もう幾度目になるだろうか、ゼフォルは帝国と王国の国境の平原に再び5千を繰り出して王国と小競り合いを行っていた。
オドールとその麾下の参謀たちが失敗してからそれまでおとなしかったロッソ王国軍は活発的に活動し、帝国の国境を脅かしていた。
前回の敗戦は彼らの士気をあげてしまったのだろう。それに速攻で終結させたとはいえ、前回の帝国の内戦でつけ入る隙があると思われたのかもしれなかった。
だからゼフォルはそんな王国の鼻っ柱を再びへし折った。
まずは与えられた権限でハルード要塞の防衛計画の全てを取り仕切り、オドール配下の将軍や参謀の指揮もすべて行った。
結果再びロッソ王国の再侵攻を何度も阻み、ついにはこちらからも打って出て、戦況を仕切り直しまで持っていたのである。
今もその一環で小競り合いを行っていた。帝国と王国の国境にまたがるこの平原での小競り合い等、もうゼフォルには慣れたものである。不用意に突出したロッソ王国軍相手に兵を二手に分け挟撃する。ゼフォルも自ら3千率い、敵を蹴散らしていた。
「お、おのれ帝国め……」
すでに敵の指揮官を一騎打ちで引きずり下ろし、捕らえていた。確か名前はフランクルとかそんな名前だったはずで、どういったことはない平凡な指揮官だった。ゼフォルの用兵に手も足もでず、翻弄されて一騎打ちで一撃で落馬させ捕縛していた。
「まぁ、私と彼女が揃っているときに仕掛けたのが悪かったですね」
「この悪魔の給仕め!まだ負けていないぞ!貴様なぞは我が兄であるフランクルがきっと……」
「あぁあなたはセオドルの方でしたか」
この王国軍を率いるのはフランクル・セオドルという兄弟将軍だと情報は聞いていたが、さすがは兄弟、似顔絵でもやけに似ていたのでわからなかった。
まぁこの程度の指揮官にたいして興味がなかったのもある。それ以上に興味を引くのはセオドルの言っていた悪魔の給仕という言葉のことだった。
「悪魔の給仕、最近よく聞きますが私のことですか?」
「そ、そうだとも!ゴルガマス将軍をはじめとした王国の諸将を次々と撃破した卑しい魔女ゼフォル!今に見ているがいい、わが兄がきっと……」
そう喚き散らすセオドルを無視して、悪魔の給仕という言葉を反芻する。王国からゼフォルに与えられたあだ名のようなものだろう。悪くない名前だった。
どうやら王国は自分を大敵としてそれだけ評価しているらしい、ゴルガマスの件についてはさすがにあの猛将を当時15のエスメルに討ち取られたのは誤報だと思われているのだろう。
ここだけはエスメルの功績をとったようで気に入らなかった。
しかし悪魔の給仕かと、二年前から好んで装備しているメイド服型のドレスアーマーを見る。こんな格好をしてみるものである。
大陸の歴史は長く深い、歴史上あだ名をつけられた将軍や指揮官は多く存在するし中には被っている名前だって存在している。しかしこんなあだ名はゼフォル以外つけられることはないだろう。そう思うと嬉しくもあった。
「よかったですね、私は今気分がいいです。普段ならあなた程度の指揮官はとっとと拘束して捕虜にしてしまいますが、お兄さんがどうなったかくらい見せてあげましょう。ほら来ましたよ」
そうゼフォルが指さす先には分けた軍のもう半分を預けた彼女がやってきていた、質実剛健な鎧をまとい、端正な顔立ちに赤い長髪を一つにまとめた女騎士が歩み出た。
「ゼフォル閣下、ただいま戻りました」
「お疲れ様です。アルセリア少佐」
あの西部の決戦で謎の正面突破をしゼフォルと刃を交えたアルセリア・エインへリルだった。アルセリアは手に持った首をゼフォルの足元に投げつけた。
「敵将セオドルの首です」
「あ、兄者?う、噓だぁ⁉」
「少佐、多分それはフランクルの方です」
「そうでしたか?」
「セオドルはこっちの泣いているほうです。名乗りませんでしたか?」
「乱戦で、ちょうど後ろをとれたもので」
「それはよかったです。そしてこれから貴女は中佐です、今後も頑張ってください」
兄の首に縋り付き大泣きをするセオドルを尻目にゼフォルはアルセリアを労わった。
