ゼフォル率いる帝国軍いや、ゼフォルの影響が少なくなった今、西部貴族とオドールの率いる帝国軍東部方面軍は王国都市アルガンへと攻撃していた。
この都市は王国の内地の都市でありここを落とせば王都への進撃が叶うほどの要地である。
アルガンは完全に隣国との戦闘を考慮していない大都市で、人口こそ多いが城壁は低く戦闘には全く向いていない。このような都市が攻撃にさらされるのは王国がそれだけ追い詰められていると言うことであった。
「ただいま戻りました。敵将三人の首です。ご確認を」
そう言ってしんと静まり返る本陣の中でゼフォルは王国軍指揮官の首を煩わしそうに三つ放り投げる。その横では西部貴族の将軍たちが這う這うの体といった形で肩を震わせ跪いていた。
驚愕の目で見つめるオドールやアンス侯爵らの視線を気にせず自分の席に座った。
戦況はゼフォルの予想通りに推移していた。アルガンを攻めた帝国軍はその防御能力の低さからあっという間に城壁を突破したがその後がまずかった。
案の定アンス侯爵ら西部貴族の一部は無用な収奪でその欲望を満たした結果、アルガンの大人口を敵に回してしまった。
完全に武装した帝国軍に表立って歯向かうことはないもの。水面下で情報や物資面で王国軍を支援し、残り少ない王国軍正規部隊の助けになっていた。
その結果帝国軍は完全にアルガンの街を制圧出来ずにいた。
ゼフォルの横で震えている将軍たちも、無用な物資徴収に精を出していたら罠にはめられ少数の王国軍に無様に敗北していた。最もその王国軍はゼフォルが全滅させたが。
「全く前に進めんではないか!」
「貴公の部下たちもまさかあんな少数に負けるとは!」
「それよりだ!このままでは敵の援軍が来るという噂もあるぞ!」
会議は荒れに荒れていた。帝国が優勢になってここぞとばかりに持論を語っていた彼らだが、所詮はゼフォルによって快進撃しか知らなかったのである。こうも苦戦と足止めを味わえば何もできなくなっていた。これにはオドールもアンス侯爵もどうすることもできなかった。
この喧騒を前にゼフォルは何も口を出さなかった。明らかに不機嫌という態度を崩さず、ひたすら黙っていた。
当然だ。すべてこいつらの自業自得なのだから、むしろ自身の完璧な戦略が崩されて怒りすら覚える。アルガンなどという前線から離れた平和ボケしている商業都市など、適当に脅して降伏させ、進軍に十分な物資だけ徴収してとっとと素通りすれば良かったのだ。それを阿呆どもが欲をかいた結果がこれだった。
「ゼフォル将軍、副司令官として何かないかね」
ようやく恐る恐るといった体でオドールがゼフォルに言った。彼もさすがにこの行為に恥くらいは覚えているのだろう。
「いえ、特には。成り上がりの私が皆様に意見するなど、とてもとても」
「頼む、君の力添えが欲しいのだ」
そう言ってオドールは西部貴族たちを睨みつけ、牽制しながらゼフォルの機嫌を伺うように言った。
このへんが潮時だろう。油断によって緩やかに反ゼフォルで固まっていた彼らは再び反目しあっている。もう結びつくことはないだろう。
「まずそこの連中を命令違反、非戦闘員への攻撃で処刑しましょう。話はそこからです」
「な⁉それは⁉」
「わかった。そうしよう」
「オドール殿⁉」
ゼフォルの提案に彼らの親族と思わしき貴族が声を荒らげるがオドールは無慈悲に処刑の決定を下した。泣きわめく彼らは本陣から連れ出されていった。
「私はあまり過去のことを蒸し返したくありません。以後、従っていただけますね」
「……もちろんだ」
ゼフォルの提案にオドールは頷くしかなかった。復権したことを参加者に示すように不敵な笑みを浮かべるゼフォルだがその内心は決して明るいものではなかった。
