「私!エスメル・ウィルベールはウィルベート家新当主としてお家の危機を救うと誓う!」
城の大会議室、群臣に囲まれながら黒い鎧に家紋付きのマントを翻しながら秀麗な顔に覇気を纏いエスメルは宣言した。
「そして我が腹心であるゼフォルを将軍にする!軍事に関しては将軍の言うことを聞くように!」
続いて隣にメイド服を模した鎧をまとったゼフォルが一礼をした。
黙って聞き入れているウィルベート公爵家の家臣たちの数はまばらだ、かつては三桁にまで達していた家臣たちはもう20を切る人数しか残っていなかった。
「……エスメル様は女子なうえにいまだ15歳、新当主になるには早すぎるのでは」
突然宣言にざわめく家臣の中から一人が言った。その顔は不満を隠そうともしていなかった。
「私の兄たちはこの危機に逃げ出した!よって唯一残ったウィルベートの血をひくものとして当然のことよ!それに印綬も私の手にある!」
エスメルが合図すると印綬を大事そうに抱えたメイド長のエルシアが近づき、印綬をエスメルに渡す、そして印綬を高々に掲げたエスメルに家臣たちは動揺した。
「まさか本当に……」
「兄君らは何をなさっているのだ……」
「もともと不義の血筋だろうに……」
「だとしても!そこの誰とも知らぬメイドを将軍に任命したのは何故か!」
不満をあらわにする家臣達も印綬を出されては勝てぬと判断したのか非難の矛先は将軍になったゼフォルに向かった。
「ゼフォルは私の腹心よ、私が彼女に軍事権を任せるのは不自然ではないわ」
「確かに彼女はエスメル様の専属!しかし女中風情に戦争はできませんぞ!」
「へぇ?じゃあだれか変わってくれる人はいないのかしら?何分あんなにいた武官たちはみんな東の戦地で眠ってしまったわ。我こそはというものがいるのなら名乗り出なさい?」
エスメルの宣言に家臣らは押し黙る。そのままの勢いでエスメルは言い切った。
「名乗り出るものがいないならばゼフォルこそ将軍よ!みな従いなさい!」
多くの不満を残しつつも異を言い出せるものはなく、そのまま就任式は終わった。
「全く、あんな不義の子が当主になるのも世も末だ!」
「エルシア殿!仕えて長いそなたがいてなぜこんなことになるのだ!」
ゼフォルとエスメルが退出して後、家臣たちは思い思いに不満をぶちまけ、隣にいたエルシアにもその矛先が向いていた。エルシアはメイド長という立場であり、常に公爵本家の近くで仕える彼女は今ここにいる下手な家臣たちよりも上の立場であり、彼らとの交流も多い。そのためよくわからぬゼフォルやエスメルに代わって説明をエルシアに求められたのだ。
「……もちろんただの酔狂で不義の子が当主になったのではありません、これには中央に脱出した三男、正当な血統であるドロア様らが一計を案じたのです」
「おぉ!やはりそうであったか!」
エルシアの言葉に家臣の一人が喜びの声を上げる、それを尻目にエルシアは続けた。
「まず今回の敗戦はウィルベート家のまさに失態です、ここでもし無条件降伏などしてしまえば公爵家は終わりです」
「ううむ……」
誰もが考えていた最悪の事態をきっぱりと言い切るエルシアに家臣たちも顔色を悪くし、重苦しい空機が流れた。
「なので誰かがロッソ王国に最低限の抵抗をしなければなりません、しかし残った嫡男であるドロア様を危機に晒すわけにもいきません、だからと言って皆様方も公爵家復興に必要な方々、ここで捨て石にすることはできません」
エルシアがここまで言いきるとようやく話の流れが分かったのか家臣たちの顔に喜色が戻り、エルシアに続きを促す。
「可哀想ですが……エスメル様に捨て石になっていただきます。用意した印綬も全て偽物です。ゼフォルなどという女中上りが将軍になったのもいざというときは二人に責任の全てを押し付けるためです。幸いこのヴァン・ウィルベート城塞は難攻不落の城塞、軍才のない二人が率いても皆さまの助力があれば多少は持つでしょう、あとはドロア様が中央の援軍を率いて城塞を救援後、二人を」
「なるほど!ドロア様は天才だ!」
「その作戦ならば被害を最小限に公爵家の復権がかないますな!」
