帝国北部はまさに殺風景という言葉がふさわしかった。ただただ広い平野が広がっている。そんな見通しの広すぎる平野をゼフォルは5千近い兵とともに進軍していた。
見れば見る程、価値のなさそうな土地だった。
ぱっと見は広々とした平原は農耕に適していそうだが、近くに水源となる川もなかなか見当たらないし、生えている草木も帝国東部のような、青々としたものではなく、茶色い栄養価の少なさそうな背の低い植物ばかりが生えていた。
まっさらというわけでもなく、盛り上がった山も見えるが、ゴツゴツとした岩山といった感じで、山の幸も期待できなさそうだ。
専門家ではないゼフォルでも生産力のない大地だとわかった。
「めちゃくちゃ寒いんだが⁉ゼフォル!どうなってるんだ!」
「だからあれほど着込んでおけといったではないですか」
北部特有の冷たい北風が体に突き刺さるようにびゅうびゅうと吹いていた。ゼフォルは裏地が分厚い北部軍で運用されているコートを鎧の上からまとっていた。
しかしゼフォルの隣、この帝国軍5千の総大将であるアルセリアは普段通りの鎧姿にマントしか羽織っていなかった。
「こんな寒いと思わなかったぞ!」
「そりゃ佐官用の陣屋と外じゃ気温差もありますよ。それに大佐は温かい帝国西部出身なんだから余計ですよ」
「ぐぬぬ……しかし……」
「部隊の総大将が寒がっていられるかという心意気は分かりますけどこれじゃあうちの総大将馬鹿じゃないかって笑われますよ?」
「そこまで言わなくてもいいだろう⁉」
「優しい副将の忠言を無視した罰ですよ……ほらこうなると思ってもう一着持ってきてますよ」
「むむむ……済まん、助かった」
そう予備で取っておいたコートをアルセリアに渡すと素直に受け取ってアルセリアは着込んだ。
エスメルの命令で編成された帝国軍第二軍特務部隊5千はアルセリア大佐を総大将として中佐であるゼフォルが副将を務め、ノルン平原を疾走していた。ガジュ公国の騎兵部隊に不意打ちを受けても平気なように騎兵が多めの編成である。
この部隊が編成されたときのアルセリアの喜びようといえば、今でも少しイラっと来た。「ゼフォル副将、準備はどうかね?」と意味もなくニヤニヤしながら聞いてきた。
ともあれエスメルの第二軍の中でも士気旺盛な精鋭を集め、指揮官にゼフォルとアルセリアがいるのだ。強力な部隊であることには間違いない。
そして今ゲルドラ城ではエスメルと副司令官であるクレッチマーが北部方面軍と戦訓獲得目的の調練を行っている。まさに盤石の体制と言えるだろう。
「にしても広いし見晴らしがよすぎるなこの平原は、まだゲルドラ城が見える」
「これだけ広い平原を塞ぐように長大な城が立ち塞がるのです。ガジュ公国にとって目障りでしょうがないでしょう」
「が、今我々がいるのは平原のど真ん中、伸び伸び戦争ができるなぁゼフォル?」
そう挑発的にアルセリアがゼフォルに言った。
彼女なりにゼフォルが暴走しないか試しているのだろう。だがあまりに露骨すぎる。その能力の高さは認めるが、その直情的な性格は読みあいには向いてない。
「敵の主力は騎兵、この大平原は敵のホームグラウンドです。油断はできませんよ。まぁ負ける気はありませんが」
「問題が簡単すぎるが百点の回答だった」
「兵法のへの字くらい知ってれば騎兵が平原で有利なのは分かりますよ。この回答のどこが100点なのですか?」
「問題自体はせいぜい10点、最後の生意気でゼフォルらしいところが90点だ」
「とんだ悪問でしたね」
軽口を叩きながら予定進路を進んでいく、緊張感のないやり取りだが、ゼフォルは嫌いではなかった。歳も近くて実力を認めているアルセリアの会話は気が楽だった。
かつてはエスメルを年下の友人のように接していたが、主人である以上、ある程度年齢を重ねればそうはいかなかった。
