メイド、勤務先の大敗北で将軍になる   作:メカバレ

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北部方面軍

 エスメル率いる帝国軍第二軍は準備万端の状態で帝都を出陣。ベルズーフ閣下の施策の恩恵で大きく広げられた街道を通って帝国北部を進軍した。

 長い行軍ではあったが、エスメルを始めとして優秀な将校が多かったのと、戦いになれた兵士が多かったので、労せず、帝国北部を横断し、帝国領の最北端であるノルン平原にまで進出した。

 そして今、北部軍最前線の城塞であるゲルドラ城に入城していた。

 

「うー、寒いわね」

 

「今暖炉をつけるのでお待ちください」

 

 部隊の待機命令を終わらせるとにエスメルの割り当てられた将校用の部屋にゼフォルも副官として入室していた。

 ヴァン・ウィルベートも東部貴族最大のウィルベート家の本拠地としては質実剛健で飾り気が少なかったが、このゲルドラ城はそれ以上だった。仮にも将官クラスを迎える部屋だというのに調度品や装飾がほとんどない、しかし壁や窓の隙間にちゃんと断熱効果のある素材を使われており、この地で生活をするのに適した作りになっているのが分かった。

 

 

「流石対北方蛮族……今ではガジュ公国だったわね、其れの最前線だけあってしっかりと作られているわ」

 

「ベルズーフ閣下の御父上の代から作っていたそうですからね。閣下も若いころから建築に関わっていたらしいです」

 

「城塞玄人の貴女から見てどう思うの?この城塞は」

 

 そう質問するエスメルの言葉に密かにゼフォルは舞い上がっていた。城塞玄人とエスメルから証されていたからである。実際この言葉を受けるくらいの自負はある。

 メイドとしての勤務中ほとんどさぼってヴァン・ウィルベートの見学ばかりしていたしその知識で籠城戦も戦い抜いた。ハルード要塞なんかはその時の知識を結集して増築にの指示をとっていた。

 それはそれとしてエスメルから知識で頼りにされるのは敗北で止まっていた心大きく動かした。最もこのまましなだれかかっても良くないと思っていたが。

 

「城塞としてはこのゲルドラ城はよくできておりますが、其れどまりです。中に入る兵士の居住性や物資の保管などをしっかりこなせていますが、城塞としての機能はヴァン・ウィルベートの方が上でしょう」

 

 実際、この城塞の評価はこの程度だった。城壁の高さも堀の深さもヴァン・ウィルベートとは比べるべくもない。城壁に使われている岩も小ぶりなものが多く、耐久性も低い。

 

「ですが北部では十分以上とも言えます。ガジュ公国は騎兵を中心とした構成なので、攻城なんてろくにできません、攻城兵器など所持もしてないでしょう。それならコストを抑えて城壁の長さを稼げているこちらの方が騎兵の動きを抑える面でも有利です。それに異民族とのにらみ合いの歴史は長く、兵たちが安心して暮らせるように作っているのは素晴らしいと思います」

 

「戦争に関しては相変わらずの観察眼ね……所詮は私の知識も机上のものだったと思い知らされるわ」

 

「経験の差にすぎません、お嬢様ならいずれ超えられますとも」

 

「あとは兵士の気を配れる考えができるのは素晴らしいわ。だからそれをもっと他の人間にもできるようになりなさい」

 

「はい」

 

 

 エスメルとの会話を終え、少しニヤつきながらゼフォルは帰路についた。と言ってもゼフォルはエスメルの副官として隣に部屋をもらっていた。

 佐官クラスのものだけあって、エスメルの部屋ほどではないがしっかりとした造りをしている。相変わらず調度品が少ないので差異もほとんどない。

 久々にエスメルの隣で寝食を共にできるのがうれしかった。エスメルが幼いころから移動が面倒なので離宮の一室で暮らしていたし、ヴァン・ウィルベートで兵を率いた時も護衛も兼ねて常に傍にいた。

 実に二年ぶりの距離感に満足しているが、先ほどの忠言といいこれではまるでエスメルが保護者のようだ。実際それだけのことをゼフォルはやらかしてエスメルが目付役となっているのだから文句は言えない。

 少し前なら、この情けない状況を打破するために焦ってたかもしれない。しかし今のゼフォルにはこれが一番心地よかった。

 もはや自分の栄達はもう望むことない。だからこそ、エスメルを覇者にしてあげよう。自分の分まで、そうゼフォルは思った。

 

 

 

