メイド、勤務先の大敗北で将軍になる   作:メカバレ

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無理解

 なんとか戦場からの撤退に成功した帝国軍だが、その後も王国軍の追撃は熾烈を極めた。

 ゼフォルは麾下の兵を3千まで減らすも何とか殿を務めた。

 

「閣下、この先は都市アルガンです。ここで休憩するのはいかがでしょうか」

 

「馬鹿を言わないでください。ここアルガンで私たちが何をしたのかを忘れましたか?入ったが最後、中の市民に袋叩きにされます。近づくことすら無謀です」

 

 部下からの進言をバッサリと切り捨てる。商業都市であるアルガンに入るのは魅力的ではある。

 兵糧攻めですっからかんにした都市ではあるが、それでも商業都市なのだ。

 その気になれば多少の各物資を集める。いや収奪することもできるだろう。しかし都市内にいる十数万の市民に恨まれる帝国軍は入った瞬間に数の暴力にさらされる。

 落ち目なのだからなおさらだ。このまま王国軍に渡せば多くの志願兵が募られるだろう。いっそ焼き討ちしてしまうことも考えたが、止めた。

 今の敗走しつつある帝国軍にそんな兵力も物資も時間も残されていないからだ。

 

 そのままアルガンを素通りして。ようやく帝国軍は三街道へとたどり着くことができた。

 かつてゼフォルが王国軍の主力を葬り去った地である。かつては戦勝の栄光を一身に受けた地であったが今では厄介な立地の敵地でしかない。

 王国軍が三つの道のどこからでも進んでくるからだ。

 

「ゼフォル閣下、災難でしたな」

 

 ゼフォルに逆らい、補給路の守りを任せられ、その任を最後まで全うしたクレッチマーが5千の兵でゼフォルを待っていた。

 周囲には他の部隊も布陣しており、アルセリアの隊もいる。ようやく人心地が付いた。ここなら王国軍もやすやすと手を出せないであろう。

 

「オドール司令はこの先のザントン要塞でお待ちになっておられます」

 

 そういうクレッチマーは、自分にあれだけの仕打ちをして負けたゼフォルにたいして批判するようなことは何も言わなかった。その顔にも侮蔑や敵意といった色はない、だがどこか可哀想なものを見るような目でただゼフォルを見ていた。

 屈辱だった。他人の敵意の悪意すら涼しい顔で受け流せるゼフォルにとってはむしろ最も効く表情だった。

 王国を滅ぼす気でいたのだ。帝国の誰よりも嫉妬も敵意もいくらでも食らうし。すべて飲み干してやるくらいの意気はある。

 だからこそそんな自分が可哀想な扱いをされているのがゼフォルは最も認可しがたかった。

 こんなことなら敗走したことを罵ってくれた方が気は楽だったかもしれない。

 

「……我が兵はどれほど帰ってきましたか」

 

「最後の閣下を入れても、半分もいきません」

 

「そうですか」

 

 予感はしていたが帝国軍はそこまで目減りしていたのか。

 もはや、ゼフォルはこの戦争の勝者にはなれないだろう。ようやく敗北を実感していた。

 

 

 

「……なにか意見はあるだろうか」

 

 弱弱しくオドールが言った。

 ようやくザントン要塞の広間で帝国軍東部方面軍の軍議が行われていた。椅子には空席が目立ち参加者は大きく目減りしていた。まず西部貴族の指揮官たちはアンス侯爵に倣って裏切るか、討ち死にしていた。

 ツヴァル伯爵は唯一裏切らずにむしろ盛んにそういった裏切り者を攻撃して最後は討ちとられたらしい。初めてゼフォルは伯爵を立派だと思ったし。その死を惜しんだ。

 結局彼が何を思って自分を贔屓していたのかはわからずじまいだった。

 ゼフォル配下の指揮官はクレッチマーにアルセリアをはじめ多くが生き残っている。しかしオドールの配下は駄目だった。半分ほど討ち取られていた。

 その配下の兵たちも西部貴族たちの2万5千の兵はほとんどが裏切るか捕虜か討ち死にし、ほぼ壊滅していた。ゼフォルの兵が1万まで減り、そしてかつては4万以上を誇っていたオドールの軍団は1万と少しにまで目減りしていた。

