メイド、勤務先の大敗北で将軍になる   作:メカバレ

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敗退

 ザヴァンを撃ち破り、裏切ったアンス侯爵の部隊を撃破したゼフォルは急いで兵をまとめて王国側の前線へと引き返していた。

 その先頭を走るゼフォルだが嫌な予感は拭えなかった。太陽もまだ高く先ほどの戦闘で半日もかからなかったのはまだ良い。しかしその少しの時間、王国の相手を優秀とはいえないオドールと,優秀とはいえ階級の低いアルセリアに丸投げしてしまったからである。数的有利とゼフォルが敷いた陣形があるとはいえ不安だった。

 追い討ちのようにアルセリアが必死に自分を説得しようとしていたことを思い出す。あの場では自分の判断が最善だと思っていたが、全てが終わった後だとアルセリアの意見にも利があったと認めざるを得なかった。

 

 全速力で部隊を戻し前線を見渡すとそこには兵たちの怒号と轟々と燃えるかつてゼフォルが敷いた陣地があった。

 

「っ⁉︎クソ!」

 

 悪い予感は的中していた。あちこちで多数の帝国軍と王国軍がぶつかり合っており、帝国軍の方が旗色が悪そうだった。

 

「狼狽える必要はありません。今より味方の救援へと駆けつけます。アルセリアを見つけなさい」

 

 動揺する兵を一喝し前線へと突撃する。オドールの事も脳裏によぎったが、一旦それは忘れる。こと今のような混戦状態ではアルセリアの方がよく状況を把握しているだろうからだ。

 各指揮官の練度に性格を考えればどこへ居るかなどすぐに想像がつく。最も帝国軍が頑強に抵抗している王国との真正面、ここに必ずいるとあたりをつけゼフォルは隊を突撃させた。

 全体を見渡すと王国軍の反撃は組織だって計画されたものだとわかる。それでもゼフォル率いる5千がこんなに早く突撃してくるのは予想外だったようであっという間に周囲の王国軍を蹴散らしながら前進した。

 すぐに王国軍と交戦中のアルセリアの部隊1万と合流ができた。アルセリアの部隊はそもそもゼフォルの兵が多いので顔見知りが多くすぐにわかる。アルセリアも赤い長髪が良く目立つのですぐに分かった。

 攻撃を続ける王国軍の横合いを殴りつけるように蹴散らし一気にアルセリアのもとに駆けつけた。

 

「アルセリア!戦況はどうなって……っつ⁉」

 

 ゼフォルは急いでアルセリアに戦況を聞き出そうと話しかけるが突然胸倉をつかまれ、ずいと近づけさせられた。

 

「ゼフォル!言いたいことは山ほどあるが今は言わないでおいてやる!王国軍は総反撃を開始した!お前がいない隙をついてな!敵将はハルディン第二王子!援軍に追加で3万は来ている!」

 

 簡潔かつ分かりやすいアルセリアの報告は思った以上に悪かった。

 アンス侯爵の1万が裏切ったことを考えれば7万対8万で純粋な兵力で負けてる。いや、多少の兵力差ならひっくりかえせる自信があるがゼフォルの不在の隙を突かれた帝国軍は大混乱を起こしており、とても立て直せる状態ではない。

 それでもこの場にはゼフォルとアルセリアという帝国軍東部方面軍の切り札といってもいい二人がそろっているのだ。

 さらにアルセリアはよく部隊を温存できているようでゼフォルの軍1万5千は未だ健在で高い戦闘能力を維持していた。総力を合わせて、そのまま横合いを貫いた勢いで周囲の敵を撃破していくと敵は引いていった。

 しかしこれはただ引いていったわけではない。

 

「報告!オドール閣下から至急援軍を送れとのこと!」

 

 どうやら本陣のオドールはゼフォルのように敵を撃破できなかったらしい、遠目で眺めればここ以外のあちこちで帝国は負けていた。

 

「オドールは本軍を率いながら、負けたのですか」

 