「……むごいなこれは」
アルセリアがゼフォルに言った。配下になってからというものの、しっかりと上官と部下という態度を守っていたアルセリアがそれを崩している。それをゼフォルは咎める気にもならなかった。
今二人は野外の小高い陣地でアルガンを見下ろすように見ていた。
ゼフォルの作戦によって帝国軍は占領しきれなかったアルガンを一時的に放棄した。そのことに王国軍は歓喜し、周りにいた援軍たちもこぞってアルガンに入城し守りを固めた。しかしそれがゼフォルの罠だった。
退却時にゼフォルは帝国軍が手を付けられる全ての食糧を収奪し、持ちきれなければ火にかけてしまった。
それでいて捕まえた捕虜や人に関してはアルガンにそのまま放って置いて、全軍を挙げて再びアルガンを包囲した。
もともとアルガンは大人口を抱える大都市だがそこに住まう人々は自分で食料を作るのではなく、商業で稼いだ金でよその土地の作物を買うのである。要するに食料自給率は著しく低いのだ。そんな都市が軍隊に捕虜と大人口を抱えて周りを隙間なく包囲すれば待っているのは飢餓である。
すでにゼフォルが包囲してから一月経とうとしていた。その効果は絶大だった。今日も飢えに耐えかねた市民すら所属している決死部隊が帝国軍の包囲を突破しようと突撃を試みるも、迎撃を想定した帝国軍に矢を射かけられその骸をさらしていた。
遠目で見える城壁の上の兵士たちは力なく項垂れており戦う気力もないだろう。大都市だというのに火の気もほとんど立たず、料理をしている気配もなかった。
「私をむごいといいますか」
「貴女ではないさ、兵糧攻めだって立派な作戦の一つだとも。補給路にクレッチマー准将を配置したおかげで私たちは腹が膨れているのだからな」
「……私だってこんなことはしたくありませんでした」
ゼフォルとてこれは不本意だった。
書物上で兵糧攻めがどういうものかは知っていた。この非道な行為だってゼフォルは許容する。
相手は飢えて自分たちは飯にありつける。大変結構ではないか。腹の減った軍隊などゼフォルの敵ではない。
だが本当ならアルガンは適当に脅して降伏させ、もっと軍を王都へと前進させる予定だったのだ。それがアンス侯爵一派の愚行でいたずらにアルガンの敵対心を煽ってしまった。
終わりのない大都市内の攻防戦になってしまえば、きっと時間切れだ。この一月ですらもう怪しかった。
きっと王国軍は再編成を終えているだろう。ゼフォルが王都を落とすにはもう一戦必要になるはずだ。
その時、アルガンを落としきらなければ間違いなく後方を突かれる。二年前ゼフォルが王国軍にやったときのようにだ。
避けるには兵糧攻めで市民ごとその心を折るしかなかった。それでもゼフォルは貴重な時間を失う羽目になった。
「そもそも私が全てを率いていれば!こんなことする必要もなかった!」
「……済まん、無神経だった。大丈夫か?」
「私が大丈夫でなければ、この軍は終わると言ったのは貴女でしょう」
つい本心を吐露すると今度はアルセリアは気を遣ってきた。上官としてあり得ない姿だが、今のゼフォルに取り繕う余裕もなかった。
「世界とは不平等ですね」
「急になんでしょうか」
「もう敬語はいいですよ、敬われるほどできた人間だとは思っていません」
「急になんだ」
さすがにゼフォルの様子にまずいと思ったのか思い出したようにアルセリアが敬語を戻すが、それも今はどうでもいいことだった。
「本当に面白い人ですね、貴女は。……アンス侯爵がこの作戦になんといってたかご存じですか」
「派手さのない、つまらん作戦」
「そうです。そう言って自分は美食に美酒を味わっていました。仮にも兵糧攻めをしている軍の指揮官の一人がですよ?」
「嫌な奴だな」
