判決を下されたと同時だろうか?バタンと会議室のドアが勢いよく開かれる。重厚な巨大な扉は兵士が2人がかりでゆっくりと開けるものであって、こうも大きな音を立てるほど勢いよく開くものではない。
思わずゼフォルはベルズーフから視線を外して出口のある後方を振り返ってしまう。
そこにはエスメルが立っていた
「あ……う……」
総司令官であるベルズーフを前にしてもあれだけ饒舌だったゼフォルの舌は漆黒の軍装に正反対に輝く銀髪の将軍を前に何も言えなくなっていた。
周りの他の将校はいまだに血がこべりついて固まっている戦斧と白い布に包まれたナニカに視線が固定化されているが、ゼフォルにとってはそんなことはどうでもいい、不釣り合いに大きな斧も、包まれたソレなどいくらでも見たことあるし特に後者はゼフォルだってたくさん作ったことがあった。
ただそれを持っている本人を前に何を言っていいか分からなくなってしまったのである。そして何より長い付き合いなのだからすぐに分かった。表面ではわからないがエスメルは間違いなく怒っている。それもゼフォルに向かってである。
エスメルの視線はあくまでベルズーフの方に向いているのに怒気がゼフォルを突き刺していた。
「お取り込みのところ失礼します。ただ火急の報告があったので」
多くの将官の視線を意にも介さず、その軍装には似合わぬ流麗な声色でエスメルはそう宣言した。
「エスメル将軍、軍法会議中といいたいが……なにがあった」
「裏切り者のアンス侯爵の首です。お納めください」
そう言ってエスメルはナニカを放り投げた。白い布が空中でほどかれ中身が露わになった。
ありえない。ゼフォルの失態の生き証人といっていいアンス侯爵が、腕一本なくなったどころか首だけになってしまっていた。
その首すら凄惨なものだった。どれだけ強力な膂力で刎ね飛ばされたというのだろう。まるで伝説上の竜の一撃でも食らったかのようだ。首というより下顎まで力づくで吹き飛ばされていてもはや首級というより残骸だ。
「あ、あの裏切り者を仕留めたのか⁉」
「王国は死ぬ気で護衛するはずだぞ!」
そのグロテスクな塊に諸将は驚き戸惑った。しかしそれはゼフォルとて同じである。このアンス侯爵もまたゼフォルの後悔の一つだった。
悔しいが、処刑される自分より、取り逃がしたアンス侯爵のほうが長生きするだろう。そう思っていた。
無駄に小賢しく、王国にとって有用な侯爵は早々討ち取られるはずがない。最後は帝国が勝つのを疑ってはいないが彼の首が落ちるよりゼフォルが死刑執行されるほうが早いはずだった。
「お手柄だ将軍、どうやって討ち取った?」
「そちらのゼフォル将軍が前線を離れたという話を聞いた途端、不用意に前線へ出てきたうえに、私を若輩者だと油断していたので切りました」
ベルズーフの問いにさらりと答えるエスメル。その会話を聞いてアンス侯爵はなんて愚かな人間なのだと思った。エスメルの才能を最も知っている身として、彼女を相手に油断するなど自殺行為でしかない。
いや真実はもっとひどいかもしれない、あんな小人では本気出そうが出さなかろうがエスメルに油断したと思われる程度の力量だったのだろう。
「して閣下、この軍法会議はゼフォル将軍の物ですか?どういった判決になりましょうか?」
「……今ちょうど決まった。多くの軍律違反に残念だが将軍は極刑だ」
「お願いがあります」
「聞こう」
「おおよその罪状は理解しているつもりです。ゼフォル将軍の罪の一つであるアンス侯爵の離反に関してはこうして私が葬ることによって清算しました。この功によって将軍の助命をお願いしたいです」
そういうとエスメルは戦斧をガダンと床に置き、膝をつくとそのまま三つ指を床について頭を床にこすりつけた。まごうなき、土下座だった。