 確かに3万の援軍は脅威で、ゼフォルもその動きを察知できなかった。

 王国は綿密でばれないような兵力移動を心掛け投入したのだろう。

 だとしてもここは敵地なのだから援軍の一つくらい予想できる。そのためにゼフォルも布陣には気を遣っていたが、いなくなった半日でこのざまだった。

 自分以外にこうもろくな人材がいないのかと怒りを覚えていた。

 

「アルセリア、貴女にしか頼めないことです」

 

「聞いてやる」

 

「敵は反撃ゆえに攻撃に全力です。防御に関しては隙があるでしょう。そこを私と貴女で突きます」

 

「は?」

 

「敵中央を全力攻撃です。ここで第二王子奴の首を刎ねてやりましょう」

 

 ここで王国軍総大将の首を刎ねれば、すべての劣勢は些事となる。たとえオドールが死のうともだ。敵の第二王子は前回の敗戦もあるだろうにもう一度こうやって挑む勇気は認めるし、ここまで自分を追い詰めたのはほめてやってもいい。

 しかし王族で総司令官、討ち取れれば間違いなく王国軍は崩壊するだろう。それに対してこちらは総司令官であるオドールが死のうが痛くも痒くもない、むしろ重荷が減って清々する。

 帝国軍を実質的に率いるゼフォルさえ健在ならばいくらでも立て直せる。

 

「いい加減にしろ!」

 

 ゼフォルはそう思考を進めるが、突然その整った顔を殴られ中断させられた。拳を振りぬいたのはアルセリアだった。

 

「な、何を」

 

「この期に及んで総反撃だと⁉成功するわけないだろう!お前のやるべきことは本陣に戻って全軍の指揮を執りなおすことだ!」

 

「今さらオドールごときに何の価値があります⁉」

 

「ハルディン第二王子の首を獲る価値もない!とっても生きて帰れないだろうからな!」

 

「総司令官を失った敵に私が負けるとでも⁉」

 

「失えば死に物狂いで弔い合戦を仕掛けてくる!王族とはそういうものだ!何よりその時お前は兵のほとんどを失っている!そのまま包囲されて終わりだ!」

 

「大佐!命令が聞けないのですか!」

 

 平行線をたどる議論にゼフォルはついに階級を持ち出した。アルセリアの方に理があるから結局言い負かすことができなかったからだ。

 

「舐めるなよ!メイド上がり!私にも元貴族としての矜持がある!必要とあらば命をかけてもお前を止めるぞ!」

 

「なっ……⁉」

 

 アルセリアの反抗にゼフォルは戸惑った。

 ゼフォルにとって部下など命令を聞いていればいい存在だと思っていた。

 その考えに基づいてアルセリアをいい加減に黙らせようとするが二の句が告げられなかった。

 じゃあなぜゼフォルは何かとアルセリアに作戦について話を持ち掛けていた?兵糧攻めの時わざわざむごいかと聞いたのはなぜなのか?もっとさかのぼれば、なぜゼフォルはあのヴァン・ウィルベートでエスメルと二人きりの作戦会議を開いていたのか?

 大多数を見下しても結局は認めている人物には了承を無意識に求める姿勢をゼフォルは否定できなかった

 

「ただで上官に歯向かおうとは思わん!ゼフォル!どうしても攻勢に出るなら私を殺してからにしろ!命令違反で処刑してみろ!」

 

「……」

 

 そう宣言してさぁとばかりに手を広げるアルセリアにたいしてゼフォルはついに何も言えなくなった。アルセリアを失えばただでさえ薄い勝率が下がるからだ。

 

「アルセリア大佐、私は本陣に行きます。貴女には引き口の防衛を任せます」

 

「承知した」

 

 その指示を出すと急速に冷えていく感覚があった。承諾するアルセリアには反抗する怒りではなく。自分のプライドを守るための無茶から出た作戦を潰してくれた感謝が少しあった。

 

 ゼフォルは麾下の精鋭5千を率いて本陣方面へと駆けて行った。

 本陣は既に壊滅状態で中身は後退を始めているらしい。愚かにも踏みとどまっているという最悪の展開は心配しなくても良さそうだった。明らかに狙われている豪華な装備の一隊を見つけると急いで突入し、周りにいる王国軍を蹴散らしていく。