だがアルセリアは階級差を気にするタイプではないし、お互いに没落したのを本人の軍才で何とかしているもの同士なので不思議と安心感があった。要するに気の合う友人くらいに思っていた。あちらの方がもう階級も上なのと、恥ずかしいので口に出したことはなかったが。
目的地へ着いたゼフォルとアルセリアは部隊に指示をだして陣を構えていた。
「まさか陣を敷ける場所すら情報通りとはな」
「水源も確保できて地盤もしっかりしています。少々見晴らしがよすぎるのは難点ですが」
「この平原そんな所ばっかだな」
この地の情報は北部方面軍に最初から提供されていた。このだだっ広い平原に固定化された拠点というのは余りにも少ない、材木の生えている樹木や水源も確保できているとはいえ乏しいので大きな拠点が作りにくく、勢力の固定化ができないのである。恐らくこの場所もかつて帝国軍が陣地化したが、維持できずに放棄したということであろう。
「けど良くもまぁこんな簡易陣地、用意したものだな」
「……ベルズーフ大将閣下の発案だそうですよ。情勢の動きが速い北部前線で素早く陣地が作れるようにと」
「流石我らが大将閣下だ」
この北部の地でもベルズーフの偉業を垣間見ることができた。
ベルズーフの発案で異民族との戦いで作った陣地の記録を余さずとっており、地形や水源すべてを細かく記してあった。さらにあらかじめ北部方面軍の生産拠点で柵や陣地を馬車で持ち運べるように組み立て式で生産し、即座に記録した場所で構築できる仕組みを作っていたのだ。
まことに悔しいがアルセリアとゼフォルのはその恩恵に与って敵地であるこの地に素早く陣地を組み立てていた。
「それより大佐、ちらほらといますね」
「あぁそうだな、ずいぶんと目がいいと見える。いやこの場合は足が速いのか?」
こちらが陣地を整えているのを遠目で見知らぬ騎兵が見ているのをゼフォルは察知していた。反応的にアルセリアもそうだろう。その騎兵は明かに帝国や王国の甲冑ではなく、毛皮のようなものをまとっていて帝国の騎兵に比べれば軽装だった。
あれこそガジュ公国の軽騎兵である。ゼフォルたちが陣を敷いているのを偵察しに来たのだろう。
「おっかないな、組み立て式でなかったら陣地の構築が間に合わなかっただろう」
「ですが、明日にでも仕掛けてくるでしょうね、私に騎兵を預けてください。粉砕して見せますとも」
「おいおい総大将は私だぞ?騎兵は私が率いるからゼフォルは歩兵で陣地を守ってろ」
「えぇ、了解しました」
ゼフォルはアルセリアの命令をすんなりと受け入れた。ゼフォルとしても少し考えがあったのである。対してアルセリアは少し困惑していた。
「えらく素直だな……それに今回は戦訓を得ることが目的だからな。私が戦っているところをゼフォルが眺めていたほうが効率良いだろう。お前の方が頭回るし」
「……」
「ん?どうした?」
「いえ、アルセリア大佐は結構いい人ですね」
「な、なんだ急に」
ゼフォルはしれっと褒められたのがうれしかった。
次の日、日が昇ると平原には騎兵の一団がずらりと並んでいた。数はだいたい3千ほどであろうか、相変わらずの軽装騎兵でそろえており、多種多様な旗がたなびいていた
「せっかちな連中だな、昨日今日である程度の数をそろえるとは」
「平原は奴らの庭のようなものみたいですね、隊列に乱れがありません、強行軍というわけでもないのでしょう」
「まぁ手筈通りにやろうか、ここを頼むぞゼフォル中佐」
「えぇお任せを、御武運をお祈りします」
そう短くやり取りを交わすとアルセリアは4千を率いて陣から出陣する。互いに騎兵同士、そこそこあった距離は一瞬で埋められ戦いが始まった。
その様子をゼフォルはいつもの双眼鏡で注意深く見ていた。
