メイド、勤務先の大敗北で将軍になる   作:メカバレ

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心境

 結局日も落ちないうちにゼフォルの進撃を阻み続けた王国のザントン要塞は陥落した。

 かつて帝国軍の前に強固に立ちふさがった城壁はゼフォルがオドールに強請って買わせた攻城兵器によって破壊され、城内は王国軍の死体まみれだ。火も放たれたのかあちこちから黒煙がもうもうと立ち込めていた。

 

「素晴らしい物資ですね」

 

 ザントン要塞を占領したゼフォルは戦利品の確認を行っていた。そばには部下であるアルセリアとクレッチマーを控えさせている。

 王国軍が貯蔵していた装備や兵糧はかなりの規模の城塞であるという事と、ほとんどの兵が逃げる前に速攻で落としたのもあって残された物資は闞沢であった。

 

「これだけあればいくらでも戦えるでしょう」

 

「この物資を奪って撤退してしまうのも良いのでは?連中はこのザントン要塞を起点に進攻しようとしたのです。物資を奪ってしまえば王国の侵攻計画は大きく停滞するでしょう」

 

 そうクレッチマーが発言しアルセリアも無言でうんうんと頷いている。有力な部下である二人の提案ではある。しかしゼフォルの腹はすでに決まっていた。

 

「三日です。三日の休息を兵に与えたのち出陣します。向かってくるであろう王国軍をこちらから迎撃するのです」

 

 二人は驚愕していた。ゼフォルにとっては予想の範疇だった。

 

「敵は浮足立っています。このまま畳みかけますよ」

 

「何故そうも焦られるのですか?ゼフォル将軍らしくない」

 

 あのクレッチマーが語気を強めた。こうも強く主張をしてくるのは初めてだったのでゼフォルも驚いた。

 

「もしアンス侯爵やオドール閣下が功を急かしているのならば気にする必要はありません、どうせ将軍がいなければ何もできないのですから言わせておけばよいではないですか」

 

「私がオドールや落ちぶれ侯爵ごときを恐れているとでも?」

 

 何かと後始末をさせられているクレッチマーが彼らを嫌っているのは知っていた。だからここではっきりといっておくことにした。

 ゼフォルにとってあの二人は恐れるべき上司でも何でもない。その権力と資金を有効活用してやってるパトロンでしかない。

 そしてゼフォルの考えを東部方面軍では少ない信頼できる指揮官である二人にここで宣言するのだ。

 

「アルセリアにはもう伝えましたね、私はこのまま奪還のために集結するであろう王国軍の主力すべて叩き潰します。そしてこの戦争に幕を引くのです」

 

 そうはっきりと伝えるとクレッチマーはゾッとしたような顔でアルセリアを仰いだ。

 いつもどこかひょうひょうとしている彼のこんな表情を見るのは初めてだった。アルセリアも力なく黙ってうなずく。

 

「何故です!帝国中央からベルズーフ大将からも警戒命令に止まっているでは無いのですか」

 

「最前線に出ていて、命令をただ聞くだけの将軍など二流ですよ。クレッチマー」

 

「し、しかし……」

 

「ではクレッチマー将軍、私の行為をベルズーフ大将に報告をするか、オドール中将に利用されているとでも告げ口しますか?もはや東部方面軍は止まりはしません、ほかならぬオドール閣下や出資者気取りのアンス侯爵があれだけやる気を出しているのですからね?貴方は賢く私もその能力を評価しているのですよ?この敵中で私を失脚させますか?」

 

 今、東部方面軍はまさに敵地に踏み入っており、なおかつ大軍が向かってきているのだ。ここでゼフォルが指揮を行うことができなくなればどうなるかはまともな指揮官ならすぐに想像がつく。

 まるでではなく、これは脅しだ。次の戦いでこの二人の協力が必要であり、降りることは絶対に許さなかった。それが分かる人間のクレッチマーはついに押し黙ったが、数秒のうちに再び口を開いた。

 

「将軍がそこまで戦果をお望みなら良いでしょう、ゼフォル将軍の命に従います。……ですが最後に言わせていただく、このことをエスメル公爵が知ったらどう思いましょう」

 

「……お嬢様が、なんだというのです?」

 

 唐突に出てきたエスメルの名前にゼフォルは少したじろいだ。今やっていることを彼女に知られたらと思うと後ろめたさがあった。

 

「エスメル公爵とともにあった将軍はもっとゆとりが、余裕がありました。よく考えてください、公爵ならばどう判断しますか?あの時のヴァンダル高原のように慎重論を取ったのではないのですか」

 

 その後ろめたさをよりによってクレッチマーに突かれ、ゼフォルはそれまで鉄面皮の裏に抑えつけていたものがあふれ出た。

 

「黙りなさい准将!エスメル公爵はいまだ大佐の身にして今は南部方面軍の所属です!東部の戦況の判断は行えません!真に東部方面軍の指揮が取れるのはこの帝国でこの私しかいないのです!」

 

 そう内心の感情を丸出しでクレッチマーを叱責する。こんなに声を荒げることをゼフォルはほとんどしない。あのアルセリアですら変なものを見たという表情をしている。

 

