帝国は南部小国家群との戦争を開始した。その報告を遠く離れた東部のハルード要塞の自室でゼフォルはいの一番に受けていた。
南部小国家群はもともと帝国にも王国ともつかず離れずの関係を維持し、今日まで独立を保っていた小国家の集まりだ。中には帝国と友好的な国もあるし、王国と仲良い国もあるし、どちらでもない国もある。
これまでの帝国はたいしてこの小国たちに目を向けず、外交関係は南部の貴族たちに任せっきりだった。
外交的に利点はない、ただの大国としてのくだらないプライドからくる行為だ。
その状況が一変したのは第二皇子であるバルグリフ皇子が実権を握ってからである。
皇子の基本方針は中央集権化であり、持っている支持基盤は兵士こそ屈強であるものの土地は貧しい北部のみだった。
しかし二年前に東部の名門であるウィルベート家正統後継者エスメル・ウィルベートの後見人になることで帝国東部を、さらに後継者争いでフィリクス皇子を失脚させ帝国西部を手に入れ、この時点でバルグリフ皇子は帝国の過半を占める大きな影響力を手に入れた。
その勢力を前に、東部や北部のように屈強な兵を持つわけではなく、西部のように豊富な財力があるわけでもない帝国南部の貴族たちはほとんど無抵抗に屈服した。
これによりバルグリフ殿下の帝国統一事業はほとんど完了していたといってもいいだろう。
強大な帝国を苦しめていた各領主がバラバラに統治していた弊害はなくなり、政治は健全化され、経済も好調であった。もはやバルグリフ皇子が皇帝になるのも時間の問題だった。
しかしいいことばかりではなかった。南部貴族の主権を取り上げたせいで小国家群との外交関係は著しく悪化していた。
だがそれだけではないだろうとゼフォルは予想していた。
帝国は中から見れば名君が統治するようになって、上向きで発展している。
しかし外から見れば二年前王国に敗北を喫して、さらに後継者争いの内戦を起こしている国だ。
おおかたそういった上っ面だけを見て、仲の良かった貴族を失脚させられて機嫌が悪くなり、今なら領地の少しでもくすねられるだろうと判断した小国家群が動いた。おおよそこういったことだろう。
どちらにせよ小国家群は大した相手ではない、構成国すべてを束ねても帝国には逆立ちしても勝てない国力差があるし、何より今帝国南部にはエスメルがいる。
グローメルだけだったら心配したかもしれないがあの天才であるエスメルが負けるビジョンは浮かばなかった。
さらに帝国中央からはベルズーフが主力を率い南下しようとしている。この迅速さはおそらくベルズーフを始めとした上層部にとって小国家群の攻撃は予想をしていたのだろう。
そのベルズーフからは東部方面軍に王国への警戒命令が出ていた。そう、小国家群は本命などではないのだ。間違いなくこの隙に王国は帝国へ仕掛けてくる。しかし仕掛けようとしているのはゼフォルも同じだった。
「ではこれより軍議を始める!」
ゼフォルが先ほどの報告を伝え、緊急で軍議が開始された。相も変わらず最上座でオドールがふんぞり返り宣言する。
次席にゼフォルが座るのは変わらないが会議に並ぶメンツはかなり顔ぶれが増えていた。ただでさえオドールの参謀が多かったが、さらにアンス侯爵らの元西部貴族の一派がさも当然といった態度で座っていた。
其れだけでなく、ゼフォルの直接の配下であるクレッチマーの隣にアルセリアもいる。
オドールを頼りに亡命してきた西部貴族達から従軍する将校や士官も大いに増えた。ゼフォルからしてみればアルセリア以外いても居なくても変わらない連中だったが、将校が増えたということは当然その配下である兵士も増えている。
現在の東部方面軍の兵士数は9万近くに膨れあがっていた。もともとがオドールの5万を中心にゼフォルの1万5千の合わせて6万5千が正式な戦力である。しかし今では帝国西部の浪人や兵隊崩れが集まり続け、その数は2万5千まで上った。
方面軍には現地で志願兵を受け入れたり徴兵を独自に行う権利は確かに存在する。しかしそれを込みでも異様な数であった。
「ではゼフォル将軍、戦況の説明を頼みたい」
「はっ」
ゼフォルは聞いちゃいないがご自慢のご高説を一通り喋って満足したのかオドールは話を振ってきた。
軍議が始まってからというもののクレッチマーにアルセリア、その他一部の将校の目はゼフォルに向いていた。これだけで真の支配者が誰かということがよくわかる。彼らもまた、オドールの話などまともに聞いていないのだ。
「皆さま遂に南の小国家群が動きました」
「あんな小国家群などわがイスペリア帝国の相手ではないでしょう」
「連中も血迷ったんものですなぁ」