敵将の首を間違えたのはこいつらがややこしいだけだと再認識した。
そんな愉快な兄弟たちことよりもアルセリアだ。ゼフォルを一度は出し抜いただけあって当然というべきだが、彼女は使える。
アルセリアがゼフォルの麾下に加わったのは訳があった。
「なんかやけに人が多いですね」
東部方面軍の防衛を担い、今日も王国軍と戦って帰還していたゼフォルはここ最近ハルード要塞を訪れる人がやけに多いのが気にかかっていた。この要塞は帝国と王国の国境線に建てられている。駐屯する軍隊の補給や、オドールお抱えの大商人などが往来することは多いが、基本的には軍属以外立ち入ることは少ない。
平和な世の中ならともかく二年以上睨み合いを続けているこの国境では行商人などといった民間人はほとんど通らない。そのはずなのにここ最近はやけに人が出入りしていた。
本営に帰るとその疑問はすぐに氷解した。
「おぉ!ゼフォル将軍ちょうどよかった!紹介しよう!私の古い友人たちだ!」
オドールに会いに行くと軍事拠点であるハルード要塞に似つかわしくない身なりのいい貴族たちを紹介された。
なんと元西部の貴族たちだった。フィリクス皇子に従いバルグリフ皇太子に西部で仕置きされた彼らは領地と貴族としての地位を失った。
だがその財産は罰金や没収されてなお、豊富であり、残った家財や、兵士を連れてオドールのもとに駆け込んだらしい。
内心ゼフォルは呆れ果てていた。どこまで人が良いのだろうか。
元西部貴族達は確かに裁かれた後でもう罪人ではないが不穏分子もいいところだ。確かに帝国の最東部にして軍事基地でもあるハルード要塞なら、中央からの目も届かないだろうが、わざわざ匿うなど最悪叛意を疑われてもしょうがない。
これを材料にオドールを失脚させてやろうかと考えたがゼフォルにここで妙案が思いつき、もう少し様子を見ることにした。
「アンス侯爵です。まさか高名な将軍に会えるとは」
「ツヴァル伯爵と申します。将軍の有名はかねがね……」
そう西部貴族たちは自己紹介をしていった。へりくだってはいるがその目はゼフォルのことを成り上がりだと見下しているのがよくわかる。
そもそもこの自己紹介の次点でおかしい、彼らは爵位を失っているのだ。おおかた未だ信じられないと縋っているのだろう。
「これはこれは高名な貴族である皆様に覚えていただけるとは光栄です。不相応ながら騎士爵に任じられているゼフォルと申します」
あえてこちらもへりくだってやった。それにわざわざ少将ではなく騎士爵で自己紹介をしてやる。
どうせこいつらには少将という軍の階級は馴染みないだろうし騎士爵という爵位最低ランクの名前を出しておけば、勝手にその自尊心を満たしてくれると思ったのだ。
「彼らは家財や私兵を連れて私を訪ねてくれたのだ。前回の敗戦での損害を穴埋めできると思ってな」
「なるほどそれは助かります。このゼフォル、万の大軍を得た思いです」
「そうだとも!私が一声かければ兵士の1万や2万くらいすぐ集まりますぞ!」
案の定、適当なお世辞を並べてやれば上機嫌にベラベラと話し始めた。
どうにもこいつの言っていることはあながち嘘ではないらしい。
現在帝国西部は爵位を失った貴族と職にあぶれた役人や浪人が数多く存在しているらしい。
彼らはみな帝国で唯一立場を維持している西部貴族のオドールを頼りにしようとしているものが数多く、代表であるアンス侯爵が声をかければ多くの人間を集められるのだとか。
この言葉にゼフォルは心動かされた、勝手に内戦で敵対した西部貴族の兵を集めるなど反逆行為扱いされてもおかしくはない。しかしアンス侯爵などという貴族たちはどうでもいいが、持っている兵力と財力は魅力的だった。
それにちょっとしたお世辞でいい気になっている元貴族たちの様子をみてゼフォルは自分の得意なことを思い出していた。
どうにも自分は盆暗を扱う才能は高い気がするのだ。あまりうれしくない才能だと自分でも思うが、ヴァン・ウィルベートでは残った家臣を詐欺のような方法で操作した。オドールだって軍権のほとんどを預けさせた。
