メイド、勤務先の大敗北で将軍になる   作:メカバレ

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落日

 ようやくゼフォルは王国の追っ手を振り払いつつあった。しかし周囲の味方もエルディム含めて数えるほどしかいなかった。そしてゼフォルも限界だった。脇腹の傷から未だに血を流していたのだ。

 

「全軍止まれ!」

 

 エルディムがゼフォルの了承も取らずに全軍を止める。問いだたそうとするがその前に馬から引きずり下ろされ脇腹の手当をエルディムは始めた。

 

「何をしているのですか?」

 

「このままでは閣下のお身体が持ちません。せめて止血はしなければ」

 

「まだ敵は迫ってムグ!」

 

「それで馬上で息を引き取られては困ります」

 

 布を口にかまされ、されるがままだった。

 頑ななエルディムの態度にあきらめてゼフォルも体力を回復にさせることにした。

 

「これで……おわりです」

 

「――っっつ⁉」

 

 最後にきつく包帯を絞められ何とか出血は止まった。布をかまされていたため、みっともなく叫ばずにすんだ。

 

「なぜ私を置いて逃げなかったのですか、王国の狙いは私ですよ」

 

 どうしてもエルディムに聞きたかった。自分で言っては何だが、ゼフォルは別に人間性的には全く優れていない。せいぜい顔だけは整っているくらいだろう。

 基本的に周りは見下して性格は悪い。すぐ嫉妬するしプライドも高い。

 人間とは時として無償で周りを助けられる生き物であるが、ゼフォルが助けられることはないと思っていた。戦争が強いからこそ人はついてくるが、劣勢になればすぐに見捨てられるくらいは覚悟していた。

 

「あなたは私の理想そのものだったからです」

 

「理想?」

 

「俺は下級貴族の出ですが飛将軍にあこがれて軍に入りました。しかしどんなに努力しても学院に入れなかった俺は大尉どまりで。上級貴族出身の将校に馬鹿にされる毎日でした。けど貴女は俺を少佐にしてくださった。それどころか!貴女も下級貴族の出身でありながら将軍になり上がった!何よりオドールやらの他の大貴族を鼻で笑うようにだまくらかし!思うがままに動かす手腕を尊敬したのです!」

 

「くくく……あははは!」

 

 エルディムの独自にゼフォルは一瞬ポカンとしたがじきに笑いに代わった。

 

「もう少し尊敬する部分を考えなさい。なんですかだまくらかしているところが良いって、褒められているかいないのかわかりませんね」

 

「俺は褒めてるつもりです」

 

「ふふふ……笑かさないでください。ただでさえお腹が痛いのに!」

 

 ひとしきり笑って体というよりも心が回復した。

 

「もう大丈夫です。逃げましょう……」

 

「いたぞ!奴だ!」

 

 ようやく立ち上がると王国兵がまた現れた。立てはしたものの本調子には程遠い。そろそろ腹を決めなければならなかった。

 

「エルディム少佐、私を置いて逃げぎぃっ⁉」

 

「閣下お許しください、本気を出されたら勝てんのです」

 

 エルディムがゼフォルの体をかかえ、そのまま馬に乗せられた。ご丁寧に傷口を押されたため抵抗すらできなかった。

 

「どうか帝国に勝利を」

 

 そう耳元で言われると思い切り鞭を入れられ、。猛然と馬は駆けだした。

 

「え、エルディム⁉」

 

「やぁやぁ!我こそは帝国軍少佐エルディム!せいぜい手柄にするがいいロッソの雑兵ども!だがただでは死なんぞ!」

 

 そう雄叫びを上げ槍を振るうエルディムの姿は遠くなっていった。

 

 

 エルディムを置いて逃げたゼフォルの感情はぐちゃぐちゃにになっていた。

 それに引きずられるようにいつも明晰な頭脳も今はメチャクチャな思考しか出力しない。

 もともとここで死ぬつもりだったのだ。生きて帰って戦犯として裁かれるよりも、自分が囮になってできるだけ帝国の戦力を逃すことに全力をかけるつもりだった。

 誰も戦争に勝てないゼフォルなど必要としているはずがないからだ。

 だが先ほどのエルディム少佐の献身は生きてみても良いかもと思ってしまったのだ。自分からどうにも切り離せなかった醜い箇所を尊敬すると言われたのは初めてだったから。

 理性はとっとと生き恥を晒さず死ねと言っている。そんなエルディムさえも囮にして逃げるなと訴える。

 なんといってもエルディムは最後の最後にすさまじい才能と勇気を見つけた。あのような男を逃がさなければならないのだ。

 そう思いつつも体は西の方角へと逃げていく。普段は明晰な理性が生きたいと叫ぶ本能に負けつつある。

 ゼフォルの本能ができるだけ入り組んだ森林地帯に逃げ込み、王国軍から隠れようとしていた。

 2年近く駐屯したハルード要塞周辺の地理など手に取るように把握していた。なにせ軍略にこだわりのあるゼフォルは東部方面軍の根拠地であるこの地を自らの足で地形を把握していた。

