メイド、勤務先の大敗北で将軍になる   作:メカバレ

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獄中

 軍法会議が終わった後、ゼフォルは再び牢獄へ戻された。命こそ助かったが禁錮刑である。刑務作業もさせてもらえないので暇でしょうがなかったが、考える時間だけは無限にあった

 ゼフォルが王国に仕掛けて以来、激動の日々だった。四六時中敵を粉砕することと、9万の大軍の統制、司令部の派閥争いなどで頭を使っていたし、ほとんどを戦地で指揮を執ったので体も休まらなかった。

 徹夜など当たり前だったし若さでたいていの無理は通してきた。

 だがここで結果こそ最悪だがようやくゼフォルは一息つくことができていた。

 命だけは、いや命しか助からなかったというべきだろう。ゼフォルはこれまで得たものの全てを失っていた。少将の階級は三つも下がって中佐である。最初はエスメルの縁で少将から始まったので人生で初の階級だった。

 独裁的に支配していた東部方面軍はほぼ壊滅状態で育てた兵士も恐らくほかの将軍たちに吸収されてしまっている。

 なにより敗北の汚名が一番痛かった。ゼフォルがこれまで好き勝手出来たのは、二年前の英雄的活躍で名が轟いていたからだ。

 そうでなければメイド上がりの成り上がりがこうも好き勝手できるはずがない。しかしそれも失った以上、これまでのような大躍進はできないだろう。

 しかし、すべてを失ったにしてはゼフォルの心は案外すっきりとしていた。いや、牢獄に入って数日は喚き散らしていた気がするが、感情を爆発させ続けるのは戦争をするくらいに疲れるものらしい。

 やることもないのでベッドで横になりながら今後のことを考えて居た。

 ゼフォルは戦況の先々は考えて居たが、自身そのものの事は考えて居なかった。勝てば幸せになるだろうという漠然なことくらいだったのである。

 自分の未来というその問いになかなか回答が出せなかった。一体どれくらいの期間を牢の中で暮らすのだろうか、もしかしたら一生かもしれない。いやその可能性が高い。

 生き残っても果たしてその人生に意味はあるのだろうか、きっとそれは将軍として戦ってきた二年間より薄い生きる屍のような人生だろう。

 だからといって死ぬ気にもなれなかった。いい加減自分の中で死ぬ死ぬ言っておいて、結局死に切れていないことをみっともなく思っていたからだ。

 なにより軍法会議で助けてくれたエスメルと匿ってくれたエルシア、戦場で助けてくれたエルディム少佐のことを思えばもう軽々しく考えることすら失礼だと思ったからだ。

 

「看守さん、今度また紙をいただけますか」

 

「はっ」

 

 扉の前の看守にゼフォルは声をかけた。貴人クラスの牢獄だけあって、常に誰かが控えているし、何より紙とペンくらいは使用が許可されたのだ。

 獄中の貴族が書いた小説が外に出てヒットするという話も結構あるのだ。その恩恵にゼフォルも与かっていた。

 残念ながらゼフォルには小説を書けるような豊かな感性は存在しない、そのようなロマンティックなものではなく、血なまぐさい戦術書であった。

 元々ゼフォルは戦術書を読むのが大好きだったし、自分の手で執筆したいという願望があった。無限の余暇と二年間の激烈な実戦経験があり筆を取るには絶好の機会だった。

 

「……相変わらず精が出ます」

 

「そうでしょうか?今前線で戦っている将校たちに比べれば私なんて情けない限りですよ」

 

 紙を受け取るゼフォルに看守の兵が口を開いた。

 王国との戦いは収束しつつあるだろうが、まだ終わっていないはずだ。きっと今ごろエスメルは前線で活躍しているだろう。

 問いかけてきた同性の看守はゼフォルを監視する立場だが、ある程度の期間があれば多少話すくらいの仲になっていた。話す相手もいなかったのでちょうどよかった。

 

「少し読みますか?生の感想というものも欲しいのですよ」

 

「職務中ゆえそれは失礼します。それに私はただの兵士です。中佐の考えるような戦術など理解できません」

 

「決めつけは良くないですよ。誰もが勉学の機会は持つべきです。ほら危険なことを書いてないか検閲するといって読んでもいいですよ」

 

「な、なるほど、では読んでみましょうか」

 

