メイド、勤務先の大敗北で将軍になる   作:メカバレ

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首級

 ギロンを打ち破った後は消化試合だった。陣地にまで入ってきた公国兵は全滅させ、アルセリアも敵を撃退して帰ってきた。兵に片づけを命令するとゼフォルは陣中で戦場跡を見ながらアルセリアと情報を共有していた。

 

「ゼフォル、お前は……うまくやったようだな」

 

「えぇ足を止めた騎兵など恐るるに足りません、最もせっかく立てた陣地を随分荒らされましたがね、大佐も騎馬戦に優れる公国軍を良く撃退したようで」

 

 そうお互いの健闘を称えあうが、アルセリアの顔はすぐれない、目の前には打ち取った公国兵の首が並んでいる。アルセリアよりゼフォルの方が多かったからだ。

 

「ちぃっ!あいつら逃げ足がやけに早いからな。打ち取ろうとする傍から逃げていく」

 

「それが奴らの長所ですよ」

 

「ふん!騎兵に優れるとは言うが、大したことのない連中だったさ。この程度なのか北方の異民族は?」

 

「えぇ彼らはこの程度ですよ、私とあなたにとっては相手ではありません」

 

「……何か含むような言い方だな」

 

 私とあなたという言葉を強調しながら言うと、アルセリアは察したように突っ込んできた。ちょっとしたヒントでよくこの違和感が分かったものだと感心しながらゼフォルは続けた。

 

「彼らは馬に乗る玄人ではあっても騎兵軍を率いる玄人ではないのです。経験はあっても戦術書はない。帝国きっての指揮官である私と大佐に勝てるはずがないのですよ」

 

 ゼフォルが公国軍を見たときの正直な評価だった。彼らの騎兵は装備が軽く、馬の扱いに慣れているだけあって帝国のそれより段違いに早い。

 その速さに合わせるように勝機を逃がさない目の良さもあるが、それは常日頃馬に乗って生きる慣れからくるものであって、戦いの積み重ねとは違うものだ。

 先ほどの戦いでも速さを生かしてアルセリアの部隊を回り込んで守りの薄いところを狙おうとしたが、そのほとんどが彼女によって読まれており、阻止され撃退されていた。

 アルセリアが留守にした陣地を攻撃する速さと思い切りの良さもあったが、結局ゼフォルに待ち伏せさせられ全滅の憂き目にあっている。

 

「ですが、連中の得意な騎兵戦でこうも完封できる指揮官は帝国でもなかなかいないでしょう。平均的な指揮官ではその速さを追いきれずあっけなく負けてしまう可能性があります」

 

「私が率いたから勝てたということか?」

 

「えぇそうですとも、帝国の指揮官全員がアルセリア大佐だったら完勝間違いなしです」

 

「……それは問題だな」

 

 アルセリアを褒めると彼女は喜びを隠しきれなかったのか、少し誇らしげになるが、続く言葉に言葉の裏を見抜いたらしい。

 確かに帝国の一流指揮官を当てればまず帝国軍は公国軍に後れを取ることはないだろう。

 しかしそのレベルの指揮官は帝国広しといえどそんなにいるはずがない。

 アルセリアのように完封するとなるとゼフォルが知っている中でも、アルセリア、エスメル、ベルズーフ、そしてこのゼフォルくらいだ。

 大多数が凡人であるため、数万の大軍が戦う戦場ではどこかしらで綻びが出てくるはずだ。

 

「私たちが勝てたとしても逃げてしまうし、厄介極まりないな」

 

「帝国の長い歴史の中で私たち以上の人材がいなかったわけではないでしょう。事実ベルズーフ閣下は何度も勝っているそうですが、滅ぼしきれずいまだに抵抗を続けています。この逃げ足こそが切札といっても過言ではありません。しかしこの切札は弱点と表裏一体だと思いますがね」

 

「どういうことだ?」

 

「まず連中は遊牧民族であるため、その生産基盤ごと移動できる。だからこの広い平原をいくらでも逃げ回れるのです。だがそれは国家としての生産力が少ないということでもあります」

 

 そういうとゼフォルは戦利品である公国軍の装備を指さしながら説明を続けた。

 

「鎧は獣の皮と重ねた布です。軽騎兵の装備として軽くて動きやすく最適かもしれませんが、それでも防御力には不安が残ります。そして武器はこの鉄槌のような大物こそ自国で鋳造しているようですが、こちらの剣は帝国の物です」

 

 そう引き抜いた公国軍の剣には帝国の刻印を削って消した後が残っていた。

 

「鹵獲している。ということか?」

 

「鹵獲で済む問題ではありません、指揮官クラスの専門装備を整えるだけならともかくすべての兵士に金属製の武器を揃えることが公国の生産力では不可能なのです。これは鹵獲ではなく、国家の事業レベルで鹵獲を超えた収奪を行っています。ですがこれは弱点にもなりえます」