 本来なら敵を効率的に撃破するためのそれをみっともなく逃げるために使うなんて考えてもいなかった。

 

「⁉」

 

 そう必死に駆けていると一本の矢がゼフォルの馬の脳天に突き刺さり倒れこんだ。投げ出されたゼフォルは何とか受け身を取ったものの十数人の敵兵に囲われていた。

 

「へへへ……このハルード要塞の近くで隠れられる場所といえば、この辺だと思ったぜ」

 

「侯爵のやろー、無茶ぶりばっかだが、頭はいいからな」

 

 現れたのはごく普通の兵士たちだった。しかしその鎧にはアンス侯爵の家紋が刻まれている。アンス侯爵とともに造反した兵士たちだ。すでに戦場は王国ではなく、帝国の領土に及んでいる。王国の兵より地の利があったのだろう。

 

「な⁉あ、あなたたちは……⁉恥ずかしくないのですか!帝国を裏切って!」

 

「それを言ったら負けたあんたもそうだろうよ副司令サマ、クッソ生意気なあんたがひでぇ様だなぁ……」

 

 大股で勝ち誇って近づく兵士にゼフォルは脇の傷をかばいながらじりじりと後退した。

 

「こいつの首さえとっちまえば、出世間違いなしだ!アホな侯爵に仕えてどうなるかと思ったが、やっとツキが回ってきたぜ!」

 

「おい抜け駆けすんなよ!」

 

「いいだろう別に!こいつの首ならこの場にいる全員で山分けしたって相当なもんだ」

 

 口々に好き勝手なことを言ってついに距離を詰められた。

 

「恥知らずのゴミどもが!私が貴様らなんぞに⁉︎」

 

「もう何言ったって怖くねぇよ!見てくれはいいからな!首を取る前に楽しんで――へ?」

 

 下卑たを浮かべて一人の兵士がゼフォルを掴もうとする。次の瞬間、その兵の首は飛んでいた。

 

「人の話は最後まで聞くべきですよ?貴様ら如き虫ケラがこの私をやれるはずないでしょう」

 

「な⁉こいつ‼ぎゃふっつ!」

 

「この首には石ころ程度の価値しかありません」

 

 追い詰められた芝居はここまでだった。ゼフォルは左手の曲剣を真っ赤に滴らせながら、蹴りで刎ねた首を別の兵士に飛ばした。

 

「く、くそ!」

 

 さらにもう一度、今度は首のなくなった死体を蹴りつけまた一人の兵士にぶつける。動揺する敵兵を尻目に急接近する。それぞれ首と体をぶつけただけの兵士には足に仕込んだ刃で通りすがるついでに胸のあたりを切っておいた。

 あっという間に仲間がやられ、動揺する兵士数人をさらに斬り殺す。

 

「う、撃て!撃ち殺せ!遠巻きで矢を仕留めろ!」

 

「愚策です」

 

 あわてて敵兵の一人がそう叫ぶ。率先して指示が出せたのは評価してもいいがそれだけだった。

 ゼフォルは無視して曲剣を振るう。この間合いまで接近を許した時点で弓などでは対応できない、弓を取り出しまごついている敵兵をまた数人斬り殺した。

 やっとこさ何人かが矢をつがえるが遮蔽物はすでに作ってある。敵兵の一人を曲剣で串刺しにして矢避けにした。

 

「く、くそ……な、何で」

 

 そのまま愚行の代償だと指示を出したやつを袈裟切りにした。

 

「な、何で手負いの女一人殺せない!」

 

「敵うはずがないでしょう?貴方たちのような有象無象ではいくら手負いでも私に傷一つつけられません」

 

 最後のアンス侯爵の兵を切り殺した。ゼフォルの居場所をいの一番に見つけられたのは褒めてもいい、だが結局ずるがしこいだけ本質的には何もできない。

 それだけの集団だ。曲剣に滴る血を無造作に払った。

 そして現れた新たな気配に向き直る。か弱い女を装って向こうから近づいてもらったのはこのためだ。あんな連中に体力を消耗するわけにはいかない。

 いの一番がこいつらに務まるのだ。二番目もいるだろう。何度もにらんだ旗印そこには王国軍の正規部隊がいた。

 

「……悪魔の給仕だな」

 

「えぇ、そうですとも」

 

「同胞の仇だ!死んでもらうぞ!」

 

 しっかりと調練された連携で複数人で挑んできた。どうやら手加減はしてくれないらしい、一人一人はゼフォルなら瞬殺できる実力でしかないが、気迫が違う。

 前の連中のように功績だの金だのでゼフォルを見ていない、真に祖国に仇なす大敵として見ていた。

 

「ふん、王国人など惰弱な集まりと思っていましたが、女一人には威勢がいいようですね」

 

「ほざけ!」

 

 突き出される何本もの槍をゼフォルは的確にはじいていく。確かに練度は高いがそれだけだ。ゼフォルに比類するような猛者はいない。

 

「温いですね。たしか王国にはゴルガマスという猛将がいたはずですが?あぁ、もう冥府の先でしたね」

 