「勝つ算段はいくらでも用意しています。あなた方二人はこの東部方面軍でも有数の指揮官だと、評価しているのですよ?私に従って勝てば褒美は思いのままです」

 

「……差し出がましい真似をいたしました。ご無礼をお許しください」

 

 ついにクレッチマーはついに折れたのか頭を下げた。その隣のアルセリアもバツの悪そうな顔で続いていた。言葉に嘘はない、ゼフォルが出世したらこの二人だけはいくらでも栄達を望ませてあげるつもりだった。

 

 

 

 クレッチマーとアルセリアが退出した後、ゼフォルは自分の天幕で頭を抱えていた。何とかあの二人に王国侵攻に従うよう命令できた。しかし絶対に納得などしていない。

 それでもあの二人より自分の方が優秀なのだ。そう割り切ってこの判断は間違っていないと多少無理やりに納得する。

 

「やぁ将軍、大作戦の前にあいさつと思いましてなぁ」

 

「ツヴァル伯爵、態々お越しになってくれるとは」

 

 ゼフォルの天幕にツヴァル伯爵が訪ねてきた。友好的な笑みで接してくる伯爵だがゼフォルの内心は冷めきっていた。こんなのに好かれてもうれしくもなんともないのだ。

 

「いや、さすがの軍才でございますな将軍、オドール閣下もさぞ助けになっているでしょう。まさに将軍は帝国軍一だ!」

 

「光栄です」

 

「次はどのような支援が必要ですかな?いくらでも用立てますぞ」

 

「あまり広言したくはありませんが、アンス侯爵よりよほど話が分かって助かります」

 

 お互い少々回りくどい言い回しだが、要約すればゼフォルこそオドールより総司令官にふさわしい、ツヴァル伯爵こそ西部貴族たちのリーダーにふさわしいとお世辞を言いあっているだけだ。

 目の前のツヴァル伯爵の対応からわかるようにゼフォルの東部方面軍の立場はまさに盤石だった。実質的にオドールを超える権力に西部貴族たちも分断させ万一に固まって敵に回らないよう措置すら行っている。

 いつもならこの馬鹿伯爵を大いに利用していると笑えていたが今はむなしいだけだった。

 オドールやツヴァル伯爵というどうでもいい人間はいくらでもその心を操って意のままに操れる。だが真に能力のあるものは、脅迫まがいのことで縛り付けないとゼフォルは味方にできなかったのだ。

 それがどうしても苛立たしかった。あのベルズーフには信頼できる配下の将がいくらでもいる。

 ゼフォルに能力では劣るであろうグローメルはむしろこういったことに特化しており交友関係が広い。

 そういった帝国の将軍たちを見て、ゼフォルもそういった配下が欲しかった。なんだかんだで付き合いの長いクレッチマーや同性で年齢も近いアルセリアはそういった部下として申し分がなかったが、先ほどの反応通り、心からの忠誠は得ていない。

 

「将軍なら王国など鎧袖一触で――」

 

 目の前でペラペラと喋るツヴァル伯爵の話など何も頭に入らない、操り人形に褒められて喜ぶ趣味などゼフォルには無いのだ。むしろクレッチマーから言われたエスメルの話が反芻された。

 エスメルに従った二年前、今と変わらず戦っていたが間違いなく楽しかった。兵士は寄せ集め、ほぼ名目とはいえ、エスメルの部下として働いていても、とても充実していたし負ける気もしなかった。

 今は少将にまでなった。そのつてで軍略の本も読みあさり、将校教育も満点に近い成績を取り、王国に勝利し続けついには9万に近い大軍を実質的に率いている。

 しかしその隣にエスメルがいないのだ。それどころか傀儡ばかりで周りを固め、真に信頼できる部下一つ持てない自分がどこか惨めだった。

 

 

 

 気が付けばツヴァル伯爵は帰っていた。相変わらず実りのない会話だったが、今回は収穫があった。最もゼフォルが伯爵の話を無視して心の中で勝手に自問自答をしていただけで相変わらず伯爵から得るものなど何もなかったが。

 

「あんなのにしか私は好かれないのでしょうか」

 

 伯爵の去った出口を見ながらゼフォルは一人つぶやいた。クレッチマーにはもうこの敵地では逃げられないと脅したが、それはゼフォルも同じだった。いまさら交友関係や戦略を見直したところでもう王国と戦うほかはないのだ。

 思えばこの基準は面白いように分かれていた。王国と戦うのを避ける意見の者はエスメルにベルズーフ、クレッチマーにアルセリアとゼフォルの認めたもの達ばかりだ。

 そして戦いに乗り気なものはオドールに西部貴族たちとゼフォルが見下している連中ばかりだ。そして乗り気なのはゼフォルも同じだ。

 こう区別するとゼフォルも地盤が見下している連中と同じになってしまう。だが、違うのだ。この基準をひっくり返してこそ自分は真に帝国最強の将として生まれ変われるのだ。

 

「ここで勝てば私は反対してた者を超えることができる……そうですよねお嬢様」

 

 もし本人に言っても馬鹿なことをしないで早く撤退しなさいといわれただろう。

 だがそれでも心のどこかにある不安を押し殺しゼフォルは進撃を決意した。

 

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