メイド、勤務先の大敗北で将軍になる   作:メカバレ

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エスメル

「う……ぐ……な、何が……」

 

 閃光と爆音とともに衝撃波がはしり、ただでさえ傷だらけだったゼフォルはなすがままに吹き飛ばされた。

 自分を仕留めるためにザヴァンのような王国軍の腕利き魔術師が魔術を放ったのだろうか、この威力は一定以上の練度がいる。しかしそれだったら狙いが下手くそすぎる。もうすでにほとんど動けないゼフォルに当てられないということはないだろう。

 

「なん――間に――たわ――」

 

 爆音で耳がキーンとして良く聞こえない、しかし聞き覚えのある声だった。気が付けば王国軍からゼフォルを庇うように誰かが間に立っていた。

 

「あ……あぁ……!」

 

 漆黒の鎧に、漆黒のマント、黒にそろえられた装束に反するような輝く銀髪、かつての強敵と同じ大斧、見間違えるはずない。

 ゼフォルの主君であるエスメル・ウィルベートだった。

 

「お、おじょ……、お嬢様……」

 

「私は貴女に随分甘かったようね。帰ったらお説教よ、ゼフォル」

 

 あれだけ王国兵に啖呵を切り、決まり切っていた覚悟が一瞬で砕ける音がした。もはや会いたかったのか会いたくなかったのかすらわからない。

 マントを翻し、肩の階級章はすでに将官のもの、魔力をはなった残滓からか紫電をバチバチと巡らせて、身の丈と変わらぬ大斧を激流の水車のように回すその姿は勇壮そのものだ。

 成長してより大人びた美貌もそうさせている。

 それに対して自分のザマはどうだ、かつて流麗な装飾で飾られた鎧はボロボロで、返り血と出血で真っ赤に染まり、無様に地面に転がって泥まみれだ。

 かつて妹のように接し、第一の家臣として仕え、最終的には階級で上回ったつもりだった。

 だが、今のゼフォルはかろうじて生きている敗残兵のようで、とてもエスメルの前に出られる格好ではなかった。

 

「けど生きててよかったわ。あとは私にまかせて――っつ⁉」

 

 すぐに巻き返さなければならなかった。エスメルが戦っているのに自分が、無様に這いつくばっているわけにはいかないのだ。

 この現状に比べれば脇腹と全身の傷など痛くはない。

 最後の力を振り絞って立ち上がると、そのまま曲剣を投擲し、エスメルの登場に唖然としていた王国の兵の一人に当てて倒した。

 

「わ、私は……ま、まだ……!」

 

「あぁ!もう⁉貴女はほんとに大馬鹿よ!」

 

 度重なる連戦でゼフォルはもう意識を保っているのが不思議なほどボロボロだった。

 普段ならばともかくこの最悪のコンディションで投擲してもまず当たらないだろう。

 しかしゼフォルはこの期に及んでその攻撃を成功させていた。

 先ほどまでピクリとも動かず、王国兵の攻撃を正面から見ているだけで精一杯だった体が急速に、燃やしてはいけないであろうものを燃やしながら動き出した。

 エスメルの存在を認識したからだろうか、ゼフォルを動かすのはよくある気力などというものでもない。

 もっと不確かな、高すぎるそのプライドが体を動かしていた。

 一度は完全に諦めたのに、再び王国軍に対峙するように残ったもう一振りを構えた。

 黒衣に大斧の美人というエスメルの登場に、王国の大敵にして追い詰めたはずのゼフォルが立ち上がり、それだけで王国軍には動揺が走る。

 それだけで十分だった。あれだけ後ろ向きだったゼフォルの思考が途端に前向きになった。

 勝てる。エスメルと自分がそろえば。まずこの場はどうにでもなるだろう。

 どこから攻め立ててやろうか、まずは身の程知らずのあの臆病な指揮官を殺す。エスメルはどれくらいの援軍で来たのだろう。もう同じ階級なのだから1万はくだらないはずだ。ここで彼女の兵を当てにするのは完全な貸しになってしまうがそうも言ってられない。

 それだけいれば、裏切り者のアンス侯爵も消せる。そうなれば最低限の面目は立つだろう。いや、立たされなければならなかった。

 エスメルと共にハルード要塞に入りなおせばきっとこの王国の大攻勢を頓挫させられるだろう。二年前、ヴァン・ウィルベートでやったときのように。

 この私が、ゼフォル・オデュッセルがエスメル・ウィルベートの前で敗北するのだけは許されないのだ。今からでも巻き返せばまだ――

 そこまで考え王国軍にとびかかろうとして、ゼフォルの体は何者かに抱きかかえられた。

 