 

「ぜ、ゼフォル閣下ですか⁉︎こ、こちらに!オドール閣下がお待ちです!」

 

 そうするとゼフォルを見つけた兵士が急いで駆け寄ってくる。案内を任せついていくとそこには立派な装備をさせた護衛兵に囲まれてオドールと参謀の一団が待っていた。

 

「ゼフォル将軍か。……裏切り者の討伐ご苦労だった」

 

「いえ、責務を果たしたまでです。それにまだやつを討ち取れていません」

 

 兵士に囲まれたオドールは意外にも落ち着いていた。帝国軍は劣勢に追い込まれているが、オドールの旗本と思われる7千ほどの兵士はいまだ指揮統率を保って王国軍と戦っており、参謀たちこそ慌ただしく駆け回っているもののそれはあくまで指揮を取っているからだとわかる。無様に慌てふためいて追撃を喰らっていると思っていたゼフォルにとって嬉しい誤算ではあったが意外でもあった。

 

「すまん将軍、私がアンス侯爵なんぞを重用したばかりにこんなことに」

 

「過ぎたことを言ってもしょうがありません、オドール閣下はこのまま直参の兵を率いて後退を。後の指揮は私が取ります」

 

「……すまん、そうしよう」

 

 何か言いたげなオドールだが了承をした。つまりゼフォルが残りの兵を好きにして良いということだ。近くにいたオドールの参謀たちに指示を出した。

 

「指揮系統が生きている部隊には固まって後退するように命令をしなさい。そしてこの本隊を中心に順次撤退するのです。退き口にはアルセリアを置いています。殿は私が務めます」

 

「は!承知しました!」

 

 もう帝国軍は大混乱でまともに指揮をできるのはゼフォルだけだろう。

 いや、そのゼフォルでも難しいかもしれない。だから指揮下から離れた兵は見捨てようとした。しかしアルセリアに言われた手前それらももうできない。

 オドールの参謀たちにはあくまで簡潔な指示を心がける。これくらいは出来るはずだ。出来なければ困る。

 残った帝国軍を、おのれが作り上げた東部方面軍の全面崩壊を防ぐためにゼフォルは出撃した。

 

 

 戦況は思った以上に悪かった。各地で霧散した帝国軍が王国軍に面白いように確固撃破されている。

 アンス侯爵が率いていた軍の無様を笑ったが、結局は特定の指揮官以外の帝国軍全てそうだったのかもしれない。

 これまでの東部方面軍は王国に対して猛威を振るった。しかしそれはゼフォルの完璧主義から一挙一動を全て監督していたからであった。ゼフォルの指示が届かなければこんなものであった。

 

「私の軍もこんなものでしたか」

 

 誰にも聞こえないように小声でポツリと漏らす。

 所属する高級将校こそ見下して道具にしか見ていなかったゼフォルだが、自らが鍛え上げた兵と、軍そのものがやられてくる様は見たくなかった。

 

 

 

 味方の崩壊を止めるため最前線に麾下の5千とともに躍り出たゼフォルは王国のあまりの猛攻に大苦戦していた。敵軍から感じられる圧力が尋常の物ではない。

 予想外の援軍としてオドールを攻撃していた王国軍を奇襲で攪乱して押し込み、そのまま周囲の味方を拾っていくと算段だったはずなのに、数里進撃しただけでそこで止められてしまっている。

 オドールの撤退を支援するのが何とかといったところだ。

 明らかにこの反撃すら読まれていた。もしや自分がアンス侯爵を下して、反転してくるのすら予測されていたというのか。

 

「来たぞ!悪魔の給仕だ!」

 

「弟の仇だ!」

 

「奴だけは必ず殺せ!」

 