 そう煽れば顔を真っ赤にして何人もの兵が繰り出してきた。

 威勢はいいが、これでは堪え性というものがない。不用意に突き出された槍の数々を一気に切り払い、そのまま持ち主ごと斬った。その調子で何人も斬り捨てていくが王国軍は尽きることなく現れた。

 だがこれといった強者は出てこなかった。もしかしたら王国は本当に人がいないのかもしれない。だが数だけは多い。いやその数も今はゼフォルの周りにたくさんいるだけで本当は少ないはずなのだ。

 だってそもそも人口は帝国のほうが多いのだし、ほかならぬゼフォルが随分殺したのだから。だが目の前は目の前である。ゼフォルも手傷を増やし、誤射を恐れぬ矢が突き刺さる。脇腹の生温かさはおそらく傷が開いたのだろう。動きが鈍ってくる。

 

「死ね!悪魔の給仕!お前は死ななければならぬ!多くの散っていった王国の勇士たちに報いるために!王国の未来のために!」

 

「アッハッハッハッハッハ!」

 

 ようやく後ろから現れた上質な鎧を着た指揮官クラスのロッソ兵にそう言われてつい吹き出してしまった。笑うたびに全身のキズが燃えるように痛む。だがそれも込み上げてくるおかしさに比べれば気にもならなかった。

 大層な鎧を着て、大声で威勢のいいことは言っているが今もゼフォルに仕掛けてくる兵士たちのように動こうとしない。ダリウス、ゴルガマス、ザヴァン、ガルゼルこのあたりの指揮官は正面からゼフォルに挑んでいただろう。

 しかし目の前の指揮官にはその予兆すらない。見ればその目には恐怖の色がある。周りの兵の士気こそ高いが肝心の指揮官本人が盆暗で、その勢いを活かしきれていない。

 残念ですらあった。どうせ殺されるなら優秀な猛将との一騎討ちで果てたかったが、人生は上手くいかないらしい。現実は本調子なら吹けば飛ぶような雑魚に削り取られるように殺されようとしている。

 

「何がおかしい!追い詰められて気でも触れたか!」

 

「これが笑わずにいられますか!私一人如きにこれだけの兵と物資を浪費して、私を討てばこれまでの犠牲が報われて、王国の未来が開かれる⁉︎ちゃんちゃらおかしいですね!」

 

 そう言って近場の兵をまた2、3人切り刻む、背後からやってきた敵兵の槍を背中にもらうが意に返さず回し蹴り、もう後のことは考えなくていい、もう自分は終わったのだ。

 そう思いながら少しでも王国兵を道連れにする。

 

「私一人が帝国軍の全てだとでも思いましたか⁉︎だとしたらあまりに能天気!私など帝国の尖兵の一人に過ぎません、帝国には私などより才気あふれる人材がいくらでもいるのですから!」

 

 そう叫びながら頭の中ではまずエスメルが、続いてバルグリフ陛下にベルズーフ、グローメルの顔が浮かぶ、クレッチマーも浮かび、そして今のザマを考えればそしてオドールも浮かんだ。

 

「王国が何年歴史を積み重ねたかは知りませんが、貴様ら如き虫けらが帝国に勝てるものか!せいぜい歴史の一節にゼフォルなにがしなる将軍を1人討って一矢報いたという情けない結果で終わるのです!」

 

 そう啖呵を切ると、明らかに敵兵に動揺が走った。もう自分が何を言ってるかもよくわからない。衝動に従って正直に言ってみるものだと思った。

 

「こ、殺せ!この女にもう喋らせるな!早く殺せ!」

 

 敵指揮官も動揺を隠せていない。指揮官の動揺は兵に伝染すると習わなかったのだろうかとゼフォルは思った。

 体に限界は来ている。しかしここでボーナスタイムだ。動揺し切った兵士などゼフォルにとっては屠るなど容易い。

 また数人首を刎ねて血祭りに上げる。

 

「どうしたのですか?震えていて本気が出せないのですか?道連れは多いほど良いですもんね、私は負けず嫌いなので一緒に冥府に行ってもう一戦しましょう?」

 

 そう挑発しつつもこうも質の低い指揮官にやられるのは癪だった。名前も聞こうとも思わない。

 こんなのが私の最後か。

 そう思いつつも目の前のこいつもそうは長くないだろう。冥府に落ちてきたところを葬ろうと決心する。

 ゼフォルは逆にもう威勢だけだった。気力で何とか立っているが体が思うように動かない、慣れ親しんだ曲剣も重くて振れなくなりつつある。

 悪い人生ではなかったと思う。思い残すことはたくさんある。例えば率いた兵力が6桁を超えなかったことだ。あと1万だったのに。

 どちらにせよ好き勝手に戦争して好き勝手に死ぬのだ。これ以上を求めるのは贅沢というものだった。

 どれもこれもエスメルのおかげだと感謝するとこの期に及んで涙腺が熱くなった。どれだけ兵力がどうたら戦功がどうたらと自分を誤魔化してもあと一回くらいエスメルに会いたかった。

 王国兵の凶刃が迫るが、最後のプライドがゼフォルの目を閉じさせなかった。

 だが、次の瞬間、紫の閃光が視界を覆いつくした。

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