戦いは帝国軍が優勢であった。確かにガジュ公国の騎兵は強大だ。幼少期から共に生活しているだけあって人馬一体で馬を使いこなしているし、動きも帝国騎兵より明らかに速い。アルセリアですらあれほど上手く馬を乗りこなせないだろう。
が、ガジュ公国が帝国を上回っているのはそれだけであった。今もその機動力を活かして帝国軍の横腹を突こうと動く一団がいたが、察知したであろうアルセリアが既に待ち構えており、彼女自身の手で何人かの騎兵が血祭りに挙げられている。
帝国はこの大陸で歴とした軍事大国である。その歴史はまさに戦争と拡張で血塗られており、騎兵の戦術や動かし方など研究され尽くしているのだ。
それに対してガジュ公国は個人での騎兵としての練度の高さでのゴリ押しに頼りすぎている感じがする。細かく見れば数十人規模の連携は目を見張るものがあるが、それはおそらく狩りで獣を狩るときの動きであって、生活の基本故に高い練度だが、人の集団を狙う動きではないのだ。
確かにガジュ公国の騎兵の練度は驚異的だが、国として積み上げてきたものの違いが出ている。
特に帝国でも有数の指揮官であるアルセリアが率いれば公国軍は赤子の様な動きだ。
それでも目を見張る動きもあった。公国軍は帝国強しと判断したのか遠巻きで矢を射って離脱する一撃離脱戦術に切り替えた。そうすると速さに勝る公国騎兵は一方的に帝国騎兵を攻撃ができる。
しかしそれを黙って見ているアルセリアではない、彼女は自ら矢を番えて目立った動物の骨の装飾を付けた、おそらく公国の指揮官を狙って狙い撃ちにして指揮系統を乱し、公国の突撃に合わせて正面からの突撃を合わせる。
こうすれば防御力で勝る帝国軍の方が有利だった。
そうこうしているとゼフォルがいる陣地の方にも敵の一隊が向かってくる。
アルセリアの隊が手強しと見て陣地狙いに変えたのだろう。ようやく出番が来たということだ。ゼフォルとして望むところだった。
遠目だったガジュ公国の騎兵隊がどんどん近づいてくる。近づけば近づくほど妙な格好だった。
身に着けた鎧は革製で、弓も帝国軍で支給されているものより一回り小ぶりだ。頭にはもこもこした羊毛を裏地にした帽子のような兜をかぶっている。帝国軍より軽装だがこの地の風土に合ったものだろう。
何より目立つのはドギツイ赤い塗料で顔に模様を塗りたくっている。指揮官と思わしき者は塗られた塗料の量も多く、動物の骨の装飾をつけているのでとにかく目立った。
そんな一団が奇声を上げながら馬にまたがって突っ込んでくるのである。純粋な戦力以上に士気に影響が出そうな光景だ。
しかしその辺の兵士はともかくゼフォルの感性はとにかく図太いのである。そういえばエスメルにこんな化粧をしてたなと思いだしつつ、その頭脳を働かせ、分析しつつ推移を見守っていた。
ゼフォルは留守番の兵士1千を率いていたが、陣地の物陰に全て控えさせ、まるでほとんど兵がいないかのように見せかけていた。こうすることで連中はつられてくる確信があったのである。
陣地の目と鼻の先にガジュ公国軍の騎兵が来てもゼフォルは手を出さずにいた。唯一残した門番兵だけが慌ててその場を離れると敵は門を一斉に攻撃し始めた。斧でたたかれ、鉤縄で引っ張られ組み立て式の防御力の低い門はあっさりと破られ、陣地内に公国軍がなだれ込んでくる。だがその先に帝国兵の姿はなく、彼らは不思議そうにあたりを見回し始めた。
「貴様ら!戦利品漁りは後にせんか⁉」
なんと兵士の一部が陣地の中の山積みされた物資に目をとられていた。さすがに指揮官クラスはそれを制止し、あたりを警戒するよう命令を下していた。
「脳みそも動物とあまり変わらないようですね、知性のかけらもない」
指揮官の一喝に敵兵は渋々物色をやめようとしていたがゼフォルにとってはその一瞬で良かった。山積みにされた物資の物影から弓をつがえると命令を飛ばしていた指揮官の頭を射抜いた。
