メイド、勤務先の大敗北で将軍になる   作:メカバレ

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再開

 

「南部での戦勝おめでとうございます。私も東部で大きく陽動にでた甲斐があったものです」

 

 間違いなく怒られるだろう。

 

「まぁ少々やられましたが、計算のうちです。巻き返しの布石は残っています」

 

 多分殴られる。

 

「いや、王都を落とせはしましたとも。しかしデザートは主人のために取っておくのができたメイドでしょう?」

 

 刃の一太刀は覚悟しなければならない。

 

「何をやっているのでしょうか……私は……」

 

 エスメルが来るのはもう今日であるというのにゼフォルは牢獄にある鏡の前で一人でぶつぶつ演技をしていた。

 やっていることは単純でどのような言い訳なら姉替わりとしての威厳を保てるかというだけだった。それもふと我に返って辞めた。

 最初はどのような謝り方をするか程度の物であったが、あれよあれよと己のプライドを守る要素を加えるたびにおかしな方向に進んでいった。

 考えを改めなければならなかった。ゼフォルは戦争に負けたのだ、多くの兵士を犠牲にして、最期はエスメルに助けられてのうのうと生き残った今茶化したりすることはできなかった。

 以前までだったら、己のプライドのために木っ端の命など気にせず、醜い自己正当化を心の中で進めていたかもしれない。敗戦によって増長を削り取られたゼフォルはもうそんな考えはできなかった。

 

「ゼフォル中佐、お時間です」

 

「わかりました」

 

 そうしてうだうだと考えているとついに部屋がノックされアティア憲兵中佐が迎えに来る。結局ゼフォルは言い訳も決心も決まらず、流されるがままに部屋を後にした。

 

「お待たせしました少将閣下」

 

「ええ。憲兵中佐殿もご苦労様」

 

 そうやって敬礼し合うところをゼフォルは見ることしかできなかった。すでに階級でエスメルは上なのだ。最低限の礼儀で何とか敬礼はするが全く口が開かなかった。

 監獄から出てすぐエスメルは待っていた。この場で誰よりも階級章の高い軍服を身に纏い、エルシアを含めた数人の護衛の兵で周りを固め、馬車まで待機させていた。

 

「現時点をもってゼフォル・オデュッセル中佐の身柄を少将閣下に引き渡します」

 

「確かに受け取ったわ」

 

 あれよあれよという間にゼフォルはエスメルの馬車に乗せられた。馬車の中にはエスメルとエルシア、向かいにゼフォルの三人しか乗っていなかった。

 ゼフォルはいたたまれない気持ちでいっぱいだった。正面からエスメルの顔を見ることすら叶わず視線が右往左往している。

 エスメルはその整った顔をニコニコとしているが、付き合いが長いのだからわかる。あの笑顔の下ではとてつもない怒りが渦巻いている。

 それを肌で察しているのかエルシアも冷や汗を流していた。

 

「ゼフォル、何か私に言うことはあるかしら?」

 

「えっと、あの……そ、その……」

 

 イスペリア帝国軍総司令官であるベルズーフを相手にしてなお達者だった口はどもることしかできなかった。

 何を言えばいいのかわからない、せめて牢の中で考えた三桁はあるだろう言い訳を思い出すが、頭が真っ白でなにも思い出せない。たまらずゼフォルは隣のエルシアにすがるように視線を向けた。

 

「あ、あのお嬢様、ゼフォルも決死の思いで戦ったのであって……」

 

「お母様」

 

 ゼフォルの視線にエルシアは助け船を出そうとするが次のエスメルの言葉でただでさえ冷え切った空気は絶対零度まで凍り付いた。

 

「前から思っていましたが、ずいぶんと私の専属メイドだったゼフォルを可愛がっていますね?まるで娘のように」

 

 とんでもない痛撃がエルシアの方に飛んでいってしまった。まさかあのエスメルからこんな言葉が出てくるとは思えなかった。

 帝都学院で悪い友人でも作ったのだろうか?一番年下であるエスメルを前に大の大人であるゼフォルとエルシアが形なしである。

 

「お、お嬢様、メイド長にそんなことを言ってはいけません。私なんかをかばってくれているだけで……」

 

 ゼフォル自身はいくら貶しても別にいい、負けたのは本当なのだから。しかし助け舟を出したエルシアが今貶されるいわれはない、あと何より両者に世話になっている身として親子で喧嘩をしてほしくなかった。

 