 ここにクレッチマーの補給路を守る部隊が5千近く加わるがそれでも合計で2万5千、ハルード要塞には残しておいた5千がまだいるがそれでも総数は3万といったところである。

 没落貴族だの浪人だの徴収し、歪に膨れ上がった帝国軍東部方面軍総勢9万は三分の一にまで目減りしていた。もはやただの敗北では済まされない大敗北であった。

 参加している参謀や高級軍人たちが皆沈痛の顔で黙っているだけだ。ゼフォルも何も言えなかった。

 この場にいるほとんどの人間がゼフォルに敵意と嫌疑の視線を向けている。兵が減っただけではない、ゼフォルは東部方面軍の指導権を失っていた。

 これまでゼフォルが副司令官にして 成り上がりの分際で大きな顔をしていたのはひとえに戦争においては圧倒的に強いからである。東部方面軍はゼフォルが不在である戦い以外すべての戦いで勝利をもぎ取っていた。利益誘導や人心掌握を行ってもいたが根幹は勝ち続けるゼフォルに誰も文句が言えなかったからである。

 しかし今回の敗戦はもはや言い訳ができない。

 指揮官クラスの大量の離反に戦死、総兵力の三分の一を失う大敗北。それもゼフォルが総指揮をとりながらである。こうなってはこの場において彼女は目障りな成り上がりなのだ。

 そしてゼフォルの内心も変わりつつあった。他人の力なんぞ必要なく、すべてを操って、利用してひねりつぶして見せるという絶対の自信にひびが入りつつある。

 頭の中ではいつものように作戦を考えているが。それが正しいか確信を持てなくなって言葉に出せなくなっているのだ。

 しかしゼフォルの代わりに言葉を発することはなかった。主導権が宙ぶらりんの状態だからだ。

 誰しもがゼフォルを無言の批判にさらしつつも、この最悪の戦況で主導権を握ろうと等思わないからである。

 かつてゼフォルはオドールと参謀たちを主体性のない集団と評したが、いまやゼフォルを含む、この場にいる全員がそうなっていた。

 

「副司令、何かないだろうか」

 

 見かねたオドールが話を振ってくる。ここでようやくゼフォルも口を開いた。

 

「……ここに至って我らができるのは帝国への撤退しかありません。このザントン要塞は一度我らが陥落せしめ、修復も終わっておりません、何より元は王国の持ち城、攻め方など熟知しているでしょう」

 

 そう発言するも、反応は芳しくない。ごく普通の無理のない献策なのに、ひとえにゼフォルの求心力のなさがそうさせていた。

 

「ゼフォル閣下の言うとおりです。いつ帝国軍が追撃してくるかわからない今、急いで帝国に撤退しましょう。それと急いで人をつかわしてベルズーフ閣下に援軍を請いましょう」

 

「二人に賛成だ」

 

 見かねたクレッチマーがゼフォルを擁護し、アルセリアも追従する。この撤退戦の功労者であるふたりの発言にようやく参加者たちも同意の声を上げた。

 もはやゼフォルは、東部方面軍において独裁者のように君臨していた副司令官は部下の協力がなければ指示も出せないほどに落ちぶれていた。

 

 

 

 軍議はその後あっさりと終わった。撤退するということに概ね全員が同意したからである。

 陣屋に帰ったゼフォルは待っていた。あの二人がこの自分を訪ねないはずがないからである。

 

「入るぞ」

 

 そう不躾に言ってアルセリアが入室してきた。その後に無言で一礼してクレッチマーが続く。

 アルセリアの無礼を咎めることはできなかった。

 