その経験をもってすれば目の前の領地と特権を失っている根無草どもなど母親が箱入り娘に言うことを聞かせる様に楽なはずだ。
いい気になるオドールと元貴族たちを見ながらゼフォルはお世辞の笑顔の裏で悪どいことばかりを考えていた。
あの日から宣言通り続々とこのハルード要塞に元貴族と浪人たちが集まってきた。
西部貴族の金持ちたちはオドール自ら接待しており、浪人や兵隊崩れどもの扱いはゼフォルに預けられていた。面倒ごとを押し付けられたともいう。
「閣下、増えた兵力を養うには現在のハルード要塞では手狭です。拡張しましょう」
「確かにそうだな、しかし費用は……」
「お任せください、私がアンス侯爵らに出資するよう説得します」
そうオドールに断りをつけるとゼフォルは迎賓室で楽しんでいるアンス侯爵らに会いに行った
「皆さま、失礼いたします。お菓子をお持ちいたしました」
「ぜ、ゼフォル将軍⁉一体その出で立ちはどうしたのだ⁉」
相変わらず迎賓室で談笑しているだけの彼らも、ゼフォルの出で立ちに驚いていた。
あえて軍服や官服ではなく異名と同じメイド服を着て、本物の使用人の代わりにオドールからもらった高級菓子をもっての入室だった。
「私は戦争で名をあげましたが、いまだ貴族としてはやっと家を再興させただけの未熟者、それに元は一メイドでしかありませんでした。真の貴族である皆様をこうしてもてなそうと思ったのです」
「ほう!ゼフォル将軍はこういった序列もよくわかっているようだな!」
そう言って菓子に茶を配膳するとアンス元侯爵らは喜んだ。もうゼフォルに対する警戒をないように思える。単純な連中である。
「そして罪深い私は皆様に謝罪をしなければなりません」
「将軍が罪深い?」
「前回の内戦のことです」
あの内戦は苦い記憶なのかさすがに彼らの顔色は悪くなる。しかしゼフォルは反省するかのような態度で話をつづけた。
「私はあの時、バルグリフ皇太子の軍に末席ながら同行いたしました。本来ならば、ご長男であるフィリクス皇子こそ正しい後継者だったはずです。なのに、バルグリフ皇子は……あのことは今でも夢に出ます。皆様のような忠勇な帝国貴族を貶めるような戦いをいまだ若輩である私は止めることができませんでした」
そう言って深々と頭を下げる。
夢に出るのは嘘では無い。ついこの前も総司令官がベルズーフではなく自分で、エスメルを伴って西部貴族の軍勢を鎧袖一触で蹴散らしフィリクス皇子を捕える夢を見たばかりだからだ。
「そうだ!第二皇子は我らをどう心得ているのか!」
「卑劣な奇襲によってフィリクス殿下を貶めよって!」
「我ら西部貴族がどれだけ帝国に貢献してきたと思っているのか!」
どうやら彼らの馬鹿さ加減は前回の敗戦でも治らなかったらしい。
ゼフォルがその気になればバルグリフ皇太子に密告してこいつら全員の首を飛ばすこともできるのだが、メイドにまでなってへりくだり、もてなすゼフォルはもう敵ではないと思っているのだ。
「ご怒りはもっともです。ですので皆様の大望を叶えるお手伝いのため、今回は頭を下げに来た次第です」
「我々の大望?」
「言わなくてもわかっております。皆さまはこんなところで終わる豪傑ではありません。唯一残った帝国の良心であるオドール閣下を盛り立て、王国を撃破するそのためにここに参ったのでしょう?」
そういうと一様にポカンと口を開けアホ面になった。せいぜいオドールの元に逃げ込めば贅沢な暮らしと当面の安全が買えると思っていただけでそんな話考えたこともないのだろう。しかしゼフォルは逃がす気はなかった。
「東部方面軍総司令官であるオドール閣下を盛り立て帝国を撃破すれば、その功績はバルグリフ殿下でも無視できません。そうなれば皆様は領地を取り戻せます。そうでなくとも切り取った王国領の新貴族になれるでしょう。再びフィリクス皇子を盛り立てるのも不可能ではありません。オドール閣下の副官でありながら大罪を犯した卑賎の身である私に償いとしてお手伝いをしたいのです」