アルセリアが一言に纏めてしまったが、軍議室でそうぼやいた侯爵を見てここまで無神経な奴だとは思わなかったし、誰のせいでこうしているのだとゼフォルは罵声どころかその場で切り殺したい衝動を我慢していた。
「そう!あの金だけ持っている家に生まれた無能が!私の作戦を無駄にした挙句にふんぞり返って!誰がここまで帝国軍を勝たせたと思っている!」
に口汚くアンス侯爵を罵るゼフォルにアルセリアは目を丸くした。
「驚いたな、お前がそんな口が汚くなるとは」
「もともとこんなで矯正させられたのですよ。前職はメイドでしたからね、最近はストレスで戻るだけです」
「さぞ矯正した上司は苦労しただろうな」
「でしょうね」
言うことを言うアルセリアだが、ゼフォルは特に気にしなかった。事実エルシアはさぞ苦労しただろう。
今この場で唯一信頼に足りるアルセリアの他愛のない会話は少し気が晴れた。
「アルセリア、もしアンス侯爵一同が生き残っても絶対に出世はさせません。あのまぬけ中年どもが得ようとする功績全て貴女にあげてやってもいいです。エインへリル家を元王国領に大きな領土を持つ領主にしてもいいですよ」
あくまで将官の一人であるゼフォルにそんな権限はないが本気だった。いかなる伝い手を使ってでもその功に報いるし、それだけアルセリアを忠実な味方として留めて置いたかった。
オブラートに包んだがゼフォルは必ずアンス侯爵を殺す気だった。
戦場で討ち取られるように仕向けるつもりだったし、それでもしぶとく生き残っても事故に見せかけて消す。
ゼフォルの私怨もあるがあんなのが生きていては帝国にとって有害だ。今回の王国攻めの功でもし軍でも官僚でも高い位につけば碌なことはしないだろう。
「魅力的な提案だが、エインへリル家はすでに落ち目だ。大きな領土をもらっても経営しきれないよ」
「私が領土を与えようとする人はいつもそうやって断ってしまいます。いいでしょう。では将軍位は絶対にあげます。アンス侯爵の財産を山分けでもいいですよ」
「お前結構尽くすタイプなんだな」
「私が……?」
そう言われてはてとゼフォルは思った。
自分が尽くすタイプだと思ったことは一つもない。他人を利用し尽くして、その能力に嫉妬して、自分の力を証明するために好き勝手に戦争をする。
まるで周りの草木を枯らして狂い咲く毒の花のような女だ。
ここまで自分を卑下するようになったのはここ最近だった。
いくらその美貌と知恵で真人間を取り繕ってもゼフォルの本質などベルズーフを越えようとして、オドールを利用して、西部貴族を見下して、それでもクレッチマーとアルセリアくらいは味方について欲しくて、ついには王国の何万という民を飢え死に寸前に追い込んだ酷い女だ。
上手くいっているように見えて、本当は泥沼にハマって見えるように見えてしょうがない戦況がここまでゼフォルを自虐的にさせていた。
あれだけ共に前線を駆けたかったエスメルも今はいなくてよかったとすら思ってしまう。今の自分を見られたくなかったからだ。
だが今、アルセリアから尽くすタイプと呼ばれてエスメルの元でメイドとして働いていたことを思い出す。
確かにそういう職業だったからと言ってしまえばそれだけだが、エスメルには心から尽くしていたつもりだ。少なくとも屋敷の雑務はサボったがエスメルの相手だけは手を抜かなかった。
そのことを思い出した。現在、敵国で悪魔のように戦争を指揮している自分にも、人のためになることができていたのだと思って心は少し軽くなった。
アルガンからやせ細った降伏の使者が来たのはその数日後だった。これによってゼフォルはアルガンを陥落せしめ背後の憂いを断ったのである。しかし同時に王都を目前にして王国軍の大軍が現れたとの報告も上がった。