「随分な様だなゼフォル」

 

「大佐!」

 

「いいや!この場でハッキリと言いたいことは言うべきだ准将!下手に気遣う位ならこの天才お嬢に言いたいことを全ていった方がいい!」

 

 上官であるゼフォルにあんまりな言いようなアルセリアを見かねたクレッチマーが止めようとするが、それでもアルセリアは止まらない。

 ゼフォルも止めなかった。ここで階級に乗じて口封じすればもっと取り返しがつかなくなる気がしたからだ。何より反抗する気力もなかった。

 

「アルセリア殿!」

 

 熱くなっているアルセリアをクレッチマーが一喝する。極端な大声では無いがまだ若輩といっていいゼフォルやアルセリアには出せない気迫があった。

 これにはたまらずまくしたてていたアルセリアも黙らずにはいられなかったようで目をぱちくりさせている。

 

「貴官もまだお若い、ゼフォル閣下とそう変わらぬ年齢だ」

 

「今は年齢など関係ないはずだ!」

 

「いや、あまり年の近いものが好き勝手言うのは後々角が立つ。特にゼフォル閣下と貴官、才気あふれる二人が協力しなければならぬこの時に不和は不要だ。ここは私が言おう」

 

 そうアルセリアを黙らせてクレッチマーはゼフォルに向き直った。

 

「閣下、まずアルセリア大佐の無礼をお許しください」

 

「許しますとも……」

 

 ゼフォルは何を言われても文句を言えない立場なのだ。アルセリアをどうこうするつもりはなかった。

 

「先ほどの大戦、たいへんなご苦労でしたな。聞けばアンス侯爵が裏切ったようで」

 

「えぇ……そうです」

 

「なにゆえ、アンス侯爵は裏切ったかわかりますかな」

 

「そんなの知るわけないでしょう……⁉」

 

 アンス侯爵の心境などわからないし、わかるつもりもなかった。

 あの時、戦況は拮抗状態でこそあったが帝国優勢で、勝てば栄達が望める戦況で裏切った。ゼフォルからすれば最低限の戦局も見えぬ大馬鹿者にしか言えなかった。

 

「まず、アンス侯爵は確かに軍事的には無能です。しかしかつてはフィリクス皇子のもとで名をはせた大貴族の一人、貴族的な能力は高い人間ではあります。閣下は彼を最終的にどうするつもりでしたか?」

 

「……協力者として、王国に勝った暁には貴族の復籍くらい手伝おうとしましたよ」

 

「すでにアルセリアには伺っております。真実をお話しください」

 

 その言葉にゼフォルはキッとアルセリアを睨みつける。しかしアルセリアも負けじと睨み返す。

 この動作一つでクレッチマーには嘘をついているなど判断が付くだろう。ゼフォルは不用意な自分を呪った。

 しばらくの静寂が続き、目を泳がせ、うろたえすら見えたゼフォルをクレッチマーは毅然として目をそらさなかった。とうとう観念してゼフォルは口を開いた。

 

「……消すに決まっているでしょう⁉いけませんか⁉あんな有害な無能は私の戦列にも帝国貴族としてもふさわしくない!どっかで謀殺して……あれに成果が渡るくらいならあなたたち二人に報いようと思っていたのです!」

 

「それはありがたいですが、あまりに露骨でしたな。アンス侯爵は貴族的なやり取りだけは切れる男です。閣下の後で処理しようという気配を見破っていたのでしょう」

 

「見破ったからなんだというのです!奴の腹心のツヴァル伯爵は引きはがした!オドールとの連携もできなくさせた!そして軍才もない!奴が私にかなうことなど――」

 

 そこまで言ってようやくゼフォルは気が付いた。何とか保っていた鉄面皮が急速に崩れていくのが分かる。表情がゆがんでいくのを止められなかった。

 