そう言ってしばらく静寂が場を支配する。ようやく頭の回転が追いついたらしい貴族の一人が口を開いた。ツヴァル伯爵だった
「おぉ!応とも!将軍‼そなたの言う通りだ!我らはこの地で大きな功績を立てて帝国を正しい方向に戻そうと思っていたのだ!それに気が付くとはおぬしなかなかやるではないか!」
それを皮切りに元貴族たちから賛同の声が上がる。中にはなにいってんだこいつといわんばかりに呆然とするものも居たが、流れに完全に押しつぶされていた。
「冷遇されてなお、真の忠義を持つ皆様に感服いたしました……」
そう言って涙すら流してやる。私ほどの美人が流す涙は昂った心にさぞ気持ちがいいだろうとゼフォルの内心は冷めきっていた
「わかってくれるか将軍、貴官も我々のために戦ってくれるか?」
「もちろんです、戦いにはいささかの自信があります。皆様にロッソから切り取った領地を献上しましょう。つきましてなのですが、皆様には東部方面軍の強化のため資金の提供をお願いしたいのです」
流石にこの提案には皆押し黙った。功績は欲しくても身銭は切りたくないのだろう。
「騎士爵程度のわが身にはどうにもならないのです、何卒……」
そう涙すらうかべて訴える。まぁその涙は泣き笑いと同類の何かだったが。その甲斐もあったのか何故か代表であるアンス侯爵を差し置いてツヴァル伯爵が勢い良く吠えた。
「もちろんだとも将軍!我らを受け入れてくれたオドール閣下のため!そしてこのかわいい貴族の後輩であるゼフォル将軍のため!ここは我らの力を見せつけようではありませんか!」
「ありがとうございます!」
何か言いたげなものも多かったが勢いよく頭を下げて封殺する。ツヴァル伯爵はいい道化だった。せいぜいアンス侯爵の腰巾着程度かと思ったがよく踊ってくれた。
「……確かに我らの大望を話すにはいい機会だった。ゼフォル将軍、資金は私たちに任せよ。真なる帝国のために」
ついにこの場の主であるアンス侯爵も口を開いた。何も本当にそんな殊勝な心掛けがあって賛同したのではない。この場のまとめ役なのにツヴァル伯爵に主導権を握られるのはまずいと思ったのだろう。
「真なる帝国のために」
そう合わせて復唱するがゼフォルの内心は彼らへの嘲笑しかなった。
なにが真なる帝国のためにだ。貴様ら自体が前時代の遺物が無駄に豪華な服着て歩いているような存在のくせに。
そういう言葉はむしろエスメルやバルグリフ殿下、認めたくはないがベルズーフなどと言った英雄たちにこそ相応しいのだ。
惜しむべきはそんな英雄達が持っててもこんな連中が持っていても金の価値は変わらないのだ。ならばせいぜい利用しきってやろう。お前達のそのぬくぬくと溜め込んだ財産は王国との戦いに吐き出させてやる。
そうゼフォルは企んでいた。
こうして資金源を確保したゼフォルは嬉々としてハルード要塞の増築を進めていた。人手なら集まってきた浪人や兵隊くずれたちがたくさんいる。
迎賓室でふんぞり返っている元主人たちにたいして彼らはほぼ野宿のような有様だったので、彼らに屋根と壁を提供する一環といえば嬉々として働いてくれた。
同時に勝てば再び身分の保証と褒賞を約束して徴兵し装備や武器もそろえ彼らの戦力化も進める。そうすると見知った顔が紛れ込んでいたのでゼフォルは声をかけていた。
「こんにちは。エインヘリル伯」
「む、活躍は聞いていたがこんなところで会うとはな、ゼフォル将軍」
もしかしたらとは思っていたがあのアルセリア・エインへリルもこの地にまで流れていた。
なんとアルセリアは工事現場で資材を担ぎまわっていた
「貴女も元貴族でしょう?なぜアンス伯爵のように迎賓室にいないのですか」
「私は兵とともにいたい、あんなところにいるのは柄じゃない」
この回答にはゼフォルも高評価だった。基本的に軽薄だと自覚しているゼフォルだが麾下の兵士たちには愛着がある。一将功なりて万骨枯るとはよく言うが、将軍になったからこそ万骨には敬意があった。
「素晴らしい回答です。ますます好みになりました」
「私にそっちのけはないが……」
