ゼフォルは久方ぶりの休暇をウェストガルトで貰っていた。
いまだ混乱している帝国西部を治めるためにバルグリフ皇子改め皇太子の本営はいまだせわしなく働いているが、主役は武官から文官に移っており、将軍のほとんどは西部有数の観光名所でもあるウェストガルトで休暇をとっていた。
特にゼフォルは職分の割には率いる兵も少なく、兵の待機命令を出し終わるのも早かった。さすがに東部から帝都に移動しそのままウェストガルトまで戦い詰めだったため素直に休むことにした。
「誘ってくれてありがとね」
「せっかくでしたので」
ゼフォルはエスメルを誘ってウェストガルトの街に繰り出していた。
待っていればエスメルの側から連絡があったかもしれないが、待ちきれずこちらから誘ってしまった。
「なんで軍服なのよ、お洒落したら?」
そう言うエスメルはこれまで見たことない大人向けの紫のドレスを着ていた。美しく成長したエスメルによく似合っていた。それでもゼフォルはあの鎧姿の方が好きだったが。
誘っておいて実はゼフォルは服装をかなり迷っていた。エスメルがここまで着飾ってくるのは予想がついていた。向こうにはエルシアがいるし、子供の時からある程度おしゃれが好きなのを知っていた。
そうなると困るのはゼフォルである。あまり服装にこだわりのあるほうではなかった。容姿には自信があるので何を着ても大体様になったからである。強いて言うなら公爵家のメイド服は気に入っていたが、逆にあれが普段着のようなものなので他がおろそかになっていた。
なお一番気に入っているのはあのメイド服型の鎧である。
エスメルにはちゃんとした格好で会いたかったので悩みに悩んだ。幸い帝都並みに繁栄しているウェストガルトならどんな服でも手に入るだろう。しかしゼフォルの付け焼刃の知識ではどうにもならないだろうし、いっそエルシアを捕まえてやろうと思ったが、あんなことがあったため会いにくい。
そこで何とか2択まで絞り込んだ。公爵家のメイド服か、軍服である。
メイド服は外れないだろう、エスメルにとってもなじみ深いものだろうし、今の令嬢然した彼女と並んでも二年前のようにおつきのメイドで説明が付く。しかし帝都での二番煎じだ。
「休暇中の将校は美人を侍らせるものなのですよ」
だから今回は軍服を選んだ。今7万の大軍が駐屯しているウェストガルトは休暇中の将兵でごった返している。軍服というのはそれだけでステータスだ。勝利した軍隊のならなおさらである。白亜の流麗な街並みの中には美女を侍らせた将校がかなり見受けられた。
「あなたのせいで目立ってるんだけど」
「お嬢様のせいでは?」
その中でも今のゼフォルとエスメルは一番に目立っていた。
単純にエスメルは容姿が別格で、その手では完璧のエルシアがコーディネートしたのだ。いくら文化的に優れているウェストガルトの美女たちでも勝てるものではない。
ゼフォルは女性の軍人という珍しさもあるが、肩につけた少将の階級章はだてではない。
この地にいる軍人で上の階級はベルズーフしかいないし、同格でもグローメルだけだ。しかし妻子持ちで多忙な彼らはわざわざ町に繰り出さないだろう。
つまりゼフォルがこの場において最高階級なのだ。周りの人間は一様にエスメルの容姿に見惚れ、ゼフォルの階級章に驚愕していた。
予想はしていたが軍服を着てきてよかった。こういった羨望の視線は嫌いでなかった。
「まぁ、いいではありませんか」
「むぅ」
そう言ってむくれるエスメルの手を取ってエスコートする。
最後の決め手はこれだった。エスメルは立派に成長した。従者として支える時期は完全に過ぎ去り、一人の軍人として対等に接したかったのだ。
物理的にも並び立つために厚底のブーツを履いてきたのは内緒だ。
「ほらゼフォル、あれが有名な噴水よ、60年位前に高名なファウテン伯が作ったのよ」
「すごいですね」
とりあえず二人で有名な名所を適当に周っていた。ゼフォルも今日のために名所を一通り頭に入れていた。