「い、いえ!そもそもお嬢様にゼフォルを推薦したのは私です!その責任は私に!」

 

「め、メイド長待ってください……」

 

 さっきから助け舟を出してくれるのは嬉しい。ズタズタだった心に温かく響く。だがエルシアの道理はもう無茶苦茶だった。相変わらずこういったことには疎い。

 始まりのきっかけはそうかもしれないが少将としての敗戦の責までをメイド長にどう問えというのか。

 エルシアの助け船はありがたいが全部沈没している。

 メイド長と元メイドの二人でやんややんやと責任のかぶりあいをしているとぱちんと手を叩く音が響いた。

 

「静まりなさい」

 

 二人の主人であるエスメルの声に二人はそろって身を正して黙った。役職どうこうではない。ゼフォルもエルシアも本来、一癖も二癖もある強者なのだ。

 しかし今のエスメルにはそれを一言で制せるほどの覇気があったのだ。

 この覇者からいったい何を言われるというのか、身構えるゼフォルだが返ってきた回答は意外なものだった。

 

「フフフ、あはははは!」

 

 エスメルは笑っていた。それは本当に楽しそうに、あまりの変貌にゼフォルもエスメルもポカンとするだけだった。

 

「変わらないわね、あなた達は。あの日ヴァン・ウィルベートで私にバカみたいな化粧したときと本当に変わらない」

 

「ば、バカみたい……」

 

「あの時私は化粧の一つもできないメイドを許したわ。けど今回のことは許せないわよ。ゼフォル」

 

「ひゃ、ひゃい……」

 

 鋭い眼光を逃がさぬとばかりに飛ばすエスメルに、ゼフォルはもう目を逸らすという唯一の抵抗すらできなかった。

 

「聞かせなさい?なぜ貴女は王国に仕掛けたのかしら?」

 

 その問いはゼフォルにとって意外なものだった。先日の軍法会議といい、ゼフォルの最も重い罪は命令違反と越権行為だと思ったからだ。そこを詰められると思って身構えていたが、意外な方向からの詰問に戸惑った。

 

「あ、あの」

 

「なぁに?」

 

「越権行為や、命令違反にはお怒りになられないのですか……?」

 

 ずっと前から真面目だったエスメルがこれに反応しないとは考えにくかった。だから、ついゼフォルは質問をしてしまった。

 

「生意気ね」

 

 底冷えするような美しい声色とともにエスメルは両手でゼフォルの顎を持ち上げ、その紫眼で覗き込んだ。

 

「質問に質問で返すなんていけない子ね、エルシア?どんな教育をしているのかしら?」

 

 あのエスメルはこんなに恐ろしい存在だったかとつい錯覚してしまう。

 ゼフォルにとって帝国軍総司令官ベルズーフですら恐るるに足らない、王国軍が10万で押し寄せようが怖くはないのに目の前の少女一人が恐ろしかった。

 

「も、申し訳――」

 

「まぁ答えてあげるわ、その質問に」

 

 急いで謝ろうとするがその謝罪の言葉は当のエスメルによって遮られた。

 

「まず、ゼフォル、貴女が越権行為やら、命令違反しようが知ったことではないわ。だって貴女の才能は良く知っているもの。下手な総司令官を置くより貴女が道義に背いてでも兵を指揮した方がいい結果が出るに決まっているもの。あの日ヴァン・ウィルベートで私たちが当主と将軍になったときに正当性なんてあったかしら」

 

「そ、それは……」

 

「貴女はその才能のまま戦争すればいくらでも勝利できる。そういう星に生まれたんだもの、好きに戦って功績を上げればいいわ。けど貴女あの戦いは自分にすら嘘をついていた。そうでしょう?」

 

 ようやくゼフォルはエスメルの言いたいことが分かった。命令違反や越権行為に敗北などかわいく見える。ゼフォルの最もデリケートな部分を突こうとしているのだ。

 

「質問を戻すわ。なぜ今の時期に王国に仕掛けたのかしら?私のゼフォルだもの、まさか本気で勝機があったというわけではないでしょう?」

 

 ゼフォルはエスメルへの抱く恐怖への本質が理解できた。

 ベルズーフならばゼフォルから階級を兵権を奪うことができる。王国軍は命を奪うことができる。

 だがエスメルは、長いこと可愛がっていた彼女だけはゼフォルのもっと大事な本質そのものを奪えるのだ。

 

「言いたく……ありません……」

 