 

「ゼフォルが陣地で一網打尽にしたやつか」

 

「ご名答です」

 

 あの作戦もゼフォルが北方異民族の特性を活かして発案したものだった。国家レベルで収奪を行っているなら、末端の兵士は敵兵の首以上に収奪物を必死に探すに違いない。

 物資は持っていくだけで得だが、兵士の首は殺しあって勝たなければ得にならず、負ければ殺されるからだ。

 案の定、公国の末端兵士は陣地内の物資に目がくらみ、隙を晒して多くの兵が討ち取られた。

 

「あの逃げ足にも秘訣があります。大佐、かつてあなたが王国との戦いの時、ゼフォルとかいう将軍が無様に敗北しました。その時、遊撃隊を率いていましたね?あの時なぜ一目散に逃げださなかったのですか?」

 

「急に卑屈になるなよ……今のゼフォルはよくやっていると思うぞ。そりゃ機動力があるのだから味方の撤退を支援しなければならんだろう」

 

「彼らにそんな殊勝な考えはありません、私の討ち取った首と大佐が討ち取った首、違いがあるのですがわかりますか」

 

「わからん、数でお前に負けたことしかわからん」

 

「正解は模様ですよ」

 

 そう言ってゼフォルは自分の首級を指で縦になぞり、アルセリアの首級を横になぞった。

 

「後で手を洗っとけよ……」

 

「はぁ⁉そりゃ洗いますよ全く……そんなことより、正解は私の首は赤い化粧が縦縞、大佐のが横縞なことです」

 

「あぁ!そういうことか!氏族が違うということか!」

 

「回答が遅いので40点、変な所を気にかけたのでマイナス20点です」

 

「赤点じゃないか」

 

「余計なこと言わなきゃ回避できてましたよ?冗談はともかく、これ以外にも骨の装飾の形やら馬の毛並みの色などの違いで今回襲撃してきた兵士だけでも三つ違う氏族がいたと考えられます」

 

「氏族が違うということは指揮系統が違うということか?それならば連携を乱しやすくて良いとも考えられるが」

 

「確かにその通りです。先ほど騎兵軍の玄人ではないと言ったことの補強になりますが、どんなに公国を名乗って一つにまとまっても結局は様々な氏族の連合体なので根っこの部分で協力することはできません。そしてそれは逃亡時も同じです」

 

「逃げるのか、味方を見捨てて」

 

「そういうことです。急ごしらえの公国という国家よりも、自分の身の回りの氏族という共同体の方が帰属意識が強いのでしょう。それゆえに彼らは劣勢になったら味方を気にすることなく逃げられるのです」

 

「長所にも短所にもなるということだな」

 

「えぇそうです。我々にしてみればマトモにやりあえば勝てるのだから、逃げられる方が厄介です。しかしそれはたまたま遊牧民族の気質が戦場に当てはまっているだけでそれは弱点にもなりうる。そう思います」

 

「相変わらず頭が回るな……どうだ?私の副官として正式に配属されないか?エスメル少将には私が言っておく」

 

 スルスルとゼフォルの考えを飲み込んでいくアルセリアの物分かりの良さは素晴らしかった。

 直感的な指揮を好むがその実力は折り紙つきだし、性格も直情的ではあるが概ね好ましいものだ。彼女の副官として戦うのも悪くない。

 2人は年齢、能力ともに似通っているが、かなりひねくれた策を張り巡らすゼフォルと、直情的で正面から押しつぶす戦いを好む、アルセリアで実は根本でかなり違う。しかし相性が悪いということではない。むしろ今回の戦いでお互いの凹凸がしっかりと嵌りあって、相性がいいのではないかと思っていた。

 総括して極論を言えば、ゼフォルがもしエインヘリル家に仕えてたなら一生ついて回ったかもしれない。

 

「魅力的な提案ですが、私はエスメル閣下に捨てられない限り彼女に尽くすつもりです」

 

「相変わらずの忠誠心だな。だが私も本気だぞ」

 

 ゼフォルとしてもその提案を断るのは心苦しいものだった。しかし今日のアルセリアは妙にしつこくその凛とした顔をゼフォルの目と鼻の先まで近づけてきた。

 

「ち、近いですよアルセリア」

 

「いいだろう別に、今回の戦いで確信したぞ。私とお前が組めば最強の軍が作れる」

 

 相変わらずその直情的で猛々しい性格には似合わぬ美貌が近づき、ゼフォルはたじろぐがその口から語られる言葉は物騒極まりない。

 しかし同じく見た目は整っているくせに中身は物騒なゼフォルにとってそそられるものがあった。

 

「東部方面軍ではアンス侯爵やらオドール総司令官やら、急ごしらえの西部出身の兵どもとか異物が混じって濁ったから負けたのだ。私が大将、お前が副将、いやこの際逆でもいい。二人で1万の精鋭を率いてみろ。ガジュ公国の騎兵隊だろうが、王国の一個軍団だろうが難なく消し飛ばすことができる。帝国一、いやこの大陸きっての最強の軍ができるだろうよ」

