メイド、勤務先の大敗北で将軍になる   作:メカバレ

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作戦

 エスメルが当主に、ゼフォルが将軍に就任し、詐術のような方法でなんとか人心を掴んだ後、ひたすら兵の訓練と戦争の準備を進め、2週間がたった。

 ヴァン・ウィルベートの高い物見櫓の上に城塞のトップとナンバー2である二人は城壁のその先、広がる平原を睨んでいた、視線の先にはロッソ王国の旗を掲げた大軍がずらりと並んでいた。

 

「壮観ね……あれ全部敵なのが問題なんだけど」

 

「いやー、前の当主様や帝国のお味方がもう少し削ってくれれば良かったのですがね」

 

「あれ何人いるの?」

 

「ざっと2万でしょうか?物見やら撤退してきた兵の情報によるとロッソ王国軍は10万を超えてるらしいのでまだまだ来ると思いますよ」

 

「こちらの兵士数は?」

 

「まともに動けるものが4千、負傷兵が3千といったところでしょうか」

 

 ゼフォルの報告にこれまでの勇ましさは鳴りをひそめエスメルの顔色は悪く、なんとか取り繕うとしているがその儚げな美貌は不安一杯であることがゼフォルはわかった。

 

「私は本当に……いや、このヴァン・ウィルベートを無傷で渡すのは……けどゼフォルまで巻き込んで……」

 

「お嬢様」

 

 そのまま深刻な顔で考え込むエスメルをゼフォルは一言で制した。

 

「お嬢様の選んだ道を私は否定しません、しかし一度選んだ道を疑ってはいけません、お嬢様のことをよく知る私は構いませんが人を率いるものがそのそういった態度を見せれば下の者は不安になります」

 

 ゼフォルはエスメルの内心を大体わかっていた。随分の期間を面倒見ていたのだから当然といってもいい。

 ようやく飛躍の時だという勢いで毅然とした態度を貫いていたが、具体的な数字と敵軍の実物を見て行き詰まってしまったのだ。そしてその先の解を出してあげるのが己の役割だと心得ていた。そしてなんとか勝機をこの2週間ほどの短い時間でゼフォルは考えてはいた。

 

「勝機はあります。か細いものですが」

 

「聞きましょう将軍」

 

 ゼフォルの言葉に落ち着きを取り戻したエスメル。ゼフォルとてエスメルに心配をかけないように泰然とした態度をしていたが内心はかなり焦っていた。自身の武勇や指揮には自信はあるが、まさか旗揚げ早々こんな兵力差で戦うことになるとは思わなかった。しかしエスメルとそして自分を鼓舞するためにも話を続けた。

 

「このヴァン・ウィルベールは三重の高い城壁に深い堀、高い櫓に覆われた一大要塞です。武器兵糧の蓄えも多く落とすのは困難を極めます」

 

「それはわかっているわ、けど兵力差は10倍を超えている。いざ力押しでこられたら防ぎきれないわよ」

 

「ロッソ王国は力押しを致しません」

 

「それはなぜ?」

 

「彼らが帝国に侵入したといえど、ここはまだ帝国東部です。最終的に勝利するには中央まで攻め込む必要があります」

 

 ロッソ王国の弱点は大勝ちをしてしまって逆に焦っていることだとゼフォルは考えていた。

イスペリア帝国とロッソ王国の歴史は常に侵略する帝国となんとか防ごうとする王国という図式にあった。そもそもロッソ王国の成り立ちが大きくなりすぎた帝国に対抗するために小国が連合してできた成り立ちがあるから当然だ。

 そして今回の大勝利、それに伴ったロッソ王国は初めて本格的な帝国領侵攻に、ゼフォルは王国軍の大多数の考えが手に取るように分かっていた。

 この千載一遇の機会に王国は帝国中央まで攻め込み、可能ならこちらに有利な条約を結ぶか、あわよくば帝国をそのまま滅ぼしてしまいたいと。

 もちろんそう上手く行くはずはない。イスペリア帝国は負けたとはいえまだ強大だ、政治の腐敗が目立つが、伊達に何十年もロッソ王国を押していたわけではない。今回帝国に鮮やかに勝利した王国の優秀な指揮官や貴族もそう思っているだろう。しかしロッソ王国はその成り立ち上小国の王や貴族たちの連合体という国であり、意識の統一は難しい、一部の有能な者が帝国中央部の進軍を渋ってもその他大勢が中央の進軍を叫べば止めることはできないだろう。そこが狙い目だとゼフォルは思っていた。

