ついにフィリクス皇子と西部貴族の一派を討伐するため討伐軍が帝都を出立した。総大将にバルグリフ皇子本人がつき、全軍の副将に宿将であるベルズーフ中将、その下にも名のある帝国の将官たちが揃った7万である。
間違いなく帝国最強の軍勢であり、このまま隣の仇敵ロッソ王国に攻め込めんでも戦える戦力だ。
事実この軍勢の威力は凄まじいものだった。進軍路のフィリクス皇子派閥の貴族のほとんどが降伏を選び、こぞって協力を始めた。
この最強の軍勢は無人の野原をかけるように帝国西部を進軍していた。そのおかげで民の損害もほとんどなかった。
軍勢の後軍に配置されたゼフォルは退屈でしょうがなかった。与えられた役目はバルグリフ皇子の本陣を守る重要な事だとは理解している。
こうも張り合いもなく、戦功も上げられないと、いっそ帝国東部に戻してほしいくらいだった。流石に総大将の守りを預かる身として油断するつもりはないがやることといえばもっぱらいつもの双眼鏡を使って前線を眺めることであった。
「退屈そうですなゼフォル将軍」
「グローメル将軍」
そう眺めているとゼフォルと同じ階級を持つ男が話しかけてきた。
ゼフォルと共に後軍を任されていた南部方面軍のグローメル少将である。彼もまたあのヴァンダル高原で戦った古参の将軍である。
バルグリフ麾下の将軍の中でも見るからに屈強な偉丈夫のベルズーフや、恰幅の良いオドール、そして紅一点で美人だと自負するゼフォルと比べれば中肉中背であまり印象に残る見た目ではない。
しかし兵を指揮させれば堅実に指揮し何より調整力に優れている。何かと不安定な南部小国家群との国境の安定を期待されて配置された将軍である。
「いえそのようなことは、皇子の近衛を預かっているのですから」
「まぁそう言わずに、功績を上げられないのは事実でお互い様ではないですか、非才の我が身とは違って、ゼフォル将軍にとってはご不満でしょう」
明らかな世辞だが悪い気はしなかった。
基本的にバルグリフ配下の将軍たちの仲は悪くない、例外といえばトップ争いをしているベルズーフとオドールくらいで、功績を奪い合う仲ではあるが、やはり2年前帝国最大の危機を救った戦友同士という意識があるからだ。
そういった事を込みでも目の前のグローメル将軍は少し輪から離れた存在だった。
兵を率いて戦えば間違いなくゼフォルが勝つだろう。10回やれば10回勝つ自信がある。
しかしその人間力とも言うべきだろうか、基本的に同僚といざこざは起こさないし、嫌っている人物を見たことはない。流石は調整力を買われて南部に配置されただけはある。この能力だけはゼフォルは絶対に勝てる気はしなかった。
ゼフォルも少将になりたての時、なにかと気に掛けてくれた。
少なくとも無神経のくせに金でゴリ押しして無理やりまとめてくるオドールとは全く違った人種だ。
「今の私はそう見えますか。不満がないといえば嘘になります。久々の大軍での出撃だというのに後方待機は気が滅入ります。」
「そうでしょうなぁ、しかしゼフォル将軍はすでに帝都で大手柄を立てているではないですか。ここは未来ある後輩たちに譲るのも組織にとっては重要です」
そう言ってグローメルは前線を指差す。
その先には珍しく抵抗してきた西部貴族の布陣が蹂躙されている様があった。
彼らは5千ほどの軍勢で街道に陣取るように構えていた。
ここで下手に外敵のいない帝国西部特有の城壁の低い都市に籠って抵抗せず、狭い街道に陣取って守るあたり兵法のへの字くらい知っているのだろうが、それだけだ。
どう考えても勝ち目なんて戦はせず、ゼフォルなら本隊へと合流するかゲリラ戦を挑んでいただろう。
「流石、ゼフォル将軍のお弟子ですな、惚れ惚れする速攻ぶりです」