あらゆる戦術や陣形を頭に入れているゼフォルにとってこの程度の暗記はなんてことはないがエスメルの知識はその上を行っていた。さすが帝国学院の首席である。そう言った芸術方向も一流なのだろう。
たいしてゼフォルは興味もないので説明をしてくれるエスメルの顔ばかりを見ていた。
整った顔がゼフォルに向けて嬉しそうに表情を変えているのである。この美貌が戦場では親の仇の大斧を振るって無双の力を持つのであるから天は一物も二物も与えたに違いない。
「貴女ちょっと聞いてる?私の顔ばっか見て、そんなに私のこと好き?」
「はぁっ⁉い、いえ、えーと……そりゃ嫌いなわけないじゃないですか!ただ博識だなぁと!」
「そんなに必死にならなくて良くない?冗談よ」
蠱惑的ににやりと笑うエスメルがとんでもないことを言うのでゼフォルは慌てて釈明する。決して見惚れていたわけではないはずだ。ただこの退屈な景色を眺めるよりかはエスメルの顔を見ていたほうがいいだけなのだ。
そう自分に言い訳するとさらに恥ずかしくなって顔をそらしてしまう、なんて情けないことなのだ。侍らせた美女に恥ずかしくなって顔をそらす将校など聞いたことがない。
「ま、まぁ帝国の西の方なんて早々来られないんだから、もう少しこう、何かあるでしょう?ほらあの街道なんか都市計画に基づいて設計されてるのよ?ヴァン・ウィルベートの雑多な街道とは比べ物にならないわ」
妙な空気が流れるが、話題をそらすようにエスメルが言った。
「そ、そうですが町の中央まで無防備すぎます。雑多でも街道の要所に防御陣を緻密に敷けるヴァン・ウィルベートの街道のほうが優秀だと思います」
「そりゃ要塞都市ならそっちの方がいいけど商業都市としてはこっちの方が利口よ」
「しかしフィリクス皇子はこの都市を本拠にしたから不利な野戦を挑むことになりました。せめて近郊に山城の1つや2つあったほうが良かったかと」
「……あの白い城壁はどう思うの?」
「あんなのは街の区画を区切る線程度の役割しか果たせないでしょう。防衛には期待できません、衝車1つあれば突破できます」
「都市の中央を流れる大河はどう思うかしら?」
「ただでさえ陸地が守りにくいのにあの広さでは軍船でも通ります。そうすると川沿いまで守らなければなりません、無駄でしょう」
「うふふ!」
話をそらそうとゼフォルもできるだけ口を動かすが、その様子を見ていたエスメルに笑われてしまった。
「な、なんでしょうか……」
「まぁゼフォルはこういう話題のほうが好きだものね、最近学院の友達とばかり喋ってたから忘れていたわ」
「やはり、お嬢様もこう言った話題はお嫌いですか」
「いいえ?ヴァン・ウィルベートでこう言った話ばかりされてたし、貴女が楽しそうなほうがいいわ。それに今私を侍らせてるのでしょう?ならお話しくらい合わせますよ少将閣下?」
そうニッコリ笑うエスメルにこんなに強かだったかとゼフォルは思った。主従でありながら昔はゼフォルのほうがからかってたことの方が多かったが、今日はこうも振り回されてしまっている。
ゼフォルはあの時のようなメイドではなく、押しも押されもせぬ少将閣下なのだ。つまりエスメルが成長したのだ。見た目や能力だけでなく性格もしっかり成長したのだろう。
少し意地悪になってないかとも思ったが。
「変わりましたね、お嬢様……」
「そりゃ2年もあれば子供は変わるわよ」
「そのドレスも素敵ですよ」
「一番最初に言うべきよ?そういうのは。けどまぁ……ありがとう」
破れかぶれにその容姿をほめるがエスメルにいたいところを突かれる。そこでゼフォルは卑怯かもしれないが話題を変えることにした。
「やはり、メイド長が選んでくれたのですか?」
「まぁそうよ、さすがに最初から選ぶほど私にセンスがあるわけではないしね」
「やはり、そうでしたか。メイド長は今どうですか、元気にしていますか」
「……あなたは知っていたの?」
エスメルは怪訝そうにした。言わずと知れたあの話題だった。
「流石に公爵家のデリケートな問題でしたので、確信は持てませんでしたが、九割九分くらいは」
「ほぼ10割じゃないの」
