メイド、勤務先の大敗北で将軍になる   作:メカバレ

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西部決戦

 グローメルを味方につけ会議に臨んだゼフォルだが、結局その願いはかなわず、変わらずベルズーフが前線を監督し、ゼフォルはグローメルと仲良く後軍を固めることになった。

 両軍7万を超える大軍同士の決戦など、二年前のヴァンダル高原以来だ。ゼフォルは勝利自体は全く心配していなかった。ただ心配は最前線に布陣したエスメルだけであった。

 功名心が高いと自負しているゼフォルにとって最前線は望むところだが、そこにエスメルが布陣するのは心配にならざるを得ない。自分が後方なのだからなおさらであった。

 そうこうしていると両軍の先鋒が動き出し決戦の口火が切られた。

 味方の先鋒の中にはエスメルの部隊が見える。それどころかまさに最前線を駆けていた。

 小高い丘に5千でゼフォルは布陣したため戦場がよく見える。

 確かに数こそ互角だが、事前の予想通り敵の動きはぎこちなかった。エスメル率いる3千にぶつかった敵は一瞬で粉砕され助けようとした援軍もいいように翻弄されている。

 そこで味方も動き出し、エスメルの部隊を狙う一団をあっという間に粉砕した。

 あのベルズーフが率いているだけある。

 バルグリフ皇子の将校は優秀なものが多い。グローメルには調整力が、オドールには財力がと特化した分野はあるも、あくまで将軍としてはゼフォルに劣っている。

 しかしそんな中でベルズーフだけは明確に軍才でゼフォルに並ぶか凌駕しており、上官ではあるが完全にライバル視していた。

 そんなゼフォルも認めざるを得ないベルズーフが全軍を取り仕切り、エスメルが前線を張っているのだ。平和ボケした西部貴族ごときが、フィリクスなどという皇族の臆病者が勝てるとは思っていなかった。

 そんなある種余裕があったからだろう。ゼフォルの中に暗い炎が宿っていた。

 今のベルズーフは自分に持ちえないものをすべて持っている。

 中将の位と兵力。そして何よりエスメルとともに戦うのはゼフォルであってベルズーフではないのだ。お嬢様の隣にいるのが私じゃないなど。

 

「嗚呼、ちょっと昂ってしまいました」

 

 そんな内心をぶちまけるように近くの手ごろな岩を真っ二つにする。突然の凶行に周りの兵士はギョッとするがゼフォルは気にしなかった。

 岩を切っても心の炎は全く消えはしない、せめて敵がここまで来てくれれば発散できるが、その望みも薄いだろう。

 ここまで来るにはエスメルの部隊を抜けてベルズーフを抜かなければいけないのだからだ。

 それにしても退屈な戦いだった。お互いが前衛を出し合って、フィリクス皇子側が一方的に撃破されて慌てて援軍を送っては粉砕されるの繰り返しで、こちらが優勢とはいえ消耗戦を繰り返しているだけだ。

 ベルズーフに限ってそんなことはないだろうが、このままの展開をゼフォルは許容できない。ずっと最前線で戦っているエスメルの負担が大きいからだ。いくら敵が弱くてもエスメルとて人間、万一もありうる。

 

「バルグリフ殿下に私を後詰めとして出陣させるよう伝令を」

 

「承知しました!」

 

 そう言って自ら動こうと指示を出すが先手を打つように伝令がゼフォルのもとに駆け込んできた。

 

「急報です!敵方のジュダス伯が裏切ったとのこと!」

 

「報告!ベアド男爵が裏切りました!こちらに付くとのことです!」

 

「報告します!アルドリチ侯爵がこちらに寝返りました!」

 

 立て続けに行われた敵軍の寝返りの報告に、ゼフォルは目を丸くし、前線を見渡す。

 敵軍の鶴翼に広がっていた陣形の左翼が動き出している。

 しかしそれらはこちらに向かってくるのではなく隣にいたフィリクス皇子の布陣する中央めがけて動いていた。

 これを狙っていたのか。ゼフォルはバルグリフ皇子のいる本陣と、ベルズーフの陣を睨んだ。

 誰も見てないとはいえ、上官と主君にする行為ではない。

 秘密裏に計画を進めていた2人と何より気が付かなかった自分にゼフォルは怒りを抱いた。

 戦いが始まる前から2人は裏工作で裏切り者を作っていたのだろう。バルグリフ皇子の密偵組織はさぞ優秀なのだから。それににフィリクス皇子の陣営などもう泥船だ。ゆする材料にも事欠かないだろう。

