「ゼフォル将軍、兵糧の数ですが……」
「兵士の数は……」
「敵軍の様子ですが……」
代わる代わる報告をしに来る文官たちの報告を手早くさばきつつゼフォルは自身の策が上手くいったと確信していた。エスメルのほうも上手くやっている。今日の朝議の様子でも家臣たちは表向きは良く従い、忠実に仕事をしているのが分かった。
今のゼフォルは周囲の家臣たちよりさらに上の官服を見せつけるように着ており、ときおり送られる嫉妬の視線がむしろ心地よかった。どうやら長いメイド暮らしに意外とフラストレーションをためていたらしい。
「クソっ、あの成り上がりめ……」
先ほどまで話していた家臣の一人がボソッと漏らしたのをゼフォルは聞き逃さなかった、もしかしたら聞こえるように言っているのかもしれない。
彼らが言うことを聞くのはあくまで表向きだ、内心はどいつもこいつもゼフォルを見下し、せいぜい生贄としての任を果たすまでの辛抱だとほくそ笑んでいるだろう、その生贄の策とも知らずに。
いつもは私腹を肥やすしか能のない彼らは珍しく勤労に励んでいる、目の前に敵が迫っており、その危機に対処するトップと次席がド素人なので自分達が頑張らないとロッソ王国に鎧袖一触にされ、策どころではなくなるくらいの頭は回っているのだろう。実際ゼフォルが何もわからないと決めつけて偉そうに講釈をベラベラと垂れ流す者もいた。有益な情報はほとんどなかったが。
結果として裏ではどうこう思われつつもウィルベール家に残った家臣たちは普段以上に職務に励んでいた。
「明日のエスメル様の就任式では残った兵力を全て集めて盛大にやります、民には先祖に供物をささげて祝うようにと、伝えなさい」
「しかしゼフォル将軍、これから籠城だというのに先祖のためとはいえ食べ物を浪費するとは何事か」
「私の将軍就任式も兼ねているのですよ、絶対するように厳命するように」
ゼフォルの命令にとって付けたような理由で反論する家臣に敢えて何も考えてないかのような反論をした。将軍の権威をふりかざせば何も反論せず、かしこまりましたと退出していった。
ゼフォルは彼の家臣の内心が手に取るように分かった。真面目ぶっているが本心から民を思うような人間でもない、内心では成り上がりが目立ちたいだけだろうだの、これでいざというときに失脚させるため、糾弾する材料ができただの好き勝手思っているのだろう。だからこそゼフォルも気にはしなかった、真に信頼するのはエスメル、信用はするのはエルシアの二人だけでいい。それ以外の連中は言うことを黙って聞いてさえいれば問題は無い。
そして連中如きに引き摺り下ろされるほどこのゼフォルは甘くないのだ。すぐに圧倒的な功績を上げて黙らせてやる。
そう思いつつゼフォルは明日の就任式を楽しみにしながら対応を続けた。
エスメルの当主就任式にも関わらず大貴族たるウィルベート家とは思えぬほど悲壮感が漂っていた。無理もない、前当主は討ち死にし、参加している兵士は負傷兵ばかりで、見物する領民も家族を失ったものは多い。そして何より10万ともいわれるロッソ王国が迫っている。とてもではないが公爵家の中でも無名であるエスメルの就任式と言っても喜ぶものは殆どいなかった。
ゼフォルはメイド服型のアーマーをガチャリと鳴らし、かつての名乗っていた騎士爵のマントを翻しながら城館の中を歩いていた。少しでも就任式を盛り上げようと右往左往する家臣らが驚愕の目で二度目する。その目線も心地よい。
そのまま家臣たちの様子を観察しつつ領主の部屋につく、番兵を下がらせドアをノックし、中の主の返事を待ってから入室した。
「準備の程はどうですかお嬢様」
「良好よ」
そこには黒い鎧を身にまとい、ウィルベール家の紋章が刻まれたマントを羽織ったエスメルがいた。そばにはエルシアが控えていた。
エルシアはいつもの完璧な雰囲気を損なわないものの、どこか仕事をやり遂げた感を出し、傍らには化粧道具が片付けられていた。その傑作であるエスメルの容姿は自身の容姿にも自信があるゼフォルをして完璧なものであった、怜悧さの目立つ大人びた容姿が、厳めしい黒い鎧に良く似合っている、決して誰もエスメルを只の小娘だと思わないだろう。
「メイド長、まさかあの時より完璧に仕上げてくるとは思いませんでしたよ」
「当然です。今日はエスメル様の晴れ舞台なのですから」
今回ばかりは、というよりいつもかもしれないがゼフォルはエルシアの手際を絶賛した、ゼフォルがやってもあの戦化粧をさらに塗料多めにして派手にすることしか出来なかっただろう。
「にしてもあなたの言う通りになったわね、離宮にいた私でも知ってるくらい彼らは怠惰なのに」
