メイド、勤務先の大敗北で将軍になる   作:メカバレ

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再配置

 

 バルグリフ皇子いや皇太子が率いる7万の大軍がウェストガルトに駐屯して1カ月が経過した。すでにフィリクス皇子派の貴族のほとんどが捕まるか恭順の意を示し、沙汰を待つしかなくなり、帝国西部の統治も軌道に乗りはじめた。

 フィリクス皇子は処刑こそされなかったものの、流刑に処された。

 帝国西部の先には大海原が広がり、点在する小さな島々を西部貴族は中央にも無断で領地化していた。

 しかし今回の征伐でそのほとんどが取り上げられ、公的に帝国の領有する島になっていた。その中でも特に遠い島の一つへの島流しである。もう皇族として活動することは不可能だろう。

 それに伴って7万の大軍はそのほとんどが任地へと戻ることになっていた。特に北、東、南の各方面軍はあまり長く任地を開けるのは国防上良くない。

 ただベルズーフだけは北部戦線の安定化と大将への昇格をもって、北部方面軍総司令官から帝国軍総司令官の座に収まることが決まった。後任の北部方面軍総司令官にはベルズーフの部下である別の人物が就任した。

 それに伴い、ベルズーフは皇太子の最側近として留まることになった。

 そしてベルズーフが全軍総司令官になるということは、階級だけではなくついに組織図的にもゼフォルの上官となったのだ。そのためゼフォルはベルズーフに別れの挨拶にきていた。

 

「ご無沙汰しております閣下、大将への就任おめでとうございます」

 

「帝都で貧乏くじを引かせてしまったな。ご苦労だったなゼフォル将軍」

 

 案内されたベルズーフの執務室は豪華だが、よく見れば執務に必要なものしかそろっていない。部屋の主の気質が現れているようだった。きっと豪華な装飾はウェストガルトの迎賓館に備え付けのものでベルズーフのものではないのだろう。

 

「いえ、帝国のためならばどんな任務も果たして見せます。それと帝国東部へ戻るのであいさつに参りました」

 

 目の前の男は好きではなかった。とはいってもゼフォルが一方的に敵視しているだけだ。

 ゼフォルとてバルグリフ皇子の陣営に優秀なものがいるのは理解していた。

 だからゼフォルも二年間、自己研鑽を怠らず、こと戦術に関しては陣営の中では並ぶものがいないほどに極めたつもりだった。

 単純に階級が上なだけならば、オドールがいるが、あれは金を持っているだけで本人は大したことない、グローメルは人間力に優れているだけでゼフォルの相手にはならない、その他にも将軍たちはいるがゼフォルを超えるものはいないはずなのだ。

 例外は目の前の男だ。先の戦いでは何もエスメルの戦いぶりだけを見ていたわけではない、総司令官として指揮をとっていたベルズーフも見ていた。

 ゼフォルの兵を大きく機動させ、敵を殲滅していく烈火のような用兵とはタイプが違い。堅実に、正確に大軍を動かし、敵を追い詰めていくタイプの用兵をする。

 そういった違いこそあれど、単純な指揮官としての腕でゼフォルは勝てるかわからなかった。同数でやっても必ず勝てる自信はない。

 最も得意な戦術ですらそれなのに、階級も爵位でも、戦略知識でもゼフォルが負ける。さらに抱えている部下の質も違う。密偵組織の質や北部方面軍総司令官を譲れるほどの部下などその層も厚いのだ。

 それに対してゼフォルの信頼における部下などクレッチマーくらいしか存在しない。しかも彼は所属部隊が同じだけで直参の家臣なわけではないのだ。

 バルグリフ皇太子の信任厚い貴族と霧散したウィルベート公爵家の軍権のみを運良く得ただけのメイドと言うスタートラインの違いは、ゼフォルとベルズーフに大きな差をつけていた。

 

「ロッソ王国への防衛に関しては貴官にはとても期待している。オドール中将をよく補佐してやって欲しい」

 

「もちろんです。オドール閣下にもよくしてもらっています。必ず支え切って見せますとも、それと聞きたいことがあります。よろしいでしょうか」

 

「構わん」

 

 そう促すのでゼフォルは遠慮なく口を開いた。どうしても聞きたいことがあったからだ。

 

「今回エスメル中佐は大活躍でした。今では引く手あまたのはずです。どちらへ配属されますか?」

 

 どうしても聞きたいことであった。いっそここでゼフォルと同じ東部方面軍に配属されればと思ってしまう。あれだけの決意をしたはずなのに未練がましい自分が少し恥ずかしくすらあった。

 

「貴官とエスメル中佐の関係なら気になってしょうがないだろう。エスメル中佐は南部方面軍に配属される」

 

「小国家群どもととやりあうのですね」

 

「あぁ。戦力としても期待しているし、なにより経験を積ませるのにもいいだろう」

 

 ゼフォルでも納得のいく配置であった。南部小国家群と関係が悪くなっているのは聞いている。バルグリフ皇太子の権勢が強まるにつれて、南部貴族もその権力を奪われつつある。