「言わないと嫌いになるわよ」

 

「うぐっ……ぐすっ……」

 

 嫌われるのはもっと嫌だった。子供のようなことを言いながらみっともなく涙すら流れるが、それでもエスメルは視線を離そうとはせず、ゼフォルの目を覗き込み続けた。

 

「……け……ました……」

 

「聞こえないわ」

 

「お嬢様に負けたくなくて挑みました!」

 

 逃れられないと悟ったゼフォルはついに白状した。一度声に出してしまえば止まらなかった。

 

「お嬢様の才能が恐ろしかったのです⁉け、けど今なら、階級で上回っている今なら出し抜けると思ったのです!ロッソ王国はこの世に一国しかありません!私が先に滅ぼせば、いくらお嬢さまでもないものは滅ぼせないのですから!私は褒められた性格じゃありません!かつてメイドとしてお仕えしましたがメイド長と比べて仕事もできなかった!この上戦争の才ですらお嬢様に負けたら!私は貴女の傍にいる意味がなくなってしまう!だから……だから……!」

 

 これが偽らざるゼフォルの本音だった。ベルズーフへの敵対心もこれに比べれば屑でしかない。

 圧倒的な戦の才を誇るゼフォルだが、裏を返せばそれしかないのだ。

 2年前はそれを頼りにエスメルを支えた。焦りもなかった。バルグリフ皇子に仕えた後も、上回れそうなのはベルズーフくらいだった。

 だが、自分を超えうるエスメルの才能を見て、純粋に褒めたい気持ちよりも恐ろしさが勝ってしまった。

 その他大勢をいくら抜き去ろうと、エスメルに抜かされてしまえば、自分が彼女に仕える意義がないからだ。

 内心を全て暴露したゼフォルにエスメルは深く、それは深く溜息を吐いた。

 失望されただろうか、軍法会議の場ではいっそ見捨ててほしいとすら思ったゼフォルだが、いざそれが現実になろうとすると怖くてしょうがなかった。

 相変わらず涙は止まらないし、体も小刻みに震えている。

 

「私が貴女の判断を鈍らせたのね」

 

「ち、違います……⁉」

 

 口ではそう言っても本当にその言葉を否定できない、エスメルへの対抗心が無謀な戦いにゼフォルを引き込んだのは事実だからだ。

 

「いいえ、違わないわ。けど私はね、そうやってすぐ誰かを目の敵にする貴女のそんな所も嫌いじゃなかったわ。昔私を虐げる本邸の連中になんて言ったか覚えている?」

 

「い、いえ……」

 

「あんな連中、束になっても私の足元にも及びません。そして私を従えているお嬢様こそ真に優れた主です。そう言ったわ」

 

 そんなこと言っただろうか。とゼフォルは記憶を探る。いやきっと言っているだろう。幼いころのエスメルはなんでも目を輝かせてくれたのでつい大きいことをゼフォルは言いがちだった。

 だが少将のころならともかく落ちぶれた今では恥ずかしいだけだ。

 

「あの頃の私がどれだけその言葉に救われたかわかる?どれだけ離宮に隔離されようが、馬鹿にされようが私にはゼフォルが付いているの一心でいくらでも耐えられた。だからあの日貴女を将軍にした。私が真に主になるにはあのタイミングしかなかったもの」

 

 聞き返してなんだが、すさまじい決断だ。

 あの時は舞い上がってしまったしゼフォルも自身の実力に疑いもしなかったから快諾した。

 一介のメイドに軍権を預けるなど正気の沙汰ではない。しかし確かにゼフォルとエスメルは二年前の戦いを戦い抜いたのだ。

 

「けど、私が主になったのは間違いだったわ。少なくとも、部下の判断を鈍らせるようなら主君失格だわ」

 

「そんなことありません!」

 

 その言葉をエスメルの口から言わせるわけにはいかないのだ。全てゼフォルが悪いのだ。くだらぬ虚栄心とプライドで間違った方向に進んで敗北しただけの自分のためにエスメルが己を乏しめる必要など一つもないのだ。

 

「全て私が愚かだったのです!今でも目付役として私なんかを押し付けられて迷惑をかけてしまった!わ、私がいらないというのならば……私は……私は!」

 