 会議でグローメルを巻き込んでまで前線に出ようとした自分が滑稽に見える。この有様なら確かにゼフォルの軍など不要だ。

 

 

 フィリクス皇子の本隊は左翼に裏切られ、一斉攻撃に出たベルズーフの軍に右翼を破壊され、もはや半ば包囲されつつあった。

 崩壊する軍勢を前にゼフォルは何とか怒りを飲み込み、双眼鏡でエスメルの部隊の安否を確認した。ゼフォル自身も反省点はあるがほとんど損害を出さずに勝てたのである。今は喜んでおくことにした。

 

「は?」

 

 とりあえず一息つこうとしたゼフォルだが目の前に2千ほどの軍勢が近づいてきた。

 

「っつ⁉総員戦闘準備」

 

 かなり慌てて麾下の5千に命を下した。その部隊の旗印は見たこともないし、なにより異様に殺気立っていた。

 まさかあのベルズーフが抜かれたのか、前線に何かあったのかと確認するが相変わらず味方はフィリクス皇子の本陣を攻め立てている。しかしベルズーフの布陣の一角、若手に任せていたはずの陣が一部崩れていた。

 

「敵はベルズーフ閣下の陣を抜いてきました!ここで絶対に止めます!槍衾を張って、後ろに弓兵を並べなさい!それとグローメル少将にすぐ連絡を!」

 

 そう一通り指示を出し終わるとゼフォルは敵を見据える。何はともあれ、功績が向こうから来たのである。ベルズーフの陣形を抜いたのは見事だが、相応に消耗をしているはずだ。

 槍衾で敵を待ち構えたが、敵軍はその進路を変え、ゼフォルの陣をかすめるように方角を変えた。

 

「弓隊射ちなさい!」

 

 槍衾が機能しないのを確信したゼフォルは弓を放たせる。敵が大きく動いたことで命中は少なかった。

 理解不能な動きにゼフォルは冷や汗をかいた。ゼフォルを抜かなければ、バルグリフ皇子の陣には向かえない。逆転の目は潰えるのだ。

 

「どこへ行くのですかあれは⁉グローメル将軍は?」

 

「皇子の周りを固めております」

 

「追撃をします。準備してください」

 

「はっ!」

 

 何はともあれ、このまま見逃す手はない。グローメルだって平均以上の将軍ではあるし、1万の兵を持っているのだ。本陣の守りは盤石だ。何よりこのまま目の前を素通りされてはメンツに関わる。

 ゼフォル自身も馬に乗り、陣の留守に1千残して追撃を開始した。

 

 

 

 追撃を開始したゼフォルの軍はひとまず謎の2千を一方的に追い回していた。練度は相当なものだがかなり消耗しているらしく、追いついかれたものから続々と討ち取っていく。

 

「エインヘリル家の意地を見せろ!」

 

 西部の貴族などほとんど知らないゼフォルにはエインヘリル家など聞いたこともない。しかしよほど高名な武門の一族なのか、殿と思わしき一隊は道にしっかりと人で防御陣を敷き、ぎりぎりまで弓を放ち接近されれば死ぬまで槍を振るう、そんな兵達だった。

 それでも武芸に長けるゼフォルの敵ではない、だが麾下の兵にとってはそうではない、すでに勝ち戦の追撃戦なのにゼフォルの兵に被害が出ていた。

 その事実にイラつきながら曲剣を振るうが、その一撃が止められた。

 

「あなたが指揮官ですか?」

 

「これ以上部下をやられるわけにはいかないのでな」

 

「それはこちらも同じですが」

 

 うんざりする敵の殿の中に、豪奢というわけではないが堅牢そうにできた鎧を着た騎士が歩み出る。その端正な顔と長く伸びた赤髪から女性だとわかった。

 が、指揮官が出てきたのなら好都合だ。こんな豪胆な指揮官は初めて見る。ゼフォルは剣を抜き兵を率いて突進した。

 

「ゼフォル・オデュッセル」

 

「アルセリア・エインへリル」

 

 ゼフォルの曲剣とアルセリアの長剣が交差するとともに二人同時に名乗った。

 刃からは重い感覚がジンジンと伝わる。ゼフォルとてゴルガマスに不覚をとって以来、鍛錬は欠かさなかった。しかし目の前のアルセリアとやらは早々にやれそうな相手でもなかった。