「閣下はアンス侯爵を追い詰めすぎました。もとよりフィリクス皇子からオドール閣下に乗り換えるような男です。閣下に軍才でも負け、腹心を奪われ、寄生先のオドール閣下にも見捨てられ得意であるはずの駆け引きでも詰ませてしまった。もう彼には王国に走るしかなかったのです」

 

「そ、んな」

 

「もちろん祖国を裏切るなんぞ貴族としても軍人としても最低な行いです。主君に一途な閣下には理解できないでしょう。しかし世の中にはそれができてしまう恥知らずも存在するのです」

 

 すべてを説明し終えたクレッチマーの言葉にゼフォルは絶望すらしていた。

 ゼフォルはアンス侯爵を完封したと思っていた。あのまま歯向かうこともできず、利用されつくして最後はゼフォルに処理される羽虫のような存在にまで追い込んだ。

 それが、まさかゼフォルに負けた程度で祖国を裏切るなどするとは思わなかったのだ。褒められた性格ではないゼフォルだがそんなことをしてはいけないぐらいは分かる。

 そして羽虫同然に見下していた存在に自分の軍は崩壊させられたというのか。

 歯が欠けるかというほどに噛みしめ、いやな汗がとめどなく流れている。二人がいなかったら部屋の中身を全てひっくりかえして切り刻んでいたかもしれない、握られた手からは爪が深く食い込んで血すら流していた。

 

 

 

 明らかに動揺をしているゼフォルを置いてクレッチマーとアルセリアは一礼して退室していた。明らかに今のゼフォルの状態では建設的な話はできなかった。

 

「じ、准将、閣下は大丈夫なのでしょうか」

 

 恐る恐るといった様子でアルセリアがクレッチマーに声をかける。あの部屋で一番怒っていた女大佐は容赦ないクレッチマーの言い様にすっかり怒りを忘れていた。

 

「異なことを、言いたいことを言ってやれといったのは貴官であろう」

 

「そ、それはそうですが」

 

「閣下は間違いなく前線指揮官としては一流だ。帝国で、いやこの大陸でもあのレベルの指揮官はそうはいないだろう。しかしあまりに天才肌すぎる。戦争の実力とそれ以外が釣り合っておられない」

 

 なんだかんだで付き合いの長いクレッチマーはようやくゼフォルの特質を理解しつつあった。当初こそ娘のような年齢であるゼフォルの才能に恐れや妬みすらしていたが本質は意外に年相応なのだ。なんなら少し年齢より幼いと評してもいい。

 

「今回の敗戦を糧にできれば、きっとこれまで以上に伸びるだろう。もっとも、ウィルベート公爵さえおられればこんなことにならなかっただろうに」

 

「ウィルベート公爵……二年前閣下の主だったお方ですか?今でも南部で活躍しているという」

 

「そうだ、貴官はその時いなかったが、公爵と組んだ閣下はまさに無双だった。単純な実力こそ今のほうが上かもしれないが、あの安定感は公爵と組んだときだけだ」

 

 ゼフォルにとって悲劇だったのはあれだけ仲が良く理想的な主人から離されて、オドールなんぞのもとにつけられてしまったことだろう。

 なまじ才能があるせいで生来の独善的な気質が最悪な形で増長し続け、上官であるオドールすら操って好き放題に暴れてしまったのだ。

 あのままウィルベート公爵のもとに居続ければもっと健全にバランスよく育っていただろう。だがそれはたらればでしかない。

 あの時は年齢のまま姉妹のように仲の良い主従だと見えたが、本質は逆なのだ。

 

「どちらにせよ閣下には立ち直っていただかなければ我々は終わりだ。アルセリア大佐、その時はもうひと踏ん張りしてもらうことになるだろう」

 

「もちろんです」

 

 だがいくら落ち目でも二年前クレッチマーを救ったのはあの主従であるのだ。もはやゼフォルが本国でどういった沙汰を下されるか読めないが、少なくともあの従者を主人に会わせなければ公爵に面目が立たなかった。

 

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