 ヘルトアというその看守は態度こそ堅物だが、ゼフォルの執筆作業に興味津々な態度を隠せていなかった。

 まぁ捕まった中佐の戦術書など逆に興味を持つだろう。幸い、看守といっても貴人の牢を監視するため、教養は高いのである程度は読めるはずだった。

 

「中佐このページはどういう……」

 

「この戦術の意義ですが……」

 

「本当にこんな作戦実現可能なのですか?」

 

 気が付けばヘルトアは牢の中のゼフォルに毎日のように教えを乞う位には興味をもってくれていた。その質問もなかなかに鋭く、ゼフォルからしても解説をするのには意義があった。

 単純に暇つぶしになるし、解説をすることで執筆内容を精査することもできたからだ。

 今日も熱心に説明を聞きに来るヘルトアにゼフォルは笑いながら言った。

 

「まさか獄中で新たに教え子ができるとは思いませんでしたよ」

 

「中佐ほどのお方ならさぞ師事する方も多いでしょうね、ちなみに私は他の教え子と比べて中佐の教えを理解できているでしょうか」 

 

「残念ながら相手になりません、彼女は例外中の例外ですから」

 

「それはどんな方なのですか?」

 

「エスメル少将」

 

 少ししょんぼりするヘルトアにエスメルの名前を出せば、納得したように大きく頷いていた。どうやら外ではエスメルの武名はすさまじいものであることがこの反応だけで分かった。

 

「ですが、あなたも筋はいいので伸びますよ」

 

「そうでしょうか?」

 

「敗戦の将である私で良ければ保障しますとも」

 

「ありがとうございます」

 

 

 

 そんなたのしい獄中生活をゼフォルはすごしていたがある日ヘルトアが改まって喋りかけてきた。

 

「ゼフォル中佐」

 

「看守のあなたから話しかけるとは珍しいですね。職務的に大丈夫なのですか」

 

「いえ、今日はいいんです。私はここをもうやめます」

 

「それは、いったい」

 

「実は私も、もともと将校を目指していて独学で勉強をしていました。伸び悩んでいて、あきらめていましたが閣下の教えをもとに上官に提出したら先日士官学校の推薦がもらえまして」

 

「それは、良かったじゃないですか」

 

「け、けど私、中佐の教えを盗んで受かったような気がして……」

 

「軍略なんて盗んでなんぼの世界ですよ。古代にフラン二バルっていう将軍がいたでしょう。彼が敵国のキノピオ将軍になぜ負けたか知っていますか?」

 

「確か己の戦術をそっくり返されたはずでした」

 

「そうです。盗作は褒められた行為ではありませんがこと戦争ではいくらでも許されます。敵国がすさまじい戦術を使用したら死に物狂いで盗んで対抗しなければなりませんよ。せいぜい、外で私の戦術で活躍してくれたら冥利につきますよ」

 

 実際ゼフォルは気にしなかった。むしろ牢屋にある自分に代わって活躍してほしいし、収監中の囚人に習って合格するのもまた面白い努力だと思った。

 

「ありがとうございます!」

 

 最もこの別れ自体は惜しくてしょうがなかった。

 

 

 

 ヘルトアが去ってもゼフォルは牢にいなければならないのである。看守は変わったが、ヘルトアほど仲良くなれず、ゼフォルは一人で執筆をつづけていた。

 そうして日々は流れていくが、その日が来たのは唐突だった。

 

「え?恩赦?」

 

「そうです。本日新皇帝にバルグリフ陛下が即位しその恩赦でゼフォル中佐は釈放となります」

 

 唐突に看守に代わって現れたアティア憲兵少佐いや、肩の称号が一つ豪華になった憲兵中佐の言葉にゼフォルは困惑していた

 

「え?」

 

「いや、本当ですよ?」

 

「恩赦は分かりますよ?ですが罪状が悪質なものをむやみに出したりはしないでしょう?」

 

「悪質だとご自覚があったのですね……」

 

 ゼフォルとて自分が何をやったかくらいは分かる。いくら皇帝陛下即位という特大の慶事であっても凶悪犯罪者を解き放つわけがないだろう。

 そして自身がそれに近しい存在だということくらいはわかっていた。

 