 

「もちろん、このヴァン・ウィルベートの抵抗があまりに脆弱ならば踏み潰して来るでしょう。しかし一定以上の抵抗力を持つと判断すれば彼らは留守の兵力を置いてここを無視して中央に進軍します」

 

 戦略を淡々と話すゼフォルにエスメルは黙って聞く、これは久々のことでまだエスメルに軍略を教え始めた頃をゼフォルは思い出した。

 

「不落要塞のヴァン・ウィルベートを無血開城できれば万々歳でしょう。しかし抵抗力の残ったこの要塞を力押しとするとなれば大損害は必須です。これから中央に攻め込むというのに王国はそんなことはしません」

 

 王国軍は10万を超えるとはいえ、大局的に見ればたかが10万だ。このまま勢いに乗って中央に攻め込めば勝機もある数だが、ここで思わぬ損害やそれに伴う士気低下が起これば帝国中央を攻め込む勝機は大きく落ち込む。敗戦の混乱を立ち直れていないからロッソ王国は10万の兵力で逆侵攻ができているが、もし正気の帝国を押し潰すなら少なくとも20万はいるとゼフォルは計算していた。

 

「なので我々を簡単に潰せないくらい強く、放置できる程度には弱いと思わせなければなりません」

 

「敵の主力とやり合う気はないのね」

 

「もちろんです。やれば叩き潰されます」

 

 主力を回避するというゼフォルの策にエスメルはどうやら少しホッとしたようで落ち着きを取り戻しつつあった。

 

「まぁしかしこのまま要塞に亀のように篭ってばかりではどうにもなりません、一当てだけでもしなければ」

 

 しかし続く言葉に再びエスメルの顔に緊張が走る。この七変化が少しゼフォルには面白かった。

 

「本気?せっかくここまで固い要害にいるのだし消極的かもしれないけど守っていた方が良いんじゃない?こんな寄せ集めで勝てるとは思えないわ」

 

 そう慎重論をエステルは唱えるがゼフォルの関心は別にあった。

 

「いいえ、お嬢様、寄せ集めだからこそ一度でも、小さなものでも勝利が必要なのです」

 

 ゼフォルは配下となった兵士をよく見ていた。一様に士気は低く絶望している、なんとか前の詐術のような就任式で多少は持ち直したがそれでも多少マシと言ったほどだった。息の詰まるような苦しい籠城戦を戦い抜けるような状況ではないと睨んでいた。

 いつものような鉄面皮で澄ましているゼフォルだが、エスメルの手前動揺を前に出さないだけで状況はかなり悪いとゼフォル自身も思っている。古今東西籠城側が勝つには援軍が来るのを待つしかない、その援軍も今の帝国では期待できないだろう。ならばやれることはなんでもやっておく必要があった。

 

「敵は戦いの勝利で士気旺盛とはいえまだ先鋒のみ、そしてここまでの進軍で疲れております、仕掛けるなら今しかありません」

 

 自身の焦りを完全に隠しつついうゼフォルだがエスメルの反応は薄かった。

 

「頭ではわかってはいるわ、籠城前に自軍の士気をあげ、相手の勢いを挫くのが大事だということも、けど今の私には今の兵士で勝算があるとは思えないわ」

 

 頭を抱えてエスメルはゼフォルに教えを請うた。そんな総大将にしては矮小にも見える姿に、安心させるようにゼフォルは言った。

 

「もちろんです。我に策ありです。……って人生に一度は言ってみたかったんですよ」

 

「離宮から抜け出す時とか狩りで罠貼る時とか結構言ってたじゃない」

 

 いつものようなゼフォルの態度にエスメルは溜息を吐いた。しかしその顔はいくばくか険が取れていた。

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