 これ自体は中央集権の面では良いことなのだが、その分南部貴族らと仲の良かった小国家群との外交関係は悪化しつつあった。それ以外にも王国からの調略もあるだろう。

 しかしあまり恐れる敵ではない、小国家群は数こそ多いが一つ一つは帝国でいう伯爵や侯爵ほどの力しか持たず、さらにその小さな領土を封建的領主たちが分割しているという前時代的国家だからだ。

 万が一敵対しても帝国は小揺るぎもしないだろう。

 エスメルを始めとした若手将校の教育にもピッタリな相手である。

 

「だが、しかし小国家群が動けば確実に王国も動く。その時はゼフォル将軍の手腕に期待したい」

 

「ええもちろん、帝国東部はお任せください」

 

「……南部の問題さえ片付ければ我々は追加で王国方面に10万を超える大軍をぶつける事ができる。それまで耐えてくれれば勝利は確実だ」

 

 南部に関してはおおむねベルズーフと意見をともにしたが、どこか含みのある東部についての発言が癪に障った。

 ゼフォルは戦場に立ってエスメルと意見が割れた事がある。ヴァンダル高原でロッソ王国軍の背後に陣取った時、ゼフォルは積極的に背後への一突きを提案し、エスメルは防衛策を唱えた。そしてこの時、エスメルと同じく防衛策を唱えた者がいた。

 それがベルズーフだ。彼は使者としてゼフォルとエスメルの本陣を訪ねた時、防衛に回るようにいった。つまりこの時、ベルズーフとエスメルの意見は同じだったのだ。

 あの時はバルグリフ皇子陣営としての回答かと思ったが、その陣営にゼフォル自身が入って分かったのだ。間違いなく目の前の男が思いついたのだろう。

 そして今回もベルズーフとエスメルの意見は同じだった。王国に対して引き続き防衛に努め、しかるべき後に反撃、ゼフォルでも理屈はわかる。大いにわかってしまう。

 それでも。

 この時ゼフォルは目の前の大将に憎しみすら抱いていた。いつもの鉄面皮を維持しようと努めるが目に力が入るのだけは止められない。

 ゼフォルも多くの物を得たはずなのだ。何せメイドから将軍になったのだ。しかしベルズーフはそれ以上だ。大将という階級、優秀な部下、皇太子からの信任、戦略に関する知識。

 さらにこの男は先の戦いでエスメルを率いて活躍し、その功績で大将になった。エスメル・ウィルベートともに戦うべきは自分だというのに!

 さらにさらに帝国の最大の敵である王国への対策もエスメルと同じだ。嫉妬でどうにかなりそうだった。この男は自分の欲しいものを全て持っている。

 

「ハルード要塞で閣下らのご到着をお待ちしております。留守はお任せ下さい」

 

 醜く燃え上がる内心をエルシアから習ったメイドとしての教育を総動員して取り繕い、ゼフォルは頭を下げた。

 

 

 

「ベルズーフ閣下、任地に戻る所以挨拶に参りました」

 

「ああ、ご苦労だった」

 

 ベルズーフは己の執務室で南部方面軍のグローメル少将に会っていた。各方面軍からの援軍を戻すことになりこれで将官クラスの大物は最後だ。しかも人当たりも良く人格者のグローメルが相手なのでベルズーフも一息ついた。

 

「して、ベルズーフ閣下南部小国家群の動向ですが……」

 

「わかっているとも、王国の調略もあるだろうが、殿下が皇太子になってからというものの関係が思わしくないのだろう?」

 

「左様にございます」

 

「案ずるな、南部の情勢は殿下も良く理解しておられる。今回の戦いで西部へ力を割く必要は無くなった。帝国中央の主力軍をすぐに動かせるようにするのと、今回の戦いの第一功績者であるエスメル中佐を送る」

 

「ありがとうございます。これなら南部の小国家などひとたまりもありますまい」

 

 安心したように一息つくグローメルはやはり得難い人材だと思う。

 バルグリフ皇太子の陣営は曲者が多いが、情勢の基本をしっかりと押さえていてなおかつ性格も良いグローメルは扱いやすく、大将になった今でもベルズーフにとって大切にしたい人物だ。

 

「閣下、失礼を承知でもう一件聞きたい事があります」

 

「聞こう」

 

「現在の帝国軍の人事に関してです」

 

 調整の達人であるグローメルはよく人を見ていて、特に人事や人間関係には毎回参考になる意見を言うため、ベルズーフも長い事頼りにしていた。

 

「東部方面軍はオドール閣下とゼフォル将軍に任せていますがこれはいかがなものかと」

 

「貴官は今回、ゼフォル将軍と任を同じにする機会が多かったな。構わない、率直な意見を言ってほしい」

 

「能力は問題ありません、しかしゼフォル将軍の性格の苛烈さは異常です」

 

「……それほどか」

 

 ベルズーフにも心当たりはあった。グローメルに会う少し前にゼフォル少将が訪ねて来ていたが、どうにも礼儀正しいように見えて物騒なオーラを纏っていた。

 