アンス侯爵ら西部の貴族たちはそう口々に小国家群を貶す。これまでの杜撰な外交関係といい、古い貴族どもの頭の中では小国家群など取るに足らない存在らしい。
しかしその能天気さはゼフォルからしたら大局の見えない愚鈍でしかなかった。
周りを伺えばクレッチマーは困った顔をしているし、アルセリアは目線でこいつらを黙らせろよと訴えてきている。
オドールやその参謀たちですらいい顔をしていない。もう元貴族でしかないのに彼らは軍議中にも大きな顔をしてくる。金だけ払ってればいいものの邪魔であった。
「南の小国家群は相手ではありません、ベルズーフ大将が主力を率いて南下しています。問題はこれに合わせて王国が動くということです」
その言葉に部屋はピシリと引き締まった気がした。少なくとも実戦経験のある士官たちは帝国が二正面作戦を強いられることを警戒しているのだ。
「しかし王国軍とはいってもゼフォル将軍に毎回追い返されているだけではないか」
「いえ、これまで私が勝てたのは敵も損害を嫌って小勢での戦いしか起こらなかったからです。この千載一遇の機会に王国は大軍をもって攻めてきます。それに中央の援軍の望めない状態で戦わなければなりません」
「だとしてもここには将軍以外にもオドール閣下もいるし、何より我々が協力しているのだ、そう心配はいらないだろう」
説明してやっても楽観的な感想しか述べないアンス侯爵に流石のゼフォルも頭を抱えた。
この男当初は西部貴族たちのまとめ役を気取って大物ぶって黙っていることの方が多かったのだが、最近はなにかとゼフォルに乗っかるツヴァル伯爵が存在感を発揮するものだからそれに負けじとやけに話すようになった。
しかし軍事に関してはどれもこれも頓珍漢なことを言っては空回りをするのである。
それに焦ってさらに発言をするという見ている分には面白いが軍議の進行を担当しているゼフォルからすれば迷惑極まりない一人相撲をしているのだ。
下手に偉いから邪険にするわけにもいかない。端的にいって黙っていて欲しかった。
「その油断は命取りになるぞ、我々は王国には煮え湯を飲まされたことがある」
アンス侯爵をオドールが一喝した。ゼフォルが留守にしていた時に負けた時のことを言っているのだろう。
「そ、そうですなこれは失礼いたしました」
流石にこの場の最高責任者の言葉は重い、威勢のいいことばかり言っていたアンス侯爵が謝罪した。以外な援護にゼフォルはこの場ではオドールに感謝した。
「二正面の戦いを強いられる帝国に対し、王国軍は二年前のように大侵攻を行う可能性が高いです。これまで彼らが小競り合いに終始していたのもこのような機会をうかがって準備を進めていたようにも感じます。東部方面軍全軍を警戒態勢に移行し、すぐに動かせるようにする必要があるかと」
「うむ、編成と指揮は将軍に任せる」
あっさりと全権はゼフォルの物となった。もうオドールは軍事に関してはなにも口出しをしないようになっていた。
あれだけベルズーフを超えるお手伝いをするなど言って忠誠心をアピールをしたのもあるが、それ以上にゼフォル抜きで負けたのが効いたのであろう。
その後軍議は作戦と指揮系統など、細かな部分を詰める段階に入ったが、こうなればゼフォルの独壇場だった。
総司令官であるはずのオドールは何も口を出さないし、アンス侯爵らは言っても恥をかくだけだと気付いたのか黙っていた。オドールの取り巻きである参謀たちも元々が主体性のない連中に過ぎないので、ゼフォルの意見に頷くことしかできないでいる。
クレッチマーとアルセリアも発言をしたが、そもそもの影響力が低かったし、それらは益のあることも多かったので気にはならなかった。
そんな会議の中でゼフォルは自分の築き上げたものの完成度に満足していた。
東部方面軍はいまや帝国中央から与えられた数以上にその規模を膨らませている。
その指揮権はゼフォルが好き勝手をしていいのだ。少々アンス侯爵など厄介なものも抱えているが、構成する将校はゼフォルの命令をよく聞くようになった。そしてアルセリアとクレッチマーというなかなかの能力を持つものも居る。
当初は帝国東部でオドールと組まされたことには辟易としていた。所詮は帝国が態勢を整えるための時間稼ぎのための人事だと思っていた。
実際そうなのであろう。しかし意外なことに西部貴族の流入によって予想だにしなかった戦力が整いつつある。
ようやくツキが回ってきたのかもしれない。いやツキ自体はこれ以上にないくらい回ってきていてたはずなのだ。
あの日エスメルに将軍に任命された時から、ならばこれ以上は自らの手で掴み取るべきだ。この戦力があればベルズーフを超え、エスメルをもってしても抜かされることはない。それだけの功績を上げられるはずなのだ。