 

 けっしてアルセリアは大言壮語を吐いているわけではない気がした。1万程度の兵をゼフォルとアルセリアという帝国きっての戦争の天才が率いることが肝要なのだ。二人の指揮が隅々に行き届いた1万は10万の大軍にも劣らぬ力を発揮できるかもしれない。

 

「別にエスメル閣下をないがしろにするわけじゃない、全軍の管理は閣下と、クレッチマー副司令官に任せて私たちは前線で暴れ続けるだけでいい!あの二人なら背中を預けるのに不足ないからな!たった1万で我らは帝国最強の軍兵として名を上げるぞ!お前がご執心のベルズーフ閣下も無視出来ぬ強大な戦力になるはずだ!」

 

 こういったプレゼンはゼフォルも得意とするものだ。なにせ自身の圧倒的な軍才を元手に西部貴族連中から大金巻き上げて9万の大軍を揃えた過去があるし、こんな大言壮語を真に受けて金を溶かしていく彼らを大馬鹿だと裏であざ笑っていた。

 そんなゼフォルをしてなお、目の前のアルセリアのプレゼンに心揺さぶられずにはいられなかった。直情的で真っ直ぐなアルセリアにこんな宣伝行為ができるのかとびっくりしてしまう。

 東部方面軍でゼフォルは自分の兵数を揃えるのに必死だったが、最後は膨れ上がった戦力に指揮官の質が追いつかず、敗北の目にあった。

 その時の苦い経験で大軍を率いる大変さを思い知らされた。

 それでも率いる兵は多い方がいいと思っていたが、今のアルセリアの論には目を見張るものがあった。

 大軍の運営を気にせず最精鋭だけを率いて敵軍と戦い続ける。大軍の上に君臨するのも素晴らしいが、これはこれでまた違った良さがあるだろう。

 少数精鋭という変わった極上の味の提案と見てくれは最高なアルセリアにこうも情熱的に迫られゼフォルの心は揺れ動き、身体もたじろいでいた。

 

「た、確かに、私とあなたなら最強の軍団を作れるでしょうね」

 

「そうだろう!そうだろう!どうだ私の提案は」

 

「しかしっ!今はその時ではないのです!」

 

 誘惑を断つようにその鉄面皮を少し崩して大きな声でゼフォルは答えた。断られたアルセリアは本当にショックを受けたような、今まで見たこともないような顔をしていた。

 

「なんだと⁉私では不満か⁉お前が総大将でもいいんだぞ!」

 

「そうではなく!たしかに素晴らしい提案ではなります。しかしその最強の軍はこの公国軍との戦いに合ったものとはいえません」

 

「どういうことだ?」

 

 つい、声を荒げてしまったことを反省して呼吸を整え、ゼフォルはなるべく冷静に説明をした。

 

「先ほど述べたでしょう。今戦っている公国軍の優れている点はその逃げ足だと」

 

「それが何だというんだ」

 

「私とあなたで一軍率いれば強すぎて公国軍なんてズタズタにして蜘蛛の子を散らすように逃げますよ。しかしそれでは結局連中を倒しきれません」

 

「あ……」

 

「だったらまだ、私とあなたで別軍を率いて倍の速さで敵を破り続けたほうがいいでしょう」

 

「確かに……フッ、けどどちらか一人ずつでも勝てるとは言ってくれるのだな」

 

「当り前じゃないですか。私はアルセリアの実力を認めています。公国騎兵なんぞに後れを取るはずがありません」

 

「くくくく……あーはっはっは‼」

 

 そうゼフォルが言い切ると腹を抱えて笑い出した。もともと淑女とは程遠い戦争マシーンだと思っていたが、今のアルセリアを見て伯爵家の子女と思うものはいないだろう。

 

「まぁ確かに断られてもしょうがない言い訳だな!我ら二人は強すぎるがゆえに一軍に収まりきらぬと!」

 

「その通りです。優秀な番犬が二匹いても同じ畑に番をさせたりはしないでしょう?今同じ部隊にいることが幸運と思ってください」

 

「言われてみればそうだな。まぁ残念だがそんな些細な幸せを喜んでおこうか今は……それにな」

 

 納得してくれたのかうんうんと頷くアルセリアだがそれまでの半笑いの態度を直し、ゼフォルに改まった。

 

「他でもないゼフォルに実力を認められたからな。今日はそれで納得するさ」

 

 そう言ってアルセリアはゼフォルから受け取った防寒コートを翻しその場を去った。

 

「少将の頃から認めてましたよ……あの時の私には過ぎたる将でした」

 

 その背を見送りながら聞こえぬようにゼフォルはつぶやいた。恥ずかしいことを臆面もなく言えるアルセリアが少しうらやましかった。

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