「私のもとを離れてから学院主席になったのですよ、私が教えたことなど大したことではありません」
そしてその5千を蹂躙しているのはエスメルが率いる3千だった。
最前線で黒い鎧に煌めく銀髪をたなびかせ、何より身の丈より大きい大斧、かつてのゴルガマスの獲物をふるって大暴れしていた。
身長が伸びて力も増して、しっくりくる武器がこれだったとは聞いていたが本当だったらしい。ゴルガマスの家紋にバツ印を削り刻んだ大斧をエスメルが振るえば、元の所持者と同じように5,6人の兵士が真っ二つになる。
恐ろしいのはさらにそこから得意の魔法弾を放つのである。今まさに放たれた魔法弾は二年前よりはるかに威力をあげており、一撃で敵の一団を吹き飛ばしていた。
そのまま麾下の3千を難なく手足のように率い、崩れた一角を押し広げる。武勇も統率も戦術眼も一流といって差し支えなかった。
公爵令嬢が戦場で活躍する。言葉だけなら御伽噺だが、黒い鎧に無骨な大斧、銀の髪をたなびかせて敵を食い破っていく姿はまさに神話に出てくる終末の騎士のようだった。悔しいが今のゼフォルでも一騎打ちで必ず勝てると断言しがたい。
帝国軍の若手の筆頭としてエスメルは最前線で戦い続け、すでに何人もの貴族や指揮官を葬っている。この調子なら中佐へ出世するのもすぐだろう。
決して表に出さないがゼフォルは焦りを深めていた。
「私たちはともかく、ベルズーフ閣下は功績をまたお立てになるでしょうね」
「まぁそこはしょうがないでしょう。いくら西部貴族の連中が弱いとはいえ、万一を考えれば皇子もベルズーフ閣下にお任せしたかったのでしょう」
「ベルズーフ閣下はすでに2万以上を持っているではないですか、私は5千だというのに」
吐き捨てるように言うゼフォルをグローメルがたしなめる。
いまだ大将の位は空位だが、間違いなくベルズーフが座るだろう。そのために今回西部貴族の討伐の主力として功績を渡したいのだ。だから今回ベルズーフが前線を任されている。
それ自体はいい、能力もあるし皇子からの信任も厚い彼が大将に座るのは既定路線だろう。
だがそれでゼフォル自身が功績をあげられないというのは話が別だった。
若手の教育をしたいなら最初から2万5千の兵がいるベルズーフではなく5千しか率いていないゼフォルに1万でも渡してくれればよかったのだ。そうすれば絶対にエスメルをもらって、自分の見える範囲で守ることができたのだ。
だがもう終わったことだ。明らかな愚痴に付き合わせていることに気が付いたゼフォルは失礼とグローメルに一礼し、頭を切り替えようとした。
そう簡単に気持ちというものは切り替わらないのか黒い感情があふれてくる。グローメルにも自分にも言い訳をしていたが結局のところゼフォルはエスメルを他人に取られたことが気に入らなかった。
快進撃を続けた西部討伐軍だがついに有力な敵と接敵しつつあった。ようやくといってもいい。
すでに10以上の貴族の領土を降伏させ制圧してきたが、目の前に西部貴族の主力と思われる大軍が姿を現していた。その数なんと7万ほどでとこちらと互角の数を揃えていた。さらに旗印の中にフィリクス皇子の旗もある。
帝国のほとんどを押さえているバルグリフ皇子に対し西部だけでこれだけの大軍を用意していたのである。
思わぬ大軍の出現に歴戦ぞろいのバルグリフ皇子の陣営もさすがに慌ただしかった。
しかしグローメルと一緒に前線の様子を観察していたゼフォルは全く焦っていなかった。隣のグローメルは少し動揺しているようだったが。
「し、将軍すさまじい大軍ですなぁ、まさかフィリクス皇子があんな大軍を用意するとは」
そう弱気な発現をするグローメルにゼフォルは苦笑した。