 割り当てられた部屋で小休止をし、予定されていた北部方面軍と合同の軍議にエスメルの副官としてゼフォルは出席していた。

 

「援軍、感謝するエスメル少将」

 

「北部で異民族を防ぎ続けている同胞の為です。我が力存分にお使いください。べラムト中将」

 

 会議室の最上座に帝国軍第二軍総司令官であるエスメルと北部方面軍総司令官であるベラムト中将が握手をする。ゼフォルは副官としてエスメルの後ろに控えていた。

 ベラムト中将は、すでに初老といっていい年齢で、まるでエスメルが孫のようだ。しかしその年齢に見合わぬ頑強な体と古傷は彼が歴戦の古強者であることを示している。

 軍歴でもベルズーフが子供のころからカーディナル家に仕えていた古豪らしい、彼のような人物を後任の総司令官に任用するとはベルズーフらしいと遥か遠くの大将閣下のことを思った。

 おそらくエスメルの年齢のさらに倍近くの軍歴を持っているだろうに、エスメルを侮るような態度を一つもしない。周りの幕僚を含めてだ。それだけエスメルも名を上げたということだろう。既にエスメルの同期か一つ上の学院の卒業生たちは各方面軍に士官として配属されたと聞く。同世代なのにすでに将官にいるその武勇はさぞ語られていることだろう。

 

「早速だがエスメル少将、北部の戦況を説明したい」

 

「は、お願いいたします」

 

 ベラムト中将が合図を出すと彼の副官が机上で戦況の説明を始めた。

 

「まず北方の異民族たちはこれまでわが帝国の国境を脅かしてきた。其れが今日になって有力氏族であるガジュ族を中心にガジュ公国となり始めた。どうやら裏で王国とつながっているらしい」

 

 王国の話題が上ると出席者視線がエスメルの後ろ、つまりゼフォルに集中する。言わんとしていることは分かる。今の帝国軍の将校にとって王国と聞かれて思い浮かぶのは間違いなくゼフォルだろう。良くも悪くもやりすぎたからだ。

 

「中将、今は話を前に進めましょう。帝国も王国もそろって北部異民族のことはずっと、蛮族として扱っておりました。それを曲げてまで助けを請うほど王国は弱っているのです……ここでガジュ公国に痛手を与えればきっと帝国のためになります」

 

 話題を逸らすようにエスメルがそう宣言した。これまで北部で戦ってきた将兵にたいしてともすれば失礼だといわれてもしょうがない強気な意見だった。

 温厚なエスメルがわざわざ言ったのはゼフォルをかばうために他ならなかった。

 

「ハハハ!そうだな!少将の言う通りだ!わが帝国は南部で大勝し、東部でも王国に大きな損害を与えた!其れに続いて北部でも大きな戦勝を飾らなければな」

 

 強気な意見を言うエスメルにたいしてベラムトも豪快に返した。二人の司令官の剛毅さによってその場は収まっていた。

 東部方面軍ではこういった光景は見られなかっただろう。オドールは高度な戦略に対して意見できず。ゼフォルがすべてを担っていたからだ。

 

 そのまま話は戦況の推移に移っていった。奇妙な連帯感の生まれた会議室の中でベラムトの副官が淡々と戦況を説明していた。

 かつて北部方面軍の兵数は5万であったが、バルグリフ政権になってからの政治と経済の正常化、西部貴族の吸収による強化された財力。北部と東部意外の前線の安定化に伴い2万の兵力が増強され、7万の兵力を誇っている。

 そしてここにエスメルが率いる帝国軍中央第二軍の2万が援軍として加わり、帝国軍の総兵力は9万に登っていた。

 9万と言えばヴァンダル高原の決戦時や、西部貴族征伐軍の兵力を軽く飛び越え、ゼフォルが違法に手を染めてまで集結させた兵力と並ぶほどの大軍である。

 これだけの大軍をあっという間に集結させることができるあたりこの大陸での帝国の国力は圧倒的なものになりつつあった。

 ゼフォルからすれば不思議な感覚であった。自分が血反吐を吐いてまで集結させた軍と同じ規模の大軍を国境の国難ですぐに用意できているのである。それも自分の負け戦の次の戦いでだ。