「中佐の釈放に関しては上層部でも激論になりましたよ?帝国軍の中でも法務部やら人事部やら新しい部署が乱立するわ、私の上官である憲兵総監閣下が四六時中ベルズーフ閣下に呼び出されるわで大変だったんですよ?おかげで私も一つ昇進しちゃいましたよ」

 

「そ、そうですか……す、すいません」

 

 いつも真面目で職務に忠実なアティアが座った目で語るあたり、その苦労は相当なものだったのだろう。方々に迷惑をかけた側としてゼフォルは素直に謝った。

 

「ともかく、中佐は特例中の特例で観察処分という形で釈放になります。後日目付役が来るのでそれまでに出獄の準備をしてください」

 

「観察処分ですか?」

 

「要は前みたいに命令無視してメチャクチャされないように人を付けるという話です」

 

「ええ……私がですか?もう22なのですが」

 

「十分若いではないですか、逆に中佐にこの制度が適用されなかったら誰がされるんだって思いますけどね」

 

「は、ハッキリと言いますね」

 

「今は同階級ですから」

 

 あんなにまじめだったアティアの少し辛辣な態度に思わずたじろぐゼフォル。前例のなさすぎる戦果と違反にゼフォルの扱いは混迷を極め、軍の法務関係をつかさどる憲兵隊のエリートとしてよほど駆け回ったのだろう。

 決定的に嫌っているわけではないが、恨みがましい視線を先ほどから送ってきていた。

 

「ですが本当に良く外に出しましたね?正直もう出られられないものかと」

 

「中佐の戦果は本物でしたからね、王国軍を最も撃破した将軍をただ牢屋に繋いでいるのはもったいないのと、ウィルベート公爵がどうしてもとベルズーフ閣下にまで掛け合ったからです」

 

「おじょ……ウィルベート公爵がですか?」

 

「そうですよ?ちなみに目付役もウィルベート公爵こと少将閣下です。よかったじゃないですか、すごい大物が後見人になってくれています。中佐の奮戦はちゃんと評価されていますよ」

 

「じ、じゃぁ今ここに来るというのは」

 

「もちろん、ウィルベート閣下です」

 

「すみません憲兵中佐、恩赦って拒否できないですかね」

 

「えぇ⁉」

 

 牢屋暮らしで頭も冷え、大分落ち着いたはずのゼフォルだったが、まだエスメルに会う心の準備は整っていなかった。もしかしたら面会くらいは来てくれるかなと思ってはいた。

 きっと自分に代わって軍で活躍するであろうエスメルは多忙だろうし、もし来ても面会謝絶して書いた戦術書でも渡そうとおもっていたからだ。

 目付役の話が出てから予感はしていた。生半可なものならオドールのようにゼフォルの操り人形になってしまうだろうし、その役を達成しうるのはベルズーフとエスメルくらいしかないのだ。

 ベルズーフならば本当に悔しいが、しばらくは黙って従ってやろう。だが絶対にいずれその力すら盗み学んで返り咲こうと思っていた。

 だがエスメルなら。彼女なら正直に言って文句はない。上官としても優秀なのは知っているし、何よりベルズーフなどと比べ物にならないくらい人として好きだ。きっと一緒に戦えたら楽しいだろう。

 だがそれはそれ、これはこれなのだ。その喜びと同じくらい今のゼフォルにエスメルに合わせる顔がないのだ。あれだけ王国に勝って見せると啖呵を切っておいて、妹のようにかわいがっていたエスメルに負けましたと泣きついて後見人になってもらうなど本当にどんな顔をしたらいいのかわからない。

 

「中佐!ウィルベート公爵閣下の何がご不満なのですか⁉だいたいですよあなたは確かに戦争はお上手ですがワガママすぎます!私も非才の身ではありますが憲兵として懸命に務めているのです!あなたを出獄させた方が王国との戦いが有利になると思って色々な人が尽力してくれたのですよ⁉」

 

「わかってます……わかっていますよ憲兵中佐。すみませんでした」

 

 アティアのほうが十中八九正しいのはゼフォルは百も承知なので素直に謝った。今やってるのは下らぬプライドを守るための子供のような癇癪でしかない。

 

「とにかく!一週間後にウィルベート公爵はいらっしゃるのでそれまで大人しくしてください!」

 

 アティアはいうことはこれまでと去っていき、そこには頭を抱えたゼフォルが残された。

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