「た、隊長⁉」
悲鳴を上げるもなく射抜かれた指揮官に悲鳴を上げる副官と思わしき男も射落とす。骨の飾りの立派さで序列が分かりやすいのでいい的であった。
「全軍、攻撃許可です。土足で入ってきた不届き物を滅ぼしなさい」
そう良く通る声でゼフォルが命を下すと物影に隠れていた帝国軍が鬨の声を上げて突撃する。隙を突かれ、指揮官クラス数人を一瞬でゼフォルの手によって葬られた公国軍は一気に混乱した。彼らは慌てて馬を動かして体制を立て直そうとするも、狭い陣地の中ではいくら乗馬技術に優れてもままならない。そのまま得意の機動力を生かせず葬られていった。
この状況を生み出したゼフォルも配下の兵士に負けじと敵兵を葬った。その身軽さで馬の上から上に飛び乗り続け上にまたがっている騎兵の首を掻き切り続けた。
「ぐぅっ⁉クソっ⁉帝国の雑兵風情が⁉」
すると視線の先に大柄な公国兵が帝国兵士を蹴散らしている姿があった。飾りからして部隊長クラスで、ある程度できるようだ。しかしこの戦況では蟷螂の斧に過ぎなく、ゼフォルが放っておいても勝手に死ぬだろう。しかし勝ち戦だというのに部下の兵士に無用な犠牲が出るのは良くないし、何より歯応えのない敵ばかりで飽きていたのだ。
不意打ち気味に後ろから曲剣を振り下ろす。大柄な公国兵は何とかそれを鉄槌で受け止めた。
「ぐぬっ⁉後ろからか!伏兵といい腰抜けの卑怯者ばかりだな!ベルズーフのような手を使いよって!」
「卑怯も何も、あなた方も隙を突いたと思って陣地攻撃をしたのでしょう?自分たちの幼稚な嘘が見破られたからといって私を卑怯者扱いしないでください」
「黙れ!このギロン様に勝てると思うなよ!」
挑発すると大柄の公国兵ギロンが鉄槌をもって襲い掛かってきた。その大振りの破壊力は確かに目を見張るものがある。
急ごしらえの柵や矢避けが次々と蹴散らされたが、身軽なゼフォルには当たらない。
「おのれ……ちょこまかと!すばしこいやつめ!」
「力だけなら私に勝てるとでも?」
「そりゃそうだ!貴様のような細っこい女になど!」
力なら勝てると豪語するギロンにゼフォルは提案した。
「では、試してみますか?」
「き、貴様ぁ!後悔するぞ!頭をかち割ってやる!」
そう挑発して棒立ちするゼフォルにギロンは激高して両手で鉄槌を振り下ろす。その一撃をゼフォルは曲剣二本で受けた。
「ぎ、ぐ……く、そ……」
「どうしましたか?まだ私の頭から距離があるようですが?」
顔を真っ赤にしてギロンが鉄槌に力を籠めるがゼフォルは涼し気な顔でそれを受け止めていた。
ゼフォルからすれば当然ですらあった。
かつてゼフォルは王国の切札レベルの個人であるガルセル、ザヴァンといった面々を打ち破ったことがあるのだ。エスメルがいなければ負けてたとはいえ、共にゴルガマスすら撃破している。
そんな自分がこんな場末の小部隊の隊長程度に負けるはずがないのだ。今ゼフォルは階級が中佐まで落ちたから武器を交わしているが、かつての少将の時だったらギロン程度など視界に入る前に配下の兵の手で討ち取っている。
なのにわざわざ付き合ってやったのは彼がわざわざベルズーフの名前を出したからだ。彼と比較されるのは何とも言い難い気持ちだった。
こんな木っ端からも名前が飛び出すあたり、よっぽど北方蛮族に嫌われているらしい。
そんな恐れられるほど能力が高い彼に比べられるのは少し嬉しさも感じるが、いまだにゼフォルはベルズーフに勝っていないのだ。
なのにようなと言われても馬鹿にしているのかとあまりに勝手な怒りもわいていたのだ。
へんな感情を抱かせた無礼を罰するように、そのまま力で押し切り鉄槌をはじき返す。そしてがら空きになったギロンの首を刎ねた。