「なっ⁉お、お嬢様!おやめください!私のためにそんなことをする必要は!」
その姿に声を荒らげるゼフォルだがエスメルにやめる気配はなかった。
「面を上げてくれ、エスメル将軍、これはゼフォル将軍の罪であって君の物ではない、私とてゼフォル将軍の才は惜しい、しかし全軍の規範のため致し方ないのだ」
「ならばいつぞやのように利を説きましょう。私は東部方面軍に代わって対王国の指揮を執りましたが、王国軍のゼフォル将軍への恐怖はすさまじいものです。将軍が前線を離脱したと聞けば多くの王国兵が勢いよく攻め立ててきました。それだけの武名が轟いているのです。そして撤退する将兵たちからも話しを聞きました。劣勢になれば常に殿を引き受け最後は多くの兵がゼフォル将軍に救われたと言っております」
「ふむ……クレッチマー将軍それは本当か」
ようやく見守っていた外野に話が振られた。振られたクレッチマーは冷や汗を顔に浮かべつつも答えた。
「は、エスメル将軍の言うとおりです。ゼフォル将軍は攻撃に出るときも守りに出るときも常に最前線で戦い続けました。恐らく最も多くの王国兵を討ったのも将軍でしょう。……問題行為があったことは否定できませんが、前線将校の鑑です」
「ふむ……」
「少なくとも、ここでゼフォル将軍を極刑に処しても喜ぶのは王国です。殺しても王国の士気が上がるだけで何一つこちらに利はないのです」
クレッチマーの言葉にベルズーフは一理あると思ったのか考え込んだ。さらにそれを見逃さんとばかりにエスメルが援護射撃を放っていた。
「成程、確かに一理ある。思えば軍法会議と言いながら、私一人で結果を急ぎすぎたのかもしれない。この場にいる諸将たちよ、意見があれば忌憚なく聞かせてほしい」
そう宣言するベルズーフによって静まり返っていた議場はにわかに騒がしくなる。やがて一人の参謀が手を挙げて答えた。
「エスメル将軍の言うとおりです。私はオドール閣下のもとで働いておりましたが、有用な手を立てられず、ゼフォル将軍におんぶにだっこでした。将軍に罪があるならば、任せきりだった私にも罪があります」
「その通りです」
「将軍一人のせいになるのはおかしいかと」
オドールの参謀の一人がそう発言するとその他の将校や参謀もそれに続いた。
「確かに将軍の罪は重い。だが功績にも目を向けるべきです。王国軍の主力を撃破し、王都にまで迫ったのは帝国史上初の快挙に他なりません」
「それにアンス侯爵が裏切ったときもすぐさま撃退したというではないか、それだけの才を殺してしまうのは惜しい」
その他ベルズーフ麾下の将校たちも同調してゼフォルの擁護に回る。場はゼフォルとベルズーフの一騎打ちから、全員がゼフォルを擁護するためににわかに騒ぎだした。
この光景をゼフォルは正面から見られなかった。顔を伏せてとめどなく涙を流していた。
まさかこの自分が多くの人間から擁護されるなど考えたこともなかった。
この流れを生み出したのはエスメルだ。感謝をすれば良いのかもよくわからない。見捨ててくれてよかったのに。ただこの涙だけは大衆の前で見せるわけにはいかなず、ただただゼフォルは顔を伏せていた。
「成程、諸将らの意見は分かった。エスメル将軍の助命とゼフォル将軍のこれまでの功をもって極刑を取り消し三階級降格で中佐として、無期限の禁錮刑とする。異論はあるだろうか」
ゼフォルは首の皮一つ繋がった。異例と言っていい大降格も今は気にもならない。
結局また生き残ってしまった。あれだけベルズーフに啖呵を切っておいてである。だがそれ以上にエスメルに何か言わなければいけないのに。
「異論はないようだな。ではこれでお開きとする。今回の件を教訓として皆、今後も励んでほしい」
ゼフォルはまともにエスメルを見ることすらできなかった。