 二本の曲剣で変則的に攻めるが、弾かれ、攻めきれない、むしろ相手が長剣を振るえば質量の差で二本の曲剣で防がねばならなかった。

 

「惜しいですね、貴女ほどの使い手が西部に燻っていたとは、こんなくだらない戦いではなく、王国にでもその力を発揮してほしかったです」

 

「そうかもしれないが、根っからの西部貴族なのでな、むしろ今はお前のようなのと打ち合えて感謝しているよ」

 

「私はいい迷惑ですよ」

 

 そう軽口をたたきながら剣を交える、獲物のちがいこそあれど、剣の腕に体格とゼフォルとアルセリアは同格であり、ほとんど千日手だった。

 配下の数でいえばゼフォルが上で、敗北している向こうにとって時間は敵なのだ。今にでも続々とゼフォルの兵が駆け付けるだろう。

 しかしゼフォルとしてはそんな決着は認めがたかった。たいくつな戦いにこんな好敵手が目の前にまでやってきたのだ。せっかくならば己の手で打ち破りたい。

 

「貰った!」

 

 アルセリアが曲剣を大きくはじき返す。しかしゼフォルはそのまま弾かれた勢いで空中で一回転し、大きく後ろに下がって追撃をかわす。

 

「貰ってない!」

 

 そして助走をつけて飛び蹴りを放つ、その足甲の先には刃が仕込んである。何かと蹴りが得意なので少将の給金を使って特注で仕込んでいたのである。

 

「ちぃ!」

 

 何とかゼフォルの刃付きの蹴りをアルセリアははじくが、大きく吹き飛ばされ後退した。

 

「これで終わりませんでしたか」

 

「いや、終わりだな。ありがとうゼフォル」

 

 渾身の蹴りをお見舞いしたのに殺しきれず呟くゼフォルだが、アルセリアは距離が空いたのをいいことに背中を向けて逃げ出した、かなり早い逃げ足だ。

 

「はぁ⁉ちょっと⁉待ちなさい!」

 

「アルセリア様を逃がせば勝ちだ!」

 

 逃げていくアルセリアを追おうとするが、いまだ残る殿の兵に阻まれる。それでも無理やり抜けようとするが切り倒した兵に足をつかまれて足止めされる。その兵を足に仕込んだ刃で切り殺し、兵を率いて前進すると今度は次の殿部隊がおかれている。そこにはアルセリアはいなかったので何とか突破するがその時にはまた殿隊がおり、そして1千ほどの兵とアルセリアは遠くに行っていた。

 ようやくゼフォルは不可解な二千の部隊の目的を理解した。今や裏切り者とベルズーフの主力にもみくちゃにされるあの場で撤退するよりも目の前の敵軍を切り裂いて前へ撤退することを選んだのだろう。そう思えば、ゼフォルの部隊の前を横切ったのにも説明が付いた。

 

「くそ!追え!」

 

「いえ、もういいです」

 

「将軍⁉」

 

「もう大勢は決し、あのアルセリアとやらには追い付かないでしょう。これ以上帝国人同士で殺しあう必要はありません」

 

 逸る部下を制止しゼフォルは追撃を止めた。完敗である。このまま殿を撃破し続けても貴重な兵を失うばかりでくたびれるだけだ。功績を得れるかと思ったがとんだ貧乏くじを引いてしまった。

 目の前の殿隊には手を出さず放置してると、アルセリアが完全に撤退したのを確認して彼らは降伏を申し込んできた。非常にムカついてはいるが彼らはまさに兵士の鏡である。丁重に捕虜として扱った。

 

 陣地に戻ると大勢は。決していたフィリクス皇子の旗が立っていた陣地にはバルグリフ皇子の旗がはためいている。

 終わってみれば、ゼフォルはバルグリフ皇子の掌の上だった。さすがにアルセリアの突進劇まで予想していたとは思えないが、結果だけ言えばゼフォルの隊は圧倒的優勢な前線では不要で、万が一のために後軍で必要だったのだ。

 別に皇子に手足のように使われるのは臣下として当然であるが、この作戦を読み切れなかったのは痛恨の極みであった。まるでベルズーフが全体を率いるのが最善だと改めて思い知らされた気がした。

 バルグリフ陣営はこの戦いに勝利した。帝国の次期後継者は優秀なバルグリフ皇子で確定した。しかしゼフォルの心には大きなわだかまりが残った。

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