「え?」

 

「その馬鹿をとっと運びなさい!」

 

「は!」

 

 メイド長のエルシアだった。彼女はゼフォルを姫抱きにして颯爽とその場を去っていった。

 

「め、メイド長⁉ま、待って!待ってください⁉」

 

「聞きません」

 

「う……!あ……⁉放してください!放せ‼私は……!この私が⁉」

 

 ただの雑兵なら振り切れたかもしれない、しかし相手がエルシアでは消耗しきった体で抜け出すのは不可能だった。せめてもの抵抗で爪を立てる。ゼフォルの本来の力ならそのまま肉を引き裂くことさえ可能なはずだが、少し食い込むだけだった。

 戦場がどんどん離れていく、ゼフォルから戦場が、死神が遠ざかっていく。だが同時にエスメルの背中も遠ざかっていた。

 周囲には帝国の紋章を背負った兵士たちが大挙してエスメルのいた方角に進んでいく、もう霞んでいく視界ではまともに様子もうかがえない、だがきっとエスメルが率いているのだから良い兵士なのだろうという確信があった。

 

「お、お嬢様!お願いです!私も連れて行って!置いていかないで⁉︎」

 

 エスメルが自前の兵で敵に進んでいく、かつての幽閉されていた姿を思えば、とんでもない成長だ。戦斧を振りかざし、味方を鼓舞するその姿は主人としてこの上なく頼もしく、もう長い付き合いだが、立派なものだった。

 しかしその成長を間近で見ることはかなわない。それどころか傍に侍ることすら烏滸がましい。今エスメルの戦列にゼフォルはいないのだった。

 それだけは絶対に耐えられなかった。最後の情けを得ようとゼフォルは絶叫するがついに体力が尽き、徐々に視界が暗くなった。

 

 

 

 エルシアに抱えられて遠ざかっていくゼフォルの絶叫をもちろんエスメルは聞いていた。喧騒に包まれる戦場で彼女の声だけはクリアに響いた。人生で一番大事でかわいい部下の心からの叫びだったのだから。

 だがどんなにかわいくても、なんて勝手なことを言っているのだとエスメルは憤慨せざるを得なかった。

 ゼフォルに言われるまでもなく、エスメルの戦列に彼女は必須なのだ。本来なら自分の軍の最強の先鋒として、もしくは作戦の全てを任せられる参謀としてあらゆる席を用意していたのだ。

 ゼフォルだけが戦って自分がぬくぬくと学院で勉強をしている毎日はつらかった。学院生活は友人にも恵まれたし、帝国最高の学府だけあって、勉強のし甲斐もあったが、ゼフォルが戦っているのに自分が豊かな環境で過ごしているのは苦痛だった。それは彼女が過酷な戦場にいるからではない。

 ゼフォルは二年前、ヴァン・ウィルベートとヴァンダル高原だけで圧倒的な戦果を上げたのだ。その期間はたったの数か月に過ぎない、そんな彼女に最前線と二年の期間を与えればどうなってしまうのか、きっとエスメルも追いつけないほどに戦功をあげるに違いない。そうなればゼフォルを再び部下にするなど、夢のまた夢だ。

 だからエスメルは努力を重ねに重ねた。学院では常に一位の成績を維持したし、率先してバルグリフ皇太子の子息に取り入って、そのつてで西部の動乱では皇太子本人に献策をして同学年の貴族を捕らえた。

 公爵家の地位も利用して、叔父や残った兄弟の権力をエルシアとともに奪い去り、荒っぽい手段を使ってでも功績を上げ続けたのだ。

 順風満帆に勢力と力を伸ばす自分に心配などなかった。だが、不安が出たのはゼフォルの方からだった。ウェストガルトで察知したあの仄暗い炎、今ならあれの説明ができる。

 

「自分にすら嘘をついたのね、ゼフォル」

 

 ゼフォルが最期に倒した王国兵から彼女の曲剣を引き抜き、ポツリとつぶやいた。

 本来ゼフォルがこんな無謀な進撃をするはずがないのだ。

 確かにエスメルはゼフォルの欠点を知っている。分野によってはその辺の常人に負けるものだって存在する。だが究極的に戦争で負けるはずがない。よしんば負けるとしてもそういった戦いは挑まないし、避けるか、別の手段を講じるだろう。