「限りなく黒に近いグレーと、黒そのものでは天と地の差があるものですよ」
「まぁそんな話はいいわ、ウィルベート家の現当主として謝らせてもらうわ、二年前のあの時、エルシアが表舞台に出るべきだったわ。ごめんなさい」
「いえいえ、そこでメイド長が出てきたら私は今頃将軍になどなっていませんでしたよ」
「あなたが将軍になるのは既定路線よ、それとは別にエルシアは死んだ当主の妻として働くべきだったわ。そうすれば貴女もあの時以上に動きやすかったはずよ」
「あれでもメイド長は複雑な立場だったのですよ。わかってやってください」
エルシアの公爵家での立場は微妙なものだった。
メイド長とは家の家事の一切を取りしきり、時のは当主の補佐をする一種の高級官僚のようなもので多くの家臣とつながりを持つ重要な役職だ。
なのにゼフォルから見てもエルシアは優秀なのに公爵の一族から邪険にされていた。理由が分かれば納得だったが。
なんだかんだでゼフォルは世話になったので、せめて目の前の現当主とくらいは仲良くしてほしいので擁護する。しかしエスメルは思ってたのとはだいぶ違う反応をした。
「それはわかっているわ。エルシアはとても優秀だったもの、傾きに傾いた公爵家の後片付けも私の補佐もよくやってくれてた。……私が生まれなければお母様はもっと活躍できたのかしら。公爵家に疎まれることなく」
「いえ、それは絶対あり得ません」
ゼフォルはエスメルにそんなことを思ってほしくはなかった。これだけ優秀で美しい彼女が不当な目に合うことが間違っているのだ。
「お嬢様のお父上を批判することになりますが、明らかに人を見る目がなかったとしか言いようがありません。メイド長に何があったのかお嬢様がなぜ不義の子といわれているのか、そんなことは知りませんし、興味もありません。が、二年前冥府にいくか逃げたご兄弟と、立ち向かって当主の座を得たお嬢様という結果が全てです。今ウィルベート家が続いているのは盆暗どもを後継に定めてお家の運営に完全に失敗しているのに、恩恵も与えなかったお嬢様が上げた功績のお情けで存続しているだけなのです。たらればを言ってしまえば最初からメイド長を正妃に、お嬢様を正当後継者にして、私を将軍にすればよかったのです」
ゼフォルはそうまくしたてる。爵位の差を考えれば無礼討ちされてもしょうがないほどの暴論だ。今のエスメルにはここまで言いたかった。
「言ってくれるじゃない、そんな世界でもあなたは将軍になるのね」
「お嬢様がご当主になれば、どんな世界でもはせ参じたでしょう」
叱責を覚悟していた。いまやゼフォルとエスメルは仲の良いメイドとお嬢様という関係ではない、少将と少佐ではあるものの、騎士爵と公爵なのだ。冗談で済むことではないとわかっていた。
エスメルが手を挙げる。叩かれるだろうか、そう思ってゼフォルは身構えたが来たのはエスメルの抱擁だった。
「お、お嬢様⁉」
「あはは!やっと昔らしくなったわね!その小生意気な所!それでこそ私のゼフォルよ!そうなのそうなの!どんな世界でも私の元にはせ参じてくれるのね」
ふんわりといいにおいと柔らかな感触がした。
こうもエスメルと密着したのは彼女が幼い頃、兄弟にいじめられて泣いていたのを見かねて一緒に寝た時であろうか。
あの時主犯格の兄弟にはバレないように石をぶつけてやったし、合法的に公爵令嬢の使うふかふかのベッドで寝られるというメリットのためで、エスメルのことはやけに抱き心地の良い抱き枕くらいしか思っていなかった。
だが今は絶世の美女である。同性であるゼフォルもこれには狼狽えざるを得なかった。とにかく顔が近かった。
「良いわね!私があの時に公爵家当主!あなたを筆頭将軍にしてればウィルベート家は絶対に負けなかったわ!」
「え、えぇもちろんですとも」
興奮した様子のエスメルに圧されるが悪い気持ちではなかった。ゼフォルとて少将になった身、多くの人間から称賛と嫉妬を受けたが、エスメルの素直な賞賛だけは別格だった。
「貴女と私なら今頃、ロッソ王国を滅ぼしていたかもしれないわね。残念だわ、あなたはともかく私はまだ少佐だもの」
