帝都での動乱は日が上るとともに収束しつつあった。帝都警備隊や警察組織なども出動し始め、救出活動や戦いの後の後片付けが進みつつある。ゼフォルも自身の兵の指揮を執っていると、帝城から使者が訪れていた。
「失礼します!バルグリフ皇子がゼフォル将軍に参内するように仰せです」
「すぐに向かうと伝えなさい」
副官や参謀らに後のことを任せるよう指示を出すと、陣地で最低限の身なりを整え、数人の護衛とともに帝城へ向かった。
帝城に着くと多くの兵士が警戒態勢をとっており、すでに武官文官問わず多くの家臣たちが忙しなく活動していた。
兵の一人に案内されると大会議室まで通される。
少将の位に就くゼフォルは何度も来たことがあるが大国である帝国の中枢部を司るだけあってとても広い。しかし今の主であるバルグリフ皇子の趣味を反映してか、以前来た時に比べるとギラギラと過剰すぎる装飾は外され少し落ち着いたものに変わっていた。
すでに名のある家臣たちが並んでおり、あのベルズーフの姿も見える。国境の守りで動かせない将軍も居るが、この後起こるであろう西部諸侯討伐の本気度がうかがえた。
この家臣らもゼフォルには見慣れたものだ。少将としてバルグリフ皇子のもとで働き続けたゼフォルもこの中の幹部のひとりといってもいい。そんな見慣れた有力家臣よりゼフォルの視線はある一点に釘付けになっていた。
神秘さすら感じる流麗な銀の長髪に紫の水晶のような瞳、かつての幼さは鳴りを潜め大人の階段を上りつつある美貌、座わっていてもわかるスラリとした体を包む漆黒の鎧はかつてと違い彼女が着て当然という威風を放っている。
列席者の中にはかつてのゼフォルの主であるエスメル・ウィルベートが座っていた。
帝都に行けば会えるだろうと思っていたがまさかこの場で出会えるとは思わなかった。
「将軍、こちらです」
思わずエスメルばかりを見つめていると衛兵に着席を促され、我に返る。
この場の軍人で明確にゼフォルより階級が高いのは中将であるベルズーフしか存在せず、武官以外にも文官肌の高官もいるとは言えこの場でゼフォルは相当に高い地位である。
そのため着席するときは主君であるバルグリフ皇子が座る最上座に近かった。多くの高位貴族や目上を差し置いてそこに座るのはひそかな自慢ですらあったが、いまはその場所に喜びを感じない。
臨時少佐であり、新参者であるエスメルが最も末席に座っているため、遠いのだ。
個人的にはベルズーフの隣ではなくエスメルの隣に座りたかった。
そのエスメルも明らかに好奇の視線を向けられている。新顔であるのと本来少佐の階級ではこの会議に参加できないはずだからだろう。中にはその美貌に見とれているものさえいた。そういった視線を向ける連中にゼフォルは殺意すら沸いた。
自分はこうも嫉妬深かっただろうか。
「バルグリフ殿下ご到着です!」
その言葉とともにバルグリフ皇子が大会議室に入室するとゼフォルを含め座っていた家臣らが起立し、最敬礼をささげた。そして皇子が着席し、手を振ると一斉に着席した。
「皆、遠方から遥々ご苦労だった。本来なら戦線で戦う諸君らを労う予定だったが、そうもいかなくなってしまった。まさか我が兄フィリクスがこうも実力行使を訴えてくるとは……特に帝都で兵を率いさせてしまったゼフォル将軍には感謝もしきれない」
「臣下として当然のことをしたまでです」
頭を下げながら、皇子のお褒めの言葉にさすがの役者ぶりだとゼフォルは内心で思っていた。とてもではないが自らの子供すら囮にした男の言葉と態度とは思えない。
終わってみればすべての動きが完璧だ。西部貴族の帝都クーデターは完璧に失敗し、受勲式の名目で帝都には即動かせる将兵がそろっている。だがこれくらいのことをできないと今の帝国をまとめることはできないだろうとある種の安心感すら感じていた。
「さて、皆には紹介しなければならないものがいる。すでにわかっていると思うが、今回の戦いで帝国学院を守り抜いたエスメル・ウィルべート公爵だ。階級は少佐になる」
「この度会議の末席を汚すことになりました。エスメルです。よろしくお願いいたします」
そうバルグリフ皇子がエスメルを紹介すると、完璧な所作でエスメルは起立し頭を下げた。どうやら礼儀作法の成績も高評価なのは真実のようだった。エルシアが付いているからかもしれない。
エスメルの自己紹介が終わるとともに早速フィリクス皇子と西部貴族との戦いに関する会議が始まった。
ゼフォル率いる東部方面軍から5千、ベルズーフの北部方面軍から2万5千、南部方面軍で古くからバルグリフに仕えるグローメル少将の1万、そしてバルグリフ皇子が帝都で編成していた中央軍が3万と合計で7万になる。その数は2年前のヴァンダル高原での帝国軍に匹敵した。
しかもこれは国境に必要十分な防衛戦力を残した上で集結させた兵力だ。
東部方面軍こそ最も大きい敵である王国に隣接するため5千しか動かせなかったが、北部方面軍は最近異民族を大いに叩きのめして安定しているため、戦力の半分と司令官であるベルズーフが直々に参戦していた。