「恐れる必要はありませんよ、あの大軍も追い詰められているからこそです」
「そ、そうなのですか」
「下手に軍を分ければ降伏に裏切りが頻出して、彼らはどんどん数が減っていきます。一つに固まらざるを得なかったのですよ」
ゼフォルの見たところ敵は決してこの戦いを望んだわけではない。
接敵すれば味方が降伏していく現状を何とかするため何でもいいいから勝たなければ統率を維持できなくなったのだ。
それでも一戦交えるならば方法はいくつでもあるが、ここでも士気の低さが災いした。本来なら地の利を生かして軍を分け効率よく迎撃準備をするのが定石だが、下手に軍を分けて迎え撃とうとすれば脱走してしまう位に士気が低いのだ。
そのため西部貴族は固まって歴戦揃いのバルグリフ皇子の軍に平原で大決戦を挑む羽目になったのだ。
「それに見てくださいあの雑多な軍勢を、あんなのにベルズーフ閣下が負けるはずないでしょう」
フィリクス皇子の軍隊はゼフォルから見て論外の一言に尽きた。そもそも帝国西部の常備兵は2万といわれている。帝国北部の5万、東部の6万5千、南部の3万と見比べれば最も少ない、これは海に面して外敵がいないのだから当たり前であった。
では残りの5万はどこから来たのか、簡単な話である。金だけはいくらでもあるので西部貴族は自分の私兵をかき集め、傭兵に海賊をわざわざ雇い。農民を無理やり徴兵したのだ。
この数を揃える資金力はすさまじいがその代償は大きい。双眼鏡で見える範囲でもわかってしまう。
金に物を言わせてそろえたであろう貴族の私兵と思わしき重装歩兵が整列するその隣でまるで破落戸のような一団が並んでいたり、身なりの良い騎兵の周りを粗末な歩兵が固めていたりするのである。
別に傭兵や民兵だって使えないとは言わないが、こうも各兵科をごっちゃにして利点を殺しあっているだけでしかない。
全体から見た布陣もそうだ。
一応は進軍してくるバルグリフ皇子を迎撃するために鶴翼の陣形を敷いているつもりなのであろうが、その布陣はどこかガタガタしていてみっともない。ヴァンダル高原の時の帝国軍に比べれば雲泥の差である。
訳は単純で総大将バルグリフ皇子から副将のベルズーフ中将、そしてその下にゼフォルとグローメルの二人の少将と階級に従ってしっかり一本化されている指揮系統を持っているこちらと、やれ伯爵だ侯爵だとそれぞれ独立した命令権を持つ貴族連合軍の違いから来ていた。おおまかな布陣くらいは決めているがそれ以上はその場の判断なのである。
「帝国の悪しき風習の残り香のような軍隊ですよ。私も二年前東部貴族の軍勢を率いましたが、指揮系統の一本化や士気と練度の維持には苦労しました。あれは数だけでそれらの欠点を補完しきっているとは言い難い」
ゼフォルが東部諸侯を率いた時は、そもそも1万ちょっとと数が少なかったのもあるが、雑多な寄せ集めなら寄せ集めなりに絶対無二の独裁者が率いればなんとかまわるのだ。
東部諸侯軍ではそれがゼフォルだった。しかし見たところそう言った人間は西部貴族にはいないだろう。聞いたところ皆金稼ぎばかりに精を出している連中と聞くし、フィリクス皇子も逃げ出した風評的にそんな軍才もカリスマもないだろう
「流石、ゼフォル将軍です。勉強になりました」
「じゃあ私のお願いも聞いてくれますか」
そうゼフォルはその整った顔をずいとグローメルに近づけた。
「な、なんでしょうか?」
「次の会議で私は前線に出すようにお願いするので、援護をお願いします」
「ま、まぁ言うだけなら……」
グローメルは愛想笑いを浮かべるが、明らかに厄介ごとに巻き込まれた感が隠せていない、こんな美人に迫られているのに失礼な奴だとゼフォルは思った。