「その年で少佐は異常ですよ」
「少将のあなたに言われたくないわね、聞きたいことを聞けていないわ。わたしとあなたなら王国に勝てると思う?」
蛮勇のように聞こえるがここ数か月のエスメルの成長を考えれば答えは1つしかなかった。
「はい。お嬢様と私ならきっと勝てます」
「そうよ。だからあなたはもう少し、東部でがんばりなさい。私の階級と帝国の国力が上がればきっと勝てるわ」
そう微笑むエスメルだが、目は全く持って真剣だった。ゼフォルは今日会ったのを後悔していた。こんなに強く魅力的に育ったエスメルを見て、守ろうという考えがおこがましいことだと気が付かされた。
ゼフォルがともに戦うべきなのはオドールでもグローメルでもクレッチマーでもベルズーフでもなく、間違いなくエスメルなのだと。
2年前のあの時のように二人で軍を率いればどれだけ楽しいだろう。どんな敵でも粉砕できるだろう。ここ一年ハルード要塞で考え続けてきた数々の作戦や戦術より、目の前の主の笑顔のほうがそう強く感じさせた。
もう、エルシアに怒った時のようにエスメルを戦場から離そうという考えが間違っていたのかもしれない。彼女は放っておいても勝利し続けるだろう。2年前のようにゼフォルの手助けは必要ない。
胸に突っかかっていたものがきれいに取れた気がした。しかし残った物がまだあった。それは生まれながらの矜持と姉のような存在としての意地。
「もちろんです。東部は必ず守り切りますとも」
気が付けばゼフォルは目の前の天才に挑みたくなっていた。
それがゼフォルのプライドだった。
ゼフォルと街に繰り出して楽しんだエスメルは部屋に戻っていた。
「失敗……したかもしれないわね」
ゼフォルと街で遊ぶなどいつぶりだろうか、とにかく楽しかった。
あれだけの美人でありながら軍事にしか興味ありませんよという態度と、小生意気な態度、すべてが見知ったものであった。
違いがあるとすればエスメルの感じ方であろうか。
かつてはその軍事への関心を純粋に尊敬し、小生意気な態度は頼もしさすらあったが、エスメルも成長した。
それらの態度はすべて愛すべきゼフォルの特徴であり、嬉々としてしゃべりかけてくる姿に可愛らしさすら感じていた。
とはいえ、この時間すべてが楽しいもので最後には名残惜しさすらあったが、最後の最後でゼフォルの目に大きな違和感を感じた。
その目の奥に宿ったものは普段エスメルには見せないものだ。エスメルの兄弟や、ウィルベート家の家臣らに見せる。お前らの立ち位置など奪って見せるという嫉妬の炎。普通なら見下しと侮蔑の中に混じるものだが、エスメルに向けられた穏やかで柔和な視線の奥にも確かにあったのだ。
悪い気分はしなかった。
長い付き合いだからわかる。ゼフォルがその視線を向けるのは立場なり能力なりが目上の存在だ。ついにエスメルはゼフォルから見て同格かそれ以上の存在として認められたのだ。
それ自体はとてもうれしい。しかしタイミングが問題であった。ゼフォルがその目をした時何を話していた?東部方面軍の動きについて話していたのだ。
長い付き合いだからゼフォルの性格はよくわかっていた。才に奢りやすく、独善的。
それらの特徴だってエスメルは好きだ。其れでこそ自分の専属メイドなのだから、その性格に助けられたのだから、しかし戦場ではそうではない。
二年前、少将になったばかりのゼフォルと帝都イスペラントであった時のことを思い出す。
「私が王国を滅ぼしてしまってよいのでしょう?」
その発言が脳裏から離れなかった。あの場では、ちょっと威勢のいいことを言っているだけかと流した。しかし今日のあの目を見てしまうとあれは本気だったのではないだろうか。
あともう少しなのだ。学院で首席の成績を取って、西部貴族の子弟とはいえかつての同級生を捕らえてしまうという策をバルグリフ皇太子にまで提案、実行までして異様な速さで中佐に昇進した。
2年前の様にその隣で共に戦える資格は整いつつあるのだ。それなのに当の本人がどこか遠くに行ってしまう気がした。