「私の見たところですが、ゼフォル将軍が下を見下し、上に媚びるようなありふれた気質だったら本人も幸せだったでしょう。しかしそうではないのです。下にはある程度優しいですが、上にはひたすら嫉妬し順応することはありません。そんな気質を持っているように思います。私は前者の扱いでしたが、後者に関してはベルズーフ閣下なら心当たりがあるのではないかと」

 

 そう言語化されてなるほどと思った。ベルズーフも役職柄いらぬ嫉妬ややっかみは受けたことはあるが、そういうのは一応に能力が足りないものが多い。前職から来る丁寧な姿勢と、あれほどの能力のあるゼフォルに限ってそれはないと思っていた。

 しかし言われてみると先ほどの彼女の態度にようやく説明が付いた。前職が生かされた丁寧な態度だったが、その目の奥には暗い炎があった。グローメルに指摘されなければ気が付かなかっただろう。

 

「確かに心当たりはある。しかし私とてもう大将だ。それに嫉妬するのはおかしなことではないし、見ようによっては向上心があるようにも考えられないだろうか」

 

「確かにゼフォル将軍は嫉妬で足を引っ張ったりする人間ではありません、しかしその高すぎる向上心と容赦の無さは問題だと思います。彼女を東部方面軍を任せれば何が起こるかわかりません」

 

「総司令官にはオドール中将を当てているが」

 

「オドール閣下では止められないかと」

 

 そう言われて何かと突っかかってきた、少し前まで同階級だったオドールを思い出す。その資金力で陣営では重鎮扱いだったが西部貴族への帰属意識が強いため今回の作戦では外されていた。

 オドールは確かに気前のいい男で参謀を雇うなどして軍事に力を入れていたがどうにも扱いきれていた様子でもない。

 それでも防衛を第一にしたい東部を守り切れるとして配置したが、あのゼフォルを抑え込める程能力があると言い難かった。

 

「ではどのように将軍達を配置するべきだろうか」

 

「せめて、王国と相対している東部方面軍からゼフォル将軍は外すべきです。将軍は確かに強力な武官ですがまだ若い、可能ならばベルズーフ閣下のもとで育てていくべきです。閣下以外に彼女を押さえられる者は今の帝国にいません」

 

「しかしゼフォル将軍は育ちも東部でわが陣営の中でも東部の事情に精通している。率いる兵も元ウィルベート家の兵が多く最もロッソ王国と戦うのに適した人物だ。事実この一年間王国との小競り合いを有利に進めている。手落ちのない彼女を理由もなく移動はできん、それに彼女の代わりは誰を当てるというのか」

 

「私か、ベルズーフ閣下の配下から何人か東部に送れないでしょうか、逆に南部小国家討伐時にゼフォル将軍を起用するのです。確かに土地柄にあったものをその土地に置くのは有効ではありますがそこに根付くゆえの余裕から何かをしてしまう気がするのです」

 

 そう言われてベルズーフはグローメルの弱点が出たと思った。確かに人間関係を重視するならグローメルの案に一理はあるのだろう。しかしその配置が正しいと思えない。それぞれ東部と南部に精通するゼフォルとグローメルを交代するなど無駄の極みだ。しかしその意見を完全に無碍にする気もないので軍全体の人事や戦略を思い出しながら再構築を行っていくがやはり無駄が多くなってしまう。

 それに今の人事にはバルグリフ皇太子も関わっていて皇太子の次の重大な目標をベルズーフは聞いている。それを覆すのは不可能に近かった。

 

「すまんが、それは難しい。次に事が起こるであろう南部から貴官を動かすわけにはいかないし、殿下も皇太子になったばかりで私の配下をあまり動かすわけにはいかない」

 

「左様ですか……」

 

 そう残念そうにグローメルがうつむく。

 大将になったベルズーフに意見を言うのはなかなか勇気がいるはずだ。グローメルはただのお人好しではなく貴族の一人だ。その人当たりの良さに打算もあるのだろう。しかしそれだけで調整力を買われて南部方面には回されない。

 今回の案だって確かに人事によりすぎな意見ではあるが、そう言った多様な視点も軍には重要なのだ。無駄があれば総大将である自分がフォローしてやれば良い。

 打算以外にも本当に同僚を気にかけるつもりと帝国をよくしたいという思いがあるから、グローメルは評価されているのだ。

 

「だが、貴官の進言を無碍にはしない、私も東部の情勢には気を使って何かあれば援軍を出せる算段はつけておこう」

 

「ありがとうございます。わたしも閣下の負担を減らすため南部に変があれば全力を尽くしたいと思います」

 

 もはやベルズーフは全軍の大将だ。ならば主君の要望をかなえつつも多くの部下のことも守らなければならない。それがたとえ嫉妬の目を向ける者であってもだ。そのためにまず目の前の部下の進言をもっと深く考えなければならなかった。

 




あけましておめでとうございます。
前話がいい感じに終わっていましたが、今回の話で2章完結になります。
ここまで見てくださった皆様、ありがとうございます。
次章投稿までしばし時間が空くと思いますので、気長に待ってくださると幸いです。
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