南部本面軍は元が危険度の低い地域であるためそもそも3万程度しか配置されていなかったが、それでも三分の一の戦力が参加している。
もうバルグリフ皇子に血を分けた兄弟に対する情けは無いのだろう。中央軍3万は訓練されたばかりでその実力は高くないだろうが、他の三方から集められた4万は実戦と訓練を十分に積んだ兵士で西部貴族の軍勢など十分に捻り潰せるだろう。
「7万だ。諸君。我々は帝国西部の征伐に十分な兵力を揃えた。そして帝都で騒ぎを起こした彼らに大義名分もない、このまま進めば勝てると思うが何か意見のあるものは?」
「速攻を仕掛けるべきです殿下、私は昨晩奴らの屋敷を襲撃しましたが、とてもではありませんが直ぐに事を起こせる様子ではありませんでした。今回の騒ぎは彼らにとっても寝耳に水なのです。私とベルズーフ中将の経験を積んだ方面軍が速攻をかければたちまち瓦解する筈です」
正直ゼフォルにとってこの戦いは味方が多い上に強く。敵は少なくて弱いというどれだけ功績を稼げるかの戦いだ。
敵はむしろ西部貴族ではなく、この場にいる味方なのだ。
出来ればゼフォルとて麾下の1万5千の全力出動でこの場に参陣したかった。全軍が来ていればベルズーフの手を借りずともゼフォルだけで戦略的にはともかく戦術面で散々に撃ち破るのは可能だろう。
「ゼフォル将軍のその献策は頼もしい。しかし貴官は帝都で手柄を立てたばかりだ。他のものにも聞いてみたい、エスメル少佐、この場で最も若い君ならどう思う?」
「確かに……高名なゼフォル将軍とベルズーフ将軍ならば立ち所に西部貴族の軍勢など撃破できるでしょう。しかし今回は国内での戦いです。荒れ果てるのは帝国の領土であり、暮らしている民に罪はありません。悪戯に戦うのではなく、ここは7万の大軍を前面に押し出し、堂々と進軍するべきです」
振られたエスメルは場にいる面々に臆することなく言葉を続けた。
「今回帝都の戦いで西部貴族の権威は失墜し、何より多くの子弟達を捕えました。彼らを人質にして7万の大軍で進軍すれば、それだけで西部貴族たちのほとんどは降伏を選ぶでしょう。そして焦ったフィリクス皇子は勢いを回復するため我らに決戦を挑むしかありません。これに勝てばこの不毛な内戦は終わるでしょう」
基本的に敵がいるならば叩き潰したいゼフォルから見ても、納得のいく論理だった。
ゼフォルだけでなく、その他の将軍も、内政畑の高官からも感心の声が上がった。民の損害にまで気を駆けているのが評価されたのだろう。
だがゼフォルの内心は複雑だった。ゼフォルの進言が踏み台にされたのは別に良い、こういった会議ではゼフォルがまず過激な事を言い、ベルズーフあたりがそれに反論して修正を加えられていくというのがよくあって、それだけでもゼフォルの積極性は正銘されるからだ。
エスメルがこの大舞台で発言をすることは喜ぶべきことだ。少なくとも2年前のゼフォルなら自分のことのように喜んでエルシアに美味しいものでも強請っていただろう。
だが今はエスメルのこの成長が、才能に焦りを覚えた。
今はまだ一少佐に過ぎないが、この調子ならばゼフォルの少将に並ぶのもそう遠いことではないかもしれない、いやそもそもこうも才能を認められて前線に出陣すれば万が一と言うのもあり得る。
「さすが、学院一の麒麟児と言われるだけある。何か意見のあるものはあるだろうか?」
「大方針はそれでよろしいかと」
意見を求めるバルグリフ皇子に、宿将のベルズーフも賛成の意見を取る。すると続々と他の臣下達もそれに続いた。
「うむ。では大枠はそれで行こう。エスメル少佐のように新たな才能が生まれつつある事を私は嬉しく思う。そこでだ。今回は中央で募った3万、これはまだ経験の浅い軍勢だが、ベルズーフ将軍に預けて前線に出したい。ゼフォル、グローメルの両将軍は私とともに後軍とする」
『御意』
バルグリフ皇子の決定に三人の将軍が是と返した。ゼフォルから見ても戦術的に妥当だった。
今回の戦いはあくまで敵国ではなく、国内の内戦なのだ。将官クラスでもなければ捕虜になっても同じ国民であり粗末に扱われることはほとんどない。それに西部貴族の弱小軍隊など新たな軍に経験を積ませるのにちょうどいいだろう。
ベルズーフは歴戦の指揮官で経験の浅い将兵を軍に組み込んでも良い指揮をするだろうし、教官役としてはもってこいだ。そして残ったゼフォルとグローメルでバルグリフ皇子の周りを固め万一の事態を防ぐ。完璧な布陣だ。
しかし納得できないのは、この布陣ではゼフォルは功績をたてられないことである。皇子の周りの守備は重要で名誉あることであるが、今すぐにでも次の中将の位とそれに伴う兵力と権限が欲しかった。そうでなければ。
チラリと末席に座るエスメルを見る。ゼフォルは前線に出られないが、ベルズーフとエスメルは最前線だ。この二人は西部貴族など難なく蹴散らすだろう。その時間違いなく功績をたてるのは目の前の可愛らしい麒麟児だとゼフォルはどこかで確信していた。