 もはや王国軍などゼフォルの名を聞けば震えあがるだけの、惰弱の集まりとしか思っていなかった。

 しかしそれは間違いで、ゼフォルへの戦意と殺意で満ち溢れていた。

 すでに曲剣を振るって10数人を切り殺してはいるが、ひるむ様子もなく我先にとゼフォルへと向かっていた。

 

「ぐぅっつ⁉くそ!ただでは死なんぞ!」

 

 今も大きく袈裟切りにした敵兵が必死の形相でゼフォルの左足を掴み、少しでも隙を作ろうとする。

 味方の作ったチャンスを不意にはしないと敵兵が我先にと駆け寄ってくる。

 

「あなたたちごときでは討てませんよ」

 

 そう言って曲剣で足を掴んできた敵を細切れにしてのうのうと間合いに入ってきた兵も八つ裂きにした。

 しかし無理に鎧ごと人体を両断したせいで武器こそ無事ではあるが腕にまぁまぁの負担がかかっていた。鎧の質もなかなかのものだった。主力を失った王国軍にこれだけの装備をした兵士がまだ残っているとは意外だった。

 もしかしたら、王都の守備兵や近衛兵すら出撃させているのかもしれない。先ほどの宮廷魔術師ザヴァンといい、王国は国家として重要な兵力を使いゼフォルと対陣している。

 アンス侯爵の裏切りさえなければ。

 あんなに見下した相手だが、こうもなると惜しくすら思ってしまう。

 裏切らずに黙って従ってさえいればよかったのに。

 もしアンス侯爵さえ裏切らず万全の状態で戦っていればゼフォルとしては宮廷魔術師がこようが近衛兵がこようが望むところであった。国として重要な人的資源を切り詰める王国に喜んですらいただろう。しかし今では厄介な敵でしかなかった。

 表面上はいつもの鉄面皮で冷静を装っているがゼフォルは焦っていた。

 

「報告!左翼のツヴァル准将が討ち取られました!」

 

 傷ついた伝令が駆けこんできた。便利な男だったので少し残念だった。アンス侯爵との裏切りに同調しなかっただけましな方だった。

 あるいは侯爵に嫌われていたから呼ばれなかっただけかもしれないが。

 それでも何とか耐え続けると敵の攻撃にも疲れからか綻びが見えてくる。さすがの怒り狂う王国軍も人間であった。攻勢限界が近いのだろう。

 

「ゼフォル将軍!あそこに敵陣の緩みが見えます!攻撃してはどうでしょう⁉」

 

 そう提案するエルディム少佐にゼフォルは首を振った。

 

「いえ。後方の動きが妙です。誘っているのでしょう。それにもはや攻勢は無意味です」

 

 そう敵陣後方を指をさして指摘する。ゼフォルとて確信があるわけではない、このまま反撃すればもしかしたら成功するかもしれない。

 しかし先程のツヴァル伯爵討ち死にの報がかえってゼフォルに冷静さを取り戻させていた。

 ゼフォルの精鋭もなりふり構わぬ敵の攻勢にかなりの被害が出ている。もう生き残っているかわからない味方の救援のためにこれ以上損害を受けるわけにはいかなかった。

 そして何より、アンス侯爵の裏切り以降王国の攻撃は緻密でどんな反撃があるかわからない。

 ゼフォルが東部方面軍を動かすのに四苦八苦している間に王国は練りに練った反撃を計画していたのだ。ならば、今やることはできるだけ損害を減らし、受け流すことだった。

 

「閣下!それでは他の味方は全滅です!見殺しにする……ツッ⁉︎」

 

「……」

 

 青いことを言うエルディム少佐を睨みつけて視線だけで黙らせた。

 ゼフォルだって助けたいものは助けたい、これ以上兵を失えば反撃もままならなくなるだろう。しかしこれ以上の損害を恐れていた。

 

「貴方の献身と気持ちはよくわかります。けどもう何も言わないでくださいエルディム少佐」

 

「ははっ……」

 

 その後王国の攻勢は熾烈を極めたが打って出ることはせずに防御に徹することでゼフォルはその損失を抑えながらオドールの本隊の撤退を見届け、何とかゼフォルも撤退を開始した。

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