 捨てるなり殺すなりしてくれて構いません。そう言おうとしたが口が開かなかった。

 今のゼフォルは帝国軍でも相当な厄介者だろう。だから、そんな負債を抱え込まず、ほっておいて欲しかった。しかし言葉が続くことはなかった。

 そんな事を言ってエスメルから捨てられてしまえば、本当にゼフォルは全てを失ってしまう気がしたのだ。彼女に捨てられるのは死ぬよりも負けるよりも嫌だった。

 

「いらないわけがないでしょ」

 

「う、嘘です!」

 

「聞きなさい!ゼフォル!」

 

 泣きじゃくるゼフォルをエスメルが一喝した。彼女に怒鳴られたことなど、一度や二度ではない。よくゼフォルがからかってはエスメルは面白く反応するので、ついいたずらをやりすぎていた。エスメルの面白い反応にゼフォルは飄々とろくに取り合わなかった。しかし今回の一喝はゼフォルの口を完全に止めさせていた。

 

「いくら貴女でも私のメイドを馬鹿にするのは許さないわ!」

 

「どういうこと何ですか!」

 

「貴女はいつもナルシストのくせに!二年前ヴァンウィルベールを守り切った英雄が高々一回負けたくらいで!それで貴女の才能が落ちたりしたの⁉今後私のもとで活躍できないというの⁉」

 

 そう言い張るエスメルにゼフォルは呆然としていた。彼女がこんなに声を荒らげるのも珍しかったし、なにより自分が褒められていることに気が付いたからだ。

 

「本当に勝手だわ!さんざん目の前を歩いて、守ってくれたし教えてくれたのに!私が追いつこうとしたらちょっと躓いただけでいなくなるつもり⁉絶対に許さないわ!少なくとも私が隣を歩けるようになるまで一緒にいなさい!」

 

 そう言われてエスメルと過ごした日々を思い出す。最初は本当に権力の甘い汁を吸うこともできない小娘に厄介払いをされたと思ったものだ。しかしいつしか純粋にエスメルの傍が心地よくなっていた。公爵家のどんな血族より優秀と胸を張って言えるエスメルの一番の家臣として自負があった。それで本来の目標である兵権が遠のこうと、いつかは大成すると思って焦りもしなかった。

 

「私の才能が恐ろしいって何よ!私だって少将になったけど何度貴女が隣にいてくれたらとずっとおもってたわ!功績を上げた西部も南部もベルズーフ閣下がいたし、勝てる戦いだったからよ!貴女なら一人で鼻歌交じりに勝てたでしょうね!けど今回の王国侵攻は理解不能よ!私だってベルズーフ閣下だってきっと失敗していた!けど……」

 

 そう一呼吸おいてエスメルがゼフォルの頬に手を当てる。何を言われるのかとゼフォルは身構えた。

 

「私と貴女なら勝っていたわ」

 

「――っつ⁉」

 

 これはなんという感情なのだろうか、ゼフォルは人に惚れたことなどない。自分が一番という強い自負があるからだ。急速にゼフォルの頬が紅潮していくのを感じる。いつもならプライドにかけてこんな顔見せない。しかしこの時のエスメルから視線を外せなかった。

 

「私は本気も本気よ。私と貴女なら勝てない敵はない。そしてそれを現実のものとする……はい、貴女の令状」

 

 そう言ってエスメルはゼフォルに一通の文書を渡した。そこには帝国軍中央第二軍総司令官付き副官と書いてあった。

 

「第二軍は私の軍団よ、ゼフォル、貴女は私の副官になるわ」

 

「ほ、本当に私なんかが……」

 

「私は貴女が独断専行しようが命令違反しようが、プライドが高かろうが全部好きのうちよ?それで失敗しそうになったら私がフォローすれば良い話だもの。だって2年前もそうしてたじゃない」

 

 そう言われてみればそうだった。2年前からゼフォルはちょくちょくやらかしていた。飲みすぎて寝坊したりゴルガマス相手に討って出ようとしたり。その度にエスメルのフォローで助けられていた。

 考えれば考えるほど情けない。あれだけエスメルに嗜められておきながら結局ゼフォルはその悪癖を直せなかった。そして今も助けられている。

 今のゼフォルは口が裂けても王国に勝てるなんて言えないし、思えもしなかった。しかし目の前のエスメルが傍にいてくれるなら。

 

「ありがとう……ございます……」

 

 エスメルとなら一人では出来なかった大事を成せる。ゼフォルは今そうとしか思えなかった。

 あふれだす感情を制御するすべが見つからない。ゼフォルはただそうエスメルに感謝を述べることしかできなかった。

 

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