そこまで言ったエルシアの声を遮って家臣の一人が喜ぶように言った。それを皮切りに皆が思うように勝手な事を言い出した。
「しかし……万一城が落ちる方が早ければどうなさいます」
「その時は二人を生贄にロッソ王国に降伏したふりをして情報を帝国に流すことになっております、この時の降伏は罪に問わないとドロワ様も了承済みです。」
唯一こぼれた慎重論にも冷静にエルシアは返した。
戦争に負けてからというものの常に不安そうにしていた彼らはエルシアの、降伏しても生き残れるどころか英雄として称えられるかもしれない提案にこれまでの不安がウソかのように喜び始めた。
無邪気に喜びだした家臣たちの様子をエルシアは冷めた目で見ていた、現在より小一時間前、三人で交わした会話との落差にあきれ果てていたのである。
「ゼフォル、私は当主になれるかしら?」
「なれるでしょう」
化粧と鎧を着込み見た目を整えたゼフォルとエスメルは次に残った家臣たちにいかに当主の座を認めさせるかを話し合っていた。傍らにはエルシアが黙ってそれを聞いている。エルシアも公爵家でメイド長を務めただけあって、ある程度政略の話は分かるが、それでも二人の会話にはあまり口を出せなかった。
ゼフォルはエスメルの質問にそっけなくなれると返した、勝算はいくらでもあった。
「本当?あの家臣たちが黙って言うことを聞くとは思えないわ」
「言うことは聞かないでしょうね」
「……私は真面目に話しているのだけど?」
「そのままの意味です。お嬢様は当主にはなれますが家臣は言うことは聞きません」
エスメルの質問にゼフォルは素っ気なく思っていることを正直に言った。
しかし少しエスメルが不機嫌になってきたので説明を始めた。
「まず前提から説明しましょう、残った連中にお嬢様の当主就任に不満はあっても異議を唱えるほど度胸のあるものはいません」
「それは何故?」
「兄君がたはすでに逃げ出しました。いまだに逃げずにここに留まっている者はどの派閥にも入れなかったうえに逃げる勇気もなくまごついてるだけの盆暗か領土を守りたい忠臣のどちらかです、前者はお嬢様の血筋に逆らってまで意義を唱える気概もなく、後者は私なので問題ありません」
「その忠臣は機密文書をもって逃げようとしたのだけれど……」
そう言ってゼフォルは両方の指で自分の顔を指さし言うがエスメルは少しあきれ顔で鋭く返された。
「はぁ……わかったわ、けどその忠臣さまがめでたく将軍に就任するのには流石に反対すると思うけど?」
「反対してもお嬢様が強気にいけば問題ありません、この状況で私に代わって将軍になろうという気概もないからです。じゃあ誰が他にいる?といえば度胸も能力もない彼らは押し黙るしかありません」
「そうね、けどそうやって無理やり当主や将軍を決めてもさっきあなたの言ったとおり言うことを聞かないわ、いえ、聞かないだけならまだしも王国に寝返ったり足を引っ張ってきたらどうするの?」
「誠心誠意説得しましょう。エルシア様が」
急に話題に出されたエルシアは普段のカッチリとした完璧な雰囲気を崩しあわてて口を開いた。
「待ちなさい!ゼフォル、いくら私でも彼らを言うことを聞かせるなんて無理ですよ!」
「いや、エルシア様ならいけます、私もよく言うことを聞かされました」
「貴女はなんだかんだ素直だからです!あの家臣たちがどれだけ面倒か!」
「言い方の問題です。普通に従ってくださいって言ってもあのへそ曲がりたちはそっぽを向くでしょう。顔がいいだけの成り上がりが!って言います。顔がいいって」
顔がいいというところを強調するゼフォルだがゼフォルの言葉に理解がほとんどできないのか混乱するだけのエルシアは反応する余裕もなく、エスメルも無視をした、渾身のボケが流されてゼフォルは少しショックだった。
「……どう伝えるつもり?」
「彼らは権威に弱いです、権威さえあれば逃亡者の言うことも聞きます」
「ドロア兄さまがいったことにするのね」
「大正解です」
権威という言葉それだけで先が分かったエスメルに感心しつつ、未だ訳が分からずわたわたするエルシアに日頃こき使われていることの仕返しだと同時に、わたわたするメイド長可愛いな。こんな顔するんだとゼフォルは思った。