「そうではありません!兵とともにあるのは大事ですが人には立ってもらう立場というものがあります。ついてきてもらっても?」
「少将閣下には逆らえんだろう?わかった。いこう」
そしてゼフォルは近場の現場監督に言いつけてアルセリアを連れていく、ゼフォルは歓喜していた。
エインへリル家も取り潰しになったのは聞いている。自分に並ぶ能力を持ち、他人の手の付いていない人材などそうそう現れるものではない。
ゼフォルの部屋の将官用の浴室に案内させ、体を清めてもらう。その間に佐官用の服を用意し、オドールからもらった菓子と茶を用意しあがるのを待った。出てきたアルセリアに甲斐甲斐しく前職のように服の着付けまで手伝った。経験もあるしこんなに都合の良い優秀な人材の為なら苦ではなかった。
「至れりつくせりだな」
「前職で慣れているのですよ」
そしてついにゼフォルはアルセリアと自分の将官室で戦場以来の対面をした。
「単刀直入に言いましょう。アルセリア・エインへリル元伯爵、私のもとに付きなさい、私の権限で少佐に、そして欲しいものがあればお家の再興でも何でも手伝ってあげますよ?」
「今更時勢に逆らってまで伯爵位を復活させようとは思わんな……もともと傾いていたし、強いて言えば金が欲しい。私についてきてくれた従者や家臣に当面の生活資金くらいは渡してやりたいのだ」
高潔すぎる回答だった。他の西部貴族の盆暗と違って時勢は見えているし金の使う先も好感が持てる。自分でもこんな解答しないともゼフォルは思った。
家の再興に関してもアンス侯爵やツヴァル伯爵のに対してはすべてが噓でする気もなかったが、アルセリアにたいして言ったことはすべて本気だった。どうしても目の前の元女伯爵が欲しかった
「この額でどうでしょう?」
「……いいのか?」
「どうせあまり使いませんしこれで貴女が仕えてくれるなら構いません」
かなりのまとまった額をアルセリアに提示した。
ゼフォルは少将になってかなりの高給取りになったが、使う機会はなかったし、戦功に興味はあっても金にはあまり興味がなかった。そのため一括でかなりの額を提示できた。
その気になればオドールやアンス侯爵からもらった金を渡すのも可能だったが、目の前の猛将を雇えるならば身銭を切るという誠意を見せたかった。
「わかった。こうも二つ返事で願いをかなえられてはな。家名は失ってしまったが、アルセリアだ。貴女のもとで剣を振るおう」
「歓迎しましょうアルセリア少佐」
こうしてゼフォルはアルセリアという切り札とも言っていい人材を手に入れた。そのあとはアルセリアの従者や家臣に纏まった金をわたして安全なヴァン・ウィルベートや帝都に帰ってもらい、元エインへリル家の兵を中心にアルセリアに3千のを兵与えた。
これがゼフォルの元にアルセリアが仕えた経緯だった。
「ふふふ……あなたを部下に加えたのは望外の喜びですよ」
アルセリアを部下にした経緯を思い出しながら彼女が中佐になったことを喜ぶ。
とっとと将官クラスかせめて大佐になってほしかったが、西部貴族でも没落者として有名だったアルセリアを一息に高い階級には出来なかった。
「過分な評価感謝します。今回はもう帰還しますか?」
「えぇそうしましょう、残念ながら私はまた勝ち過ぎたらしいですね、また連中は城塞にこもってしまいました」
そう遠目で見えるロッソ王国の国境を守る要塞、ザントン城塞を双眼鏡で観察する。増えていった兵の訓練、アルセリアの功績のために幾度か小競り合いを繰り返したが、結局戦力の削りあいの域を超なかった。それでもゼフォルは勝ち続けた。その結果は前と同じである。ロッソ王国は前回同様に城塞に再びこもってしまった。
しかしゼフォルもただでは済まさない。ザントン城塞へと攻め込むことこそなかったものの、こうして小競り合いのたびに距離を縮め、密偵も放って構造を把握しつつあった。
お勉強だけはできるオドールの参謀に研究もさせている。いつかはきっとあの城塞を突破してやるつもりだった。
西部貴族の資金力、増えていく兵力、そしてアルセリア、これらがあればきっと。そうゼフォルは信じていた。