」
目の前に刃があるというのにこうも啖呵を切るハルクリンド伯に少しゼフォルは関心する。
しかしそれは無知ゆえであろう。これまで金と権力でしか戦ったことがないから目の前の刃の鋭さに気が付かないし、おのれには当たらぬと考えて居るのだろう。西部貴族が能天気なのはこの国共通なのだろうかと、自分の総司令官の顔を思い出す。あの男にもイラつくことは多かったが上司なので手は出せなかった。だが目の前のこの男はそうでない。
「これは失礼しました」
「はぁ⁉そ、そうか!分かったなら……ぎゅごおぉぉ⁉」
わざとらしくゼフォルが一礼し剣を収める。すると本当に何もされないと思ったのかハルクリンド伯が誇るように笑みを浮かべるが、次の瞬間ゼフォルの鉄拳がさく裂した。
「き、きしゃま……ぎゅごっ!」
「すみません伯、今回は協力を得られぬようなら多少の乱暴は許すといわれています」
血反吐を吐いて転倒したハルクリンド伯をそのまま足で蹴りぬいた。
この男の蛮行でどれだけの人々が迷惑を被っただろう。まさか帝都で事を起こすなど、乱心しているとしか思えない。こいつも主人のフィリクス皇子もだ。いくら憲兵が避難指示をしているとしても帝都の損害はゼロにできないだろう。
と、正義ぶったことを考えるがそれとは別に喜びもあった。典型的な上級お貴族様を階級と肉体で上回り任務という正当性をもって殴れるのである。軍を率いて敵を叩き潰すのは最高だが、これはこれで違った征服感があった。
すでにゼフォルの配下の兵はハルクリンド伯の護衛を制圧している。金で雇われていただけの弱卒と東で戦い抜いた精鋭がぶつかれば必定である。
「ゼフォル将軍!ありましたよ証拠がいくらでも!ってうわ⁉誰ですかこれ!もしかしてハルクリンド伯ですか⁉」
「ご苦労ですアティア憲兵少佐、これは抵抗したのでやむなくです」
「そ、そうですか、まぁ死んでないなら大丈夫です」
意外にもボロボロのハルクリンド伯に順応したアティアにゼフォルは少し彼女の評価を上げた。真面目そうだが意外に図太い性格をしている。
「私は他の隊の様子を見に行きます。少し兵は残していくのであとは任せましたよ」
「了解しました!」
そう元気よくアティアが敬礼する。彼女は伸びるだろう。能力も優秀だし目上に好かれる性格をしているとゼフォルは思った。
帝都の街道は大混乱だった。住民の避難は進んでいるが完璧ではなく、まだ道によっては人でごった返している。ここで経歴に傷がついても嫌なのでゼフォルは避難指示に兵力を割き、方々に散らした部隊の報告を聞いていた。
作戦自体は順調だった。案の定戦争を知らない西部貴族の兵は弱く、ゼフォルの居ない場所でも経験豊富な下士官たちの指揮で圧倒しつつあった。
西部貴族の屋敷は災害にでもあったように半壊し、大勢の西部貴族の私兵の死体と負傷者であふれ、貴族と役人は縄でまとめて締め上げられ連行されていた。
こんなものは既定路線でゼフォルの関心は学園にあった。万が一にでもエスメルの身に何かあったなら、その時点でゼフォルの負けだ。そう思っていつもの双眼鏡で学院を覗くが恐ろしく静まり返っている。それが逆に心配でもあった。
すこし焦りながら部隊の指揮をしていると学園に派遣したイギル大尉が帰ってきた。
「イギル大尉、学院で何かありましたか」
「そんな怖い顔をしないでくださいよ将軍、むしろ何もなかったですよ」
「何も……というと?」
「ウィルベートのお嬢……じゃなくて少佐が攻め込んだ刺客を全員捕縛してまして、それに学生や兵士を率いてまるで学院を要塞のように固めるもんだから、ゼフォル将軍のところに戻って頂戴と振られてしまいました」
そう言われてゼフォルは慌ててもう一度学院を見た。何度見ても襲撃などなかったかのように静まり返っている。
次にゼフォル自身で作った地獄である帝都を見る。相変わらず怪我人と兵士であふれかえり、大喧騒に包まれている。敷地の広さ、敵の多さ、条件は全く五分ではないが、それでもエスメルに負けた気がした。