「彼らも理解しているのでしょう、小娘二人に託すだけではさすがにまずいと」
この勤勉精神を前当主のころから何故やれなかったのだろうかとゼフォルは考えたが、ゼフォルも普段はろくにメイド業務をしていなかったので言及したらこの場の二人に突っ込まれそうだったので黙っていた。
「で?就任式ではなにか気を付けることあるの?」
「ひたすらその美貌を振りまいて、できるだけ威厳のあるようにふるまってください、あとその可愛らしい声をできるだけ低くして、それ以外は私にお任せを」
「わかったわ」
多くの兵士と領民に家臣たちが囲う就任式は異様な雰囲気に包まれていた。
何故か今日に限って野鳥が多く飛び交い、異様な雰囲気を放っている、何の前触れかとざわめく兵士や領民、家臣たちの前についに城壁の上に異様な集団が現れた。
領主の兵士とは思えぬ色とりどりで奇抜な形をした統一感のない鎧をまとった集団が現れ、城壁の上を整列していく、そしてその中央には黒い鎧をまとった美しい少女、エスメルが立ち、その傍らにメイド型の鎧をまとった美女、ゼフォルが立ち並んだ。
そして黒い服をまとった少女、エスメルが声高々に叫んだ。
「ウィルベール家につかえるもの達よ!わが父は卑劣にもロッソの賊徒どもの凶刃に倒れ無念の死を遂げた!やつらは飽き足らずこのウィルベール領にまで攻め込もうとしている!これを防ぐためこの私エスメル・ウィルベールが次期当主としてウィルベール家を率いる!」
宝剣を掲げたエスメルにその場のだれもが息をのむ、そこにはエスメルを若輩だと見下すような輩はいなかった。
「そしてこの地を守るためのウィルベール家の守護者としてゼフォルを将軍に任命する!」
ここで流石にエスメルを尊敬の目で見ていた領民たちも少しおかしいことに気が付いた、あの集団に将軍がいるとは思っていたが、だれもがメイドの鎧を着た美女であるゼフォルだとは思わなかったからだ。
少し不安げにざわめく民らを前にメイドらしい一礼をし、ゼフォルが口を開いた。
「皆様、この私が将軍に任じられました、元ウィルベール家のメイドであるゼフォルと申します」
ゼフォルの言葉に場の空気は固まった。
「皆様も不思議に思われるでしょう、なぜ女中風情が将軍なのか、そしてエスメル閣下が当主なのかを、しかし空を見てください」
野鳥が飛び交い、ただならぬ雰囲気の空をゼフォルは指さした。
「ウィルベール公爵家の危機に父祖は見捨てませんでした、この空こそウィルベール家開祖であるピエール・ウィルベールの御霊がエスメル様にお降りになったのです。そして私はピエール様に仕える女中として指揮を預かる将軍に任じられました。私の言葉はピエール様の言葉でもあります。必ず勝利をもたらすと約束しましょう」
ゼフォル本人からしても笑ってしまう噓ばかりの宣言だ。正直この大人数を前にいうのは少し気恥ずかしすらあった。
「うぉぉぉぉ!ピエール様万歳!」
「これで勝てるぞ!」
しかし敗戦とロッソ王国に攻め込まれる恐怖に包まれていた兵士や民には効果があったようだ、どうやら気を利かせた家臣が仕込んだサクラの存在もあり城内の士気はある程度持ち直すこともできたし、ゼフォルが将軍だということも周知された。
これで良いとゼフォルは内心で小細工の成功を喜んでいた、まず兵士たちの中で体格の良いもの、まともなものを厳選し、惜しみなく自分と同じように公爵家の秘蔵の奇抜な鎧を与え、近衛として立たせたのもあった。そして先祖を供養するなどという嘘でお供え物目当ての野鳥を呼び寄せ、この日の空に飛ばせることで異様な雰囲気を作る、あとは自身でも思ってないような嘘をゼフォルが吐くだけ、公爵家で死蔵されていた装備と少しの食糧、ゼフォルの羞恥心だけでこれだけの成果を得られたのは上々だった。
「あなた詐欺師になれるわよ」
「まぁ否定はしませんよ」
就任式の後ゼフォルはエスメルと執務室で合流した。
部屋に至るまでの空気は大きく変わっており、兵士たちは幾分か元気になり尊敬の目で、家臣たちは驚きの目でゼフォルを見ていた。
「しかし油断なさらないでください、小手先の演出で得ただけの人気です。何かあればすぐに霧散します」
「わかっているわ、けど戦う前に降伏しそうな前よりマシよ」
この人気は砂上の楼閣よりさらに弱い、多くの負傷兵にかこまれ、王国の侵攻が近く、他の有力者が逃げ出して絶望してた中でようやくエスメルという責任者が立候補したからそれを心の拠り所としているだけだ。詐術のような方法で得た人気は少しでも旗色が悪くなればすぐに無くなり兵士や民は自ずから城門を開けてロッソ王国に降伏するだろう。そうならないためにゼフォルはこの敗軍と寄せ集めの家臣でロッソ王国に勝つ必要があった。