「ドロワ兄さまが私を次期当主なんてもっと信じないと思うのだけれど?」
「それは彼らにとって都合が悪いからです、人は都合の悪い嘘は親の仇のようにあらを探し、裏を探りますが、都合のいい嘘は大した根拠がなくてもすぐ信じてしまいます。特にあのような連中なら余計です」
ゼフォルの説明に考えこむエスメル、隣のエルシアはすでに諦めたのか二人の言葉を聞くだけに戻ってしまうものの自分が一体どんな嘘を吐かされるのかと真面目に聞いていた。
「……駄目ね、うそのつき方はあなたと勉強したつもりだけど具体的な内容がわからないわ」
「素直に教えを乞えるのは良いことですよお嬢様、ドロア様はただ逃げたのではなく一計考えていたということにしましょう。エルシア様。私たちが退出したら不満を言う家臣らにこう伝えてください」
「はい……」
ゼフォルは懇々と策をエルシアに授けた。
まずウィルベール公爵家の三男ドロワはただ逃げたのではなく、捲土重来のための勇退ということにする。しかしただ逃げるだけでは 一族郎党処刑もありうるため囮の為に偽の印綬で不義の子であるエスメルを仮の当主として、そしてどことも知れないメイド風情に将軍位を与える、公爵家の役に立たない無駄飯位に一時的に当主という栄光につけ、矢面に立たせるという作戦だった。
「……滅茶苦茶過ぎない?本当に根拠もない嘘よ、こんなの騙されるのかしら?」
「いいんですよ別に、彼らに中央まで逃げたドロア様に真意を聞けるほどの人脈も手足もありません、嘘を信じるか信じないかの二択だけです。信じないなら貧乏くじとしか思えない当主代理をやるしかないんですから、そして不義の子のエスメル様にただで仕えるよりかは策によって仕えてやっているという形のほうがよく働くでしょう」
「とりあえず足を引っ張る真似は止める、か。理解はできたけど私の新政権ももう末期ね、当主の座を貧乏くじ呼ばわりするのとそれに騙されるのしか人材がいないなんてね」
「貧乏くじ呼ばわりするのは将軍という二等をひきましたが」
「え、エスメル様、普段からゼフォルとこのような感じなのですか⁉」
主従とは思えないやり取りに話についていけなかったエルシアがついに言及する。
「えぇそうよ?離宮で二人で暮らしているときからこんな感じなのよ。今だからいうけどどんな教育したのよ」
「今それ言います?」
急に変わった話の流れにゼフォルは焦った。これは悪い流れだ。
「申し訳ありません。私の教育が行き届いていなかったようです。将軍になれば礼儀を学ぶのも必須、その時の教育はお任せください」
「任せるわ」
「出世したのにまだ怒られなきゃいけないんですか?今は私将軍ですよエルシア様?」
「黙りなさい!対外的に見れば上かもしれませんが厳密には将軍とメイド長は互いに管轄外!私はあなたの部下ではありません!」
「東で死んだ将軍たちは敬っていたじゃないですか、今じゃ土の下の連中の倍は働きますよ私は」
「またあなたはそんなことを!お嬢様の教育に悪いですよ!」
エルシアの教育から逃れたいがため反論するゼフォルだが、エルシアも火が付いたらしく会話はヒートアップしていく、ついに見かねたエスメルが間に入った。
「確かにゼフォルの態度は教育が必要!しかしそれは後日任せるわ!とにかく今は家臣たちのことよ、ゼフォル将軍の案を採用する!式後の策は頼んだわよエルシア!」
「はっ!かしこまりました!」
ピシッと普段のように返答するエルシアに対しゼフォルは今後のことで少し憂鬱になった。
「……長年メイド長を務めた貴女には無礼に見えるかもしれないけど、離宮で私の味方だったのはゼフォルだけなのよ、だから少し加減してあげなさい」
が続くエスメルの言葉に少し心が温かくなった。
しかしあの完璧主義者のメイド長に加減なんて言ってそんなこと言って許されるのかと、火に油を注いだだけではないかとも思った。
「そういうことなら少しは大目に見ましょう」
少し目を伏せながら言うエルシアに離宮で閉じ込められていたお嬢様と交流なんてほとんど無かったのにやけに優しいな。と思いつつメイド長の礼儀講習が少しは楽になりそうでゼフォルはほっとした。