 自分を擁護する気はないが王国の戦力を大きく減らしたあの戦いも決して無駄ではなかったのかと思ってしまった。

 若しくはゼフォルの敗戦を帳消しにするほどバルグリフ陛下の戦略が優れているかどうかだ。

 ゼフォルは戴冠式の時に牢屋の中であったため最後にあったのはかなり昔だったが、あの主君に限ってはあり得そうだった。

 話はそれたが、帝国軍9万に対しガジュ公国の兵士はせいぜいが6万人から7万人に届くかどうかといったところだ。

 いくら公国など大層な名前を名乗っても、帝国との圧倒的な国力差は埋め難いし、前回のベルズーフとの戦いも癒えて居ないらしい。

 だがその7万は北方異民族らしくほとんどが騎兵という農耕民族国家である帝国からすれば悪夢のような大軍だ。油断はできない。

 

「第二軍の練度には自信がありますが、騎馬民族との戦いは未経験です。暫く我が軍に騎兵との戦いに慣れさせたいと思います」

 

「流石、エスメル少将、その若さで良く弁えていると見える。将軍の言う通りだ。まずは我が北部方面軍との合同訓練や小競り合いを増やし戦訓の共有が大切だな」

 

 エスメルも自分の軍が慣れないのは百も承知なのかベラムトに消極的な提案をしていた。

 それを受けてベラムトも考えを受け止める。その後は副司令官であるクレッチマーをはじめとした高級将校たちも加わって建設的な軍議が進められる。

 ゼフォルはこれに口出しをしなかった。内心でもエスメルの案が妥当だと思っていたし、今の役職はあくまでエスメルの補佐なので、彼女が立派に勤めを果たしているのならば黙っているのが正しいからだった。

 それにゼフォルはかつて少将であり、東部方面軍副司令官だった。そういった人物が我を出すのはあまりよろしくないだろう。

 何も発言をせず、主君の後ろで黙って控えるだけ、こんな軍議はゼフォルの人生の中で初めてであった。

 

 

 

「どうしたの?えらく静かだったじゃない」

 

 軍議後、資料をまとめて2人でエスメルの部屋までもどると。ドアを閉めて早々エスメルが口を開いた。

 

「お嬢様の受け答えが完璧でしたから。副官の私が出しゃばる必要はないかと」

 

「ふーん?本当に?」

 

 正直に言っているつもりなのだが、エスメルは怪訝そうな顔でゼフォルを見つめていた。

 

「いえ、別に特には……」

 

「本当に?良いのよ遠慮しなくても、失敗を恐れているのなら安心なさい。私が絶対に止めてあげるから。だから存分にその才能を生かしてくれればいいわ……貴女がちょっと抜けてるのは一番知ってるもの」

 

 最後の言葉は聞かなかったことにして……いやしっかり聞いた。せっかくの忠言なのだから。ようやくエスメルの言葉で自分が日和見に入っているのを自覚した。

 流石はベルズーフ直属の部下だっただけあって、歴戦のベラムト中将もその配下たちも言ってる事はマトモで破綻がなかった。

 第二軍の面々もエスメルは言わずもがなだし、クレッチマーを始めとしてかつての東部方面軍の上澄み連中が多く、戦争によく慣れている。

 そんな面々による軍議だったからゼフォルのこれまで経験した軍議の中でもレベルの高いものだった。少なくともゼフォルが独裁的に全てを担っていた2年前のヴァン・ウィルベートや東部方面軍のハルード要塞のソレとは雲泥の差だった。

 自分が何も言わなくても勝手に回るだろうとゼフォルは黙っていた。

 確かに内心で意見は幾つかあったのだ。しかし言わないではなく言う必要がないと思っていた。敗北した自分の考えに自信がなかったからだ。

 だがこうもエスメルに請われてしまえば言わないわけには言わなかった。

 

「……何もないというのに偽りはないのです。帝国軍第二軍は士気、装備共に充実しておりますが、この北部前線では外様です。今は北部方面軍と戦訓の共有に専念するのは間違いではないと思いますが……」

 

「が?」

 

「戦いは拙速を尊ぶといいます。新たな前線に来たばかりで士気もやる気も十分の第二軍が遊軍になるのは少々もったいないです。北部異民族は騎兵を中心としていて様々な氏族に分かれる特異な指揮系統を持つ故、各々の氏族が自己判断で仕掛けてくることが多いと聞きます。ゆえに小競り合いが多いと北部方面軍の指揮官に聞きました。」

 

「もう情報を集めているなんて、来たばかりなのに流石ね。」

 

「光栄です。ならばこの小競り合いに第二軍から精鋭を出して指揮官や兵に実戦経験を叩き込むべきです。」

 

「その指揮官は誰かしら?」

 