 だからこの敗北は彼女の能力ではない、気位の高さ、傲慢さ、嫉妬深さ、それらの肥大化した感情がついにゼフォルの明晰な戦争理性を上回ってしまったのだ。

 結果、エスメルがこんなにも必死で追いつこうとして、ようやく手が届きそうと思ったら死にかけている。向こうが勝手に堕ちていったのだ。

 本当に勝手なメイドだ。昔からなにも変わっちゃいない。しかしこの勝手な従者を制御するのがエスメルの役割なのだ。その役割は今回ギリギリ間に合った。確かに傷が深く、冥府に片方の足が突っ込んでいるようなものだが、その手は完璧であるエルシアに任せたのだ。きっと命は助かるだろう。

 そしてエスメルの怒りはゼフォルに対してだけではない、それ以上に目の前の王国兵にも向いていた。

 

「私のゼフォルをあそこまで追い詰めたのは褒めてあげたいくらいよ。けどね、あそこまでボロボロにされちゃ許すことはできないわ」

 

 王国兵としては ふざけるなと言いたいだろう。なにせ先に攻め寄せたのはゼフォルなのだ。やっと王国にとって悪魔のような彼女を討ち取れると思ったら、エスメルが出てきて取り逃したのだ。

 だがそんな事知ったことではない。所詮は交戦国なのだ。

 エスメルは別に悪魔のように冷酷ではないが、聖職者のような博愛者でもない。無意味な殺戮を忌避する良心くらいなら存在するが、ゼフォルが生きてくれるのならば王国軍がいくら死のうが知ったことではない。

 

「ひ、ひぃっ⁉」

 

 エスメルのもとに駆け付けてくる麾下の帝国兵と、怒りによって魔力の紫電をバチバチと張り巡らせたエスメルに恐怖したのか、王国兵は恐れおののいている。恐慌状態になった敵兵の一人が矢を放つが、一瞥もせず、まとっていた紫電が焼き尽くした。

 あんまりの光景に放心状態になった敵兵に向けてエスメルは紫に輝くゴルガマスの大斧を振りかざす、本来なら帝国兵に振るわれるはずで、紫に発光したりするはずのないそれは目の前の敵兵を真っ二つにするだけにとどまらず、放たれた紫の斬撃破が後ろにいた十数人の王国兵を消し飛ばした。

 なんとか攻撃範囲外にいた王国兵が半狂乱で突っ込んでくる。それを先ほど回収したゼフォルの曲剣で一蹴した。本当は本人を傍に置きたかったが、贅沢は言ってられない。今は彼女の得物の片割れで満足することにした。

 

「私もたくさん功績を上げなきゃいけない理由ができたわ。全軍進撃、東部で勇ましくも散った友軍の仇を討つわよ」

 

 そうエスメルが王国軍を蹴散らしつつ全軍に宣言すると、帝国軍は勇んで攻撃を開始した。

 既に大勢は決している。いくらエスメルでもこれをひっくり返すことはできない。だが確かにゼフォルの最後の奮闘は帝国軍の決定的な崩壊を防いだのだ。ヴァン・ウィルベートの守りはとっくのとうに固めているし、続々と逃げてきた帝国兵を回収している。だがあともう一押し、王国の追撃部隊を撃退できれば帝国軍は安心して撤退できるだろう。ならばその役割は自分がこなそう。

 エスメルも自分なりの軍団を組むことができたのだ。しかしそれでは満足できない。本来なら隣に控えてほしい最側近がいまだ隣に不在なのだから。そして彼女を牢ではなく傍らに置くには相応の戦果が必要だ。

 本来エスメルは仕事に私情は持ち込まないが、今は別だ。目の前の王国兵蹴散らすだけ蹴散らして痛めつけられた忠臣の仕返しをしてやろう。

 右手に戦斧を、左手に曲剣をもって、エスメルは突進した。

 




 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。今回の話で3章完結になります。
 多くの方に評価や感想をいただいて、とても嬉しいです。
感想返しは基本的にしておりませんが、すべて目を通しております。これからも書いていただければ励みになります。
 次章の投稿までしばらく期間が空くと思います。気長に待ってくださると幸いです。
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