「それは……」

 

 もちろんゼフォルは自分を推薦するつもりだった。だが今のゼフォルの失敗はエスメルの地位にも影響するのだ。軽々しく自推をするわけにはいかなかった。

 こんな弱気な考えをする自分が嫌になる。其れを払拭するためにも先ずは勝利を飾りたかった。

 

「顔に私が出たいです。って書いてあるわよ。正直に言えばいいのに」

 

「そ、そんなことは……」

 

「貴女のその鉄面皮も私からしたら百面相に見えるわ。どれだけの付き合いだと思っているの」

 

 そう言われてつい顔を押さえてしまう。上官がこちらを察してくれるというのは仕事をするうえでやりやすいことではある。その上司との仲が友好的ならなおさらだ。しかしエスメルに考えて居ることが筒抜けなのは気恥ずかしさを感じた。

 

「貴女が早々に後れを取るはずないし、利はあるから出撃させてあげたいわ。けどねじゃあ行ってらっしゃいとはいかないのよ。其れは貴女もわかって、言いよどんだのでしょう?」

 

「その通りです」

 

「本当に私の前では謙虚ねぇ。借りてきた猫みたいよ」

 

「ね、猫ですか……?」

 

「昔から私はそう思ってたけどね?気位が高くてわがままで可愛らしいもの」

 

 ゼフォルを猫と評するものなんて目の前のエスメルくらいだろう。

 あのベルズーフですら手を焼いただろうし、オドールなぞ操り人形だ。王国からは悪魔に魂を捧げている給仕とすらいわれている。

 よく猛将を動物に例える例は様々あるがなんで猫なんだと思った。どうせなら虎とかのほうがよかった。見知らぬ相手から猫と言われていれば間違いなく怒っていただろうが、エスメルからの評価なら悪くなかった。

 

「けどまぁ、恩赦で帝国軍に復帰できた貴女をいきなり一隊の長とはいかないわ。けどその謙虚さに免じて何とかしてあげる」

 

「そ、それはどういうことでしょうか」

 

「アルセリア大佐を総大将にしてあなたを副将にするわ。気心知れてる彼女なら不満ないでしょう?」

 

 納得できる差配だった。ゼフォルはエスメル以外の副将など誰になっても何かしら不満があるが、アルセリアなら認めることができる。付き合いがある程度あるし、その実力をみとめている。なによりゼフォルとアルセリアが率いれば二人ともしっかり戦訓を得てくるだろうし、そう簡単に不覚を取らないだろう。

 

「格別の配慮をいただき感謝します。お嬢様」

 

「せいぜいこのチャンスをつかみなさい。ゼフォル。貴女ならできないはずないもの。其れとあんまりアルセリア大佐に無理させちゃだめよ?」

 

 かつて一度刃を交え。その後己の切札にしたのですら不思議だったのに彼女の副官になるのは不思議な感覚だった。不満はないし、なによりエスメルが挽回の機会を用意したのだ。これをものにしないわけにはいかなかった。

 

 

 

 

「あー随分こっ恥ずかしいこと言ったわね私」

 

 明らかにやる気一杯といった様子で部屋を出て出撃の段取りをしに行ったゼフォルを見送ると。其れまでのにやりとした不遜な態度をしていたエスメルは恥ずかしさに顔を机に突っ伏していた。

 何が猫みたい。だ。年上の幼少期からの恩人に言うべき言葉ではないだろう。

 言い訳をすると幼少期からずっと猫みたいだと思っていたし、ついにエスメルはゼフォルの自爆もあれど、名実ともに超える事ができた。さらに久方ぶりに同じ戦場で戦うことができるだ。昂らないはずがない。

 それなのに明らかに遠慮の見えるゼフォルにたいして、発破をかけたかっただけなのだ。

 戦いなのに遠慮するゼフォルなんて彼女らしくない。ゼフォルはいかなる敵を前にしても表情一つ崩さず、敵にとって悪夢のような作戦で粉砕し続けるのが一番よく似合うのだ。

 そんなゼフォルをエスメルは補助をしてあげればいいのだ。二年前のように。

 案の定彼女の献策は妥当なものだったし、戦訓を摘んでもっと適切な作戦を考えるだろう。

 そして勢いに乗れば必ずゼフォルはガジュ公国なんぞ粉砕できる。正直言って副将でもゼフォルに兵を与えるのは軍法会議的には良くなかったかもしれない。だが、エスメルはいくらでも責任を取るつもりだった。

 

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